上 下
35 / 57

第三十五話 他の子たちのために。

しおりを挟む
「おはようございます。アーシェリヲン君」
「はい。おはようございます」

 探索者協会に出ると、総合案内のコレットが挨拶をしてくれる。その挨拶を皮切りに、その場にいる探索者全員が挨拶をしてくれるものだから、その都度会釈をして笑顔で挨拶をするアーシェリヲン。

 この建物には、独身者用の寮もあり、その人たちが利用できる軽食などがとれる喫茶室に似た食堂がホールに併設されている。

「おう、坊主」
「あ、おはようございます。ガルドランさん」

 そこで朝食をとっていたガルドラン。彼もここの寮に住んでいる。

「こっちにきて茶でも付き合えよ」
「はい。ごちそうになります」

 ガルドランの向かいに座るアーシェリヲン。

「飯、食ったか?」
「はい。あっちには食堂がありますから、お姉ちゃんと一緒に」
「あぁ。レイラリースちゃんって言ったか?」
「はい。僕のお姉ちゃんです」

 アーシェリヲンもレイラリースも、同じ瞳の色、同じ系統の髪の色をしている。その上、顔つきもやや似ている。獣人のガルドランからしたら、本当の姉弟に見えたことだろう。

「それはわかってるよ」

 もちろん、アーシェリヲンもレイラリースも、どういう身の上か、ガルドランも知らないわけではない。ユカリコ教に属している男性も女性も皆、似たような境遇を持っているからだ。

「もっといっぱい食って、大きくなれよ」
「ガルドランさんみたいに大きくなりたいですね」
「言ってくれるね。嬉しいよ……」

 お茶をご馳走になって、アーシェリヲンは受付へ。籠を借りて外へ出て行く。

「気をつけて行ってこいよ?」
「はい。いってきます」

 外門を出て、すぐの場所から林の奥へ進むことにする。マリナに聞いたところ、白薬草も青薬草も足りている感じだが、いくらあっても困らないもの。それでもアーシェリヲンと同じ年代の男の子、女の子の探索者のために違うものを採取してほしいとお願いされた。

 今日狙っているのは『中和草』。アーシェリヲンが持つ採取の手引き書によると、一株に茎が枝分かれしておらず、葉の外側がやや紫がかっている。毒物などを中和するための解毒薬に使われる薬草だ。表の街道が目で追えるくらいの深さであれば、危険な獣も出てこないだろうと教えてもらったから、こうしてチャレンジすることになった。

 林の中に入ると、道があるわけではない。足下を気にしつつ、ゆっくりと進んでいく。アーシェリヲンは剣の才能はなかったが、父フィリップから体術を学んでいたこともあり、同世代の子たちよりは体力があるようだ。

 表の街道より三十メートルほどの場所。木の根元にアーシェリヲンはしゃがみ込んだ。

「えっと、なになに?」

 腰鞄からメリルージュが作った薬草採取の手引き書を開く。

「うん。やっぱりこれが中和草みたいだね」

 特徴を見比べて、間違わないように確認。アーシェリヲンは五センチほどの距離にある中和草の葉のやや下を注視する。前に手をかざして、手のひらに魔力を這わせる。

(んっと、『中和草』)

 別にキーワードが重要ではない。ただこうして意識することが、魔法発動の引き金になりやすいことを知ったからである。最初だけこうして、次からは手をかざして『引き寄せる』ことを頭に描くだけで魔法はきちんと発動してくれる。

 アーシェリヲンがなぜこんなに近くにある中和草を、手で採取しないのか? その理由は、摘んだあとの茎部分の切り口に関係している。ナイフで切るより、空間魔法を使ったほうがより鋭利に切り取ることが可能だと知ったからだ。

「口に出さなくてもできたね。うんうん」

 何度目の魔法発動か忘れるくらいになっている。だからこうして、口に出さなくても発動可能になっていたのだった。

 この場所より奥へ進まなくとも、同じ深さに中和草はあった。右手遠くに街道が見えるよう、平行に進んでいく。まるで散歩でもするかのように歩いては、中和草をみつけて空間魔法を発動。右手から左手に持ち替えて、十株になったらくくって籠へ。

 アーシェリヲンは、『できるとわかっていることができなかった場合』、調べてできるようになるまで頑張る。そういう癖があった。

 こうして空間魔法で採取ができているから、当初あった違和感を覚えなくなってしまっている。それはアーシェリヲンが発動させる空間魔法だけが、少しだけ違うということ。

 ▼

 背中の籠がいっぱいになりそうだ。同世代の子より体力もあるせいか、籠自体の重さはそれほど気にならない。ただ、背負い続けたことと、中和草の重量が増えたことで疲れてきた感じがあった。

 木の下、薬草の生えていないことを確認して座る。腰鞄から水道を取り出す。これは食堂から借りたもので、ユカリコ教が作らせているもの。上の蓋を外して直接飲むようにできていた。

 ちょっと濃いめのお茶を入れてもらった。外の寒さもあって温かいお茶もぬるくなっている。だが、疲れを癒やすにはちょうどいい感じになっていた。

「……ふぅ。おいし」

 林の木々から香るものとお茶の香りが重なって、頭をすっきりさせてくれる。時計を持って歩いていないからはっきりとしたことはわからないが、探索者協会を出るときは確か九を差していたはず。そうするとおそらく、お昼を過ぎたあたりだろう。

 左腕にある『魔力ちぇっかー』の魔石は緑色。魔力はまだ余裕があるようだ。街道を渡って反対側の林に入っていく。外門を目指しながら、採取を続けることにした。

 帰りながら中和草をみつけては、空間魔法を使って右手に持ってくる。左手に持ち替えて十株になったらくくって籠への繰り返し。

(そういえばさ、空間魔法って一度使ったら休まなきゃならないくらい、魔力の消費が多いってあったよね? でも僕はこうして続けて使える。やっぱり僕、魔力多いからなんだろうね)

 姉のテレジアに『馬鹿魔力』と呼ばれた意味がやっと理解できた。そこで徐々に、同じ籠を持つ人と違うということに気づき始めてきたのだろう。

 それを決定づける瞬間は突然やってきた。籠に中和草の束を入れたとき、背中以外のところから『カサカサ』という感じの音が聞こえた。

 距離的には二十メートルくらい。薬草ではない背の高い草の隙間から姿を現す。風が吹けばたなびくという表現から名のつくほどに、細くて長い耳。白い体毛。丸々と太ったその体躯。

「確かあれって、羽耳兎って名前だっけ? 耳はそれっぽいけど、あのノソノソ動く重そうな身体は絵と違うね。でも美味しいらしいんだ……」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

【完結】攻略対象全員に嫌われているので、一人で魔王を倒しました。

雪野原よる
ファンタジー
好感度上げに失敗したせいで、ギスギスしたパーティのまま魔王戦に挑んだ私……実質一人で魔王を倒しました。世界は平和になったんだし、もう二度と大嫌いな連中に関わらなくてもいいよね?(フラグ)  ※残念なキャラ達がそれぞれ反省した結果、謎の進化だか退化だかを遂げる話です。ヒロインは基本的に辛口です。  ※何も考えずに書いたらやっぱりコメディ化しました。恋愛要素はありません。 

リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?

あくの
ファンタジー
 15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。 加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。 また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。 長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。 リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!

土属性を極めて辺境を開拓します~愛する嫁と超速スローライフ~

にゃーにゃ
ファンタジー
「土属性だから追放だ!」理不尽な理由で追放されるも「はいはい。おっけー」主人公は特にパーティーに恨みも、未練もなく、世界が危機的な状況、というわけでもなかったので、ササッと王都を去り、辺境の地にたどり着く。 「助けなきゃ!」そんな感じで、世界樹の少女を襲っていた四天王の一人を瞬殺。 少女にほれられて、即座に結婚する。「ここを開拓してスローライフでもしてみようか」 主人公は土属性パワーで一瞬で辺境を開拓。ついでに魔王を超える存在を土属性で作ったゴーレムの物量で圧殺。 主人公は、世界樹の少女が生成したタネを、育てたり、のんびりしながら辺境で平和にすごす。そんな主人公のもとに、ドワーフ、魚人、雪女、魔王四天王、魔王、といった亜人のなかでも一際キワモノの種族が次から次へと集まり、彼らがもたらす特産品によってドンドン村は発展し豊かに、にぎやかになっていく。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

キャラ交換で大商人を目指します

杵築しゅん
ファンタジー
捨て子のアコルは、元Aランク冒険者の両親にスパルタ式で育てられ、少しばかり常識外れに育ってしまった。9歳で父を亡くし商団で働くことになり、早く商売を覚えて一人前になろうと頑張る。母親の言い付けで、自分の本当の力を隠し、別人格のキャラで地味に生きていく。が、しかし、何故かぽろぽろと地が出てしまい苦労する。天才的頭脳と魔法の力で、こっそりのはずが大胆に、アコルは成り上がっていく。そして王立高学院で、運命の出会いをしてしまう。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

処理中です...