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第七章 内政の日々と派閥争い

第169話 穏やかな年末

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 王歴215年もあと数日となった十二月の末。ロードベルク王国内のほぼ全ての貴族領がそうであるように、アールクヴィスト準男爵領でも静かな日々が流れていた。

 領外との行き来はほとんど途絶え、領民たちは冬までに備えた保存食や生活物資を消費しながら、春の訪れを待つ。

 領主ノエインも、年末のこの時期になれば急いでこなさなければならない仕事もなく、マチルダやクラーラとのんびり過ごす穏やかな毎日を送っていた。

「……今年一年でまた領都ノエイナも大きくなったね」

 二階に作られた書斎でソファに座って本を開き、ふと窓から領都の景色に目をやってノエインは呟く。

 今は冬ということもあって街に人通りは少ないが、今年の初めと比べると確実に建物は増え、市域は広がっていた。新移民向けの二階建て、なかには三階建ての集合住宅も建ち、都市を囲む市壁も完成が見えつつある。

 ノエインが何百人もの獣人を連れ帰った昨年とは違い、今年は純粋な移住希望者のみで人口が500人近く増加した。領都ノエイナはおよそ1200人が暮らす都市へと成長し、鉱山村キルデの人口も200人に届いた。数十人規模の開拓村も三つが順調に発展中である。

「この発展も、ノエイン様が見事な手腕で領地を運営されているからこそです。領外にもアールクヴィスト領の評判が広がっているからこそ、多くの人がここを目指すのでしょう」

 ノエインの隣にはマチルダが寄り添い、いつもの生真面目な口調で、しかし声色や表情は柔らかく返す。そんな彼女の手にも本が抱えられている。

「ありがとうマチルダ……まあ、移民がここまで多かったのは時の運もあったけどね」

 昨年の戦争では南西部の国境に大軍勢が集結したため、その食い扶持を確保するために多くの食糧が軍に買い集められ、その余波として昨年から今年にかけては南西部に一際大きな混乱が広まった。その影響もあって、街や村を捨てて北西部に流れる難民も増えた。

 アールクヴィスト領のみならず、北西部の他の領でも人口が微増していると聞いている。ランセル王国との紛争やそれに伴う混乱、北西部でのジャガイモ普及による農業生産力の増大などが重なって、北西部閥と南西部閥の力関係は大きく変化していた。

「それに、移民だけじゃなくて、赤ん坊の誕生でも人口が増え始めてるのも嬉しいね」

 アールクヴィスト領の人口の増加は、移民によるものばかりではない。

 この領の平均年齢は若い。若者が多ければ、必然的に子どもが生まれることも多くなる。

 領の豊かさも影響して次世代の領民もどんどん誕生しており、ノエインの周りでもアンナが無事に第一子を出産、バートとミシェルの間に第一子が誕生、ロゼッタがペンスとの子を懐妊、マイもユーリとの第二子を妊娠するなど、めでたい話が続いている。

 人口のみならず経済規模も着実に大きくなっており、領内の治安も良い。派閥争いに関わって南に出征するという予想外のイベントはあったものの、今年は概ね平穏に過ぎた一年だったと言える。領外にはさまざまな混乱があったにも関わらず。

「戦後の混乱も、来年からは収まりそうでよかったです」

 ノエインから見てマチルダの反対側に座り、やはり本を手にしながらそう呟いたのは妻のクラーラだ。こうして三人一緒に座れるようにと、書斎には居間と同じく横に幅の広い高価なソファが置かれている。

 マイルズ商会に依頼した本の収集は着実に進められており、書斎の本棚には既に五十冊近い本が並んでいる。どれも取り寄せやすい有名な書物ばかりでノエインは生家で読んだことがあったが、それでもこうして直に本を手に取り、ページをめくるのは楽しい。

 この冬の余暇時間は、こうして愛する女性たちと書斎で読書に耽ったり、一階の居間でお茶を飲みながら雑談やボードゲームなどに興じるのがノエインの定番の過ごし方になっていた。

「そうだね……やっとだよ。僕がアールクヴィスト領の開拓を始める何年も前からランセル王国との紛争は続いてたからね」

「そう考えると、もう十年近くも争っていたのですね……そのためにあなたも大変な思いをされましたから、これからは本当に平和になってほしいです」

 十二月の北西部閥の晩餐会では、王国南西部の国境で起こっていたランセル王国との紛争がほぼ完全に終結したという情報が伝えられていた。

 もともと大戦後は紛争の規模も縮小していたらしいが、冬の前からランセル王国による嫌がらせがぱったりとなくなり、国境付近にいくつかあった敵の拠点そのものが引き払われてしまったという。それから考えるに、ランセル王国には紛争継続の意思そのものがないらしい。

 南西部の農業生産力も今年一年をかけて回復に努めてあったこともあり、来年からは王国内の食糧不足やそれに伴う混乱も目に見えて解決するだろう……という、久々の明るいニュースで派閥晩餐会もずいぶんと賑やかになった。

「……あれほどロードベルク王国への領土的野心を示してきたランセル王国が、急に退いていったのは何故なのでしょうか」

 そう疑問を口にしたのはマチルダだ。副官として長くノエインの執務を手伝ってきた彼女は、獣人奴隷という身ではあるが、こうして軍事や政治に関わる思考をすることもできる。

「なんでだろうねえ……国力の関係で軍を一旦退いてしばらく力を蓄えるのか、それともあっちのカドネ国王の気が変わって別の隣国でも攻めるのか……どっちにしろ、このままロードベルク王国への侵攻なんて諦めてくれたらいいな」

 ある意味ではランセル王国との戦争があったからこそ急速に発展してきたアールクヴィスト領だが、ノエインとしてはもはやこれ以上の急成長はなくてもいいと考えていた。

 たった五年で領内の人口が1500人を超え、ノエイン自身も陞爵まで果たしたのだから十分だ。これからは地道に平和に領地運営を続けて、のんびりと発展させていけばいい。

 急発展の代価が戦争への従軍や国内での武力衝突への参加など、ノエインの価値観からすれば割に合わない。

 本のページを無意識にめくりながらノエインがそんな思考を巡らせていると、「きゅううぅ~」という可愛らしい音が書斎の中に小さく響いた。

「……クラーラ、お腹すいたの?」

「や、やだごめんなさいっ、私ったらはしたない……」

「あははは、気にしないで。冬ってすぐお腹すいちゃうよね」

「恥ずかしい……ごめんなさい……」

「そろそろ午後三時を過ぎましたからね。お茶と甘味でも用意しましょうか?」

「……お願いします」

 お腹を鳴らしたクラーラのことを笑うでもなく、ノエインはただただ優しく微笑んで話し、マチルダは領主夫婦の従者としての表情で尋ねる。当のクラーラは、いっそからかわれた方が気が楽かもしれないと思いつつ顔を赤くして答えた。

「お茶にするなら、皆で居間に移動しよっか。昼からずっと書斎にこもってたし」

「そ、そうですね。あまり書斎で飲んだり食べたりするのもよくないですし」

「では、私は先に降りてお茶の準備を……」

 そう言って立ち上がり、足早に部屋を出ていこうとしたマチルダの手をノエインは掴んだ。

「急がなくて大丈夫だよ。三人で一緒に行こう」

 ノエインが微笑みかけ、隣ではクラーラもマチルダに優しい笑顔を向ける。

「……はい、ノエイン様」

 立ち上がったノエインの腕にマチルダは自分の腕を絡め、ノエインのもう一方の腕にはクラーラが寄り添う。三人仲良く並んで、ノエインたちは階下へと向かった。



★★★★★★★

以上までが第七章になります。ここまでお読みいただきありがとうございます。

明日は七章の登場人物紹介を挟んで、明後日からは第八章がスタートします。

たくさんのお気に入り登録をいただき、大きな励みになっております。本当にありがとうございます。

ノエインたちの物語はまだまだ続きます。引き続き『性格が悪くても辺境開拓できますうぅ!』をよろしくお願いいたします。
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