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第四章 ダンジョンへいってみよー

第10話 更に遠くへ

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「なるほどねー。ショートなゲートだけあって、しっかりゲートだわ」

 『ペットケージ』と同じ理屈の上に成り立っているのなら、育江が入るか、一定の時間が経つまでこの『門』は消えないはず。

 育江は右回りで、『門』の真横に立ってみた。すると『門』は育江の目の前から消えているように見える。
 裏側に立ってみると、シルダのいる方がほんの少しだけゆがんで見える。それはまるで、真夏の太陽に熱せられた、アスファルトなどの上に現れる陽炎かげろうのようだ。何をしてるのかわからないという感じに、シルダは首を傾げて育江を見ていた。

 左側から元の位置へ戻ろうとすると、徐々に『門』が見えてくる。自分では説明のつかない『魔法的な何かで起きている現象』なのだろう。育江の場合、『横から見たらどうなるんだろう?』という興味だけで、確認したようなものだった。

「じゃ、入ってみますかね」

 育江はまっすぐ『門』の中へ入っていく。もちろんそこには、いつもお世話になっている風呂場でしかないわけだが。育江の真後ろで、『ぎゃっ』という、シルダの悲鳴のような声が聞こえてくる。
 ただ、その場で振り向いても、風呂場の出入り口しか見えない。もちろん、ドアは閉まっている。

 風呂場のドアを開け、部屋に戻ってくると、シルダが床にひっくり返っているのが見えた。

「どうしたの? シルダ」

 するとシルダは、身振り手振りで育江に何かを訴えようとしている。

「ぐぎゃっ、ぐぎゃっ、ぐあぁ」

「『短距離転移』」

 再度同じ場所へ、同じパターンで『門』を出す。見える場所は、同じ風呂場。
 育江は入った瞬間後ろを向く、すると育江が『門』をくぐった瞬間、足下、天井、左右から『ペットケージ』のように消えようとしている。

 シルダがこちらへ一緒に入ってくるのが見えるが、『見えない何か』にはばまれて、それにぶつかってひっくり返っていた。

「あぁ、そういうことだったのね。シルダ、ごめんなさい」
「ぐあぁ……」

 どうやら、いくつかのレベルの間は、術者が入った瞬間『門』は閉じる。同時に、術者以外を『門』は通さない仕様があるということ。

「それなら『ペットケージ』」

 小さな『門』。確かに『短距離転移』で出した『門』そっくり。

「シルダ、こっち入って」
「ぐぁ」

 ちょっと機嫌悪そうに、とぼとぼ入っていく。シルダが入り終わると『門』は閉まる。育江は『ある場所』を思い描いて、呪文を唱える。

「『短距離転移』」

 目の前にどこへも繋がっていない『門』が開いたが、すぐに消えていく。もちろん、魔力は減っている。再度『パルズマナ』をかけて、とまじゅーも飲んでおく。

「あー、やっぱりあそこは『短距離』じゃないんだ」

 育江が思い描いたのは、王都の城下町の外れ。海を見下ろせる小高い位置にある公園。育江たちプレイヤーキャラクターが、最初に降り立つ場所だったところ。
 馬車で二ヶ月の距離では、短距離とは言えないのだろう。

「それならこっち『短距離転移』」

 育江が次に思い描いた場所は、普通に繋がったようだ。『門』を通り、あちらへ転移する。そこは、人がほぼ誰も来ないところ。ギルドがある塔の三階。階段を降りて、窓際へ行ったあたりにベンチがある。その前に転移したのだった。

 育江は『門』をくぐる。すぐに背中にあったはずの『門』は閉じられていく。育江は後を振り返るが、そこにはもう部屋が見えていない。

「なるほどねー」

 育江は前後左右を見て『鑑定』をかける。視認可能範囲には、人の影はない。

「よし、と。『ペットケージ』」

 小さな『門』からシルダが出てくる。育江はシルダを抱き上げると、階段を降りていく。ギルドのある階を通り過ぎ、一階へ降りて塔の外へ。

 いつもの町並み、人の流れも今の時間ならこんな感じ。別の世界へ紛れ込んだ感じもない。シルダは育江の腕から飛び降りて、彼女の左腕を握ってくる。これで、いつもの散歩と同じだった。

 育江はこちらへ来てから、少々疑り深くなっていた。『門』をくぐった先が、違う世界になっていたら困る、そう思っていたのかもしれない。けれど、シルダの手の温かさ、感触は変わらない。そんな些細な安心感も、育江にとってありがたいものだっただろう。

 ▼

 いつもと同じ『焼いただけの蛇肉』を美味しそうに頬張るシルダ。育江は同じ『焼いただけの蛇肉』をパンに挟み、先日たまたまみつけた『味噌だれ』をかけて食べている。
 これが案外美味しかったので、最近の朝ご飯はこうして食べていた。

「ぐぎゃ」

 シルダはお腹をぽんぽんと叩いて意思表示。これで『お腹いっぱい』ということになる。

「じゃ行こっか?」
「ぐあっ」

 育江は『ペットケージ』で小さな『門』を出す。シルダは何も言わずに、『門』をくぐる。続いて『短距離転移』で大きな『門』を出す。あちら側を確認して、そのまま入っていく。

 育江が転移した先は、いつもの山頂。何があっても文句言われないように、さっさと『ペットケージ』で『門』を出すと、シルダがそこから出てくる。
 シルダは育江を見上げて『何もない?』と心配するのだ。

「大丈夫だからね」
「ぐあっ」

 午前中、山熊を探したけれど、結局見つからない。PWOあちらと違って、討伐した魔物が復活リポップするわけではないようだ。だから、しばらくの間、下手すると数年は、山熊の個体数が減ったままになる可能性も否定できないだろう。

 山熊より個体数の多いと思われる灰狼は、未だにかなりの数が存在しているはず。ただどうやら、育江とシルダの姿を見かけるか、匂いを感じ取るかどちらかはわからないが、二人がいる範囲から逃げるようになったのか、あまり見かけなくなった。

 あまり無理に探そうとせず、たまに『ホウネンカズラ』のような野草を見つけたら摘んでおく。『あの一件』がシルダにはトラウマだったのか、率先してシルダが摘んでくるようになった。食後の散歩のような、軽い運動を兼ねて索敵を続けていく。

「シルダ、一度戻るよ」
「ぐあっ」

 育江は『ペットケージ』で『門』を出す。シルダはさっさと入る。この流れはもう慣れたようなもの。
 『短距離転移』で部屋へ戻り、昼ご飯を食べて、一休み。

 午後からは、時空魔法のスキル上げ。どこまでが『短距離』なのか、あちこち試して検証しつつ、失敗して『門』が出が転移先と接続できなかった場合でも、魔力は減るから経験値も入るというわけだ。

 とまじゅーの原液でもある、樽入り『とまじる』の在庫が乏しくなってきた。最後の一樽になったので、『とまじゅーは一日一杯』の状態に戻した。そのため、スキル上げに使うのは、コスト的には少々高いが、魔力茶を使うことにした。

 これと『パルズマナ』を併用することで、『短距離転移』を唱える毎に半分以上減った魔力も、少し待てば満タンに戻る。もちろん、魔力も日に日に増えてきてはいる。
 時空魔法のスキルレベルや熟練度が上がれば、魔力の消費量も減ることを育江は治癒魔法があるから知っている。それまでは、我慢あるのみのスキル上げだった。

「『短距離転移』」
「……ぐぎゃ?」
「うん、失敗だねー」

 これである程度だが、『短距離』認定されている場所がわかってきた。時空魔法はレベル三を超えてから、思いのほか経験値が入りやすい感じがする。早くに次のレベルに上がりそうな気がするから、だからこうして山熊が見つからない場合、午後からはスキル上げにあてている。

 距離の検証が終わったあとは、ひたすら反復あるのみ。安全を考慮に入れて、転移先は風呂場に決めていた。
 何回か繰り返すころには、シルダはすっかりお昼寝中。ここ数日続いている、朝ギルドに顔を出して、山熊探しに行って、宿に戻ってきてスキル上げをする。
 それでも、上がっている実感があるから、そこまで辛くはないものだ。

「あれ? 経験値が一桁に、……って上がってるわ」
「……すぴー」

 この程度の声では動じないシルダを見て、笑いを堪える育江。左手人差し指を立てて、いつも通りに『ぽちっとな』をする。
 システムメニューから時空魔法の欄を見ると、レベル四に『中距離転移ミドルゲート』が表示されている。説明を読むと『中距離を転移する』と書いてあった。

「さらに、まんまですかー」

 育江は、『システム管理者出てこい』と言いたくなるのをぐっと押さえる。現実と思われるこの世界はにいるなら、もうそれは神に等しい存在だろうから。

 毎朝飲んでいる『濃厚とまじゅー』よりはちょっと薄め、普通の濃さのとまじゅーを飲んで、『パルズマナ』をかける。寝ているシルダを抱き上げて。

「『中距離転移』」

 珍しく、一度で成功。もちろん、行き先は決めてあった。
 ゆっくりと『門』をくぐる。すると、シルダがはじかれず、一緒に通過することができた。

(レベルと熟練度なのかな? どっちにしても、これは助かるかも)

 『ペットケージ』を使わなくても、一緒に転移できるなら、一手間減るので助かると育江は思っただろう。

 夕日に照らされた、管理された農園。瑞々みずみずしい野菜と短い芽の出ている畑が見えたかと思ったら、夕日を遮る大きな陰に育江は驚いた。

「うあっ」
「うわっ」
「ぐぎゃ?」
「びっくりした。いつこっちに来たんだ?」
「あ、その。色々と秘密でお願いします」
「ぐあ?」

 ここは、とまじゅーの元になるトマトの産地。ジョンダンの町から、馬車で丸一日かかる距離のマトトマト村だった。

 目の前にいたのは、村長代理になっていたギルマ。彼女は、育江が『ちょっと特殊な調教師テイマー』だと認識している。

「トマト、植えたんですね?」
「あぁ、マトトマトだね。イクエちゃんとシルダちゃんのおかげで、こうして芽も出てきた。半年しないうちに、またたっぷり収穫できるはずだよ」
「そうだ。『とまじる』またわけてもらえますか?」
「あぁ、構わないよ」

 こうして育江は、馬車で丸一日の距離を、最短時間で移動する術を手に入れたことになる。

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