思い出に花を、君に唄を

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遅刻しそうな朝

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 妙な寒さと体の痛さで目が覚めた。
 「そうだ。昨日はソファの上で寝たんだったな……」
 昨日は妻が急に怒り出して、寝室の扉を閉めてしまったのだった。
 だが、なんやかんや思っても仕事からは逃れられない。体が痛いからと言って休めるものでもない。
 ソファから立ち上がり、歯を磨きながら身だしなみを整える。
 「パパ……?」
 そうこうしているうちに娘が起きてきた。この時間に起きているなんてことはまず無い。ということは、目が覚めしまったのだろう。
 「何をしているんだ?まだ寝ていていいぞ。学校に行く時間はもっと先だろう?」
 「パパにね、おはなしがあっておきてきたんだ……」
 娘は本当に眠そうだ。
 それもそうだろう。まだ小学生なのだ。
 「わたしね、あしたさんかんびなの」
 「おう、そうか……」
 「だからね……。だから……」
 娘はもじもじとしていて、肝心の部分を言わない。
 して欲しいことがあるのなら、言葉にしなければ分からない。
 だって、俺はエスパーではないのだから。血は繋がっていたとしても、考えまでは分からない。
 「言葉にしてくれないと分からないよ」
 そう言ってみたはいいが、娘はもじもじとしっぱなしだ。これでは、どうしようもないし、会社にも遅刻してしまう。
 それは困る。
 「貴方に来て欲しいのよ。真理は」
 俺が娘の反応に困っていると、後ろから妻の声が聞こえてきた。
 声からして、どうやらもう怒ってはいないようだ。
 「俺に……か?」
 「そうよ。ほら真理、パパにちゃんと言ってあげて。パパは本当に鈍いんだから、ちゃんと言葉にしてあげないと伝わらないの」
 妻は、そう言って娘を諭した。
 それに答えるように、娘は意を決して口を開いた。
 「パパ……。あのね。あしたのさんかんびにきてほしいの!」
 それは、久しぶりに聞いた娘のお願いだった。
 「仕事が終われば行くよ」
 俺はそう答えた。
 「貴方って人は本当に……」
 「パパ。ほんとう?」
 俺の一言で、妻はやれやれと言った風にため息を付き、娘は眠気が吹き飛んだかのように目を輝かせていた。
 「遅れるから、仕事に行くよ」
 このままでは本当に遅刻をしてしまうため、会話を切り上げる。
 明日、午後から休みを取れば、娘の参観日には行けるから大丈夫だろう。
 「じゃあ、私からもお願いがあるわ」
 俺が扉を開けて出ていこうとすると、珍しく妻が俺を引き留めた。
 「今日は早く帰って来てね……」
 「仕事が終わったらな」
 そう言って、玄関に向かう。いつもより、家を出るのが遅れている。
 早くいかないと、電車に間に合わないだろう。
 「そういえば、貴方はそういう人だったわね……」
 家の扉が閉まる直前、そんな妻の独り言がかすかに聞こえたような気がした。
 「いってらっしゃーい!」
 だが、娘の元気な声に妻の声はかき消されてしまった。
 それ以上に、電車に乗ることの方が大事だ。
 俺は急ぎ足で会社に向かった。
 さすがに、今あの会社をクビになるのだけは避けなければいけない。
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