上 下
2 / 76
第一章:再起

再起(2)

しおりを挟む
「帝国貴族の収入は減少傾向にある。俺はこれを増加傾向に転じさせたい。そのためには現在各貴族領内で完結している事業を他の貴族家と協業するなど、貴族間の連携が必要になると思っている。貴族間で連携をとるための手っ取り早い方法が両家の婚姻だ。だが、各貴族家……特に上位貴族は、自分の家の令嬢を俺と結婚させたいがために貴族間での婚約・結婚を保留していてそれが一向に進んでいない」

 なるほどと思い、私は皇太子の目を見やる。

 この見目好く実績十分な皇太子が、ポーラニア帝国の貴族令嬢にとって最大の優良物件であることは疑う余地もない。だから、上位貴族の令嬢は皇太子との婚約を求めて他の貴族令息との縁談は保留しているのだろう。下位貴族の令嬢が上位貴族の令息に嫁ぐことはあっても、その例は多くないはずだ。

 そうやって貴族間のつながりが生まれない原因が皇太子自身にあることは理解しつつも、帝国に価値を生まない令嬢との結婚はしたくないと縁談を断り続けているのだろう。

「そこで、だ。ちょうどいいところにイクリプス王国との戦争が終結し、王国につながりができた。俺が参戦するまでポーラニア帝国軍の侵略を防ぎ続け、領地を発展させ続けてきたステラリア令嬢の手腕は良くも悪くも帝国じゅうに知れ渡っている。そんなお前を婚約者として迎えれば、俺の婚約者の座を狙っていた令嬢は反発するだろう」

「まあ、そうでしょうね」

「そこで今の帝国貴族に対する不満を告げ、貴族に変革を促す。俺の婚約者になりたければ、ステラリア令嬢以上の成果を帝国に示し、自身が帝国にとって価値のある存在だと認めさせろ、と」

 私以上の成果とはなんだろうか。国民に戦姫せんき令嬢れいじょうとか言われて偶像視されるくらいということだろうか。それってかなり要求が高いのでは……?

「つまり私との婚約は、そうやって帝国貴族が領地の変革に取り組み、令嬢に結婚する価値が生まれるまでの仮契約ってことね」

「そのとおりだ。当然、イクリプス王国との良好な関係を維持するための象徴でもあるが」

 当初私が予想していた皇帝の側室とは異なるが、皇太子妃という立場も人質という意味ではそう大差ない。人質にするには正妻という立場は少し過剰にも思うが……どうせ二年の契約なのだ、その間に帝国を立て直すことができれば人質など用済みということだろう。

「そこまで進めば、条件を満たしたとして恩赦を言い渡すことは容易だろう。帝国で爵位を得て定住するなり、イクリプス王国に戻るなり、好きにすればいい」

 皇太子は簡単に言うが、そこまで進むのにどれだけの期間を要するのか想像もつかない。仮に十年かかったとして、それまで帝国内の婚姻が進まなければ帝国にとって大きな損失となるだろう。

「契約期間は二年とする。それまでにお前を超える価値のある令嬢が現れなければ、そのままお前と結婚することになるだろう」

「はい?」

 反射的に声が漏れて、慌てて口をつぐむ。

「俺にとっては、帝国を発展させることが第一だ。もし期間内に期待する成果を上げることができなければ、お前には相応の責任を取ってもらう」

「責任って……皇太子はそれでいいの?」

「帝国を発展させるためなら致し方ない。嫌なら期間内に成果を出すことだ」

 目を伏せて重々しく吐かれたその言葉に、私も嘆息する。

 この皇太子は、帝国を発展させるというただその一事のために、人生を投げうって私と婚約しようとしている。その姿はまるで、国境を守るというただその一事のために人生を投げうっていた私の姿と重なるようで。

「はあ……わかったわ。その契約、受けましょう」

 言って、目の前の婚約証明書にサインする。

 皇太子は震える手でそれを受け取った。

 望まない婚約なのだ、本当は受け取りたくない想いもあるんだろう。

「協力、感謝する。これをもってお前は書類上俺の婚約者ということになる。よろしく頼むぞ、ステラリア令嬢」

「こちらこそ。生き延びるためにできることはやりましょう、レイジ皇太子」

 差し出された手に自らの手を重ねる。皇太子がうっと呻いてもう片方の手を胸に当てたのは、それほどこの婚約に忸怩じくじたる想いがあるからだろう。

 国境ひとつ守れなかった令嬢に何ができるのかは知らないが、契約を結んだ以上はその想いに応えてみよう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

アイアイ
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

私が死んだあとの世界で

もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。 初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。 だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

【完結】公爵令嬢はただ静かにお茶が飲みたい

珊瑚
恋愛
穏やかな午後の中庭。 美味しいお茶とお菓子を堪能しながら他の令嬢や夫人たちと談笑していたシルヴィア。 そこに乱入してきたのはーー

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

貴方が選んだのは全てを捧げて貴方を愛した私ではありませんでした

ましゅぺちーの
恋愛
王国の名門公爵家の出身であるエレンは幼い頃から婚約者候補である第一王子殿下に全てを捧げて生きてきた。 彼を数々の悪意から守り、彼の敵を排除した。それも全ては愛する彼のため。 しかし、王太子となった彼が最終的には選んだのはエレンではない平民の女だった。 悲しみに暮れたエレンだったが、家族や幼馴染の公爵令息に支えられて元気を取り戻していく。 その一方エレンを捨てた王太子は着々と破滅への道を進んでいた・・・

処理中です...