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ブランコに乗って

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ビー玉が机を転がるようなスピードで月日は過ぎていく。
バレンタインは特に何も無かった。
いや、笑可が作りかけの新曲を聞かせてくれたんだったか。

あと1週間で停学も解ける。
1ヶ月を通してLUNKHEADの小高さんやフジファブリックの志村を模範にして、音楽を作っていきたいという笑可の姿勢を知れてよかった。
何度も何十回も病み、時にはエチケット袋に嘔吐することもあった。

そんな時に完全に笑可の心の支えになれているのか不安になったりもした。
でも、彼女は毎回別れ際に「いつもありがとう」の挨拶を忘れないのだった。

ああ、ボクがベース弾けたなら田淵智也さん(UNISON SQUARE GARDEN)ばりにうるさく暴れてやるのに。

そんなことしたら笑可が「あ、あのw  動きうるさいんで大人しくしてて豹馬」ってツッコミ入れてきそうだけど。
実際、猫の歌とは別の歌を作っている彼女の隣でハタキをベース代わりにひたすらヘドバンしつつ田淵ダンスしたら笑可は迷惑そうな顔で「変なキノコでも食べた?」とツッコミしてきたっけ。

笑可のフォロワー数はCDリリース後に少し増えた。
また、#アシアト感想で検索すると性被害を引きずりつつ歌を書く彼女に心を打たれた女性たちがツイートしまくっていた。

今、ボクらは昼の公園でブランコに乗り彼女の作った猫の歌(仮)のデモテープMP3を聴いていた。
「雲ってわたがしみたいだよね」
そんなのんきなことを言う笑可。

「最近はオレのいない時はどう過ごしてるんだ?」
「あの日行った猫カフェの動画見返してはニコニコしてる」
「それはいい話だな」

「玖蘭さんに聴かせてみたいな、今の歌がDTMerさんのアレンジを経たら」
だからか、彼女の作った猫の歌はシンプルなリズムギターに間奏でポップなギターリフが入るくらいで
色々アレンジしがいのある余地を残す作りになっていた。

「ヨーロッパ、ヨーロッパ、ヨーロッパ返して!
ヨーロッパ、ヨーロッパ、ヨーロッパ返して!」
突然歌い出したボクについに壊れたかといったような表情を浮かべつつ、どうしたの?と笑可が聞いてきた。

「今のはメランコリック写楽って解散したバンドのヨーロッパ返してって歌だよ」
「あっ、このボーカルの女性知ってる。ももすももすさんじゃん」
YouTubeを一緒に見ながら、火星返してって歌作りたくなってきたと笑可。

今日は体調にムリがあったのか、笑可は30分公園にいたが「もう帰りたくなってきた。私を見守ってて」と小さい声で言う。

「わかったザンスよー」とボクは明るい声で彼女に声をかける。
そして笑可の頭をポンポン優しく叩く。

「笑可が嫌いなものってなんだっけ」
「カニミソとうに」
「じゃあいつか出したCDの順位がオリコン50位以下記録したら両方食べてもらおうか」
「私を殺す気?」

辛そうにしてた笑可の顔がオレの軽口でほころぶ。
さらに笑わせようとコウメ太夫風にネタを披露する。
「計量スプーンだと思ったら~、洗剤用スプーンで食べてました~。ちきしょー!」
笑可はあはあは笑って、別の意味で苦しそうだった。

女性DTMerとZoomで打ち合わせするのはまもなくであった。

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