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第八章 予期せぬ戦いと状況変化
第193話 政治の話③
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人口3000人。これが、ノエインが自身の構想通りの領軍を備えるために必要と判断した最低限の数だ。
領軍拡大の構想を練った時点で、アンナやエドガー、クリスティなどの内務系従士たちと話し合って最低限必要な人口は算出済みだった。
「……それは、いささか少ないのではないか? どうだ、スケッギャソン侯爵?」
「はっ。王国の常識から考えると、正規軍の規模に対して相当に少ないと言えましょう」
一般的に、職業軍人である領軍兵士は人口の1%からせいぜい2%。その他に職人や商人を含めても10%から15%程度で、残りはすべて農業従事者……というのが王国貴族領の一般的な構成だ。小さな下級貴族領などは、ほぼ全員が農民、という場所も多い。
しかし、ノエインの言った3000人の規模だと、予備役を除いたとしても人口に対する職業軍人の比率は5%を超える。
「スケッギャソン閣下の仰る通り、一般的に見れば軍の規模に対して人口が少なすぎると思われるでしょう。ですが、我が領は少々特殊な食糧事情となっておりまして……現に、今までは1500人強の人口に対して100人近い領軍を抱えることができていました」
ノエインは自領の食糧事情について語る。
まずは、アールクヴィスト領の代名詞のひとつであるジャガイモ。麦と比べて収穫率が良く、土地を選ばず、短期間で育つジャガイモは領民たちの胃袋を強く支えてきた。このジャガイモのおかげで、アールクヴィスト領は圧倒的な効率で食糧を生み出せている。
さらに、肉が多く得られるのもアールクヴィスト領の長所だ。森が多い……というよりは人里とそれを結ぶ道以外はほぼ全て森という地勢上、領軍が領内をパトロールしているだけでも結構な量の獣や魔物を狩れる。
また領内では豚や牛、鶏などの畜産もある程度行われており、周囲の森からどんぐりなどの木の実が餌として採れ、大豆や甜菜の搾りかすといった栄養豊富な飼料も得られる。家畜はよく肥え、牛乳や卵や肉も多く得られる。
加えて、いざとなれば鉱山資源や、ジャガイモや油、砂糖などを売った利益で領外から麦を買うこともできる。
そのため、アールクヴィスト領は農業従事者の割合が少なくても問題なく食糧を得られる。現に今も、軍人や文官、商人、職人、鉱山労働者を除いた農民人口は八割を切っているが、問題なく社会が回っている……という事情をノエインは説明した。
「もちろん、これはあくまで最低限の人数です。より領内を安定させるには、3500人……できれば4000人ほどまで人口を増やしたいと考えておりますが、差し当たってこの3000人に到達することを目指すつもりでいます。いかがでしょうか?」
ノエインに問われたオスカーがスケッギャソン侯爵の方を見やり、侯爵が頷く。それを確認してからオスカーが口を開いた。
「領主のお前が言うのなら、3000人で問題ないのだろうな。よかろう、ひとまずはその人口規模を目標にするがよい」
「ありがとうございます」
領軍の構想に続いて人口計画にも納得してもらえたことに、ノエインは安堵する。
いくらアールクヴィスト領が急な人口増にも対応しやすいとはいえ、いきなり何千人も移民を増やせばさすがに領内社会の混乱や治安の悪化が心配だ。現在の人口から倍増させる程度で済むと決まって一安心だった。
「それでだ……王家はお前の類まれなる武功への報いとして、お前が領地の人口を増やすために助力をしてやると決めているわけだが」
ニヤリと笑いながら話すオスカーに、ノエインもいたずらっぽい笑みを返した。
オスカーの言い方はもちろん建前だ。アールクヴィスト領に早く力をつけてほしいのは王家の都合でもあり、それを促すために国王がノエインに肩入れする行為を「武功への報い」と表現しているに過ぎない。
「アールクヴィスト卿、私に何をしてほしい?」
「では、畏れながら申し上げます……王都や王領内にいる貧民を、アールクヴィスト領への移民として集めていただきたく存じます」
オスカーの問いかけに、ノエインは迷うことなく答えた。それを聞いたオスカーは少しばかり考える仕草を見せる。
「貧民か……」
どの大都市もそうであるように、王都の端には貧民街と呼ばれる場所がある。王領内の各都市にも似たような地域が存在する。最低限の施しはしているが、一歩間違えばこうした地域が本格的にスラム化して大きな犯罪組織が生まれる可能性もあるため、王家にとって悩みの種でもある。
そこから民を引き抜きたいというのであればオスカーとしてはむしろありがたい話だが、疑問も残る。
「なぜあえて貧民と指定するのだ? 貧民には学がない者が多い。優秀な人材を集めた方が便利なのではないか?」
「確かに陛下の仰る通りです。ですが、貧民であることにも利点があります……彼らは他に行き場がない。そこへ私が新たな住居とまともな仕事を与えてやると言えば、簡単に私に懐く者も多いでしょう。私はそのような、いわばお利口な働き手を欲しています」
「なるほど、持たざる者ゆえの素直さが魅力ということか」
納得したように頷くオスカーを見ながら、しかしノエインは理由の一部を隠していた。
オスカーの言った「優秀な人材」とは、つまりは有力な商人や職人、さらには家督を継げない宮廷貴族の子女などだ。そうした人材はアールクヴィスト領だけでなく、元いた商会や工房、実家などの古巣の利益も気にする。純粋にノエインだけに忠誠を見せるとは限らない。
さらに、古参領民との関係の問題もある。農地を与え、教育を施し、せっかく古参領民が地主として力をつけてきたのだ。フィリップやドミトリ、ヴィクター、ダフネなど古参商人や職人たちの商会も順調に育ってきた。それなのに、対抗勢力となる優秀な新移民の集団など今さら入れたくない。
今のアールクヴィスト領に必要なのは、古参領民たちを支える単純な労働力だ。領外にも帰属意識を持つエリート層など不要だ。邪魔だとさえ言える。高い教養や技術を持つ人材を今後増やしたければ、領内で新たに育てればいい。
ただ、こうした理由を口に出して語るとあまりにも生々しいのでさすがに隠したが。
「はい、しかし、さすがに貧民なら誰でもいいというわけにもいきません。できればここ数年の国内混乱で貧民になってしまった者、本来なら貧民になるはずがなかった者を集めたいと考えております。そうした者なら機会を与えられれば真面目に働くでしょうから……少なくとも、犯罪歴や本人の怠惰のせいで貧民になった者は除外したいです」
「……よかろう。スケッギャソン侯爵、そういう安全な者を選別することは可能だな?」
「はっ。貧民からの移住希望者の募集、集まった者の素性や前科の有無などの確認とも、内務省で行いましょう。省内の調査機関の保有する『看破』の魔道具を用いれば確実です」
オスカーの問いかけに侯爵が頷く。『看破』とは、嘘を見抜く上級の心理魔法だ。
国境の要地であるアールクヴィスト領が犯罪者崩れや怠け者だらけになって荒れたら、困るのは王家も同じだ。なので、内務省は真面目にまともな移民だけを選別してくれるとノエインは確信していた。
「選ばれた移民の移送は、王国軍の方で担当いたしましょう」
「そうだな、それが適当だろう」
ブルクハルト伯爵が発言し、オスカーもそれに頷く。
「ありがとうございます。移民の移送ですが、百人ずつ程度に分けて、時期も分散させてお送りいただけますと助かります。こちらも家屋の建設や農地の拡大などの準備がありますので……」
「ああ、もちろんだ。急に移民を増やし過ぎてアールクヴィスト領が混乱しては元も子もないからな」
その後はより具体的な点や詳細を詰める話し合いが続き、話の規模が規模だけにそれなりに時間はかかったものの、概ねスムーズに必要事項が決定していった。
・・・・・
国王と王国の重鎮二人との長い話し合いを終えて、ノエインは王都滞在中の宿泊先であるケーニッツ子爵家の別邸、そこで自分たちに与えられている客室に戻った。
「お帰りなさいませ、あなた。お疲れさまでした」
室内に入ると、クラーラが優しい笑顔で出迎えてくれる。
「ただいまクラーラ。そうだね、疲れたよ……クラーラぁ」
妻の微笑みを受けたノエインは、そのまま甘えた声を出しながら彼女に抱きつく。
「あらあら、本当にお疲れになったみたいですね。よしよし」
クラーラに頭を撫でられながら、ノエインは今度はマチルダの方を向いて手招きした。
「マチルダ、来て」
「はい、ノエイン様」
マチルダは王城でノエインが会議の間に入る手前まで護衛として同行していたし、帰りも一緒だったが、この部屋に入るまではノエインはあくまで貴族の顔を保っていた。なので、話し合いで疲れたノエインが彼女に甘えるのはこのタイミングが初めてだ。
呼ばれたマチルダは即座にノエインのもとに寄り添い、クラーラと並んで抱きつかれる。
マチルダもクラーラもノエインより背が高い(というよりノエインの背が低い)ので、二人を抱き寄せたノエインは、二人の豊かな胸に挟まれるという大変だらしない恰好になる。そんなノエインを、二人とも優しく抱き返して撫でる。
「疲れたぁー、疲れたよぉー」
恋人と妻に遠慮なく甘えるノエイン。
今のノエインには、領主として必要があればどんな仕事だろうが臆することなく臨む覚悟と自信がある。実際に、今日の話し合いでは冷静さを最後まで保って見せた。しかし、緊張しないことと疲労しないことは別だ。疲れるものは疲れる。
領民1500人と、これから領民になる1500人以上の人生を左右する話し合いをしたのだ。それも相手はこの国の王と大臣級の官僚二人。つい先日まで下級貴族だった20歳の若造が疲れないわけがない。
大仕事をこなしたのだから、その直後くらいは労われたい。よくやった頑張ったと言われたい。そんな思いが決壊してノエインは童心に帰る。
「ノエイン様、ベッドの方へ移動しましょう」
「今日の午後は一緒にのんびり過ごしましょう。私たちが癒して差し上げますね」
「うん」
マチルダとクラーラに手を引かれて、ノエインはベッドに歩く。そこには最早、今だけは、領主としての威厳もへったくれもなかった。
領軍拡大の構想を練った時点で、アンナやエドガー、クリスティなどの内務系従士たちと話し合って最低限必要な人口は算出済みだった。
「……それは、いささか少ないのではないか? どうだ、スケッギャソン侯爵?」
「はっ。王国の常識から考えると、正規軍の規模に対して相当に少ないと言えましょう」
一般的に、職業軍人である領軍兵士は人口の1%からせいぜい2%。その他に職人や商人を含めても10%から15%程度で、残りはすべて農業従事者……というのが王国貴族領の一般的な構成だ。小さな下級貴族領などは、ほぼ全員が農民、という場所も多い。
しかし、ノエインの言った3000人の規模だと、予備役を除いたとしても人口に対する職業軍人の比率は5%を超える。
「スケッギャソン閣下の仰る通り、一般的に見れば軍の規模に対して人口が少なすぎると思われるでしょう。ですが、我が領は少々特殊な食糧事情となっておりまして……現に、今までは1500人強の人口に対して100人近い領軍を抱えることができていました」
ノエインは自領の食糧事情について語る。
まずは、アールクヴィスト領の代名詞のひとつであるジャガイモ。麦と比べて収穫率が良く、土地を選ばず、短期間で育つジャガイモは領民たちの胃袋を強く支えてきた。このジャガイモのおかげで、アールクヴィスト領は圧倒的な効率で食糧を生み出せている。
さらに、肉が多く得られるのもアールクヴィスト領の長所だ。森が多い……というよりは人里とそれを結ぶ道以外はほぼ全て森という地勢上、領軍が領内をパトロールしているだけでも結構な量の獣や魔物を狩れる。
また領内では豚や牛、鶏などの畜産もある程度行われており、周囲の森からどんぐりなどの木の実が餌として採れ、大豆や甜菜の搾りかすといった栄養豊富な飼料も得られる。家畜はよく肥え、牛乳や卵や肉も多く得られる。
加えて、いざとなれば鉱山資源や、ジャガイモや油、砂糖などを売った利益で領外から麦を買うこともできる。
そのため、アールクヴィスト領は農業従事者の割合が少なくても問題なく食糧を得られる。現に今も、軍人や文官、商人、職人、鉱山労働者を除いた農民人口は八割を切っているが、問題なく社会が回っている……という事情をノエインは説明した。
「もちろん、これはあくまで最低限の人数です。より領内を安定させるには、3500人……できれば4000人ほどまで人口を増やしたいと考えておりますが、差し当たってこの3000人に到達することを目指すつもりでいます。いかがでしょうか?」
ノエインに問われたオスカーがスケッギャソン侯爵の方を見やり、侯爵が頷く。それを確認してからオスカーが口を開いた。
「領主のお前が言うのなら、3000人で問題ないのだろうな。よかろう、ひとまずはその人口規模を目標にするがよい」
「ありがとうございます」
領軍の構想に続いて人口計画にも納得してもらえたことに、ノエインは安堵する。
いくらアールクヴィスト領が急な人口増にも対応しやすいとはいえ、いきなり何千人も移民を増やせばさすがに領内社会の混乱や治安の悪化が心配だ。現在の人口から倍増させる程度で済むと決まって一安心だった。
「それでだ……王家はお前の類まれなる武功への報いとして、お前が領地の人口を増やすために助力をしてやると決めているわけだが」
ニヤリと笑いながら話すオスカーに、ノエインもいたずらっぽい笑みを返した。
オスカーの言い方はもちろん建前だ。アールクヴィスト領に早く力をつけてほしいのは王家の都合でもあり、それを促すために国王がノエインに肩入れする行為を「武功への報い」と表現しているに過ぎない。
「アールクヴィスト卿、私に何をしてほしい?」
「では、畏れながら申し上げます……王都や王領内にいる貧民を、アールクヴィスト領への移民として集めていただきたく存じます」
オスカーの問いかけに、ノエインは迷うことなく答えた。それを聞いたオスカーは少しばかり考える仕草を見せる。
「貧民か……」
どの大都市もそうであるように、王都の端には貧民街と呼ばれる場所がある。王領内の各都市にも似たような地域が存在する。最低限の施しはしているが、一歩間違えばこうした地域が本格的にスラム化して大きな犯罪組織が生まれる可能性もあるため、王家にとって悩みの種でもある。
そこから民を引き抜きたいというのであればオスカーとしてはむしろありがたい話だが、疑問も残る。
「なぜあえて貧民と指定するのだ? 貧民には学がない者が多い。優秀な人材を集めた方が便利なのではないか?」
「確かに陛下の仰る通りです。ですが、貧民であることにも利点があります……彼らは他に行き場がない。そこへ私が新たな住居とまともな仕事を与えてやると言えば、簡単に私に懐く者も多いでしょう。私はそのような、いわばお利口な働き手を欲しています」
「なるほど、持たざる者ゆえの素直さが魅力ということか」
納得したように頷くオスカーを見ながら、しかしノエインは理由の一部を隠していた。
オスカーの言った「優秀な人材」とは、つまりは有力な商人や職人、さらには家督を継げない宮廷貴族の子女などだ。そうした人材はアールクヴィスト領だけでなく、元いた商会や工房、実家などの古巣の利益も気にする。純粋にノエインだけに忠誠を見せるとは限らない。
さらに、古参領民との関係の問題もある。農地を与え、教育を施し、せっかく古参領民が地主として力をつけてきたのだ。フィリップやドミトリ、ヴィクター、ダフネなど古参商人や職人たちの商会も順調に育ってきた。それなのに、対抗勢力となる優秀な新移民の集団など今さら入れたくない。
今のアールクヴィスト領に必要なのは、古参領民たちを支える単純な労働力だ。領外にも帰属意識を持つエリート層など不要だ。邪魔だとさえ言える。高い教養や技術を持つ人材を今後増やしたければ、領内で新たに育てればいい。
ただ、こうした理由を口に出して語るとあまりにも生々しいのでさすがに隠したが。
「はい、しかし、さすがに貧民なら誰でもいいというわけにもいきません。できればここ数年の国内混乱で貧民になってしまった者、本来なら貧民になるはずがなかった者を集めたいと考えております。そうした者なら機会を与えられれば真面目に働くでしょうから……少なくとも、犯罪歴や本人の怠惰のせいで貧民になった者は除外したいです」
「……よかろう。スケッギャソン侯爵、そういう安全な者を選別することは可能だな?」
「はっ。貧民からの移住希望者の募集、集まった者の素性や前科の有無などの確認とも、内務省で行いましょう。省内の調査機関の保有する『看破』の魔道具を用いれば確実です」
オスカーの問いかけに侯爵が頷く。『看破』とは、嘘を見抜く上級の心理魔法だ。
国境の要地であるアールクヴィスト領が犯罪者崩れや怠け者だらけになって荒れたら、困るのは王家も同じだ。なので、内務省は真面目にまともな移民だけを選別してくれるとノエインは確信していた。
「選ばれた移民の移送は、王国軍の方で担当いたしましょう」
「そうだな、それが適当だろう」
ブルクハルト伯爵が発言し、オスカーもそれに頷く。
「ありがとうございます。移民の移送ですが、百人ずつ程度に分けて、時期も分散させてお送りいただけますと助かります。こちらも家屋の建設や農地の拡大などの準備がありますので……」
「ああ、もちろんだ。急に移民を増やし過ぎてアールクヴィスト領が混乱しては元も子もないからな」
その後はより具体的な点や詳細を詰める話し合いが続き、話の規模が規模だけにそれなりに時間はかかったものの、概ねスムーズに必要事項が決定していった。
・・・・・
国王と王国の重鎮二人との長い話し合いを終えて、ノエインは王都滞在中の宿泊先であるケーニッツ子爵家の別邸、そこで自分たちに与えられている客室に戻った。
「お帰りなさいませ、あなた。お疲れさまでした」
室内に入ると、クラーラが優しい笑顔で出迎えてくれる。
「ただいまクラーラ。そうだね、疲れたよ……クラーラぁ」
妻の微笑みを受けたノエインは、そのまま甘えた声を出しながら彼女に抱きつく。
「あらあら、本当にお疲れになったみたいですね。よしよし」
クラーラに頭を撫でられながら、ノエインは今度はマチルダの方を向いて手招きした。
「マチルダ、来て」
「はい、ノエイン様」
マチルダは王城でノエインが会議の間に入る手前まで護衛として同行していたし、帰りも一緒だったが、この部屋に入るまではノエインはあくまで貴族の顔を保っていた。なので、話し合いで疲れたノエインが彼女に甘えるのはこのタイミングが初めてだ。
呼ばれたマチルダは即座にノエインのもとに寄り添い、クラーラと並んで抱きつかれる。
マチルダもクラーラもノエインより背が高い(というよりノエインの背が低い)ので、二人を抱き寄せたノエインは、二人の豊かな胸に挟まれるという大変だらしない恰好になる。そんなノエインを、二人とも優しく抱き返して撫でる。
「疲れたぁー、疲れたよぉー」
恋人と妻に遠慮なく甘えるノエイン。
今のノエインには、領主として必要があればどんな仕事だろうが臆することなく臨む覚悟と自信がある。実際に、今日の話し合いでは冷静さを最後まで保って見せた。しかし、緊張しないことと疲労しないことは別だ。疲れるものは疲れる。
領民1500人と、これから領民になる1500人以上の人生を左右する話し合いをしたのだ。それも相手はこの国の王と大臣級の官僚二人。つい先日まで下級貴族だった20歳の若造が疲れないわけがない。
大仕事をこなしたのだから、その直後くらいは労われたい。よくやった頑張ったと言われたい。そんな思いが決壊してノエインは童心に帰る。
「ノエイン様、ベッドの方へ移動しましょう」
「今日の午後は一緒にのんびり過ごしましょう。私たちが癒して差し上げますね」
「うん」
マチルダとクラーラに手を引かれて、ノエインはベッドに歩く。そこには最早、今だけは、領主としての威厳もへったくれもなかった。
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