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治療法
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いつものように仕事を終え、家に帰ると、扉の前に一人の女の子が座っていた。
とても不思議な光景だった。
見慣れた家の扉だというのに、女の子が一人座っているというだけで、まるで自分の家ではないような感覚になる。
「この家の人ですか?」
雪の降る中、女の子は消え入りそうな声で俺にそう尋ねた。
「どうもありがとうございます。」
あの後、そのまま少女を家に入れてしまった。
それが世間的に見て良いかどうかは分からないが、少なくとも雪の中で凍えている少女を見捨てるよりかはいくらかマシだろう。
「あなたは優しいのですね。」
女の子はさっきまでの、消え入りそうな雰囲気は無くなり、猫舌なのかホットミルクをちびちびと飲んでいる。
「ところで、君名前は?どこから来たの?」
「残念ながら、私がそれにお答えすることはできません。言えるのは、家出をしてきたという事だけです。」
そう説明する女の子の表情は、何処までも暗かった。
それから彼女が話してくれたのは、帰る家が無いという事。ただそれだけだった。
俺は、彼女を警察に連れて行こうとも考えた。だが、自分の家に女の子が転がり込んでくるという漫画でしか見たことのない展開に俺は高揚していた。
結局、何んとも答えを見いだせないまま、彼女の名前も知らぬまま、ずるずると時間だけが過ぎていった。
彼女が来てからの日々は、俺の色褪せた日常に色を付けてくれるような毎日だった。
毎日のようにご飯が出てきて、一人暮らしだった俺に「お帰り」と言ってくれる人がいる。
正直幸せだった。今までのどの瞬間よりも。
彼女が来てから2週間ぐらいが過ぎた頃、彼女が突然外に外出しようと言い出した。
そうして、連れられるがまま訪れたのは、いつも俺が通勤に使っている駅のホームだった。
「お兄さん。本当に申し訳ありませんでした。そして、本当にありがとうございます。」
駅のホームに立った時、彼女は俺にそう告げた。
正直、突然のことに困惑し、意味が分からなかったが、彼女の言葉を待つことにした。
「私の名前は樫木美月です。父の暴行に対して謝罪します。そして兄の最後を見て頂いたことに感謝します。」
初めて聞いた彼女の名前は、決して心躍るものでは無く、この世で最も聞きたくない名前だった。
「今まで隠していてごめんなさい。いつかは言わなければとは思っていたんですけれど、なかなか言い出せなくて。」
「お父さんは元気?」
あれから、樫木さんの所在については聞いてはいない。
俺を殴った人であり、会社から消えた人の所在を気にするほど俺はできた人間じゃない。
「父は、兄が無くなってからどこかおかしくなってしまいました。兄が自殺をするはずがない。俺以上に出来た息子なんだと。それだけで済めばよかったのですが、会社を辞めた後、酒癖が悪くなり、私にも手を出し始めて、それが怖くなって家を出ました。」
「お母さんはなんて?」
「母も同様、あなたのせいなのねと。」
彼女が話すからには、あの人が会社を辞めてから彼女自身にも被害が行ったようだ。
しかし、聞けば聞くほど、上司に報告してあの人を止めさせた俺が悪いのではないかと思ってしまう。
「そんな時思い出したのが、父があなたが兄を殺したと言っていたことです。それから、父の居た会社とその名前を頼りにあなたの家まで来ました。」
「すぐに警察に行った方がいいよ。」
「あれでも、今まで育ててくれた親ですから。」
それから彼女は持ってきていた荷物を置いた。
そして、線路の方をまっすぐ向く。
あの時と、あの子と同じように。
「待って!」
俺はすかさず彼女の腕を掴んだ。
目の前で誰かが死ぬのはたくさんだ。
あんな思いをするのは二度とごめんだ。
あの子が死んだから、俺は警察に連れていかれ、殴られたんだ。物も取られた。そんなのたくさんだ。
あれ?じゃあ、俺は俺のために彼女を助けたのか?
目の前で誰かが死ぬ。それが嫌だと思ったのに、想像したのは自分がひどい環境にあったことだけ。
それ以外は何も思いつかなかった。
そのことに、俺はなんて情けない人間なんだと、自己嫌悪すら覚える。
「痛いです。」
彼女の痛がる声にハッとする。
「兄は最後、どんな顔をしていましたか?」
彼女がどんな気持ちで聞いたのかは想像するしかないが、きっとそれは辛いものなのだろう。彼女の顔がそう物語っている。
「彼は...」
答えようとしたが、やはり俺と俺の隣で死んだ少年は無関係であり、語れることなど無かった。
何より一度はあの少年を憎んでしまった俺に、あの少年のことを軽々と彼女に話す資格すらない。
そう考えると、開きかけた口は自然と閉じてしまった。
「いいんです。でも、これだけは知っておいてください。父もあなたも兄も、そして私自身もみんな自分勝手で、それを認めてくれる人が居なくて、独りぼっちなだけなんです。でも、あなたは自分勝手な私を許してくれた。その優しさが私を救ってくれたことを。」
「さようなら。」それだけを言い残して、彼女は俺の前から消えた。
”独りぼっち”確かにそうかもしれない。樫木さんもあのホームレスも、あの兄弟たちも、俺も。
みんな独りぼっちなんだ。だから、こんなに空虚な気持ちになる。
みんな独りぼっちでおかしくなってしまったのだ。
そうやって、自分でも分からない答えになぜか納得してしまった。
そう吹っ切れたら、自然と心が軽くなった気がした。
今日も、やけに電車とサイレンの音がうるさかった。
とても不思議な光景だった。
見慣れた家の扉だというのに、女の子が一人座っているというだけで、まるで自分の家ではないような感覚になる。
「この家の人ですか?」
雪の降る中、女の子は消え入りそうな声で俺にそう尋ねた。
「どうもありがとうございます。」
あの後、そのまま少女を家に入れてしまった。
それが世間的に見て良いかどうかは分からないが、少なくとも雪の中で凍えている少女を見捨てるよりかはいくらかマシだろう。
「あなたは優しいのですね。」
女の子はさっきまでの、消え入りそうな雰囲気は無くなり、猫舌なのかホットミルクをちびちびと飲んでいる。
「ところで、君名前は?どこから来たの?」
「残念ながら、私がそれにお答えすることはできません。言えるのは、家出をしてきたという事だけです。」
そう説明する女の子の表情は、何処までも暗かった。
それから彼女が話してくれたのは、帰る家が無いという事。ただそれだけだった。
俺は、彼女を警察に連れて行こうとも考えた。だが、自分の家に女の子が転がり込んでくるという漫画でしか見たことのない展開に俺は高揚していた。
結局、何んとも答えを見いだせないまま、彼女の名前も知らぬまま、ずるずると時間だけが過ぎていった。
彼女が来てからの日々は、俺の色褪せた日常に色を付けてくれるような毎日だった。
毎日のようにご飯が出てきて、一人暮らしだった俺に「お帰り」と言ってくれる人がいる。
正直幸せだった。今までのどの瞬間よりも。
彼女が来てから2週間ぐらいが過ぎた頃、彼女が突然外に外出しようと言い出した。
そうして、連れられるがまま訪れたのは、いつも俺が通勤に使っている駅のホームだった。
「お兄さん。本当に申し訳ありませんでした。そして、本当にありがとうございます。」
駅のホームに立った時、彼女は俺にそう告げた。
正直、突然のことに困惑し、意味が分からなかったが、彼女の言葉を待つことにした。
「私の名前は樫木美月です。父の暴行に対して謝罪します。そして兄の最後を見て頂いたことに感謝します。」
初めて聞いた彼女の名前は、決して心躍るものでは無く、この世で最も聞きたくない名前だった。
「今まで隠していてごめんなさい。いつかは言わなければとは思っていたんですけれど、なかなか言い出せなくて。」
「お父さんは元気?」
あれから、樫木さんの所在については聞いてはいない。
俺を殴った人であり、会社から消えた人の所在を気にするほど俺はできた人間じゃない。
「父は、兄が無くなってからどこかおかしくなってしまいました。兄が自殺をするはずがない。俺以上に出来た息子なんだと。それだけで済めばよかったのですが、会社を辞めた後、酒癖が悪くなり、私にも手を出し始めて、それが怖くなって家を出ました。」
「お母さんはなんて?」
「母も同様、あなたのせいなのねと。」
彼女が話すからには、あの人が会社を辞めてから彼女自身にも被害が行ったようだ。
しかし、聞けば聞くほど、上司に報告してあの人を止めさせた俺が悪いのではないかと思ってしまう。
「そんな時思い出したのが、父があなたが兄を殺したと言っていたことです。それから、父の居た会社とその名前を頼りにあなたの家まで来ました。」
「すぐに警察に行った方がいいよ。」
「あれでも、今まで育ててくれた親ですから。」
それから彼女は持ってきていた荷物を置いた。
そして、線路の方をまっすぐ向く。
あの時と、あの子と同じように。
「待って!」
俺はすかさず彼女の腕を掴んだ。
目の前で誰かが死ぬのはたくさんだ。
あんな思いをするのは二度とごめんだ。
あの子が死んだから、俺は警察に連れていかれ、殴られたんだ。物も取られた。そんなのたくさんだ。
あれ?じゃあ、俺は俺のために彼女を助けたのか?
目の前で誰かが死ぬ。それが嫌だと思ったのに、想像したのは自分がひどい環境にあったことだけ。
それ以外は何も思いつかなかった。
そのことに、俺はなんて情けない人間なんだと、自己嫌悪すら覚える。
「痛いです。」
彼女の痛がる声にハッとする。
「兄は最後、どんな顔をしていましたか?」
彼女がどんな気持ちで聞いたのかは想像するしかないが、きっとそれは辛いものなのだろう。彼女の顔がそう物語っている。
「彼は...」
答えようとしたが、やはり俺と俺の隣で死んだ少年は無関係であり、語れることなど無かった。
何より一度はあの少年を憎んでしまった俺に、あの少年のことを軽々と彼女に話す資格すらない。
そう考えると、開きかけた口は自然と閉じてしまった。
「いいんです。でも、これだけは知っておいてください。父もあなたも兄も、そして私自身もみんな自分勝手で、それを認めてくれる人が居なくて、独りぼっちなだけなんです。でも、あなたは自分勝手な私を許してくれた。その優しさが私を救ってくれたことを。」
「さようなら。」それだけを言い残して、彼女は俺の前から消えた。
”独りぼっち”確かにそうかもしれない。樫木さんもあのホームレスも、あの兄弟たちも、俺も。
みんな独りぼっちなんだ。だから、こんなに空虚な気持ちになる。
みんな独りぼっちでおかしくなってしまったのだ。
そうやって、自分でも分からない答えになぜか納得してしまった。
そう吹っ切れたら、自然と心が軽くなった気がした。
今日も、やけに電車とサイレンの音がうるさかった。
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