劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ

文字の大きさ
上 下
19 / 80

第十九話 海と船と惜しみと祈り。

しおりを挟む
 これまでアーシェリヲンは、エリシアが怒った姿を見たことがない。何があっても声を荒げずに、諭すのがほとんどだったからである。当たり前のことだが、それだけ彼のことを心配しているのだろう。

「うん、わかってるよ。僕はお母さんの息子だよ。お母さんは困ったとき、神殿で相談をしてもらってたんでしょう?」
「そうね……」
「それなら僕も、困ったら神殿に相談する。自分だけで無理するようなことは、なるべくしないから」
「……なるべく、なのね? 仕方ないわ、男の子だものね」

 エリシアはヴェルミナを見る、すると彼女も頷いて肯定してくれる。

「エリシア、可愛い息子の門出かどでなんだ。笑顔で送り出そう、じゃないか」
「そうね。わかったわ、あなた」

 そう言うとエリシアは、アーシェリヲンの額にキスをする。

「なるべく、無理はしないでね? 約束できる?」
「はい。お母さん」

 フィリップは今まで我慢をしていた。それでも限界に近かったのだろう。アーシェリヲンの後ろから抱き上げてくしゃりと頭を撫でている。

「アーシェは俺の息子なんだ。ちょっとくらいではくじけたりしないだろう?」
「はい。お父さん」
「そうね、私の息子ですもの」
「いや、俺の息子だから」
「私がお腹を痛めて産んだ子ですですっ」

 意地になって二人で言い合っている。ちょっとだけおかしくなって笑ってしまったアーシェリヲン。けれどこの日を絶対に忘れないようにしよう。絶対に負けるわけにはいかない。

 絶対に帰ってくるんだと、家族に会いにくるんだと思う。フィリップの手の大きさと温かさ。エリシアの柔らかさと良い香り。すべて心に刻んでおこう、そう心に誓ったのだった。

 ▼

「お母さん、お父さん、行ってきます」
「いってらっしゃい、アーシェ」
「あぁ、行ってくるんだ。アーシェ」

 最後にヴェルミナがアーシェリヲンの両手を握って声をかけてくれる。

「ヴェンダドールまではこの子らに頼りなさいね。二人の言うことを聞いて、身体に気をつけるのですよ?」
「はいっ。ありがとうございます」

 アーシェリヲンは三人に見送られ、神殿の建物を出て裏口へ。そこにはユカリコ教所有の馬車があった。

 馬車の前には神官の服装をした男性と、巫女の服装をした女性。ヴェルミナが言っていた二人というのはおそらく彼らのことだろう。

 神官の青年は馬車のドアを開けてくれた。すると巫女が先に乗り込んで、アーシェリヲンに手を差し伸べてくれる。

「はい、アーシェリヲン君、いえ、アーシェくんでいいかしら?」
「は、はい。構いません」

 馬車に乗ると、御者席の青年が声をかけてくれた。

「俺はエルフォード。よろしく、アーシェリヲン君」
「はい。よろしくお願いします」
「わたしはね、レイラリース。よろしくね、アーシェくん」
「はい。よろしくお願いします」

 馬車が向かっているのは、王都にある港である。そこから船に乗り、隣の大陸を目指すことになっている。

 王都の城下町を抜けて海側、大きな港に馬車が入った。アーシェリヲンたちが乗る商船は、荷だけでなく馬車も人も運ぶかなり大きな船のようだ。全長が五十メートルはありそうだ。

 船に乗るための大きな坂に似た木製の乗り口がある。なだらかな坂を登っていくと、船員と思われる男性とエルフォードが話をしているのが聞こえる。

「ユカリコ教の方ですね。いつもお世話になっています」
「こちらこそ、よろしくお願いしますね」
「どうぞ、お乗りください」

 馬車がまた動き始めた。窓から見ていたからわかるが、海面よりもかなり高いいちに甲板がある。船の幅はかなり広い。馬車が停まると客車側のドアが開いた。

「アーシェくん。降りましょうか」
「いいんですか?」
「大丈夫。あなたはもう、わたしたちと同じなのよ」

 同じというのは『ユカリコ教の関係者』という意味だろう。そうはいっても、アーシェリヲンの服は二人のものとは違う。それでも外へ出られるのは嬉しく思っただろう。

「は、はいっ」

 甲板に降りた。すると潮の香りに包まれる。

「うわ。いい匂い」
「でしょう?」
「俺は馬車を駐めてくるから」
「いってらっしゃい」
「いってらっしゃい、エルフォードさん」
「すぐに戻るよ」

 甲板の上を馬車が進んでいく。すると大きな建物にも似た船室へ入っていくように見えた。

「凄いですね」

 続々と荷を積んだ馬車が乗り込んでくる。初めてみる光景だから、感動するアーシェリヲン。

「そうかしら? ……嘘よ。わたしも初めて乗るのよ」
「そうなんですか?」
「えぇ。これまではずっと王都だったの。ヴェンダドールへ行くのはわたしも初めて。楽しみだわ」
「レイラリースさんもですか?」
「レイラ、でいいわよ」
「はい、レイラさん」

 こうして並ぶと、レイラはアーシェリヲンよりもかなり背が高い。おそらくはエリシアと同じくらいだろうか? 彼よりもやや薄手の髪が肩まで伸びている。聞けば十八になって間もないとのことだ。

 エルフォードが船室から出てきた。彼は二十歳とのこと。フィリップのように背が高くて更に筋肉質。神官の服が似合わないほど。まるで護衛の騎士のようだ。髪は短く刈り込んであり、アーシェリヲンよりも黒目の茶色。

 二人ともこの国に多数の、アーシェリヲンよりもやや薄いとび色の瞳を持っている。

「エルフォードさん」
「何だい?」
「どれくらいで隣の大陸に着くんですか?」
「そうだね。一日くらいかな?」

 彼が言うには、ヴェンダドールまでは船で一日、馬車で二日ほどの距離。近くはないが、それほど遠くも感じない。

「じゃ、俺は部屋の手続きをしてくるから、レイラ、お願いできるかな?」
「えぇ。任されたわ」

 もうすぐ冬になろうとしている。少し厚手の服を着ているが、海の風はそれなりに冷たい。

 荷馬車などの積み込みが終わったのだろう。船と港とを繋ぐ木製の橋が取り払われる。まもなく出航となるのだろう。

 もうすぐ陽が暮れる。夕日が海に吸い込まれそうになっていて、朱色に染まる空と海とが混ざり合ってとても綺麗だ。

 聖女ユカリコが提唱したとされる暦がある。一年を十三の月に割って、一月ひとつきを三十日にしたものだ。

 今日は十二月の三十日。アーシェリヲンが生まれたのは二十七日ということになる。実に慌ただしい三日間だった。

 何やら木を叩くような、乾いた音が三度続けて鳴った。

「アーシェくんほら、そろそろ船がでるわ」
「うん」

 船が船着き場からゆっくりと離れていく。港を挟んで見える小高い丘には王都の城下町。そこにはエリシアたちが見送ってくれた神殿がある。この大陸にはアーシェリヲンの生まれ育ったウィンヘイム伯爵領もある。

 薄暗くなった城下町に明かりが一つ、また一つと点きはじめる。航海の無事を祈っているような。別れを惜しんでいるような。複雑な気持ちにさせるものだった。

「一日も早く戻って来ないとだね……」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

「無加護」で孤児な私は追い出されたのでのんびりスローライフ生活!…のはずが精霊王に甘く溺愛されてます!?

白井
恋愛
誰もが精霊の加護を受ける国で、リリアは何の精霊の加護も持たない『無加護』として生まれる。 「魂の罪人め、呪われた悪魔め!」 精霊に嫌われ、人に石を投げられ泥まみれ孤児院ではこき使われてきた。 それでも生きるしかないリリアは決心する。 誰にも迷惑をかけないように、森でスローライフをしよう! それなのに―…… 「麗しき私の乙女よ」 すっごい美形…。えっ精霊王!? どうして無加護の私が精霊王に溺愛されてるの!? 森で出会った精霊王に愛され、リリアの運命は変わっていく。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

悪役令嬢は大好きな絵を描いていたら大変な事になった件について!

naturalsoft
ファンタジー
『※タイトル変更するかも知れません』 シオン・バーニングハート公爵令嬢は、婚約破棄され辺境へと追放される。 そして失意の中、悲壮感漂う雰囲気で馬車で向かって─ 「うふふ、計画通りですわ♪」 いなかった。 これは悪役令嬢として目覚めた転生少女が無駄に能天気で、好きな絵を描いていたら周囲がとんでもない事になっていったファンタジー(コメディ)小説である! 最初は幼少期から始まります。婚約破棄は後からの話になります。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

(完結)魔王討伐後にパーティー追放されたFランク魔法剣士は、超レア能力【全スキル】を覚えてゲスすぎる勇者達をザマアしつつ世界を救います

しまうま弁当
ファンタジー
魔王討伐直後にクリードは勇者ライオスからパーティーから出て行けといわれるのだった。クリードはパーティー内ではつねにFランクと呼ばれ戦闘にも参加させてもらえず場美雑言は当たり前でクリードはもう勇者パーティーから出て行きたいと常々考えていたので、いい機会だと思って出て行く事にした。だがラストダンジョンから脱出に必要なリアーの羽はライオス達は分けてくれなかったので、仕方なく一階層づつ上っていく事を決めたのだった。だがなぜか後ろから勇者パーティー内で唯一のヒロインであるミリーが追いかけてきて一緒に脱出しようと言ってくれたのだった。切羽詰まっていると感じたクリードはミリーと一緒に脱出を図ろうとするが、後ろから追いかけてきたメンバーに石にされてしまったのだった。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

処理中です...