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第八章 予期せぬ戦いと状況変化
第192話 政治の話②
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正規軍人200人とゴーレム使い30人、それに予備役300人というノエインの構想を聞き、ブルクハルト伯爵が尋ねる。
「一見すると少ないように思えるが、アールクヴィスト卿の軍は他にはない特殊な兵種や装備があるからな……より詳細な構想を教えてほしい」
それに頷き、ノエインはまた口を開く。
「まず、正規軍人200人ですが、これはごく一般的な兵士です。槍、剣、弓の扱いを覚えさせ、さらに40人ほど選抜して騎乗戦闘の訓練も施し、騎兵として運用できるようにもするつもりです。また、バリスタ操作の訓練もさせます。ベゼル大森林道の前線基地には砦の建設を進めていますが、ここに20台のバリスタを設置するつもりです」
「バリスタというと、例の爆炎矢か」
オスカーが尋ねる。
「はい。爆炎矢を備えたバリスタなら数台もあれば森林道の横幅を満遍なく攻撃することができます。それが20台あれば、敵が侵攻してきても絶え間なく、分厚く炎の幕を張ることができるでしょう。防衛戦で大いに役立つはずです」
頷きながらノエインが答える。
「次にゴーレム使いですが、現在アールクヴィスト領軍は7人を擁しています。全員が一年ほどの訓練期間で、最低でも私の半分ほどの技量でゴーレム一体を操れるようになりました」
「アールクヴィスト卿の半分か……それでも、並の兵士相手には破格の強さを誇るだろうな」
ノエインのゴーレム操作の実力を見たことがあるブルクハルト伯爵がそう呟く。
「はい。このゴーレム使いたち――クレイモアと呼ばれているのですが、彼らはゴーレム一体で数十人の兵士に匹敵する力があります。これを最終的に30人まで増やし、4人から5人で小隊を編成します。これなら、一小隊で並の練度の百人隊を押さえられるでしょう」
「……すなわち、そのクレイモアとやらだけで700人もの敵を相手取れるということか。役に立たないと言われてきた傀儡魔法使いがそれほどまでに化けるとはな。王国軍にも戦力として揃えたいくらいだ」
オスカーが眉を上げながら言った。
「畏れながら陛下、ゴーレムは確かに白兵戦力としては優秀ですが、使い物になるまで訓練の時間がかかることや、一体一体が強くとも頭数や手数では人間の部隊に劣ること、手練れの魔法使いとは相性が悪いことなど、欠点もあります。これらの欠点は、おそらく平原などの開けた戦場でより顕著になります」
ノエインは淡々とゴーレムの弱点を語る。
「ゴーレムも万能ではありません。魔法使いを相手にする場合など、一撃でも上級魔法の直撃を受ければ大破することもあるので、それよりも多方向から一気に攻められる人間の部隊の方がよほど有利です。また、敵が広範囲に広がって攻めてくれば、ゴーレムも攻撃の手が回らず防衛線に綻びも生まれるでしょう。私の領軍のように局地戦や防衛戦に特化する軍隊では非常に頼もしい戦力になりますが……大戦で扱うには不向きな部分が多いかと」
「なるほど、なかなか都合よくはいかんものだな……だが、やはり少数でも王国軍に戦闘力を持ったゴーレム使いを保有したい。どこかの場面で役には立つだろう」
「我が領の戦力に余裕ができましたら、指導役のゴーレム使いを王国軍に派遣いたしましょう。ですが今は……」
「ああ、国境防衛に必要な戦力を貴族から取り上げるようなことはせん」
「ご配慮いただきありがとうございます」
貴重なゴーレム使いを、少なくとも今は領外に貸し出さなくて済むことに、ノエインは安堵した。
少し逸れた話を戻し、ノエインは構想の説明を続ける。
「さて、今ご説明したように、ゴーレムが戦力としては十分でも、頭数が少ないとどうしてもこちらの戦い方に制限が出てきます……そのため、予備役の兵士を300人揃えます」
「その予備役というのは? 聞いたことがない言葉だが」
またブルクハルト伯爵が尋ね、ノエインはそちらを向く。
「言葉通り、領民による予備の戦闘部隊を組織します。ただし兵役の類ではなく、領民の志願によって兵を集めます。アールクヴィスト領への一定の居住歴など条件を設けて募集し、定期的に訓練を受けさせて練度を維持。志願への対価として税を一部免除し、さらに領内では正規軍人に準ずる扱いをします」
税の免除は魅力的な話だし、準軍人という立場は領内社会で信用を得るのに丁度いい。十分な志願者が集まるだろうとノエインは考えている。
「……つまり、村などで自警団を組織する制度をより強化したようなものか」
ブルクハルト伯爵は納得したように呟いた。
小領などでは本格的な領軍を組織できない代わりに、村人の男たちに定期的に訓練を受けさせて魔物や盗賊に備える自警団を作るのが一般的だ。予備役部隊とは、それをより強化した準軍事組織だと解釈したらしい。
「はい。この300人の予備役兵士には、主にクロスボウの訓練を施します。有事の際は招集して砦や領都に配置し、ゴーレムの頭数の少なさを補うように運用します」
「……バリスタとゴーレムで防衛線を作り、そこを抜けてきた敵は予備役の兵士がクロスボウで仕留めるということか」
「はい。以上が、私の考えた国境防衛の構想です」
ノエインがそう言って説明を締めると、オスカーがブルクハルト伯爵の方を向いて声をかける。
「どうだ、ラグナルよ」
「……十分でしょう。ランセル王国は一昨年の大戦や先の親征で少なくない損害を受けました。精鋭兵士や魔導士の損耗も激しいはず。数はともかく、質の高い部隊を揃えてベゼル大森林道から侵攻してくることは難しいと思われます。アールクヴィスト卿の構想通りに軍を組織できれば、問題なく国境を守れるかと」
軍務大臣のお墨付きを得て、ノエインは顔には出さないが内心でほっとする。
「そうか、それならばよい……アールクヴィスト卿。お前の構想に沿って軍を強化するがよい。アールクヴィスト領軍の拡大に併せて駐留軍の規模は随時縮小し、お前の構想通りの編成が完了した時点で駐留軍は引き上げさせ、ベゼル大森林道の防衛はお前に任せるものとする」
「はっ。身命を賭して軍の拡大に努めます」
オスカーから正式に了承をもらい、ノエインは頭を下げながら答えた。
「では次は……その構想実現のために、王家からどのような助力をするかを決めねばな」
言いながら、オスカーは今度はスケッギャソン侯爵の方に視線を向けた。侯爵もそれを受けて頷く。領地発展の助力に関する話なので、ここからは内務大臣の出番ということか。
「アールクヴィスト卿、お前の言った通りにアールクヴィスト領軍を拡大し、その規模を維持するためには、どの程度の人口が必要だ?」
オスカーに尋ねられたノエインは、考え込む様子もなく答えた。
「最低でも3000人ほどが必要と考えます」
「一見すると少ないように思えるが、アールクヴィスト卿の軍は他にはない特殊な兵種や装備があるからな……より詳細な構想を教えてほしい」
それに頷き、ノエインはまた口を開く。
「まず、正規軍人200人ですが、これはごく一般的な兵士です。槍、剣、弓の扱いを覚えさせ、さらに40人ほど選抜して騎乗戦闘の訓練も施し、騎兵として運用できるようにもするつもりです。また、バリスタ操作の訓練もさせます。ベゼル大森林道の前線基地には砦の建設を進めていますが、ここに20台のバリスタを設置するつもりです」
「バリスタというと、例の爆炎矢か」
オスカーが尋ねる。
「はい。爆炎矢を備えたバリスタなら数台もあれば森林道の横幅を満遍なく攻撃することができます。それが20台あれば、敵が侵攻してきても絶え間なく、分厚く炎の幕を張ることができるでしょう。防衛戦で大いに役立つはずです」
頷きながらノエインが答える。
「次にゴーレム使いですが、現在アールクヴィスト領軍は7人を擁しています。全員が一年ほどの訓練期間で、最低でも私の半分ほどの技量でゴーレム一体を操れるようになりました」
「アールクヴィスト卿の半分か……それでも、並の兵士相手には破格の強さを誇るだろうな」
ノエインのゴーレム操作の実力を見たことがあるブルクハルト伯爵がそう呟く。
「はい。このゴーレム使いたち――クレイモアと呼ばれているのですが、彼らはゴーレム一体で数十人の兵士に匹敵する力があります。これを最終的に30人まで増やし、4人から5人で小隊を編成します。これなら、一小隊で並の練度の百人隊を押さえられるでしょう」
「……すなわち、そのクレイモアとやらだけで700人もの敵を相手取れるということか。役に立たないと言われてきた傀儡魔法使いがそれほどまでに化けるとはな。王国軍にも戦力として揃えたいくらいだ」
オスカーが眉を上げながら言った。
「畏れながら陛下、ゴーレムは確かに白兵戦力としては優秀ですが、使い物になるまで訓練の時間がかかることや、一体一体が強くとも頭数や手数では人間の部隊に劣ること、手練れの魔法使いとは相性が悪いことなど、欠点もあります。これらの欠点は、おそらく平原などの開けた戦場でより顕著になります」
ノエインは淡々とゴーレムの弱点を語る。
「ゴーレムも万能ではありません。魔法使いを相手にする場合など、一撃でも上級魔法の直撃を受ければ大破することもあるので、それよりも多方向から一気に攻められる人間の部隊の方がよほど有利です。また、敵が広範囲に広がって攻めてくれば、ゴーレムも攻撃の手が回らず防衛線に綻びも生まれるでしょう。私の領軍のように局地戦や防衛戦に特化する軍隊では非常に頼もしい戦力になりますが……大戦で扱うには不向きな部分が多いかと」
「なるほど、なかなか都合よくはいかんものだな……だが、やはり少数でも王国軍に戦闘力を持ったゴーレム使いを保有したい。どこかの場面で役には立つだろう」
「我が領の戦力に余裕ができましたら、指導役のゴーレム使いを王国軍に派遣いたしましょう。ですが今は……」
「ああ、国境防衛に必要な戦力を貴族から取り上げるようなことはせん」
「ご配慮いただきありがとうございます」
貴重なゴーレム使いを、少なくとも今は領外に貸し出さなくて済むことに、ノエインは安堵した。
少し逸れた話を戻し、ノエインは構想の説明を続ける。
「さて、今ご説明したように、ゴーレムが戦力としては十分でも、頭数が少ないとどうしてもこちらの戦い方に制限が出てきます……そのため、予備役の兵士を300人揃えます」
「その予備役というのは? 聞いたことがない言葉だが」
またブルクハルト伯爵が尋ね、ノエインはそちらを向く。
「言葉通り、領民による予備の戦闘部隊を組織します。ただし兵役の類ではなく、領民の志願によって兵を集めます。アールクヴィスト領への一定の居住歴など条件を設けて募集し、定期的に訓練を受けさせて練度を維持。志願への対価として税を一部免除し、さらに領内では正規軍人に準ずる扱いをします」
税の免除は魅力的な話だし、準軍人という立場は領内社会で信用を得るのに丁度いい。十分な志願者が集まるだろうとノエインは考えている。
「……つまり、村などで自警団を組織する制度をより強化したようなものか」
ブルクハルト伯爵は納得したように呟いた。
小領などでは本格的な領軍を組織できない代わりに、村人の男たちに定期的に訓練を受けさせて魔物や盗賊に備える自警団を作るのが一般的だ。予備役部隊とは、それをより強化した準軍事組織だと解釈したらしい。
「はい。この300人の予備役兵士には、主にクロスボウの訓練を施します。有事の際は招集して砦や領都に配置し、ゴーレムの頭数の少なさを補うように運用します」
「……バリスタとゴーレムで防衛線を作り、そこを抜けてきた敵は予備役の兵士がクロスボウで仕留めるということか」
「はい。以上が、私の考えた国境防衛の構想です」
ノエインがそう言って説明を締めると、オスカーがブルクハルト伯爵の方を向いて声をかける。
「どうだ、ラグナルよ」
「……十分でしょう。ランセル王国は一昨年の大戦や先の親征で少なくない損害を受けました。精鋭兵士や魔導士の損耗も激しいはず。数はともかく、質の高い部隊を揃えてベゼル大森林道から侵攻してくることは難しいと思われます。アールクヴィスト卿の構想通りに軍を組織できれば、問題なく国境を守れるかと」
軍務大臣のお墨付きを得て、ノエインは顔には出さないが内心でほっとする。
「そうか、それならばよい……アールクヴィスト卿。お前の構想に沿って軍を強化するがよい。アールクヴィスト領軍の拡大に併せて駐留軍の規模は随時縮小し、お前の構想通りの編成が完了した時点で駐留軍は引き上げさせ、ベゼル大森林道の防衛はお前に任せるものとする」
「はっ。身命を賭して軍の拡大に努めます」
オスカーから正式に了承をもらい、ノエインは頭を下げながら答えた。
「では次は……その構想実現のために、王家からどのような助力をするかを決めねばな」
言いながら、オスカーは今度はスケッギャソン侯爵の方に視線を向けた。侯爵もそれを受けて頷く。領地発展の助力に関する話なので、ここからは内務大臣の出番ということか。
「アールクヴィスト卿、お前の言った通りにアールクヴィスト領軍を拡大し、その規模を維持するためには、どの程度の人口が必要だ?」
オスカーに尋ねられたノエインは、考え込む様子もなく答えた。
「最低でも3000人ほどが必要と考えます」
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