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魂を抱いてくれ

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笑可が帰ってくる日は雨が降っていた。
大雨で土砂降り。
4月はまだ寒くて、心まで冷やしそうだった。

あの日の夜のように、心細さそうな顔で待ち合わせの公衆電話近くの道で彼女は泣き出しそうな顔だった。
「どうした、笑可」
「まだやっぱりPTSD、ひどいな」
「離さないからオレの前では泣いたっていいんだよ」
「ゆりあさんの前では弱い自分を見せないでいたの。プロ目指すならただ音楽に向き合ってたから。でも彼女とお別れしてからは異様に過去のこと考えちゃうんだ」

「笑可、ゆっくり立ち上がっていけばいいんだ。少し君は急ぎすぎただけだ」
オレはそっと彼女を抱きしめた。
「つらい、ツライよ。フラッシュバックが苦しいよ。自分らしく生きたいだけなのに」

「魂を抱いてくれ。君の胸の汚点(しみ)、オレが落としてやる。目の前の景色が暗く見えないようにオレが照らしていく!」
そのまま氷室京介さんの魂を抱いてくれを歌い始める。

あえて氷室さんの歌い方をオーバーに歌いつつ、時折河村隆一さん風にねっとり歌ったら目の前の笑可は困ったような笑顔で「いい曲なのに、異様にネットリした歌い方で笑っていいのか困る」とつぶやいた。
「照れ隠しさ。ほおおん!   言葉ぁあぁん!」
だから河村隆一さんにも失礼だから、変に歌い方強調するのやめてよーと笑可が突っ込む。

「たむちゅーぶにはかなわないよ」
「あの人の河村隆一愛はヤバすぎるよね」
「笑可いない間、彼のYouTube見すぎてひたすら一緒になってたむちゅーぶのモノマネし続けてたら河村隆一さんのモノマネをする男のモノマネが上手くなったよ」
「何そのカバー曲のカバーが上手くなったみたいな現象」

さっきまではシリアスなバラードが合いそうだった空気は激変した。
笑顔を浮かべてくれている笑可が愛しくてたまらない。
「明日、ゆりあさんが空港に行く日なんだ。一緒に送り出したいけど何を贈ったらいいかわからない」
「金属探知機に引っかかりそうなものってなんかイヤだよね。何かいいアイデア浮かびそうで……笑可、思いついてきたよ」
「何かな」

「羊毛フェルトでできた猫、贈ろう」
「いいね、それ。でもかなり時間かかるんじゃ」
「問題はそこなんだよね」
「それじゃゆりあさんが現地のアパートかなんか住み始めてから猫は贈ることにして、私バラードを彼女に作ることにするよ」

それはかなりいいという話になって、ボクは帰り道を氷室京介さんと河村隆一さんのモノマネをしながら帰った。
完全にたむちゅーぶに染まりきっていた。
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