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第二十九話 初仕事を終えて。

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 アーシェリヲンは『れすとらん』の見える場所まで戻ってきた。入店を待つ人たちの列も見えてきている。時間的にはもう夕食時。だからこれだけの客が訪れているのだろう。

 アーシェリヲンが『れすとらん』の前を通り過ぎる際、偶然レイラリースの姿を確認できた。彼女もアーシェリヲンをみつけたのか、手を振っていた。おそらく仕事中だから、邪魔にならないうちに早く通り過ぎようと思った。

「アーシェくん」
「え? レイラお姉ちゃん?」

 背中から声が聞こえた。振り向くとなんと、レイラリースが出きていたではないか?

「あのね、もう少ししたら仕事が終わるわ。だからあとでごはん一緒に食べましょうね」
「うん。お仕事頑張ってね」
「うんうん、お姉ちゃんもう元気出ちゃった。残りもう少し、頑張っちゃうんだからね」

 アーシェリヲンをぎゅっと抱きしめると、笑顔で戻っていくレイラリースだった。

(びっくりした、まさか来るとは思わなかったんだよね)

 アーシェリヲンは並んでいた客にも愛想良く会釈をして、『お騒がせしました』と挨拶をしながら『れすとらん』を後にする。すぐ角を回ってレストランの隣にある建物の扉を開く。

 見覚えのある女性が迎えてくれる。小さな声で『お帰りなさい』と言ってくれた。アーシェリヲンもそれに気づいて『ただいま戻りました』と小声で挨拶。店の奥のドアを開くとそこは神殿の裏庭に繋がっている。

 裏庭を抜けると神殿の建物に入り、神官や巫女や、職員たちの宿舎へ繋がる道を歩いて行く。階段を上がり、二階の廊下を進んで『アーシェリヲン』と名札のある部屋の前で立ち止まると、ドアを引いて部屋に入った。

「ふぅ……。楽しい一日だったなー」

 ベッドにころんと横になった。そこでふと思い出したことがある。アーシェリヲンは起き上がると、机に向かった。

 引き出しにある紙とペンを取り出すと、家族へ向けての手紙を書き始める。心配をかけたくないから、空間魔法以外の出来事をつづる。

 『れすとらん』で『ちーずそーすはんばーぐぷれーと』を食べたこと。探索者協会で登録を終えて探索者になれたこと。初めて依頼を受けて、薬草をとって報酬を得たことなど。最後に、心配しなくてもいい。元気でやっていると結んで書き終える。

 封筒に入れてあとはグランダーグ王国にある、ユカリコ教の神殿へ送ってもらうようにお願いをするだけ。そうすることで、エリシアやフィリップの元へ届けてくれるとヴェルミナが約束してくれた。

 ただそれは、毎日ではない。七日に一度、エルフォードがこちらへ来るタイミングに合わせて、書類なども一緒に輸送してくれるとのこと。そのときに、手紙も送ってくれる。そういう段取りになっていると教えてもらったのだ。

 だからこれは、日記のようなもの。その日までは書きためておく。書き終えた今日の分の手紙は、二つ折りにして机の引き出しにしまっておく。

 ベッドに戻るとまた、ごろんと寝っ転がる。もうすぐレイラリースが仕事を終えて戻ってくる予定だ。そうしたら一緒に晩ごはんを食べる。それもまた楽しみで仕方がない。

 ドアがノックされる音がする。

『アーシェくん。入ってもいい?』
「はーい」

 ドアを開けてレイラリースが入ってくる。彼女の姿は私服のようだ。もう『うぇいとれす』の制服を着替え終わったのだろう。

「おなかすいたでしょう? 食堂へいきましょうか」
「はいっ」

 アーシェリヲンはレイラリースについて部屋を出る。途中彼女は立ち止まると引き戸のドアを指さして教えてくれる。

「アーシェくん」
「はいっ」
「ここがね」

 レイラリースはがらっと引き戸を開ける。すると中には入り口が二つ。見るとすぐにわかった。右には男性、左には女性と書いてある。

「お風呂になってるわ。アーシェくんはまだ十歳だから……」
「ちゃんと男性のほうに入りますっ」
「そう? ギリギリ十歳までは女性のほうでもいいはずなんだけどね」

 アーシェリヲンは耳まで真っ赤にして恥ずかしがっている。彼も五歳までは母や姉と入っていたが、六歳からは一人で入るようになった。すべては本から得た知識が邪魔をしているのであった。

 気を取り直して、廊下を進む。すると突き当たりにこちらにも大きな引き戸がある。レイラリースは迷わず開けると、そこは大きな部屋。

 何やらいい匂いがする。真ん中にはテーブルが複数あり、晩ごはんを食べている神官や巫女、職員の姿もあった。

「左側がね、厨房になっているの。右側はね、売店になっているわ」

 アーシェリヲンの手を引いて先に売店の前に立つ。

「おや、レイラちゃんじゃないかい」
「はい。この子がわたしの弟のアーシェリヲンです」
「初めまして、アーシェリヲンです」

 レイラリースは一度ここへ来ているようだ。

「アーシェリヲン君。初めまして。私はねここの責任者のティレリア。ティレおばさんと呼んでくれてもいいよ」

 恰幅かっぷくの良い女性。年齢的にはヴェルミナと同じくらいだろうか?

「はい。ティレリアさん」
「なんとまぁ、話に聞いてるとおり、賢い子だこと」
「えぇ。自慢の弟なんです。あ、アーシェくん」
「はい」
「ここでね、アーシェくんは部屋代と衣類代、食事代を納めるのよ」

 アーシェリヲンは、神官職の見習いでもなし、職員になろうとしているわけでもない。だから部屋代などを納めなければならない。

「はいっ。おいくらですか?」
「元気だね。月に鉄貨五枚と聞いているけど、慌てなくてもいいんだよ?」

 確かに、十歳の子供に鉄貨五枚はけっして安いものではない。ただ、外で部屋を借りて服を買い、食事をすることを考えると破格であることは間違いないだろう。おそらくは、アーシェリヲンが十歳だから、この価格設定になっていることも考えられるのだ。

「それならわたしが代わり――」
「レイラお姉ちゃん、僕、持ってるけど」
「だってそれは……」

 アーシェリヲンが実家から持たされたお金、と言いたかったのだろう。だがそれは、ここで声を大きくして言っていいものではない。

「ううん。あのねレイラお姉ちゃん。僕ね今日、稼いできちゃったんだ」
「え?」
「あのね――」

 アーシェリヲンはレイラリースに耳打ちする。
 レイラリースは耳を疑った。アーシェリヲンが一日で銀貨二枚以上稼いでしまった。それは、普通に考えたらあり得ない話なのだ。

「だから大丈夫なんだ。心配なら受付で聞いても大丈夫だよ」
「そうしたほうがいいかもしれないわね……」

 アーシェリヲンが何をどうして稼いだのか、少し心配になってしまったレイラリース。それでもけろっとしているアーシェリヲン。ティレリアも心配になったのか、明日確認してみようと思っただろう。

「あの、ティレリアさん、このカードでも大丈夫ですか?」

 アーシェリヲンのように、ここで働かずに探索者協会で働いたり、探索者になっているものもいる。だから当たり前のように探索者協会のカードも使える。というよりも、探索者協会のカードも実は、聖女ユカリコが残したものだったりするのだ。

「あぁ、大丈夫だけど」
「じゃ、お願いします」

 探索者協会にあった白い石盤型の道具。金額を設定すると、準備が終わったようだ。

「準備できたよ」
「はいっ」

 アーシェリヲンがカードをかざすと、魔石が一度光るのが確認できた。

「確かに鉄貨五枚分いただいたよ。お仕事お疲れ様、アーシェリヲン君」
「はい、ありがとうございます」

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