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ROCKET DIVE

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Zoomでその女性DTMerの『澤井水絵』と初対面した。
「私、北海道住みだから会いに行けなくてごめんなさい。前々から笑可さんの才能に惚れてたので私にギャランティ払って依頼しようとしてくれてるのは嬉しいんですけど、それならそのお金被害者団体に寄付してください」
「いいんですか!?」

「その代わり、カナリアボックスを歌ってくれませんか?
オケはこちらが作るので」

耳コピの上手い人なんだろう。
カナリアボックスはスゴくいい曲なのに、曲のコード進行を載せるサイトには未登録でボクはハーモニカでは少ししかメロディを奏でられない。

「それで猫の歩く時って新曲のデモ音源と完成してるボーカルのみのMP3を水絵さんに送りますね」
「わかった。私に任せてほしい。絶対いい曲にしてみせるから。今片耳で聴いてみてるけど、とてもポップで明るくてでも暖かい気分になれる歌だね」

「カナリアボックスの明るさを参考にしてみました。ループさせたリミックスを作っても違和感ないように、循環コードでネコネコネコネコって歌い続けるパートも用意してます」
「SEKAI NO OWARIみたいに動物団体に寄付するのアリかもね。2バージョンほどリミックス作るからそれを動物愛護団体に寄付して、通常盤は性被害の被害者団体に寄付するってのはどうかな」

「それいいですね。でも本当に私お金払わなくていいんですか?」
「笑可ちゃんからお金は取れないよ。それならMVとかにお金回してもらって」

水絵さんは音楽系の専門学校を卒業した後、仲間とバンド組んだりしたものの、男女関係のもつれや音楽性の違いで解散してそこからDTMをやり始めたという経緯を持つ。
人気Vtuberへの楽曲提供などを務めているから実力は折り紙つきだろう。

「私もDTMやってみたいんですよね」
「んー。ギター弾けるなら編集程度に使うくらいでいいかも。笑可ちゃんはこれからメジャー目指すんでしょ?   それならしっかりしたアレンジャー付くし、DTMは地獄だよ」
「……地獄ですか?」
「君たちと仲良くしてる山沢さんならわかってくれそうだけど、ソフトによって使い方が違いすぎるのと楽器がメチャクチャ弾ける人がうらやましくなるってのはあるよね」

「具体的には?」
「BPM(リズム)の調整とか訳分からん。いちいち数字いじって早くしたり遅くしたりするのめんどくて、たまにデフォルトの数値で出力しかける。
キーを自在に変えられるから、気軽に転調する歌を作るとかはできるけど」

「そうなんですね。ラストのサビに転調する歌とかどんなメロディに変わるかわからないので、そういう時は水絵さん頼っていいですか?」
「もちよ。ジャンジャン頼って。私は笑可ちゃんみたいな立派な理由で音楽やってる人間じゃないから」

水絵さんが音楽作る理由を笑可が聞くと、好きなバンドのギタリストに惚れているという反応が返ってきた。
なかなか俗物な理由で、逆にわかりやすくていい。

「私、オルガンの音好きなのでどこかのパートに入れてください」
そうリクエストした笑可にわかったと返す水絵さん。
画面に突如映る猫。
白いモフモフの猫だ。
「あっ、もうすみれってば。暴れん坊なんだから。じっとしててったら。この子時々家で走り出すの」
水絵さんが説明する。

猫好きな笑可は画面に釘付けだ。
「くふぅ……猫ちゃんかわいい!   水絵さん、なんであまり猫ちゃんの写真Xに貼らないんですか」
「自分だけのものにしてたいのと、Xにタグ付けて投稿するのめんどいからかな」

「それじゃdiscordかLINE交換して、貼り続けてください」
「私ゲーマーだからディスコでいい?   笑可ちゃんの作曲の原動力になるなら貼るよ」

ガッツポーズまでする笑可。
どうやら彼女の猫愛は本物すぎた。

「猫の鳴き声とかサンプリングしたいけど、なかなか鳴かないのよねこの子。
無口な猫ちゃんなの」
すみれをテーブルに乗せ、会話に戻る水絵さん。

「2月22日にはなんとか動画上げたいけど、間に合わなそうだよね。3月の最初とか確かその日も猫の日だったかな」
「そうなんですね」
「ずっと猫の日に何かアクション起こすためにも、笑可ちゃん。死んだら許さないよ」
「わかりました。ありがとうございます」

会う女性ほぼ全員が笑可が自殺しないか気にかける。
魂の殺人をされた女性はそのまま自らのタマシイを物理的にも自ら殺してしまう。
そんな最悪のパターンを知人にいたのかわからないけど、玖蘭さんも彼女も心配する。

なんとなくスマホをいじってたところ、YouTubeをタップしてしまいROCKET DIVEが流れ出す。
「バンド仲間がXやhideのファンだったな」
ぽつり、水絵さんが言った。

「私、1人きりでひたすら音楽作ってたけど寂しくなって色んなDTMerとかと接点持つようにしたんだ。
そしたら意外と温かい人たちばかりで、孤独に生きてきたのがバカらしくなったよ。
笑可ちゃんもどんどん音楽仲間増やすといいよ。
最初は女性限定に絞ってもいいから」

「そうですね、そうします」
水絵さんは猫のエサ買ってくるからこの辺でと締めくくり、打ち合わせは終わった。

そろそろ笑可にはメジャーを受けるかどうかを考えてもらわなければならない。
実はもう2件だけオファーが来ていて、大手と微妙な知名度のレコード会社の育成部門から声がかかっている。

最初は中堅なレコード会社からスタートして、やがて大手に行けばいいのでは?
そんなことを思った。
「笑可、相談あるんだけど」
「なに?」
「どこのレコード会社に入るんだ?」
「さだまさしさんと同じレコード会社がいい」

意外と彼が所属してる会社までは知らなかったので、今度調べとこう。
「じゃ、そこに決めよう。落ちたら別の会社かインディーズレーベル受けてみるのも悪くないはず」
「玖蘭さんと同じ会社ってのはプレッシャーあって」
「確かにね」
天才肌で境遇も似てるし、彼女と同じ会社に所属してしまうと何かと比べられることになる。
それは不幸な選択にしかならないだろう。

笑可の判断は正しいように思う。

後々、さださんが所属してるのは木村カエラさんや及川光博さん(ミッチー)、レキシが所属する大手だと知る。
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