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第八章 予期せぬ戦いと状況変化
第181話 粘り勝ち
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「……これだけ策をぶつけてやったのにまだ突撃してくるか。ゴーレムへの対処の判断も早かったし、さすがは敵も精鋭なんだね」
「受け身で勢いに飲まれれば危険です。こちらも歩兵部隊を突撃させるべきかと。クロスボウ部隊もその掩護に」
敵兵の果敢さと敵将の思いきりのよさにノエインが少し驚いていると、ユーリが横から進言する。
「そうだね……ダント、頼んだよ!」
「はっ!」
ノエインの言葉にダントは鋭く応え、歩兵部隊とその両翼のクロスボウ隊に檄を飛ばす。
「いいかお前ら! 一兵も逃さず敵を殺せ! 俺たちがやられたら次に襲われるのは俺たちの家族だと思え!」
全員が正規の領民兵士で構成された50人の歩兵部隊と、一般領民ではあるが志願して戦いに臨んでいるクロスボウ兵たちが決意の表情を見せる。
「歩兵部隊が前面に出る。クロスボウ部隊は抜けた敵兵を仕留めろ。突撃!」
「「うおおおおぉぉっ!」」
森の木々が揺れるのではないかと思うほどの怒号を放ちながら、歩兵部隊とクロスボウ部隊が走る。
互いに突撃するアールクヴィスト領軍とランセル王国の侵攻部隊が、真正面から激突した。
「死ねええっ!」
「させるか!」
「ぐあああっ!」
「クソがっ!」
国軍兵士も傭兵も精鋭ぞろいのランセル王国軍侵攻部隊と、こちらも職業軍人として数年にわたり訓練を積んできたアールクヴィスト領軍歩兵部隊。小細工なしの白兵戦は、しかし最初はアールクヴィスト領軍の若干の優勢で動く。
侵攻部隊は炎の壁やクロスボウによる攻撃、そして先ほどのゴーレムの突撃によって疲弊しており、まともに隊列も組めていない。今もゴーレムの一部が引き返してきて、突撃する兵士たちを背中から襲い、その勢いを削ぐ。
一方のアールクヴィスト領軍は、自分たちの財産と家族を守るために異様なまでに士気が高まっている。おまけにダントの指揮によって、陣形を組み、盾を並べて槍を構え、ひとつの塊となって戦えている。クロスボウ部隊の掩護もある。
戦場はあまり幅のない森の中の道で、侵攻部隊は数の優位を活かして一気に攻めきることも難しい。アールクヴィスト領軍の覇気に押され、歩兵部隊を突破した者も短剣付きクロスボウで四方からめった刺しにされ、一人また一人と死んでいった。
「ああっ! 俺のゴーレムが!」
しかし、侵攻部隊も黙ってやられはしない。王宮魔導士の一人が放った火魔法の大技が直撃し、アレインのゴーレムが火だるまになった。ゴーレムの表面を覆う魔法塗料が溶け、魔力図式が焼け、機能不全に陥ったゴーレムが崩れ落ちる。
また別の場所では、複数人の魔法使いによる連携攻撃を受けた一体のゴーレムが、手足を破損させて戦闘不能になる。それを見たゴーレム使いが驚愕の表情を浮かべる。
「予備のゴーレムを持ってこい! 攻撃の手を緩めるな!」
グスタフがそう叫ぶと、今しがたゴーレムを破壊されたアレインともう一人のゴーレム使いが、予備のゴーレムを取りに陣の後方に走った。昨年にノエインのゴーレムが戦闘で大破したことがあってから、今ではこうした事態にも備えられている。
と、そこへ側面の森の中からラドレー率いる別動隊が敵に殴りこむ。なんとか合流が間に合ったらしい。
士気が極限まで高まっているアールクヴィスト領軍と、数と練度で勝るランセル王国軍。その力が拮抗する。
「膠着状態か……さすがに隊列の分断とクレイモア突撃だけでを敵軍を崩せるほどは甘くなかったね」
「の、ようですな。あとはリックたち次第でしょう」
戦況を見ながら、ノエインはユーリとそんな会話をしていた。
・・・・・
「……エヴァルド、勝てるか?」
「……側面から乱入してきた部隊を合わせても敵の白兵戦力はこちらの半分以下。それも多くは農民と思われます。このまま攻め続ければ粘り勝ちできるかと」
馬上から戦闘の状況を見て尋ねるカドネに、エヴァルドはそう答えた。
「そうか……しつこく攻め続けて無理やり勝つなど王の軍隊としては優雅さに欠けるが、仕方あるまい」
敵軍は最初こそ異常なまでに奮戦していたが、気力だけでは限度がある。練度も数もこちらの侵攻部隊の方が圧倒しているのだ。
敵兵はしだいに疲労が溜まって、戦線はこちらがじわじわと押しつつあった。時間はかかるが、敵の総指揮官がいる後方までたどり着けるだろう。
厄介なゴーレムも親衛隊がさすがの練度と連携力で牽制を続けており、魔導士たちの活躍で何体かの破壊にも成功している。非常に危険な存在であることに変わりはないが、カドネやエヴァルドがいる場所までたどり着かれることはしばらくない。
カドネの言う通り少々不格好な戦いであり、赤子の手をひねるが如くアールクヴィスト領を壊滅させるつもりでいた侵攻部隊にとっては苦い勝ち方になってしまったが、それでも勝利は勝利だ。
敵の奇策の数々には驚かされたし、手痛い損害も被ったが――
そう考えていたところで、エヴァルドは嫌な予感を覚えた。武人としての勘がエヴァルドに危険を告げたのだ。
エヴァルドは不意に右前方を、森の中の上方を見やる。
戦闘のどさくさで森への警戒が疎かになっていたが、そこをよく見ると木の上に何か違和感があり……
「陛下ぁ!」
エヴァルドは咄嗟に馬を進めて身を乗り出し、カドネを馬上から突き落とした。
次の瞬間、先ほどまでカドネがいた位置を――今はエヴァルドがいる位置を、いくつもの矢が貫いた。
・・・・・
「……おいおい。あの状況でどうして狙撃に気づけるんだ」
戦場となっている侵攻路から外れた森の中。樹上で狙撃用クロスボウを構えながら、リックは独り言ちた。
狙撃用クロスボウは、その名の通り敵を狙い撃つことに特化したクロスボウである。弓は大きく、弦は硬く、矢は重く太く。さらに筒状の長い銃身も備える。連射性や取り回しを犠牲にして、射程と命中精度を上げた代物だ。
リックと、クロスボウの腕や目の良さを見込まれた選抜兵の合計10人が、この狙撃用クロスボウを装備してカドネ国王の射殺に挑んでいた。
目立たない黒い布製の服を着て、そこに葉を貼り付けて一見しただけでは潜伏位置が分かりづらいようカモフラージュして(これはノエインが異国の戦記物から知った手法だ)、戦場からやや離れた大木の上からカドネを狙う。
選抜兵たちが一斉に放った矢は、しかし驚異的な勘で狙撃を察知した敵の将軍によって阻まれた。
敵の将軍が、そしてカドネの周囲を固めていた護衛の兵士が矢を受けてバタバタと倒れる。普通のクロスボウと比べても初速が速く威力のある矢が、盾ごと兵士たちを貫く。
しかし、こちらがカドネを狙撃しようとしていることが一度知られれば不意打ちはもう不可能だ。敵の将軍に庇われて馬から落ちたカドネをさらに庇うように護衛兵が寄り集まり、自分自身を、そして死んだ兵士の死体までをも盾にして壁を作り、カドネを守る。
カドネたちから見て右手前方の森から次々に飛んでくる矢を、あと十数人しかいない親衛隊兵士たちが必死に防ごうとする。
「……だから俺がここにいるんだよなあ」
リックは口の端を歪めながら――敵から見て左手前方の森の中から、カドネにクロスボウを向けた。
右手前方から次々に矢を撃ち込むことで、敵はそちらに狙撃部隊がいるのだと思い込み、手薄になっているカドネの護衛兵力をそちらに向ける。必然的に、別方向への警戒は手薄になる。
敵が無能というわけではない。隊列の中で暴れるゴーレムに対応するため、カドネの護衛を回したのだからこうなるのも仕方ないだろう。
これもアールクヴィスト領軍の――立て続けの奇策で敵の度肝を抜き、軍隊として機能不全に陥らせた、我らが領主の粘り勝ちだったというだけの話だ。
「これで終わりだ……!」
倒れた将軍の安否を確認しているのか無防備なカドネを見据え、リックはクロスボウの引き金を引いた。
・・・・・
「……ルド! お……ヴァルド! おいエヴァルド! しっかりしろ!」
エヴァルドは意識を取り戻して目を開けた。カドネが倒れた自分を見下ろし、声をかけているのだと状況を理解する。
視線を下げると、エヴァルドの胸には太く長い矢が何本も突き立っていた。矢は板金鎧を貫き、おそらく体の奥深くまで抉っている。おまけに矢には毒か何かが塗られていたようで、全身にじわじわと痺れが広がっていた。
これはもう助かるまい。エヴァルドは自身の死を悟る。
「エヴァルド、死ぬな! お前が死んだら俺はどうすればいいのだ! お前以外の誰にこの親征の指揮がとれる!」
「……へ、いかぁ」
カドネの問いに答えようとして、しかしエヴァルドは掠れた声しか出せなかった。おそらく肺をやられている。おまけに顔にまで痺れが回ってきた。
しかし、エヴァルドは執念で口を動かし、息を吐く。これが自分の生涯でできる最後の行動だと思ってカドネに助言を残そうとする。
「へいか、てったいを……いちど、てったいを。やえいちに……ぐんを、さいへんし、たじねっとにしきを……」
カドネさえ健在なら今の王家に、軍閥貴族にこれからもチャンスが残される。
ロードベルク王国への侵攻が叶わないとしても、敵の追撃を防いでこの侵攻路を確保し続ければいい。当初想定した大戦果とは比較にもならないが、それでもベゼル大森林の侵攻路開拓という成果を残したと言い張れる。それで軍閥の権勢はなんとか維持できる。
そうして国内外に硬直状態を作り、年月をかけて再び軍事力を整え、ロードベルク王国に再侵攻すればいい。そうすれば軍閥貴族の野望は叶う。たとえエヴァルド自身がそれを目にすることは叶わなくても。
「しんこうろ、を、まもる……のです……そうすれば、」
どうか生きて、成長して、ランセル王国の勢力をさらに拡大する偉大な王になってほしい。
そう思いながらエヴァルドがカドネを見上げていると――そのカドネの肩を、別方向から飛んできた矢が貫いた。
「ぐああっ! 矢が! 誰か! 誰かあぁ!」
「へ、陛下!」
「おい、陛下が重傷を負われた! それにロットフェルト閣下が戦死されたぞ!」
「あ、ああ、手が痺れる、足も、あああ……」
「陛下、どうかしっかりなさってください! 意識を保つのです! おいお前たち、陛下を抱え上げろ! 逃げるぞ!」
「もう無理だ! 一旦退け! 撤退! 全軍撤退ぃー!」
ああ、やっぱり駄目かもしれない。
そんな諦めに包まれながら、エヴァルドの意識は永遠に失われた。
「受け身で勢いに飲まれれば危険です。こちらも歩兵部隊を突撃させるべきかと。クロスボウ部隊もその掩護に」
敵兵の果敢さと敵将の思いきりのよさにノエインが少し驚いていると、ユーリが横から進言する。
「そうだね……ダント、頼んだよ!」
「はっ!」
ノエインの言葉にダントは鋭く応え、歩兵部隊とその両翼のクロスボウ隊に檄を飛ばす。
「いいかお前ら! 一兵も逃さず敵を殺せ! 俺たちがやられたら次に襲われるのは俺たちの家族だと思え!」
全員が正規の領民兵士で構成された50人の歩兵部隊と、一般領民ではあるが志願して戦いに臨んでいるクロスボウ兵たちが決意の表情を見せる。
「歩兵部隊が前面に出る。クロスボウ部隊は抜けた敵兵を仕留めろ。突撃!」
「「うおおおおぉぉっ!」」
森の木々が揺れるのではないかと思うほどの怒号を放ちながら、歩兵部隊とクロスボウ部隊が走る。
互いに突撃するアールクヴィスト領軍とランセル王国の侵攻部隊が、真正面から激突した。
「死ねええっ!」
「させるか!」
「ぐあああっ!」
「クソがっ!」
国軍兵士も傭兵も精鋭ぞろいのランセル王国軍侵攻部隊と、こちらも職業軍人として数年にわたり訓練を積んできたアールクヴィスト領軍歩兵部隊。小細工なしの白兵戦は、しかし最初はアールクヴィスト領軍の若干の優勢で動く。
侵攻部隊は炎の壁やクロスボウによる攻撃、そして先ほどのゴーレムの突撃によって疲弊しており、まともに隊列も組めていない。今もゴーレムの一部が引き返してきて、突撃する兵士たちを背中から襲い、その勢いを削ぐ。
一方のアールクヴィスト領軍は、自分たちの財産と家族を守るために異様なまでに士気が高まっている。おまけにダントの指揮によって、陣形を組み、盾を並べて槍を構え、ひとつの塊となって戦えている。クロスボウ部隊の掩護もある。
戦場はあまり幅のない森の中の道で、侵攻部隊は数の優位を活かして一気に攻めきることも難しい。アールクヴィスト領軍の覇気に押され、歩兵部隊を突破した者も短剣付きクロスボウで四方からめった刺しにされ、一人また一人と死んでいった。
「ああっ! 俺のゴーレムが!」
しかし、侵攻部隊も黙ってやられはしない。王宮魔導士の一人が放った火魔法の大技が直撃し、アレインのゴーレムが火だるまになった。ゴーレムの表面を覆う魔法塗料が溶け、魔力図式が焼け、機能不全に陥ったゴーレムが崩れ落ちる。
また別の場所では、複数人の魔法使いによる連携攻撃を受けた一体のゴーレムが、手足を破損させて戦闘不能になる。それを見たゴーレム使いが驚愕の表情を浮かべる。
「予備のゴーレムを持ってこい! 攻撃の手を緩めるな!」
グスタフがそう叫ぶと、今しがたゴーレムを破壊されたアレインともう一人のゴーレム使いが、予備のゴーレムを取りに陣の後方に走った。昨年にノエインのゴーレムが戦闘で大破したことがあってから、今ではこうした事態にも備えられている。
と、そこへ側面の森の中からラドレー率いる別動隊が敵に殴りこむ。なんとか合流が間に合ったらしい。
士気が極限まで高まっているアールクヴィスト領軍と、数と練度で勝るランセル王国軍。その力が拮抗する。
「膠着状態か……さすがに隊列の分断とクレイモア突撃だけでを敵軍を崩せるほどは甘くなかったね」
「の、ようですな。あとはリックたち次第でしょう」
戦況を見ながら、ノエインはユーリとそんな会話をしていた。
・・・・・
「……エヴァルド、勝てるか?」
「……側面から乱入してきた部隊を合わせても敵の白兵戦力はこちらの半分以下。それも多くは農民と思われます。このまま攻め続ければ粘り勝ちできるかと」
馬上から戦闘の状況を見て尋ねるカドネに、エヴァルドはそう答えた。
「そうか……しつこく攻め続けて無理やり勝つなど王の軍隊としては優雅さに欠けるが、仕方あるまい」
敵軍は最初こそ異常なまでに奮戦していたが、気力だけでは限度がある。練度も数もこちらの侵攻部隊の方が圧倒しているのだ。
敵兵はしだいに疲労が溜まって、戦線はこちらがじわじわと押しつつあった。時間はかかるが、敵の総指揮官がいる後方までたどり着けるだろう。
厄介なゴーレムも親衛隊がさすがの練度と連携力で牽制を続けており、魔導士たちの活躍で何体かの破壊にも成功している。非常に危険な存在であることに変わりはないが、カドネやエヴァルドがいる場所までたどり着かれることはしばらくない。
カドネの言う通り少々不格好な戦いであり、赤子の手をひねるが如くアールクヴィスト領を壊滅させるつもりでいた侵攻部隊にとっては苦い勝ち方になってしまったが、それでも勝利は勝利だ。
敵の奇策の数々には驚かされたし、手痛い損害も被ったが――
そう考えていたところで、エヴァルドは嫌な予感を覚えた。武人としての勘がエヴァルドに危険を告げたのだ。
エヴァルドは不意に右前方を、森の中の上方を見やる。
戦闘のどさくさで森への警戒が疎かになっていたが、そこをよく見ると木の上に何か違和感があり……
「陛下ぁ!」
エヴァルドは咄嗟に馬を進めて身を乗り出し、カドネを馬上から突き落とした。
次の瞬間、先ほどまでカドネがいた位置を――今はエヴァルドがいる位置を、いくつもの矢が貫いた。
・・・・・
「……おいおい。あの状況でどうして狙撃に気づけるんだ」
戦場となっている侵攻路から外れた森の中。樹上で狙撃用クロスボウを構えながら、リックは独り言ちた。
狙撃用クロスボウは、その名の通り敵を狙い撃つことに特化したクロスボウである。弓は大きく、弦は硬く、矢は重く太く。さらに筒状の長い銃身も備える。連射性や取り回しを犠牲にして、射程と命中精度を上げた代物だ。
リックと、クロスボウの腕や目の良さを見込まれた選抜兵の合計10人が、この狙撃用クロスボウを装備してカドネ国王の射殺に挑んでいた。
目立たない黒い布製の服を着て、そこに葉を貼り付けて一見しただけでは潜伏位置が分かりづらいようカモフラージュして(これはノエインが異国の戦記物から知った手法だ)、戦場からやや離れた大木の上からカドネを狙う。
選抜兵たちが一斉に放った矢は、しかし驚異的な勘で狙撃を察知した敵の将軍によって阻まれた。
敵の将軍が、そしてカドネの周囲を固めていた護衛の兵士が矢を受けてバタバタと倒れる。普通のクロスボウと比べても初速が速く威力のある矢が、盾ごと兵士たちを貫く。
しかし、こちらがカドネを狙撃しようとしていることが一度知られれば不意打ちはもう不可能だ。敵の将軍に庇われて馬から落ちたカドネをさらに庇うように護衛兵が寄り集まり、自分自身を、そして死んだ兵士の死体までをも盾にして壁を作り、カドネを守る。
カドネたちから見て右手前方の森から次々に飛んでくる矢を、あと十数人しかいない親衛隊兵士たちが必死に防ごうとする。
「……だから俺がここにいるんだよなあ」
リックは口の端を歪めながら――敵から見て左手前方の森の中から、カドネにクロスボウを向けた。
右手前方から次々に矢を撃ち込むことで、敵はそちらに狙撃部隊がいるのだと思い込み、手薄になっているカドネの護衛兵力をそちらに向ける。必然的に、別方向への警戒は手薄になる。
敵が無能というわけではない。隊列の中で暴れるゴーレムに対応するため、カドネの護衛を回したのだからこうなるのも仕方ないだろう。
これもアールクヴィスト領軍の――立て続けの奇策で敵の度肝を抜き、軍隊として機能不全に陥らせた、我らが領主の粘り勝ちだったというだけの話だ。
「これで終わりだ……!」
倒れた将軍の安否を確認しているのか無防備なカドネを見据え、リックはクロスボウの引き金を引いた。
・・・・・
「……ルド! お……ヴァルド! おいエヴァルド! しっかりしろ!」
エヴァルドは意識を取り戻して目を開けた。カドネが倒れた自分を見下ろし、声をかけているのだと状況を理解する。
視線を下げると、エヴァルドの胸には太く長い矢が何本も突き立っていた。矢は板金鎧を貫き、おそらく体の奥深くまで抉っている。おまけに矢には毒か何かが塗られていたようで、全身にじわじわと痺れが広がっていた。
これはもう助かるまい。エヴァルドは自身の死を悟る。
「エヴァルド、死ぬな! お前が死んだら俺はどうすればいいのだ! お前以外の誰にこの親征の指揮がとれる!」
「……へ、いかぁ」
カドネの問いに答えようとして、しかしエヴァルドは掠れた声しか出せなかった。おそらく肺をやられている。おまけに顔にまで痺れが回ってきた。
しかし、エヴァルドは執念で口を動かし、息を吐く。これが自分の生涯でできる最後の行動だと思ってカドネに助言を残そうとする。
「へいか、てったいを……いちど、てったいを。やえいちに……ぐんを、さいへんし、たじねっとにしきを……」
カドネさえ健在なら今の王家に、軍閥貴族にこれからもチャンスが残される。
ロードベルク王国への侵攻が叶わないとしても、敵の追撃を防いでこの侵攻路を確保し続ければいい。当初想定した大戦果とは比較にもならないが、それでもベゼル大森林の侵攻路開拓という成果を残したと言い張れる。それで軍閥の権勢はなんとか維持できる。
そうして国内外に硬直状態を作り、年月をかけて再び軍事力を整え、ロードベルク王国に再侵攻すればいい。そうすれば軍閥貴族の野望は叶う。たとえエヴァルド自身がそれを目にすることは叶わなくても。
「しんこうろ、を、まもる……のです……そうすれば、」
どうか生きて、成長して、ランセル王国の勢力をさらに拡大する偉大な王になってほしい。
そう思いながらエヴァルドがカドネを見上げていると――そのカドネの肩を、別方向から飛んできた矢が貫いた。
「ぐああっ! 矢が! 誰か! 誰かあぁ!」
「へ、陛下!」
「おい、陛下が重傷を負われた! それにロットフェルト閣下が戦死されたぞ!」
「あ、ああ、手が痺れる、足も、あああ……」
「陛下、どうかしっかりなさってください! 意識を保つのです! おいお前たち、陛下を抱え上げろ! 逃げるぞ!」
「もう無理だ! 一旦退け! 撤退! 全軍撤退ぃー!」
ああ、やっぱり駄目かもしれない。
そんな諦めに包まれながら、エヴァルドの意識は永遠に失われた。
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