思い出に花を、君に唄を

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上司への口の利き方

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 「そんな横暴なことがありますか?」
 たった一言。部下はその一言だけを呟いて俯いてしまった。
 「そうだ。お前が責任を取れば済む話じゃないか。そうだ。そうしよう」
 そこまでの権限があるわけでもないのに、上司は軽々と俺を辞めさせるなどと上機嫌だ。
 目の前には怒りのあまりおかしくなってしまった上司。隣には俯いたままの部下がいる。そんな状況から逃げるように、俺はあの日の事件を思い出していた。
 帰りが遅くなった日の。一人の少女が飛び降り自殺をしたあの日のことを。
 あの日、飛び降りた子はどんな気分だったんだろう?そこまで思い詰めてしまった原因は何だったんだろう?映画にあるような家庭内の環境か、はたまた学校のいじめか、それともそのどちらでもないか。
 しかし、興味が無い事を考えても、正直目の前の現実からは逃れられなかった。
 「あんたのせいじゃないのか?」
 俯いていた部下が遂に口を開いた。
 「確かに火が付いた原因の1つは俺の行動だったかもしれない。でも、あんな大量の管理もできていない書類を整理してどうしようっていうんだ?そもそも、あれは本当に必要なんですか?答えていただけますか?」
 部下は、さながら開戦の合図のように机を叩きつけた。
 「あれを整理するだけで、貴重な1日が潰れてしまうくらいならいらないのではないですか?よほど必要な書類であるのであれば残しておかなければなりませんが、僕がこの会社に入ってからあの書類が必要になった記憶がありません。実際どうなのですか?あの書類の山は必要なのですか?」
 口を開いた部下は、びっくりするほど饒舌に上司に向かって説教じみたセリフを並べた。
 先ほどまで、俺を辞めさせるなどと上機嫌だった上司もさすがに困惑している。
 「君、上司に対しての口の利き方ってものが」
 「うるさい。質問をしているのはこっちなんだ。さっさと答えてくれませんか?」
 「いや、それは……」
 「必要ないんでしょ?」
 「いや、だから……」
 追い立てられた上司も、さすがに言葉に詰まっている。確かに部下の圧もあるだろうが、本当にあの書類の山は必要ないのだ。
 「そこまでだ。」
 これ以上やると、本当に二人共の首が飛びかねない。今仕事が無くなってしまえばさすがに俺も困る。
 「あの書類は必要と言えば必要なんだ。あれがあることで、何かあった時の保険になる。そうでしょう?」
 「あ、あぁ。その通りだ。君は分かっているじゃないか」
 「だが、別に紙じゃなければいけないというものでもない。そうですよね?」
 「え?な、何を言っているんだ?」
 俺は、部下に言い聞かせながら。そして、上司を安心させるように、1回づつ確認を取りながら話を進めた。
 「つまり、紙じゃなくてもデータでもいいということですよね?」
 「……」
 上司は状況が呑み込めず、押し黙ってしまった。
 後、一押しで行けると確信した俺は迷わずに最後の一言を放った。
 「あの書類を全てデータにしましょう。そうすればいちいち整理に悩まされることもない。加えて、それを実行した功績できっとあなた尊敬される。これをやらないってことは無いでしょう?」
 「そ、そうか……。なら、そうしようか。で、どうしたらいいんだ?」
 あんなに吠えていた上司も、よく分からない状況になり、すっかりおとなしくなった。これで、俺たちの首はひとまず安心だ。
 「社長に掛け合ってくれるだけで大丈夫です。後は我々が何とかします」
 そういって、上司のご機嫌を取りながら、書類紛失の責任をめぐる話し合いは幕を閉じた。
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