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第八章 予期せぬ戦いと状況変化

第186話 戦いの結末と防衛計画

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「――っつうわけで、ロードベルク王国の侵攻部隊2500人はランセル王国の領土内まで入り込んで、防衛が手薄だった敵の軍事施設をぶっ壊すか、焼き払いました。そのあとは敵がまとまって反撃してくる前に撤退。こっちの被害はほとんどありませんでした」

 四月下旬。ランセル王国への逆侵攻に随行していたラドレーが帰還してすぐ、ノエインは彼から報告を受けていた。

 従士長であるユーリも同席して報告を聞いており、またラドレーとともに逆侵攻に随行したジェレミーも呼ばれている。

「そっか、ご苦労様……にしても、ランセル王国も随分と迂闊だね? こっちが逆侵攻をかけたのは敵の親征が失敗してから数週間後だったのに。防衛の準備してなかったんだ」

「生け捕った敵兵士の話だと、あっちは傭兵も貴族の領軍も集まりづらくなってるらしいです。親征が失敗した上にカドネ国王の両足が麻痺しちまって、無能で手負いの王に付き合ってられるかって空気が広まり始めてるとか」

 その話を聞いて、ノエインはユーリと顔を見合わせる。

「……だいたい予想通りの展開だね」

「ああ。まあ無理もないだろう。カドネ国王は無茶したくせに結果を出せなかったんだ。これまで損ばかりさせられたと不満を抱える貴族も傭兵も増えるだろうな」

「……そういうわけで、敵の砦やら野戦陣地やら、ひどい有り様でしたよ。拠点ごとの連携もクソもねえんで、ろくな抵抗も受けずに簡単に各個撃破できました。ジェレミーも随分と役に立って」

「私は一時期は伝令任務をこなしていたので……多くの敵拠点の位置を知っていましたから、効率的にそれらを襲撃する手伝いができたと思います」

 控えめな口調で自身の成果を語るジェレミー。ランセル王国のことを自然に「敵」と言い切るあたり、彼もすっかりこちらの人間だ。

「それはよかった。僕も主君として嬉しいよ……ラドレー、これまでのジェレミーの評価はどうかな? それとユーリも。君たちから見た彼の率直な印象を聞きたい。僕の考えは決まってるけど、こういうことは多角的に評価を下した方がいいだろうからね」

 ノエインがラドレーとユーリに尋ねると、ジェレミーの顔が固まった。自身が忠誠を行動で示せたかの最終結果が言い渡されるのだから無理もない。

 ラドレーはじろりとジェレミーを横目で見る。ジェレミーがごくりと唾を飲む。

「……信用できます。こいつはもう間違いなくこっち側だと思います。こいつに背中を預けて戦ってもいいです」

「俺も同じ意見だ。ジェレミーはもうアールクヴィスト領の人間と見ていいだろう」

 二人の言葉を聞いたジェレミーは一瞬呆けた顔になった後、表情を輝かせた。

「そうか。二人がそう言うなら間違いないね……ジェレミー、僕も君を信じるよ。侵攻部隊との戦いで、君が命をかけて僕を守ろうとしたあの行動は忘れない。今日から君は正式にこの領の一員だ。領主の僕がそう認める」

「……心より、心より感謝申し上げます。アールクヴィスト閣下」

 ジェレミーが片膝をつき、右手を左胸に当ててノエインに頭を下げる。ノエインは椅子から立ち上がり、彼の前に立った。

「ジェレミー、顔を上げて」

 その言葉に従ってジェレミーがノエインを見上げる。

「僕はこれからここで君に幸せに生きてほしいと、領主として思ってる。ここで働いて、家を持って、友人を作って、そして……今すぐには難しくても、いずれ新しい出会いを得て家族を作ってほしい。ここが君の新しい故郷だ」

 そう語りかけられたジェレミーは、目に涙を浮かべながら答えた。

「……これからも、必ずや閣下のお役に立ってみせます。閣下に変わることのない忠誠を誓います」

 慈愛に満ちた表情をジェレミーに向けるノエイン。これで彼が再び心変わりする心配はないだろう。

 ジェレミーはこのまま領軍の所属となる。ランセル王国北東部についてある程度詳しいという彼の知識や、元伝令・偵察兵としての能力は、今後も国境の前線で役に立つはずだ。

・・・・・

 季節が五月に移ったある日。今日も今日とてノエインは政務に追われていた。

 ロードベルク王国側からの逆侵攻はひと段落し、ランセル王国が再び攻めてくる心配も当分ないとはいえ、新たな国境となった侵攻路……もとい、ベゼル大森林道の防衛を固めないわけにはいかない。駐留軍の幹部陣とたびたび会議の場を持ち、話し合いを重ねていた。

 さらにノエインは陞爵に向けた準備もしなければならない。領の人口と領軍の規模を拡大するためにオスカー国王に伝える構想や要望もまとめなければならない。まだまだ忙しい日々が続いている。

「それで、この後は駐留軍についての話し合い……だったっけ?」

 領主執務室でユーリから仕事上の報告を受けた後、ノエインは呟いた。

「ああ、王国軍第九軍団の軍団長と、ベヒトルスハイム侯爵とな」

「駐留軍の大将たちとか……重いなあ」

「各領からどの時期に、どの程度の兵力をアールクヴィスト領に駐留させるのか、北西部貴族の間でようやく話がまとまったらしい。それを踏まえて中長期的な防衛計画を定めたいと」

 王国軍は精鋭の第一軍団が遊撃、第二軍団が王都の防衛、第十軍団が補給や物資管理などの裏方で、第三から第九までの軍団は国内各地に配置されている。第九軍団は王国北端の公爵領に駐留しており、今はその一部がアールクヴィスト領へ増援に来ていた。

「ってことは、その話し合いが終われば大森林道の防衛を固める話についてはひと段落かな」

「ああ、そしたらノエイン様の仕事も少し楽になるだろう。もうひと頑張りだ」

「はーい。じゃあ気合入れていかなきゃね」

 そう言ってノエインは立ち上がり、軽く伸びをすると、執務室を出て会議室に向かう。護衛兼副官のマチルダと側近であるユーリも後に続いた。

 会議室では、第九軍団の軍団長とベヒトルスハイム侯爵がすでに待っていた。

「お待たせして申し訳ありません」

 少し焦ってノエインは席につく。今はまだ準男爵に過ぎない身で、派閥盟主の大貴族と王国軍団長を待たせて登場してしまった。

「構わんさ。卿はさぞかし忙しい身だろう。ベゼルの戦いの英雄殿」

 ベヒトルスハイム侯爵が笑いながら答えた。ノエインもそれに苦笑いを返す。

 先の侵攻部隊との戦闘は「ベゼルの戦い」という呼び名が定着しており、ノエインは今や王国を守った英雄として貴族社会で噂になっていた。もっとも、今の侯爵の呼びかけはからかいを含めたものであろうが。

「では早速、今後の防衛計画について話し合いといこうか」

 そう話し始めたのは第九軍団長だ。まだ30歳ほどで、武家の名門として知られるとある伯爵家の嫡男だという。

「まずは我々王国軍第九軍団についてだが……当面は軍団の半数、総勢500人を配置させてもらう」

 軍団長の申し出に、ベヒトルスハイム侯爵は口を挟まない。二人の間では既に話がついているのだろう。

「次に、我々北西部貴族だな……こちらも500人の連合軍を組織し、前線基地に置くつもりだ。中核となるのは我がベヒトルスハイム侯爵領軍と、マルツェル伯爵領軍、シュヴァロフ伯爵領軍、そしてケーニッツ子爵領軍。そこへ他の各貴族領からも兵力を供出してもらう。人員は定期的に入れ替えるが、500の兵数は維持する」

 続けてベヒトルスハイム侯爵が申し出る。こちらについても軍団長から異議は出ない。

「というわけで、併せて1000人、一個軍団規模の兵力がアールクヴィスト領に駐留することとなる。その費用は我々の方は王国軍が持ち、北部貴族連合軍は各領軍の自弁となるのでアールクヴィスト卿の負担はない。どうだろうか?」

 問いかけてくる軍団長に、ノエインも首肯して答えた。

「こちらはそれで問題ありません。ただ、アールクヴィスト領軍からも人員を前線基地に送らせていただきたい。駐留軍と比べると足しにもならない規模ではありますが……我が領の、我が祖国の防衛に、我々が全く汗を流さないわけにはいきません。私にも兵士たちにも誇りがありますので」

「さすがは英雄であられるアールクヴィスト卿、王国貴族の鑑のような方だ。喜んで受け入れさせてもらう」

 感銘を受けたような表情で頷く軍団長に「感謝します」と伝えながら、ノエインは作り笑顔を見せる。

 プライドや体面の問題ももちろんあるが、ノエインとしては自分の手の者を紛れさせて、駐留軍を監視する狙いもあった。

 領外から1000人もの軍勢を迎え入れるのだ。統率の取れた王国軍はともかく、貴族領軍の質はピンキリである。ごろつき一歩手前のような練度の低い兵士に、領都の近くで好き勝手に振る舞われては困る。

「では、当面の防衛計画はそれでいいとして……長期的なことも考えねばなりませんな」

「ええ……やはり砦の建造は必須かと」

 ベヒトルスハイム侯爵が話題を出すと、軍団長がそう返す。

「砦を建設するとなると、やはり今の前線基地の位置にですか?」

「それが最善だろう。もともと敵が3000もの軍を置く野営地だったこともあって、十分に開けた土地が確保されているからな。それにあの一帯の魔物は、敵が皆殺しにしてくれたそうじゃないか。強い魔物はそうそう縄張りを変えんから、今では安全になったと言えるだろう」

 尋ねるノエインに、ベヒトルスハイム侯爵が頷いた。

 侯爵の言う通り、前線基地のある一帯からがそろそろ「大森林の奥地」と呼ばれる場所だが、そのあたりはまだ強い魔物は少なく、人間でもなんとか入れる。おまけにあのあたりの周囲およそ数km以内にいる危険な魔物は、先日の戦闘の際に血でおびき寄せられてランセル王国軍がすべて排除してくれた。

「幸い、敵は当面は行動を起こさないであろうから、砦の建造には駐留軍の兵士をそのまま使えばいい。ただ待機させて遊ばせておくのも勿体ないからな……しかし、建設費用はアールクヴィスト家の負担となる。これは理解してもらいたい」

「もちろん構いません。理解しています」

 軍団長の言葉に、ノエインは即座に頷く。

 国土防衛は王国貴族の務めである。貴族は身を切って国を守るからこそ、王家から領地での行政権や裁判権、徴税権を与えられているのだ。防衛のために必要な施設の建設費も、基本的にはその施設の置かれる地の領主が負担する。

 オスカー国王がノエインに陞爵と助力を約束したのも、ノエインがいずれは自力で国境防衛を務められるようになることを期待しているからこそだ。砦の建造はそれに向けた第一段階と言える。

 とはいえ、自腹を切って砦を建てるのは悪いことばかりでもない。費用を出して自領内に建造するからには砦はノエインのものとなり、そこの指揮権はノエインが握れるようになる。それに今回に関しては、駐留軍を人夫代わりにして建築資材などの実費だけで砦を建てられるのもお得な話だ。

「砦についてですが、造りはアールクヴィスト領軍の戦力に合わせたものにしたいと思っています。我が領軍の装備や兵力は少々特殊な部分がありまして」

「ああ、それもそうだろうな……アールクヴィスト卿。卿は今後、どのように領軍の増強を目指すつもりだ? その内容をもとに長期的な防衛計画を定めねばならん」

「現段階での構想をご説明いたします。まず、強力な防衛火力となるバリスタを中心に――」

 国境防衛についての話し合いは、その後も続いた。
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