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第七章 内政の日々と派閥争い
第168話 戦いを終えて
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カレヌ村奪還から数日後。アールクヴィスト領軍が帰還の準備を進める中で、ノエインはヴィキャンデル男爵と面会していた。
「まずはあらためて礼を言わせてほしい。アールクヴィスト卿、カレヌ村の奪還が叶ったのは卿のおかげだ。本当にありがとう」
「私たちの奇襲が成功したのは、ヴィキャンデル閣下の本隊による奮戦があったからこそですよ」
「ははは、そういうことにしてもらえるとこちらも助かるよ……」
そう言いながら苦笑いを浮かべるヴィキャンデル男爵。
本隊の陽動がなければノエインたちの村内突入はもっと手間取っただろうし、その過程で怪我人も出ただろうから、ノエインもお世辞だけで言っているわけではない。
「それで、捕虜にした南西部貴族たちのその後の扱いは大丈夫そうですか?」
「ああ、何せ今回の領地侵犯に参加した貴族全員を捕らえられたからな。こちらの被害額に南西部貴族たちの身代金をたっぷり乗せて要求できる……寄り子の貴族家当主が一斉に捕虜になったのだから、バラッセン子爵も困るだろうな」
「あはは、間違いないですね。子爵もまさか、100人の兵が完敗して全員捕まるとまでは思っていなかったでしょうから」
ヴィキャンデル男爵領の規模で100人もの捕虜を食わせ続けるのは大変な負担になるので、指揮官である貴族だけを残してあとの者は解放され、南西部へ追い返されるという。
貴族たちの方は、領地から賠償金と部下の頭数の分も含めた身代金が納められるか、ひとまずの身代わりとなる子息などが送られるまではいつまでも囚われたままだ。
厳しいひと冬を乗り越える代価と考えても、身代金は彼らにとって痛い出費になるだろう。
「こちらは要塞化された状態で村を取り返したし、これを機にカレヌ村周辺の領有権がこちらにあると完全に認めさせる契約までバラッセン子爵と交わしたんだ。逆転勝利と言ってもいい」
喜ぶというよりは、ほっとした様子のヴィキャンデル男爵。カレヌ村奪還の翌日にはバラッセン子爵のもとへと早馬を送った彼は、恐るべき早さでこの契約を成立させていた。
今回の衝突はもともと係争地にほど近いカレヌ村でのことであり、バラッセン子爵側の領地侵犯の裏には、無理にでも作物を得なければ自領が大きく混乱するかもしれないという焦りもあった。逆の立場であればヴィキャンデル男爵も同じことをしたかもしれないと語ったし、それはノエインも同じくだ。
妥当な賠償は求めつつ、食糧不足という事情があったバラッセン子爵側を無慈悲に追い詰めすぎることはしない。その代わり、以前から続いていた領境問題に終止符を打つ。
これでヴィキャンデル男爵は、後を継いで早々に隣領との長い争いに決着をつけた名領主と評されるだろう。
親戚の評判がいい方が、ノエインにとっても何かと都合がいい。なのでこの結末はノエインにも好ましいものだ。
「それでアールクヴィスト卿、具体的な謝礼の話なんだが……卿にはロズブローク男爵との戦いも含め、大健闘してもらった。予想以上の完勝で多額の身代金を得られると決まったし、謝礼も上乗せさせてほしい。私のせめてもの気持ちだ」
「それは……分かりました。ありがたく受け取らせていただきます」
その後の細かい話し合いで、ノエインは本来の謝礼にたっぷり気持ちを乗せられた金額を受け取ることになった。今回の出征の経費や奮戦した兵士たちへの報奨を差し引いて、アールクヴィスト家の金庫がまた少し潤う程度の大金だ。
・・・・・
「ロズブローク卿、ご機嫌はいかがですか?」
「……アールクヴィスト卿か。私は元気だが、どうされた?」
「僕はそろそろ自分の領地に帰るので、その前にちょっと挨拶にと思って」
アールクヴィスト領へ帰還する前日。ヴィキャンデル男爵家屋敷の別館の一室に軟禁されているヴィオウルフのもとを、ノエインは訪れていた。もちろんヴィキャンデル男爵の許可はとっている。
捕虜の中で最も爵位が高いヴィオウルフは、比較的広い個室に軟禁されるという、最も良い待遇で囚われている。その他の捕虜たちも、窮屈で不自由ではあるが屈辱的ではない程度の扱いを受けているだろう。
ヴィオウルフの魔法の腕があれば逃走も可能であろうが、まともな貴族ならこの状況でそこまではしない。敵国に囚われて殺されそうだったりするならともかく、国内の争いでそんなことをすれば「降伏の概念すら持たず際限なく暴れる野蛮人」として貴族社会から排除されてしまうからだ。
「ロズブローク卿は身代金を支払う目処は立ってるんですか?」
「ああ、それは心配ない。私はランセル王国との紛争にも何度か参加しているからな。捕虜になった場合に備えて、身代金用の現金は領地に用意してある。先に解放されたうちの従士長がそれを持ってくるまで……あと数日というところだろうな」
「それはよかったです。そんなに待たずに帰れるんですね」
「ここから自領までの距離を考えたら、卿より私の方が早く帰り着くかもな」
「えぇー、それはちょっとずるい気がしますねえ。勝ったのは僕の方なのに」
ヘラヘラしながらおどけた口調でノエインが言うと、ヴィオウルフも笑った。
「……とんだ再会になってしまったな。今度はもっと穏やかな場で、友好的に会いたいものだ」
「ほんとですね。次は一緒にお酒でも飲みながら自領への愛を語り合いましょう」
「ははは、それは楽しそうだな」
初対面のときは仲良くなれる気がしないと思っていたが、これはもう立派に友人と呼べる関係ではないだろうか。と、これまで同世代の友人がいたことのなかったノエインは思った。
・・・・・
「ではヴィキャンデル閣下、そしてローリー様。また社交の場などでお会いした際はよろしくお願いいたします」
「ああ、今回は本当に助かった。もし今後私がアールクヴィスト卿の力になれることがあれば、何でも相談してくれ。私たちは義理の兄弟でもあるわけだしな」
「クラーラにもよろしくとお伝えください。お帰りもどうかお気をつけて」
アールクヴィスト領への帰路に就くノエインたちを、ヴィキャンデル男爵も妻のローリーも穏やかな笑顔で見送る。領内の問題が解決して肩の荷が下りたからか、初日の出迎えのときよりも男爵の表情は活き活きとして、自信も感じられた。
二人に見送られて屋敷を出たノエインは、整列した部下たちと合流する。
「それじゃあ、出発!」
指揮官であるノエインの命令に合わせて、三十余名が行軍を開始した。ノエインとマチルダ、ユーリとラドレーは騎乗し、グスタフとセシリアはゴーレムで荷馬車を引きつつ自分たちはその荷馬車で揺られ、他の兵士たちは徒歩で進む。ノエインのゴーレムは壊れていないものも含め荷馬車の上だ。
今回アールクヴィスト領軍はろくな負傷者も出さず、戦闘後は兵士たちはカレヌ村奪還の英雄として領都ヨーテヴレ内で歓待を受けて、美味い食事と酒をたらふく味わった。これからの長距離移動に向けた気力も十分だ。
「……あー、帰れる」
隊列の中央で空を仰ぎながら、傍らのマチルダだけに聞こえる程度の声でノエインは呟く。
「今回の活躍もお見事でした、ノエイン様」
「ありがと。寒さが厳しくなる前に帰り着けそうでよかったね。年末はゆっくりしよう」
「はい」
ノエインが微笑んでマチルダの方を見ると、彼女も少し口の端を上げて頷いた。一応は行軍中ではあるが、このくらいの私語であれば他の者には届かない。
冬の気配が近づいてくる十一月中旬、任務を終えたアールクヴィスト領軍の出征部隊は、故郷を目指して進む。
「まずはあらためて礼を言わせてほしい。アールクヴィスト卿、カレヌ村の奪還が叶ったのは卿のおかげだ。本当にありがとう」
「私たちの奇襲が成功したのは、ヴィキャンデル閣下の本隊による奮戦があったからこそですよ」
「ははは、そういうことにしてもらえるとこちらも助かるよ……」
そう言いながら苦笑いを浮かべるヴィキャンデル男爵。
本隊の陽動がなければノエインたちの村内突入はもっと手間取っただろうし、その過程で怪我人も出ただろうから、ノエインもお世辞だけで言っているわけではない。
「それで、捕虜にした南西部貴族たちのその後の扱いは大丈夫そうですか?」
「ああ、何せ今回の領地侵犯に参加した貴族全員を捕らえられたからな。こちらの被害額に南西部貴族たちの身代金をたっぷり乗せて要求できる……寄り子の貴族家当主が一斉に捕虜になったのだから、バラッセン子爵も困るだろうな」
「あはは、間違いないですね。子爵もまさか、100人の兵が完敗して全員捕まるとまでは思っていなかったでしょうから」
ヴィキャンデル男爵領の規模で100人もの捕虜を食わせ続けるのは大変な負担になるので、指揮官である貴族だけを残してあとの者は解放され、南西部へ追い返されるという。
貴族たちの方は、領地から賠償金と部下の頭数の分も含めた身代金が納められるか、ひとまずの身代わりとなる子息などが送られるまではいつまでも囚われたままだ。
厳しいひと冬を乗り越える代価と考えても、身代金は彼らにとって痛い出費になるだろう。
「こちらは要塞化された状態で村を取り返したし、これを機にカレヌ村周辺の領有権がこちらにあると完全に認めさせる契約までバラッセン子爵と交わしたんだ。逆転勝利と言ってもいい」
喜ぶというよりは、ほっとした様子のヴィキャンデル男爵。カレヌ村奪還の翌日にはバラッセン子爵のもとへと早馬を送った彼は、恐るべき早さでこの契約を成立させていた。
今回の衝突はもともと係争地にほど近いカレヌ村でのことであり、バラッセン子爵側の領地侵犯の裏には、無理にでも作物を得なければ自領が大きく混乱するかもしれないという焦りもあった。逆の立場であればヴィキャンデル男爵も同じことをしたかもしれないと語ったし、それはノエインも同じくだ。
妥当な賠償は求めつつ、食糧不足という事情があったバラッセン子爵側を無慈悲に追い詰めすぎることはしない。その代わり、以前から続いていた領境問題に終止符を打つ。
これでヴィキャンデル男爵は、後を継いで早々に隣領との長い争いに決着をつけた名領主と評されるだろう。
親戚の評判がいい方が、ノエインにとっても何かと都合がいい。なのでこの結末はノエインにも好ましいものだ。
「それでアールクヴィスト卿、具体的な謝礼の話なんだが……卿にはロズブローク男爵との戦いも含め、大健闘してもらった。予想以上の完勝で多額の身代金を得られると決まったし、謝礼も上乗せさせてほしい。私のせめてもの気持ちだ」
「それは……分かりました。ありがたく受け取らせていただきます」
その後の細かい話し合いで、ノエインは本来の謝礼にたっぷり気持ちを乗せられた金額を受け取ることになった。今回の出征の経費や奮戦した兵士たちへの報奨を差し引いて、アールクヴィスト家の金庫がまた少し潤う程度の大金だ。
・・・・・
「ロズブローク卿、ご機嫌はいかがですか?」
「……アールクヴィスト卿か。私は元気だが、どうされた?」
「僕はそろそろ自分の領地に帰るので、その前にちょっと挨拶にと思って」
アールクヴィスト領へ帰還する前日。ヴィキャンデル男爵家屋敷の別館の一室に軟禁されているヴィオウルフのもとを、ノエインは訪れていた。もちろんヴィキャンデル男爵の許可はとっている。
捕虜の中で最も爵位が高いヴィオウルフは、比較的広い個室に軟禁されるという、最も良い待遇で囚われている。その他の捕虜たちも、窮屈で不自由ではあるが屈辱的ではない程度の扱いを受けているだろう。
ヴィオウルフの魔法の腕があれば逃走も可能であろうが、まともな貴族ならこの状況でそこまではしない。敵国に囚われて殺されそうだったりするならともかく、国内の争いでそんなことをすれば「降伏の概念すら持たず際限なく暴れる野蛮人」として貴族社会から排除されてしまうからだ。
「ロズブローク卿は身代金を支払う目処は立ってるんですか?」
「ああ、それは心配ない。私はランセル王国との紛争にも何度か参加しているからな。捕虜になった場合に備えて、身代金用の現金は領地に用意してある。先に解放されたうちの従士長がそれを持ってくるまで……あと数日というところだろうな」
「それはよかったです。そんなに待たずに帰れるんですね」
「ここから自領までの距離を考えたら、卿より私の方が早く帰り着くかもな」
「えぇー、それはちょっとずるい気がしますねえ。勝ったのは僕の方なのに」
ヘラヘラしながらおどけた口調でノエインが言うと、ヴィオウルフも笑った。
「……とんだ再会になってしまったな。今度はもっと穏やかな場で、友好的に会いたいものだ」
「ほんとですね。次は一緒にお酒でも飲みながら自領への愛を語り合いましょう」
「ははは、それは楽しそうだな」
初対面のときは仲良くなれる気がしないと思っていたが、これはもう立派に友人と呼べる関係ではないだろうか。と、これまで同世代の友人がいたことのなかったノエインは思った。
・・・・・
「ではヴィキャンデル閣下、そしてローリー様。また社交の場などでお会いした際はよろしくお願いいたします」
「ああ、今回は本当に助かった。もし今後私がアールクヴィスト卿の力になれることがあれば、何でも相談してくれ。私たちは義理の兄弟でもあるわけだしな」
「クラーラにもよろしくとお伝えください。お帰りもどうかお気をつけて」
アールクヴィスト領への帰路に就くノエインたちを、ヴィキャンデル男爵も妻のローリーも穏やかな笑顔で見送る。領内の問題が解決して肩の荷が下りたからか、初日の出迎えのときよりも男爵の表情は活き活きとして、自信も感じられた。
二人に見送られて屋敷を出たノエインは、整列した部下たちと合流する。
「それじゃあ、出発!」
指揮官であるノエインの命令に合わせて、三十余名が行軍を開始した。ノエインとマチルダ、ユーリとラドレーは騎乗し、グスタフとセシリアはゴーレムで荷馬車を引きつつ自分たちはその荷馬車で揺られ、他の兵士たちは徒歩で進む。ノエインのゴーレムは壊れていないものも含め荷馬車の上だ。
今回アールクヴィスト領軍はろくな負傷者も出さず、戦闘後は兵士たちはカレヌ村奪還の英雄として領都ヨーテヴレ内で歓待を受けて、美味い食事と酒をたらふく味わった。これからの長距離移動に向けた気力も十分だ。
「……あー、帰れる」
隊列の中央で空を仰ぎながら、傍らのマチルダだけに聞こえる程度の声でノエインは呟く。
「今回の活躍もお見事でした、ノエイン様」
「ありがと。寒さが厳しくなる前に帰り着けそうでよかったね。年末はゆっくりしよう」
「はい」
ノエインが微笑んでマチルダの方を見ると、彼女も少し口の端を上げて頷いた。一応は行軍中ではあるが、このくらいの私語であれば他の者には届かない。
冬の気配が近づいてくる十一月中旬、任務を終えたアールクヴィスト領軍の出征部隊は、故郷を目指して進む。
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