劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ

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第三十九話 魔石でんち。

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 探索者協会のホールには、いつもの大男が食事をとっていた。アーシェリヲンは『ガルドランさんと同じのをお願いします』と注文して、トレーに載せるとガルドランの向かいに座った。

「おはようございます。ガルドランさん」
「お? 坊主どうした? あっちで朝飯食べてるんじゃないのか?」

 ガルドランの言う『あっち』とはユカリコ教の神殿を意味している。

「あのね、大先輩のガルドランさんに、これから僕はどうしたらいいか相談したかったんです」
「おぉそうか。坊主は鉄の序列になったんだよな」
「はいっ」
「それならな、採取を続けるのもいいのはいいんだが――」

 あまりガツガツと活動していないとはいえ、銀の序列だけあって知識は豊富だ。食事が終わってお茶を飲みながら、ガルドランは親切に色々と教えてくれたのだった。

 昼間でじっくり、依頼書の束に目を通した。青銅の序列までは採取だけでもよかったようだが、鉄の序列ともなるとそうはいかない。

 多くなってくるものは、害獣の駆除などだ。害獣というのはたとえば、農作物を荒らす獣や鳥など。どちらにしても武器が必要になる。アーシェリヲンには低くない壁だったりするわけだ。

 親切心で色々と教えてくれたガルドランは、用事があるからと外へ出ていった。アーシェリヲンは、昼ご飯を協会ホールにある食堂で食べながら考えた。

 深い場所へ採取に行くとしても、身を守る武器が必要になる。アーシェリヲンは避けるだけなら誰にも負けない自信はあった。だが、避け続ける、逃げ続けるだけで無事帰ってこられるかというと疑問に思うところだろう。

「あ、そうだ……」

 資料を読むのは本を読むのと一緒で時間を忘れてしまうほど、好きなことだ。だがアーシェリヲンは気づいた。このままでは何もしないで今日が終わってしまう。彼には当初の目標として、あの道具屋にあった金貨五枚のを買うというのがあるわけだ。まだまだ足りないは、着実に近づいていたのは間違いなかった。

 だが、序列が上がった意味として『胴や青銅の序列と同じものを採取しないようにする』という縛りができてしまったことも確か。いくら空間魔法が便利だからといって、アーシェリヲンはやりすぎてしまったのである。自業自得というものなのだろう。

「忘れてた。昨日の続き」

 アーシェリヲンは受付に歩いて行く。

「マリナさん」
「あら? 今日はずっといたのね?」
「はい。ずっと依頼書や資料を読んでいました。僕はこれからどうしていけばいいかとかですね」
「いいことだと思うわ。この先どうするべきかは考えないと駄目。自分の身の丈にあった依頼をこなして、地味にでも序列点を稼ぐのが一番なの。慌てても仕方ないんですからね」
「はい、そのつもりです。それでですね」
「えぇ」
「昨日の続きなんですが、あれ、いいですか?」
「あれって、『魔石でんち』のこと?」
「はい」

 アーシェリヲンは左腕の『魔力ちぇっかー』を見る。魔石の色は青。十分に回復しているのは間違いない。

 アーシェリヲンの言う『あれ』とは『魔石でんち』の充填作業のこと。

「いいわ。こちらへいらっしゃい」
「はいっ」

 昨日のように、倉庫へ連れて行ってもらう。『魔石でんち』は箱に収められていて、一箱十二本。それが山積みになっている。常時買い取り、常時交換しているということなのだろう。

「無理しちゃ駄目よ? 終わったら声をかけてくれる?」
「はいっ、わかりました」

 箱をひとつ持ち上げて、中の『魔石でんち』をみる。すると、十二本綺麗に並べられていた。

「あ、これならこのままでもいいかもだね」

 いちいち手に取らなくても、魔石へ魔力を充填できそうなように並べてある。

 近くにあった椅子を持ってくると座り、『魔石でんち』の入った箱を机の上に置く。空間魔法に使う魔力に比べたら、指先から絞り出すのは容易になっていた。

「『にゅるっと』魔力を出してっと。うん。終わり。じゃ次だね」

 透明色だった魔石が、一瞬赤く、そのあとすぐに青く染まっていった。そうして順々に魔石へ充填していく。もちろん、腕の『魔力ちぇっかー』を確認しながら。一箱十二本充填し終えたのだが、腕の魔石は色が変わっていない。

「よっし、次いってみますかー」

 ▼

「……アーシェリヲン、君?」

 アーシェリヲンがこれ以上積み上げられないと、『魔石でんち』の入った箱を別積みしているときだった。

「あ、マリナさん」
「マリナさん、じゃないわよ。あなた、何してるの?」
「え? あ、あぁ。残り十箱あるので、他の人の分は大丈夫ですよ」

 アーシェリヲンの左腕の『魔力ちぇっかー』、魔石の色は黄色を超えて橙色。まだいけそうだと思っていたが、無理するのも良くない上に、独り占めしてはまずいと思ったのだろう。

「いえ、そ、そういう問題じゃないでしょう?」

 マリナはアーシェリヲンに近寄る。彼が積み上げていた『魔石でんち』を確認した。なんとすべて魔石が青く染まっていたではないか?

 改めてアーシェリヲンの顔を見る。呆れるような、驚くような。彼女の表情は初めてみるものだった。

「なんて『馬鹿魔力』なのよっ?」

 つい声を荒げてしまったマリナ。おかげでホールにいた皆の目が集中してしまう。ちなみに『馬鹿魔力』とは聖女ユカリコの、別名のひとつでもあった。だから言葉だけは知られているのだ。

 アーシェリヲンが充填を終えた『魔石でんち』の箱は全部で十箱。本数にして百二十本ということになる。

 ウィンヘイムの屋敷にいたときと比べものにならないほど、魔力の総量が上がっているように思える。原因はわからないが、加護を受けたことにより、変化があったものと思われるわけだ。

 『魔石でんち』一本あたり、銅貨五十枚。一箱十二本で銀貨六枚。それが十箱あるから銀貨六十枚。金貨に換算すると、六枚になる。もはやこの金額だと、マリナだけでは判断できない。

「……マリナ、どうしたんだ大声を出して? なにやら『馬鹿魔力』とか聞こえたんだが?」

 娘の出した大声に気づいたガーミンが出てくる。

「パパ。これ、どうしたらいいと思う?」
「どうって、『魔石でんち』だよな?」
「そうなの。問題は数なのよ」
「数?」
「十箱、百二十本あるのよ」
「これまたため込んだな」
「違うのよ、アーシェリヲン君が一度にやっちゃったのよ……」
「はぁ?」

 素っ頓狂な声を出してガーミンは驚く。
 ややあって我に返ったガーミンは、マリナに決済するよう指示を出して部屋へ戻っていく。こうしてアーシェリヲンは金貨六枚を手にしてしまった。

 その日以降、ヴェンダドールの城下町にある噂が流れる。探索者の中に『馬鹿魔力』が現れたというものだ。外の酒場で探索者の一人が話のネタにしてしまったのもある。翌日に『魔石でんち』の買い取り本数が増えたこともあったのかもしれない。

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