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第七章 内政の日々と派閥争い
第165話 交渉
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家屋の三階相当の高さの鐘楼から見下ろしてくるヴィオウルフを見上げ、彼としばし睨み合うノエイン。カレヌ村ひとつの占拠でなぜ大げさにも堀や土壁まで作ったのかと疑問だったが、土魔法使いのヴィオウルフがいたならそれも容易だっただろうと考える。
ノエインのすぐ傍にはマチルダが控え、土が降ってきたらいつでも主を担ぎ運べるよう備えている。
一方でラドレーと槍持ちの兵士たちは槍を逆手に握り、指示があればいつでもヴィオウルフ目がけて投擲できるよう構える。クロスボウ兵たちも、他の方向を警戒する数名以外はヴィオウルフの方へ狙いを定めて待機していた。
「アールクヴィスト卿! 無事か!」
「ええ、こちらは大丈夫です。ゴーレムを埋められただけです」
異変に気づいたヴィキャンデル男爵も本隊を率いて駆けつけ、教会の包囲を開始する。ヴィキャンデル男爵の呼びかけに、ノエインはヴィオウルフから視線をそらさず答える。
「……ロズブローク閣下、なぜあなたがここに? あなたはもう男爵位を持つ上級貴族です。他の上級貴族に手を貸して、このような領地侵犯に参加する理由はないはずでは?」
睨み合いの沈黙を破り、最初に言ったのはノエインだ。
「……ここは既に我々南西部貴族の領域だ。ただちに立ち去れ」
ヴィオウルフはそれには答えず、教会を囲む全員に向けてそう言い放った。
「ふ……ふざけるな! ここは我がヴィキャンデル男爵家の領有する村だ! お前たちこそ今すぐに出ていけ!」
怒りに満ちた声でヴィキャンデル男爵が叫ぶ。それに呼応して、男爵の寄り子の下級貴族や領軍兵士、徴募兵たちも口々にヴィオウルフを罵った。
罵声が響く中で、ノエインは違和感を覚えていた。その理由は先ほどのヴィオウルフの声色にある。
ヴィオウルフは物静かで控えめな性格の男ではあるが、それにしても先ほどの声にはあまりにも感情がこもっていなかった。立場上言わなければならない台詞を役目済ましに言うようなやる気のなさが感じられた。
その裏には、まるで面倒な仕事を早く済ませて帰りたがっているような感情がうかがえた。今のノエインと同じように。
「……ロズブローク閣下、もうよろしいのでは? 降伏してください」
傍から見れば「多勢に無勢で勝ち目はないから降伏しろ」と言っているように、しかしその内には「自分も面倒に思っているから早いところ終わらせよう」という意味を含ませてノエインは呼びかける。
「それはできません。私も南西部貴族なので」
ヴィオウルフはそう言葉を返す。そこには「南西部貴族として負けるわけにはいかない」という意地ではなく、「ほんとは降伏したいんだけど立場的にできないよ」というメッセージが込められているようにノエインには感じられた。
再び見つめ合う二人。しかしそこには敵同士としての対立感情よりも「どうやってこの状況を収めようか」という共通の気持ちがあった。
「……ヴィキャンデル男爵閣下、もしよければ、私に彼を説得する機会をいただけないでしょうか?」
「それは……できるのか? 今のところあちらにその気はないようだが」
ノエインが申し出ると、ヴィキャンデル男爵は少し驚いた様子で聞き返す。
「絶対にできるとは言えませんが、可能性はあります。彼とは昨年のランセル王国との戦争で戦友と呼べる関係になりましたので……よく話せば応じてくれるかもしれません。このまま彼と乱戦にでもなれば村の家屋にも被害が出るでしょうから、できる限りやってみたいです」
「……分かった。だが、くれぐれも気をつけてくれ」
「ええ、ありがとうございます」
総大将であるヴィキャンデル男爵の許可を得た上で、ノエインは再びヴィオウルフを見上げた。
「ロズブローク閣下、よければ私と少し話をしませんか? 話し合いで場を収められるならそれに越したことはないでしょう。教会の中に入っても?」
「……いいでしょう。ただしあなたと護衛一名だけで入ってきてください。こちらも同じ条件ですから」
「分かりました」
ノエインは傍らのマチルダに視線を向け、次に従士長であるユーリを見た。ユーリがこちらを見て頷いてくれたのを確認し、マチルダ一人を伴って教会の中に入る。
「ユーリ、相手も訳ありみたいだから、都合が悪い部分は適当に誤魔化しながら交渉内容をヴィキャンデル閣下に中継して」
『分かった』
教会の扉をくぐりながら、ノエインは『遠話』を繋いできたユーリと小声で言葉を交わした。
・・・・・
教会に入ったノエインは、その中を見回す。
礼拝堂と、鐘楼へと続くらしい階段、そして教会を管理する司祭の部屋に続くのであろう扉がひとつあるだけの教会内。ノエインが入り口を閉めるのと同時に、階段からヴィオウルフが壮年の男を伴って降りてくる。
「そちらは……昨年の晩餐会でも連れられていた奴隷ですか。本当にお気に入りなのですね」
「ええ、僕は彼女に絶対の信頼を置いていますから……そちらの護衛の方は?」
「彼はロズブローク家の従士長です。死んだ父が当主だった頃から仕えてくれています」
ヴィオウルフに紹介されながら、壮年の男は少し頭を下げた。その表情からは一切の感情が読めない。
「なるほど……では、話し合いをしましょうか」
「そうですね……あの、卿が不愉快でなければ口調を改めてもいいか? 丁寧な話し方にはあまり慣れてなくて」
「もちろんです。あなたの方が年も爵位も上なんですから、どうぞ話しやすいように」
「感謝する。それで、先ほど卿が尋ねた件、私がどうしてここにいるかの話だが……」
そこまで話して言い淀むヴィオウルフ。
「……卿のことを、同じ戦場を守った戦友と見込んで本音で話していいか? 今からする話は他の北西部貴族には知られたくない部分もあるんだが」
「分かりました。閣下にとってご都合の悪い部分は口外しないと誓います……この紛争を早く解決して帰りたいのは私も同じですから」
ノエインがはにかんで言うと、やはり同じことを考えていたらしいヴィオウルフも微苦笑を浮かべた。そして、自身の事情を話し始める。
「……もともとこのカレヌ村を占領して食料を奪うと決めたのは、占領を実行した下級貴族たちの寄り親であるバラッセン子爵閣下なんだ。バラッセン子爵家は、我がロズブローク家のかつての寄り親でもある」
領地侵犯の裏に上級貴族がいるという話はノエインもアルノルドから聞いていたので、ここまでは予想内のことだった。
「私の土魔法の才で農業生産力が上がるまでは、ロズブローク家は木っ端の弱小貴族だったからな。寄り親を頼ることも多かったから、バラッセン子爵にはいくつか借りが残っていたんだ」
「なるほど。それでこの領地侵犯に助力したと?」
「ああ。バラッセン閣下は、私が上級貴族として自立する前に借りを返せと仰られた。それで今回、うちの従士長を連れて客将として参戦することになったんだ……この戦いが終われば、ロズブローク家はバラッセン子爵家との繋がりを離れ、自由になれる」
少し遠い目をしながらヴィオウルフは呟く。
その話を聞いて、ノエインは一瞬だけ口の端を上げた。「自由になれる」という言葉ひとつで彼に少し親近感を抱いた自分におかしくなる。
「私の事情説明は以上だ……できることなら、私も自領を離れてこんな揉めごとに参加したくはなかった。領地が恋しいよ」
そう言って、ヴィオウルフは深いため息を吐いた。彼の言葉にノエインはますます親近感を抱く。
「私の土魔法は生身の人間相手だと殺してしまう可能性が高いからと、直接の戦闘ではなく村の要塞化のために力を貸していたんだが……それでもまったく戦わないというのはな。ちょうどゴーレムだけを狙えそうだったから、埋めさせてもらった。悪いな」
「いえ、それは戦いだから仕方ありません……事情は理解しましたが、もう戦う意味はないのでは? どう考えてもあなた方に勝ち目はありません。降伏してください。早く終わらせて帰りましょう」
ノエインはあらためてそう尋ねる。どうか頷いてくれ、と願いながら。
しかし、ヴィオウルフは残念そうな表情で首を横に振った。
「申し訳ないがそれはできない。私は卿と戦うよ」
ノエインのすぐ傍にはマチルダが控え、土が降ってきたらいつでも主を担ぎ運べるよう備えている。
一方でラドレーと槍持ちの兵士たちは槍を逆手に握り、指示があればいつでもヴィオウルフ目がけて投擲できるよう構える。クロスボウ兵たちも、他の方向を警戒する数名以外はヴィオウルフの方へ狙いを定めて待機していた。
「アールクヴィスト卿! 無事か!」
「ええ、こちらは大丈夫です。ゴーレムを埋められただけです」
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「……ロズブローク閣下、なぜあなたがここに? あなたはもう男爵位を持つ上級貴族です。他の上級貴族に手を貸して、このような領地侵犯に参加する理由はないはずでは?」
睨み合いの沈黙を破り、最初に言ったのはノエインだ。
「……ここは既に我々南西部貴族の領域だ。ただちに立ち去れ」
ヴィオウルフはそれには答えず、教会を囲む全員に向けてそう言い放った。
「ふ……ふざけるな! ここは我がヴィキャンデル男爵家の領有する村だ! お前たちこそ今すぐに出ていけ!」
怒りに満ちた声でヴィキャンデル男爵が叫ぶ。それに呼応して、男爵の寄り子の下級貴族や領軍兵士、徴募兵たちも口々にヴィオウルフを罵った。
罵声が響く中で、ノエインは違和感を覚えていた。その理由は先ほどのヴィオウルフの声色にある。
ヴィオウルフは物静かで控えめな性格の男ではあるが、それにしても先ほどの声にはあまりにも感情がこもっていなかった。立場上言わなければならない台詞を役目済ましに言うようなやる気のなさが感じられた。
その裏には、まるで面倒な仕事を早く済ませて帰りたがっているような感情がうかがえた。今のノエインと同じように。
「……ロズブローク閣下、もうよろしいのでは? 降伏してください」
傍から見れば「多勢に無勢で勝ち目はないから降伏しろ」と言っているように、しかしその内には「自分も面倒に思っているから早いところ終わらせよう」という意味を含ませてノエインは呼びかける。
「それはできません。私も南西部貴族なので」
ヴィオウルフはそう言葉を返す。そこには「南西部貴族として負けるわけにはいかない」という意地ではなく、「ほんとは降伏したいんだけど立場的にできないよ」というメッセージが込められているようにノエインには感じられた。
再び見つめ合う二人。しかしそこには敵同士としての対立感情よりも「どうやってこの状況を収めようか」という共通の気持ちがあった。
「……ヴィキャンデル男爵閣下、もしよければ、私に彼を説得する機会をいただけないでしょうか?」
「それは……できるのか? 今のところあちらにその気はないようだが」
ノエインが申し出ると、ヴィキャンデル男爵は少し驚いた様子で聞き返す。
「絶対にできるとは言えませんが、可能性はあります。彼とは昨年のランセル王国との戦争で戦友と呼べる関係になりましたので……よく話せば応じてくれるかもしれません。このまま彼と乱戦にでもなれば村の家屋にも被害が出るでしょうから、できる限りやってみたいです」
「……分かった。だが、くれぐれも気をつけてくれ」
「ええ、ありがとうございます」
総大将であるヴィキャンデル男爵の許可を得た上で、ノエインは再びヴィオウルフを見上げた。
「ロズブローク閣下、よければ私と少し話をしませんか? 話し合いで場を収められるならそれに越したことはないでしょう。教会の中に入っても?」
「……いいでしょう。ただしあなたと護衛一名だけで入ってきてください。こちらも同じ条件ですから」
「分かりました」
ノエインは傍らのマチルダに視線を向け、次に従士長であるユーリを見た。ユーリがこちらを見て頷いてくれたのを確認し、マチルダ一人を伴って教会の中に入る。
「ユーリ、相手も訳ありみたいだから、都合が悪い部分は適当に誤魔化しながら交渉内容をヴィキャンデル閣下に中継して」
『分かった』
教会の扉をくぐりながら、ノエインは『遠話』を繋いできたユーリと小声で言葉を交わした。
・・・・・
教会に入ったノエインは、その中を見回す。
礼拝堂と、鐘楼へと続くらしい階段、そして教会を管理する司祭の部屋に続くのであろう扉がひとつあるだけの教会内。ノエインが入り口を閉めるのと同時に、階段からヴィオウルフが壮年の男を伴って降りてくる。
「そちらは……昨年の晩餐会でも連れられていた奴隷ですか。本当にお気に入りなのですね」
「ええ、僕は彼女に絶対の信頼を置いていますから……そちらの護衛の方は?」
「彼はロズブローク家の従士長です。死んだ父が当主だった頃から仕えてくれています」
ヴィオウルフに紹介されながら、壮年の男は少し頭を下げた。その表情からは一切の感情が読めない。
「なるほど……では、話し合いをしましょうか」
「そうですね……あの、卿が不愉快でなければ口調を改めてもいいか? 丁寧な話し方にはあまり慣れてなくて」
「もちろんです。あなたの方が年も爵位も上なんですから、どうぞ話しやすいように」
「感謝する。それで、先ほど卿が尋ねた件、私がどうしてここにいるかの話だが……」
そこまで話して言い淀むヴィオウルフ。
「……卿のことを、同じ戦場を守った戦友と見込んで本音で話していいか? 今からする話は他の北西部貴族には知られたくない部分もあるんだが」
「分かりました。閣下にとってご都合の悪い部分は口外しないと誓います……この紛争を早く解決して帰りたいのは私も同じですから」
ノエインがはにかんで言うと、やはり同じことを考えていたらしいヴィオウルフも微苦笑を浮かべた。そして、自身の事情を話し始める。
「……もともとこのカレヌ村を占領して食料を奪うと決めたのは、占領を実行した下級貴族たちの寄り親であるバラッセン子爵閣下なんだ。バラッセン子爵家は、我がロズブローク家のかつての寄り親でもある」
領地侵犯の裏に上級貴族がいるという話はノエインもアルノルドから聞いていたので、ここまでは予想内のことだった。
「私の土魔法の才で農業生産力が上がるまでは、ロズブローク家は木っ端の弱小貴族だったからな。寄り親を頼ることも多かったから、バラッセン子爵にはいくつか借りが残っていたんだ」
「なるほど。それでこの領地侵犯に助力したと?」
「ああ。バラッセン閣下は、私が上級貴族として自立する前に借りを返せと仰られた。それで今回、うちの従士長を連れて客将として参戦することになったんだ……この戦いが終われば、ロズブローク家はバラッセン子爵家との繋がりを離れ、自由になれる」
少し遠い目をしながらヴィオウルフは呟く。
その話を聞いて、ノエインは一瞬だけ口の端を上げた。「自由になれる」という言葉ひとつで彼に少し親近感を抱いた自分におかしくなる。
「私の事情説明は以上だ……できることなら、私も自領を離れてこんな揉めごとに参加したくはなかった。領地が恋しいよ」
そう言って、ヴィオウルフは深いため息を吐いた。彼の言葉にノエインはますます親近感を抱く。
「私の土魔法は生身の人間相手だと殺してしまう可能性が高いからと、直接の戦闘ではなく村の要塞化のために力を貸していたんだが……それでもまったく戦わないというのはな。ちょうどゴーレムだけを狙えそうだったから、埋めさせてもらった。悪いな」
「いえ、それは戦いだから仕方ありません……事情は理解しましたが、もう戦う意味はないのでは? どう考えてもあなた方に勝ち目はありません。降伏してください。早く終わらせて帰りましょう」
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