劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ

文字の大きさ
上 下
8 / 80

第八話 十歳の朝。

しおりを挟む
 母のエリシアに似て、すべての人に優しく面倒見の良い姉テレジアは、初頭学舎から中等学舎に至るまで誰からも好かれている。ウィンヘイム伯爵家を名を汚すまいという気概があるので、見本になるべく頑張っている。

 ただ、負けず嫌いな性格もあって、授業について理解できない部分があったとしても、教諭に質問することができない。

「アーシェ、ちょっといいかしら?」
「どうしたの? お姉ちゃん」

 アーシェリヲンはまだ本を読み終わっていないようだが、先日魔力の枯渇で心配をかけて以来、話だけは聞くようにしている。

「おね――まぁいいわ。アーシェ、ここなのよ。どうしても理解できなくて」

 アーシェは知識欲の塊。テレジアの口ぶりから中等学舎でなにかわからない問題を持ってきてくれた。書物から得た知識はあっても、現場となる学舎でどのような問題として出されるかまでは書かれていない。だから、そこに興味はあった。そう思ったからか、本を読む手を止めてくれたようだ。

「どれどれ、……あ、ここはね。んっと、……あったあった」

 椅子から立ち上がって書棚を物色。すると目的の本を見つけ出してまた椅子に座った。

「確かこの本の、そうだここだ。この部分を参考にしたらほら」
「あ、そういうことなのね。アーシェったらうちの教諭よりもわかりやすい教え方をするのよね……」

 学舎の教諭は、広く浅く授業を進めないと時間通り終わらずに予定を消化できない。理解度の差が発生している生徒すべてに合わせた授業など、できるわけがない。
 授業の後に聞きにいけば、ある程度は教えてくれるだろう。だが、生徒が理解できるかどうかは別だ。理解できるまで教えてくれるわけではないのだから。

 結局、授業で理解できない問題を持ち帰り、家で復習をするしかない。ただし、学舎では再び同じ場所を教えるわけではない。
 理解できているかどうかの確認は、試験の結果でしかわからない。学舎ではその結果を家に直接送るという、実に厳しい仕組みになっているのだ。

 貴族の家々では、学舎で教える範囲の知識を持ち合わせた家庭教師を雇っているところもある。そうしないと、学舎での授業についていけなくなってしまう。案外シビアな場所だったりするのだ。

 ちなみにウィンヘイム家の家庭教師をしている従者はあくまでも兼業。本来は屋敷の書類関係を処理するのが専門。だから、初頭学舎へ入学して学んでいけるだけのことを教えなくていいとフィリップは考えている。

 テレジア派来年中等学舎を卒業し、高等学舎へ上がるため学力はあり、成績も残せている。だが、ウィンヘイム伯爵家の名を汚さないと、更に上の順位を目指している。だからテレジアは、頑張っていたのだ。
 教諭に教えてもらってもし理解できなければ恥を掻く。それならば、アーシェリヲンの手を借りてでも負けるわけにはいかない。これが負けず嫌いなテレジアの学舎生活なのである。

 結果的に、アーシェリヲンはテレジアに頼りにされている。もし彼がこのまま初頭学舎へ入ったとしても、受ける授業は退屈そのものになってしまうだろう。それ故に、テレジアの持ってくる問題は、本から得た知識が正しいかの答え合わせをする遊びのようなもの。彼も難しい問題が解けて嬉しいのである。
 結果、姉弟きょうだいの間とはいえまさにお互い様、相互利益といえるのだろう。

 弟、フィールズにはアーシェリヲンと違って剣の才能がある。それは二歳年下とは思えないほどの差であり、アーシェリヲンは彼に勝った試しがないのである。もちろんそれは父フィリップもわかっている。

 フィリップの見ている前で、フィールズと木剣を持って手合わせをすることがある。アーシェリヲンは、自分が負けることがわかっていても断ることをしない。打ち合っても負けてしまうことがわかりきっていたから、フィールズの木剣を自分の木剣で受けるようなことはしない。
 自らの動きは最小限にして、フィールズの動きを予測しつつ、皮一枚の間合いでひたすら避けきってしまう。

 最終的にフィールズは、ぐずってしまって勝負はお流れになる。それでもすべて避けきれるなら勝てないまでも負けることはない。最近は、そうしても構わないとフィリップに許可をもらったからこうするようになった。フィールズの鍛錬にもなるからと、アーシェリヲンに許可を与えたのである。

 アーシェリヲンは結局、一度もフィールズに勝てていないにもかかわらず、彼からなぜか尊敬のまなざしでみられてしまう。

 父フィリップは、アーシェリヲンに剣を教えるのは難しいだと悟っていた。だから騎士団に入団させて無理に自分の後を継がせようと思ってはいない。幸い、弟のフィールズに剣の素質があることが判明し、彼もフィリップのあとを継ぎたいと言ってくれている。

 アーシェリヲンは頭脳明晰、魔力も底がみえないほどであることから、ゆくゆくはエリシアは自分やテレジアのような魔法使いになってくれると信じている。フィリップも最近は、アーシェリヲンをエリシアの思うように育ててみようという気持ちになってくれていた。

 まもなく十歳になるアーシェリヲンは、洗礼が終われば外へ出られる。外へ出たなら、その日のうちに『れすとらん』へ連れて行ってもらうべく、ちょっとだけおねだりをしてみようと思っている。

 あまりにも楽しみで、前の晩はなかなか寝付かれなかった。だから遅くまで本を読んでしまって、テレジアにたしなめられてしまった。

 アーシェリヲンの生家であるこのウィンヘイム伯爵家の屋敷には、執事がいて、複数の侍女もいて、家庭教師をしてくれる文官の従者もいて、中庭などを管理してくれる使用人たちもいる。皆が皆、アーシェリヲンが十歳になることを喜んでくれるのだろう。 

 ▼

 翌朝、アーシェリヲンは目を覚ます。彼は今日から十歳だ。
 貴族や王族の子たちは、今日の日を待ち望んで育っていく。なぜなら、生まれて初めて屋敷の外へ出られるのだから。とはいえ、歩いてではなく馬車でということにはなるのだが、それは仕方のないことだろう。

「今日で僕も十歳かー」

 窓を開けて外をみる。中庭の先に広がる、父フィリップが治めるウィンヘイム伯爵領の港と海。
 いつものように椅子に座り、本を開いて読もうとするのだが、なかなか頭に入ってこない。その理由は、待ち望んで日だったからだ。

(町を歩ける。海を見に行ける。それよりそれより、『れすとらん』だよね)

 これから授かるはずの、加護への期待よりも、知識欲と『れすとらん』で頭がいっぱいになってしまっていた。

「アーシェ、起きてる?」
「はーい」

 耳に慣れた声に振り向くと毎朝呼びに来る姉の姿。いつになく弾む声に聞こえるのはきっと、アーシェが十歳になったことを知っているから。

「アーシェ、十歳になったわね。おめでとう」
「ありがとう、お姉ちゃん」

 いつもなら『そこはお姉様でしょう?』というツッコミが入るところだろうが、今朝はそれがなかった。

 テレジアに連れられて母エリシアの部屋へ。ここにアーシェリヲンが袖を通す、今日この日のためにあつらえた服が用意されていたのだ。

「アーシェ、おはよう。十歳の誕生日、おめでとう」
「ありがとう、お母さん」

 やはり『ここはお母様でしょう?』というテレジアのツッコミがない。ちょっとばかり面を喰らうアーシェリヲンだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。

勇者パーティーにダンジョンで生贄にされました。これで上位神から押し付けられた、勇者の育成支援から解放される。

克全
ファンタジー
エドゥアルには大嫌いな役目、神与スキル『勇者の育成者』があった。力だけあって知能が低い下級神が、勇者にふさわしくない者に『勇者』スキルを与えてしまったせいで、上級神から与えられてしまったのだ。前世の知識と、それを利用して鍛えた絶大な魔力のあるエドゥアルだったが、神与スキル『勇者の育成者』には逆らえず、嫌々勇者を教育していた。だが、勇者ガブリエルは上級神の想像を絶する愚者だった。事もあろうに、エドゥアルを含む300人もの人間を生贄にして、ダンジョンの階層主を斃そうとした。流石にこのような下劣な行いをしては『勇者』スキルは消滅してしまう。対象となった勇者がいなくなれば『勇者の育成者』スキルも消滅する。自由を手に入れたエドゥアルは好き勝手に生きることにしたのだった。

神様に与えられたのは≪ゴミ≫スキル。家の恥だと勘当されたけど、ゴミなら何でも再生出来て自由に使えて……ゴミ扱いされてた古代兵器に懐かれました

向原 行人
ファンタジー
 僕、カーティスは由緒正しき賢者の家系に生まれたんだけど、十六歳のスキル授与の儀で授かったスキルは、まさかのゴミスキルだった。  実の父から家の恥だと言われて勘当され、行く当ても無く、着いた先はゴミだらけの古代遺跡。  そこで打ち捨てられていたゴミが話し掛けてきて、自分は古代兵器で、助けて欲しいと言ってきた。  なるほど。僕が得たのはゴミと意思疎通が出来るスキルなんだ……って、嬉しくないっ!  そんな事を思いながらも、話し込んでしまったし、連れて行ってあげる事に。  だけど、僕はただゴミに協力しているだけなのに、どこかの国の騎士に襲われたり、変な魔法使いに絡まれたり、僕を家から追い出した父や弟が現れたり。  どうして皆、ゴミが欲しいの!? ……って、あれ? いつの間にかゴミスキルが成長して、ゴミの修理が出来る様になっていた。  一先ず、いつも一緒に居るゴミを修理してあげたら、見知らぬ銀髪美少女が居て……って、どういう事!? え、こっちが本当の姿なの!? ……とりあえず服を着てっ!  僕を命の恩人だって言うのはさておき、ご奉仕するっていうのはどういう事……え!? ちょっと待って! それくらい自分で出来るからっ!  それから、銀髪美少女の元仲間だという古代兵器と呼ばれる美少女たちに狙われ、返り討ちにして、可哀想だから修理してあげたら……僕についてくるって!?  待って! 僕に奉仕する順番でケンカするとか、訳が分かんないよっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-

ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。 自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。 いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して! この世界は無い物ばかり。 現代知識を使い生産チートを目指します。 ※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

誰も要らないなら僕が貰いますが、よろしいでしょうか?

伊東 丘多
ファンタジー
ジャストキルでしか、手に入らないレアな石を取るために冒険します 小さな少年が、独自の方法でスキルアップをして強くなっていく。 そして、田舎の町から王都へ向かいます 登場人物の名前と色 グラン デディーリエ(義母の名字) 8才 若草色の髪 ブルーグリーンの目 アルフ 実父 アダマス 母 エンジュ ミライト 13才 グランの義理姉 桃色の髪 ブルーの瞳 ユーディア ミライト 17才 グランの義理姉 濃い赤紫の髪 ブルーの瞳 コンティ ミライト 7才 グランの義理の弟 フォンシル コンドーラル ベージュ 11才皇太子 ピーター サイマルト 近衛兵 皇太子付き アダマゼイン 魔王 目が透明 ガーゼル 魔王の側近 女の子 ジャスパー フロー  食堂宿の人 宝石の名前関係をもじってます。 色とかもあわせて。

処理中です...