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第十章 混乱と動乱
第241話 情報共有
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ジュリアンの家族の面倒を見るのはクラーラとキンバリーに任せ、ノエインは予定通り、翌日にはアールクヴィスト領を出発した。急きょ馬車を一台増やし、キヴィレフト家の生き残りであるジュリアンと護衛のエルンストも連れて。
急ぎラーデンを脱出したためにろくな情報を持っていない彼らだが、保護してしまった以上、国王に伝えないわけにもいかない。形式的なことだけでも報告を行わせようと、一応同行させることにしたのだ。
いつも半日ほどで走破する道を今日はいつも以上に急ぎ、まずは義父のアルノルド・ケーニッツ子爵と合流。さらに二日後にはジークフリート・ベヒトルスハイム侯爵とも合流し、三家の馬車と護衛の騎兵で隊列を組んでさらに東のハルスベルク公爵領を目指す。
その道中の時間も無駄にはしない。ベヒトルスハイム侯爵、アルノルド、ノエインは侯爵家の馬車に同乗し、情報共有に努める。というより、ノエインとアルノルドがベヒトルスハイム侯爵から情報提供を受ける。
南部との『遠話』通信網は途切れて久しく、今は迅速に細かな情報を集めたいなら自前の人員を動かすしかない。このような状況では、より領軍規模や情報網の大きい大貴族が最も有力な情報源だ。
「……まさか、キヴィレフト伯爵の嫡男一家が生きていたとはな。それもよりによって、アールクヴィスト卿のもとに逃げ込むとは」
「僕も驚いたというか、呆れたというか……まあ、ジュリアン・キヴィレフトたちが生きていたことが、戦いの上で役に立つわけでもありませんけど。有益な情報は何も持っていませんでしたから」
ベヒトルスハイム侯爵の言葉に、ノエインもため息をつきながら答える。
「一応は異母弟であろう? 辛辣だな」
「アルノルド様もジュリアンと同じようなことを言うんですか……勘弁してくださいよ。今まで兄弟らしい交流も礼儀もなかったのに、急に調子よく頼られて辟易してるんですから」
疲れた表情でノエインがぼやくと、ベヒトルスハイム侯爵もアルノルドも少し笑った。
「さて……そろそろ本題だ。いくつか共有しておきたい話はあるが、基本的には悪い報せばかりだ」
男三人だけの馬車内で、ベヒトルスハイム侯爵がいきなり不穏なかたちで話を切り出す。
「まず王国南部の状況だが、南部の半分以上がベトゥミア共和国の支配域となった。南東部のビッテンフェルト侯爵は領都に籠城し、未だに持ち応えているそうだが……南西部のガルドウィン侯爵領は敵の手に落ちた」
その大凶報を聞いて、ノエインもアルノルドもさすがに息を呑む。
「こちらも領都に籠城したはいいものの、飢饉のせいで食糧の備えが足りずに内側から崩壊したらしい。領都が陥落した結果……ガルドウィン侯爵と家族は皆殺しにされたそうだ。まだ幼く、事前に領外に逃がされていた何人かの嫡孫以外は死に絶えたらしい」
「……それは」
「……なんと惨い」
ノエインもアルノルドも、ガルドウィン侯爵と顔を合わせて話したこともあった。北西部閥と南西部閥には確執もあったが、少なくともガルドウィン侯爵は貴族閥の盟主にふさわしい、理性的で敬意を示すべき人物だった。
「ビッテンフェルト侯爵は相当に容赦なく民から食糧を徴収して籠城の態勢を整えているが、ガルドウィン侯爵はそこまではしなかったそうだ。それが両家の生死を分けることになったと……これで、南西部はまた一段旗色が悪くなっただろうな」
「……思っていた以上に厳しい状況ですね」
ノエインはなんとかそれだけを呟く。
「それと、敵の装備についてもいくらか分かったことがある。これまでのベトゥミアの侵攻速度が異常に速いのは、どうやら馬車に何やら細工をしているためらしい。おそらくは魔法紋様を刻んで、魔力で足回りを補助していると見られている。馬車が丸ごと魔道具になっているということだな」
「なるほど……よく考えたものですな」
複雑な表情でアルノルドが感心の言葉を零した。
「その馬車ですが、鹵獲して仕組みを解明して、こちらも同じものを製造することはできないのでしょうか?」
そう問いかけたのはノエインだ。それに対してベヒトルスハイム侯爵は渋い表情を見せる。
「どうだろうな。腕のいい鍛冶職人や魔道具職人に実物を見せられれば叶うのかもしれんが……量産して実用化するには時間が足りないだろう。技術を盗むとしても、それは戦後の話だな。まずは戦争が終わった後に王国が存続していることを考えねば」
「……確かに、仰る通りですね」
ノエインも侯爵の言葉に納得して頷いた。
「それと、これはケーニッツ卿への報せになるが……南西部のハコック男爵家の安否についても探ろうとしたが、不明のままだ。済まない」
「……状況が状況ですので、致し方ないことでしょう。閣下が謝罪されることではありません。むしろ私のためにお気遣いをいただき感謝します」
ハコック男爵家はアルノルドの長女、クラーラから見るとローリーよりさらに上の姉が嫁いだ家だ。南西部の現状を考えると、無事ではない可能性も考えなければならない。
しかし、アルノルドは穏やかな声と表情のままベヒトルスハイム侯爵に答えた。彼なりに覚悟はしているのだろう、とノエインは思う。
「あとは……公爵領での本格的な軍議に先がけた打ち合わせだな。情勢が情勢だけに軍議の日までに到着できない貴族もいるだろうが、北西部と北東部の主要な家の当主は間に合うだろう。そこから陛下も良き策が出ることを期待されているはずだが」
そこまで言って、ベヒトルスハイム侯爵は小さくため息をついた。
「はっきり言って戦況は絶望的だ。ここから奇跡の一手……とまではいかずとも、現実的に勝ちの見える作戦が欲しい。このままでは北部貴族が全員で玉砕して、ベトゥミアに一矢報いて終わりだ。潔くはあるが、負けて国が滅びては意味がない」
「とはいえ、そうそう上手くはいかないでしょうな。この戦況を覆す策など……」
「……」
景気の悪い顔で話し合うベヒトルスハイム侯爵とアルノルド。その横でノエインは黙り込む。
「……アールクヴィスト卿、お前は頭がいい。何かいい案を思いついてはいないか?」
あまり大きな期待はせず、だがもしかすると……という一縷の望みを込めた表情でベヒトルスハイム侯爵が尋ねる。
ノエインは侯爵を見返し、続いてアルノルドにも視線を向け、微笑みながら口を開いた。
「ひとつ、思いついています。上手くいく保障はありませんが……もしかしたら起死回生の一手になるかもしれません」
「何っ?」
「本当か。ぜひ聞かせてくれ」
ノエインの言葉に、二人は目を見開く。ノエインは微笑みを保ったまま、自身の考えた案を語った。
ノエインの説明が進むほどに、ベヒトルスハイム侯爵とアルノルドはさらに目を見開く。その顔が青ざめていく。
ノエインが語り終わる頃には、二人とも言葉を失っていた。それほどに凄まじい、ロードベルク王国貴族の一般的な価値観や倫理観からはかけ離れた策だった。
「僕の頭では、これしか思いつきませんでした」
「……いや、有効な策ではあると思う。思うが……それは、あまりにも」
微苦笑しながらノエインが言うと、アルノルドが厳しい表情で呟く。
「……しかし、我々には手段を選ぶ余地など最早ない。有効な策を、感情を理由に忌避していては国が亡ぶ。陛下がどうご決断されるかは分からないが……公爵領に着き次第、お前が陛下に上申できるよう私が取り計らおう」
しばし考え込む表情を見せた後、ベヒトルスハイム侯爵が言った。
それから数日後、ノエインとアルノルド、ベヒトルスハイム侯爵、ついでにジュリアンを含めた一行は、無事にハルスベルク公爵領に到着した。
急ぎラーデンを脱出したためにろくな情報を持っていない彼らだが、保護してしまった以上、国王に伝えないわけにもいかない。形式的なことだけでも報告を行わせようと、一応同行させることにしたのだ。
いつも半日ほどで走破する道を今日はいつも以上に急ぎ、まずは義父のアルノルド・ケーニッツ子爵と合流。さらに二日後にはジークフリート・ベヒトルスハイム侯爵とも合流し、三家の馬車と護衛の騎兵で隊列を組んでさらに東のハルスベルク公爵領を目指す。
その道中の時間も無駄にはしない。ベヒトルスハイム侯爵、アルノルド、ノエインは侯爵家の馬車に同乗し、情報共有に努める。というより、ノエインとアルノルドがベヒトルスハイム侯爵から情報提供を受ける。
南部との『遠話』通信網は途切れて久しく、今は迅速に細かな情報を集めたいなら自前の人員を動かすしかない。このような状況では、より領軍規模や情報網の大きい大貴族が最も有力な情報源だ。
「……まさか、キヴィレフト伯爵の嫡男一家が生きていたとはな。それもよりによって、アールクヴィスト卿のもとに逃げ込むとは」
「僕も驚いたというか、呆れたというか……まあ、ジュリアン・キヴィレフトたちが生きていたことが、戦いの上で役に立つわけでもありませんけど。有益な情報は何も持っていませんでしたから」
ベヒトルスハイム侯爵の言葉に、ノエインもため息をつきながら答える。
「一応は異母弟であろう? 辛辣だな」
「アルノルド様もジュリアンと同じようなことを言うんですか……勘弁してくださいよ。今まで兄弟らしい交流も礼儀もなかったのに、急に調子よく頼られて辟易してるんですから」
疲れた表情でノエインがぼやくと、ベヒトルスハイム侯爵もアルノルドも少し笑った。
「さて……そろそろ本題だ。いくつか共有しておきたい話はあるが、基本的には悪い報せばかりだ」
男三人だけの馬車内で、ベヒトルスハイム侯爵がいきなり不穏なかたちで話を切り出す。
「まず王国南部の状況だが、南部の半分以上がベトゥミア共和国の支配域となった。南東部のビッテンフェルト侯爵は領都に籠城し、未だに持ち応えているそうだが……南西部のガルドウィン侯爵領は敵の手に落ちた」
その大凶報を聞いて、ノエインもアルノルドもさすがに息を呑む。
「こちらも領都に籠城したはいいものの、飢饉のせいで食糧の備えが足りずに内側から崩壊したらしい。領都が陥落した結果……ガルドウィン侯爵と家族は皆殺しにされたそうだ。まだ幼く、事前に領外に逃がされていた何人かの嫡孫以外は死に絶えたらしい」
「……それは」
「……なんと惨い」
ノエインもアルノルドも、ガルドウィン侯爵と顔を合わせて話したこともあった。北西部閥と南西部閥には確執もあったが、少なくともガルドウィン侯爵は貴族閥の盟主にふさわしい、理性的で敬意を示すべき人物だった。
「ビッテンフェルト侯爵は相当に容赦なく民から食糧を徴収して籠城の態勢を整えているが、ガルドウィン侯爵はそこまではしなかったそうだ。それが両家の生死を分けることになったと……これで、南西部はまた一段旗色が悪くなっただろうな」
「……思っていた以上に厳しい状況ですね」
ノエインはなんとかそれだけを呟く。
「それと、敵の装備についてもいくらか分かったことがある。これまでのベトゥミアの侵攻速度が異常に速いのは、どうやら馬車に何やら細工をしているためらしい。おそらくは魔法紋様を刻んで、魔力で足回りを補助していると見られている。馬車が丸ごと魔道具になっているということだな」
「なるほど……よく考えたものですな」
複雑な表情でアルノルドが感心の言葉を零した。
「その馬車ですが、鹵獲して仕組みを解明して、こちらも同じものを製造することはできないのでしょうか?」
そう問いかけたのはノエインだ。それに対してベヒトルスハイム侯爵は渋い表情を見せる。
「どうだろうな。腕のいい鍛冶職人や魔道具職人に実物を見せられれば叶うのかもしれんが……量産して実用化するには時間が足りないだろう。技術を盗むとしても、それは戦後の話だな。まずは戦争が終わった後に王国が存続していることを考えねば」
「……確かに、仰る通りですね」
ノエインも侯爵の言葉に納得して頷いた。
「それと、これはケーニッツ卿への報せになるが……南西部のハコック男爵家の安否についても探ろうとしたが、不明のままだ。済まない」
「……状況が状況ですので、致し方ないことでしょう。閣下が謝罪されることではありません。むしろ私のためにお気遣いをいただき感謝します」
ハコック男爵家はアルノルドの長女、クラーラから見るとローリーよりさらに上の姉が嫁いだ家だ。南西部の現状を考えると、無事ではない可能性も考えなければならない。
しかし、アルノルドは穏やかな声と表情のままベヒトルスハイム侯爵に答えた。彼なりに覚悟はしているのだろう、とノエインは思う。
「あとは……公爵領での本格的な軍議に先がけた打ち合わせだな。情勢が情勢だけに軍議の日までに到着できない貴族もいるだろうが、北西部と北東部の主要な家の当主は間に合うだろう。そこから陛下も良き策が出ることを期待されているはずだが」
そこまで言って、ベヒトルスハイム侯爵は小さくため息をついた。
「はっきり言って戦況は絶望的だ。ここから奇跡の一手……とまではいかずとも、現実的に勝ちの見える作戦が欲しい。このままでは北部貴族が全員で玉砕して、ベトゥミアに一矢報いて終わりだ。潔くはあるが、負けて国が滅びては意味がない」
「とはいえ、そうそう上手くはいかないでしょうな。この戦況を覆す策など……」
「……」
景気の悪い顔で話し合うベヒトルスハイム侯爵とアルノルド。その横でノエインは黙り込む。
「……アールクヴィスト卿、お前は頭がいい。何かいい案を思いついてはいないか?」
あまり大きな期待はせず、だがもしかすると……という一縷の望みを込めた表情でベヒトルスハイム侯爵が尋ねる。
ノエインは侯爵を見返し、続いてアルノルドにも視線を向け、微笑みながら口を開いた。
「ひとつ、思いついています。上手くいく保障はありませんが……もしかしたら起死回生の一手になるかもしれません」
「何っ?」
「本当か。ぜひ聞かせてくれ」
ノエインの言葉に、二人は目を見開く。ノエインは微笑みを保ったまま、自身の考えた案を語った。
ノエインの説明が進むほどに、ベヒトルスハイム侯爵とアルノルドはさらに目を見開く。その顔が青ざめていく。
ノエインが語り終わる頃には、二人とも言葉を失っていた。それほどに凄まじい、ロードベルク王国貴族の一般的な価値観や倫理観からはかけ離れた策だった。
「僕の頭では、これしか思いつきませんでした」
「……いや、有効な策ではあると思う。思うが……それは、あまりにも」
微苦笑しながらノエインが言うと、アルノルドが厳しい表情で呟く。
「……しかし、我々には手段を選ぶ余地など最早ない。有効な策を、感情を理由に忌避していては国が亡ぶ。陛下がどうご決断されるかは分からないが……公爵領に着き次第、お前が陛下に上申できるよう私が取り計らおう」
しばし考え込む表情を見せた後、ベヒトルスハイム侯爵が言った。
それから数日後、ノエインとアルノルド、ベヒトルスハイム侯爵、ついでにジュリアンを含めた一行は、無事にハルスベルク公爵領に到着した。
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