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第一話 プロローグ 前半。

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 少年は本を読むことが好きだった。誰かが止めない限り、没頭しすぎて食事を取るのを忘れてしまうほどに。とにかく本を読むのが好きだった。

 彼が読んでいるのは『グランダーグ見聞録』。世界を渡った有名な冒険家が自らの足で旅をし、見聞きして書き残した書物のひとつ。タイトルに書いてあるとおり、少年が住む国のことを物語調に書いてある。初等学舎でも授業の教材として使われるほどに、誰もが知っている物語だった。

 文章の一部を暗記してしまうほど、何度も読み直しては外の世界に思いをはせていた。物語の内容に没頭し、自分がその場にいるような気分になればもう、物語の主人公になれたような気持ちにさせてくれる。少年にとってその本は宝物になっていたのだった。

 少年は本を開く。彼が大好きな本にはこう書いてあるのだ。

 ▽ ▽ ▽ ▽ ▽

 『グランダーグ見聞録より~』

 綺麗に整備されたその港には、大小様々な船が行き来しています。

 その港に停泊している船は、おそらく商船なのでしょう。

 船からは忙しそうに荷が下ろされ、終わったそばからまた新しい荷が積み込まれていきます。

 そんな、にぎやかな港を持つグランダーグ王国は海沿いにある国であるのです。

 その規模こそ小国だが、別名『商業国家』と呼ばれるほど有名な国でもあります。

 人口は五千人ほどだが、商人や船員など、訪れる人や滞在する人を含めるとその倍になると言われていたのです。

 この国の主な産業は、漁業と魚介類の加工業です。

 豊富な海の幸を解体、加工し、それを交易の商材としているのです。

 だが、倉庫に積まれているのは海産物や加工品だけではありません。

 織物などの交易品や、建材なども常時格納されているのです。

 そのほか、様々なものが荷下ろしされ、倉庫へ一時保管されていきます。

 倉庫から出されては、違う船へ積まれていくわけです。

 様々な国から、船の出入りが多いのには理由わけがあります。

 この海域は一年を通して比較的穏やかであり、海路が荒れていたとしてもここで時期を待つことが可能だということです。

 そのための倉庫があるだけでなく、船の修理も可能だからです。

 だからこの国は、海路の中継地点として多く利用されてきたというわけであるのです。

 この国の人々だけでなく、他国から訪れる商人や船員たちがこぞって利用する店がありました。
 そこは『れすとらん』という名の飲食店です。

 出される料理を一口食べたら笑顔になり、誰もが美味しかったと伝えて帰という。

 そしてまた再び訪れたくなるほどの魅力のある料理の数々。

 この『れすとらん』はこの国だけでなく、他の国にも存在します。

 どこの店でも同じ味、同じメニューを同じ安い料金で提供してくれます。

 ですが、この国の『れすとらん』は特に人気が高く、再度利用する人も多いと聞きます。

 なぜならこの国は海産物が新鮮かつ美味であり、これもまた安く提供されているからです。

 そのような事が可能な理由、それは運営母体になっているところを紹介しなければならないのでしょう――

 △ △ △ △ △

 少年が次のページをめくろうとした、そのときであった。

「――その本、また読んでいたのね?」

 少年の背後からかけられる女性の声。いつも効いている声だったからか、即座に反応できていた。

「あ、お姉ちゃん」

 読書中の少年に声をかけたのは、彼の姉のようだ。だが彼は、後ろの姉を振り向かず、本にかじりついたままだった。そんな彼を見て、姉は呆れるような声を出す。

「『あ、お姉ちゃん』じゃないわよ。いつまでも読んでいないでほら、こっち向きなさい」
「えー?」

 渋々振り向いた少年からは、『本を読んでいるのに』という言葉が続きそうな表情が見てとれる。

「もうお昼ごはんなんだから、手を洗って食堂に来なさい。い・い・わ・ね?」
「はぁい……」

 姉から受ける強めのお叱り。それはけっして『本を読むな』というものではない。昼食だから、皆が待っているから。そういう意味なのだ。だから少年は降参して、姉について部屋を出た。

 少年は手を洗い、食堂でお昼ごはんを食べる。だが彼は、食べながらも上の空。おそらくは物語の続きが気になって仕方がないのだろう。

 お昼ごはんを食べ終えた少年は、いつもの日課である家庭教師がついての勉強を終える。その後やっと自由時間になると、お気に入りの本を取り出し、栞を挟んであるページを開いて物語に没頭する。

 ▽ ▽ ▽ ▽ ▽

 ――今よりおおよそ四百年ほど前の話です。

 この世界に過去最大級の飢饉が起きてしまいました。

 その飢饉がが引き金となり、疫病や略奪も発生してしまいます。

 どの国でもそれが、過ぎ去るのを待つことしかできない状況にありました。

 そのとき、国々が力を合わせて、異界の地より聖女が呼び出したのです。

 彼女の名はユカリコといいました。

 聖女ユカリコは、誰にでも優しく、明るく、笑顔をもって、飢えと病から人々を救ってくれました。

 世が平静を取り戻しても、彼女はもといた場所へ帰ることはなかったのです。

 あれこれと、人のためになること、たまに自らの欲望を少しだけ、……いやかなりの数をかなえつつ、聖女ユカリコは沢山のものを残してくれました。

 ついでに更に色々やらかしまくって、満足した笑顔でその生涯を終えたとされています――

 △ △ △ △ △

 時を忘れて物語に没頭できる。少年は何はなくともこの時間が好きで大切で、一番幸せを感じていただろう。

 母や姉に甘えていたときも幸せなのだが、それはそれでまた違う。優しさに包まれる幸せと、知識を得る幸せは違った充実感があるから。

 外の景色はあかね色に染まりつつあった。少年は一旦栞を挟んで本を閉じる。椅子を引いて立ち上がると、足音を立てずにドアの横へ歩いて行き、壁に背を向けて息を潜めた。

 するとわずかな金具の軋みの音をさせながら、部屋のドアがゆっくりと開いた。

「――ェ、晩ごは――」
「はーい」
「きゃっ!」

 驚いた声を発したのは、少年の姉だった。

「どうしたの? お姉ちゃん」

 少年に驚かされた姉は、ドアを開けて彼を見たまま口をぱくぱくさせたまま固まっていた。ややあって落ち着きを取り戻し、彼女は平静を装う。

「な、なんでもないわ。それよりね、びっくりさせないでよアーシェ」
「ごめんね、お姉ちゃん。晩ごはんでしょ? いこっか」
「んもう、アーシェったら……」

 腰に手をやり、困ったような表情をするアーシェと呼ばれた少年の姉。

 アーシェは、くるりと姉の背後に回ると背中を押して一緒に部屋を出て行く。階段を降りて食堂へ。夕食を食べながらも、彼は相変わらず上の空。

 夕食が終わり、お風呂に入ってすぐまた、髪が乾ききっていないのにもかかわらず、椅子に座って本を開く。

 そうしてアーシェはまた、物語の中へと没入していった。

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