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第三章:潮目
帰還(3)
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翌日。ステラリアとクラリスを乗せた馬車は快足を飛ばして帝都へと入り、皇太子宮までまっすぐに向かっていた。
「もうすぐ皇太子宮ですよ、お嬢様。レイジ殿下と会うのも久しぶりですね」
「ええ、そうね……」
私の寝不足を察知してか、クラリスは道中あまり声をかけてはこなかった。だけど、頭の中では今の状況についての疑問が渦巻いていて、どうにも寝付くことができなかった。
「お休みになれなかったのは仕方のないことですが、ここまできたらしっかりと目を覚ましていただきませんと。そんなぽやぽやした表情を殿下に見られたら、そのままベッドに連れ込まれてしまいますよ?」
「そうね、報告することも聞きたいこともあるし、無理やり寝かされたら困るわね……」
私は立ち上がると全身をほぐすように体を動かす。それをクラリスが冷ややかな目で見つめていた。
---
皇太子宮につくと、門の周囲には大勢の人が並んでいた。
「あら、出迎えかしら」
誰もいないのでは味気ないと、レイジが手配してくれていたのかもしれない。
そんなことを考えているうちに馬車は門まで乗りつけて。
御者が馬車の扉を開ける。降りようとした私に差し出されたその手には、なぜか見覚えがあった。
「おかえり、ステラリア」
「えっ、レイジ!?」
馬車での帰還というのはどうしても時間の見積が難しい。馬の機嫌や道の混み具合によって到着時間は大幅にぶれるからだ。
だから、レイジほどの人間が長時間出迎えを待つなんてありえないと思っていた。
「ただい……きゃあっ!?」
寝不足と驚きで判断が鈍ってしまったか、慌ててレイジの手を取った私は、足元の注意がおろそかになってしまい、段差を踏み外してしまう。
「ステラリア!」
とっさにレイジが私を引き寄せ、抱き留めてくれた。心臓が早鐘を打つ。
「まったく、バスティエ領で休養しているうちに勘が鈍ったか? 俺に外出が失敗だったと思わせないでくれ」
「え、ええ。ちょっと慌ててしまったわ。ごめんなさい」
「いやなに。お前に怪我がなくてよかった」
レイジがふっと笑みをこぼす。心底安堵してくれたようで、私は心が落ち着くのを感じる。
……それはいいんだけど。
「ええと……レイジ殿下? そろそろ下ろしてくれないかしら?」
もう落下の心配はないはずなのに、レイジは抱き留めた格好のまま動こうとしない。
「いやなに、疲れているんだろう? 執務室までくらい連れて行ってやる」
「いやいや、執務室なんてすぐでしょう? レイジにそこまでさせるわけにはいかないわ」
私が反対しても、レイジはお構いなしに私を抱えなおして皇太子宮へ足を向ける。激しく抵抗しようと思えばできるけれど、そこまでしたいわけでもなかった。
それに。
(暖かい……)
レイジの体温が伝わってくる。私の心に開いていた不安という穴を埋めてくれるような、そんな心地よさが胸に沁みわたっていく。
結局、私はレイジに身を任せて執務室まで運んでもらうことにした。
レイジが私に課した要求は、とてつもなく厳しい。だというのに、彼からはとてつもなく甘やかされているようにも感じる。
私はそれをどう受け止めればいいのか。私の中を渦巻いている感情とどう向き合えばいいのか。
今の私にはなにもわからなかった。
「もうすぐ皇太子宮ですよ、お嬢様。レイジ殿下と会うのも久しぶりですね」
「ええ、そうね……」
私の寝不足を察知してか、クラリスは道中あまり声をかけてはこなかった。だけど、頭の中では今の状況についての疑問が渦巻いていて、どうにも寝付くことができなかった。
「お休みになれなかったのは仕方のないことですが、ここまできたらしっかりと目を覚ましていただきませんと。そんなぽやぽやした表情を殿下に見られたら、そのままベッドに連れ込まれてしまいますよ?」
「そうね、報告することも聞きたいこともあるし、無理やり寝かされたら困るわね……」
私は立ち上がると全身をほぐすように体を動かす。それをクラリスが冷ややかな目で見つめていた。
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皇太子宮につくと、門の周囲には大勢の人が並んでいた。
「あら、出迎えかしら」
誰もいないのでは味気ないと、レイジが手配してくれていたのかもしれない。
そんなことを考えているうちに馬車は門まで乗りつけて。
御者が馬車の扉を開ける。降りようとした私に差し出されたその手には、なぜか見覚えがあった。
「おかえり、ステラリア」
「えっ、レイジ!?」
馬車での帰還というのはどうしても時間の見積が難しい。馬の機嫌や道の混み具合によって到着時間は大幅にぶれるからだ。
だから、レイジほどの人間が長時間出迎えを待つなんてありえないと思っていた。
「ただい……きゃあっ!?」
寝不足と驚きで判断が鈍ってしまったか、慌ててレイジの手を取った私は、足元の注意がおろそかになってしまい、段差を踏み外してしまう。
「ステラリア!」
とっさにレイジが私を引き寄せ、抱き留めてくれた。心臓が早鐘を打つ。
「まったく、バスティエ領で休養しているうちに勘が鈍ったか? 俺に外出が失敗だったと思わせないでくれ」
「え、ええ。ちょっと慌ててしまったわ。ごめんなさい」
「いやなに。お前に怪我がなくてよかった」
レイジがふっと笑みをこぼす。心底安堵してくれたようで、私は心が落ち着くのを感じる。
……それはいいんだけど。
「ええと……レイジ殿下? そろそろ下ろしてくれないかしら?」
もう落下の心配はないはずなのに、レイジは抱き留めた格好のまま動こうとしない。
「いやなに、疲れているんだろう? 執務室までくらい連れて行ってやる」
「いやいや、執務室なんてすぐでしょう? レイジにそこまでさせるわけにはいかないわ」
私が反対しても、レイジはお構いなしに私を抱えなおして皇太子宮へ足を向ける。激しく抵抗しようと思えばできるけれど、そこまでしたいわけでもなかった。
それに。
(暖かい……)
レイジの体温が伝わってくる。私の心に開いていた不安という穴を埋めてくれるような、そんな心地よさが胸に沁みわたっていく。
結局、私はレイジに身を任せて執務室まで運んでもらうことにした。
レイジが私に課した要求は、とてつもなく厳しい。だというのに、彼からはとてつもなく甘やかされているようにも感じる。
私はそれをどう受け止めればいいのか。私の中を渦巻いている感情とどう向き合えばいいのか。
今の私にはなにもわからなかった。
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