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第七章 内政の日々と派閥争い

第164話 急転

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 向かってきた敵兵をひとまず制圧し終えたノエインたち別動隊は、残る敵を掃討して本隊と合流するためにカレヌ村の中を走る。

「我々はヴィキャンデル男爵閣下の友軍だ!」

「急いで避難しろ! あとで戻れるから荷物は持つな!」

「南東側から脱出できる! ひとまずそこから村の外に出て待ってろ!」

 村内を移動しながら兵士たちが口々に叫び、それを聞いた村人たちはフラフラと村の東側へと走っていく。やはり衰弱しているのか、その足取りは遅い。

 もし戦闘が激化したら民家が破壊されたり燃やされたりする可能性もあり、村人を巻き込んで死なせでもしたらそれはヴィキャンデル男爵の損失になるので、この避難勧告も別動隊の重要な仕事だ。

「……おっと、門を守ってる敵もこっちに気づいたみたいで」

「だね、また蹴散らしてやろう」

 村の広場から門へと向かう通りを進んでいると、門の防衛にあたっていた敵の本隊から20人ほどがノエインたちに向かってくる。そのさらに向こうでは、門の周囲に作られた足場から敵兵が外に石を投げつけたり、威嚇のためか矢を放ったりしているのが見えた。

「クロスボウ隊放てえっ!」

 ラドレーの指示でまた兵士たちがクロスボウを構えて並び、敵に一斉射を浴びせる。

「……ちっ、さっきより当たらねえですね。位置も距離も悪い」

 クロスボウを向けられた敵兵は一瞬驚いた様子で足を止めたが、その直後には散開して周りの民家に隠れ、あるいは盾を構えた。また、距離がやや開いていたこともあって散弾矢が必要以上に飛び散ってしまった。

 そのため、一斉射の効果は先ほどの戦闘ほどではない。麻痺したのはせいぜい5人程度か。

「あと一束ずつか……散弾矢は温存しよう。僕たちのゴーレムを前に出す。ラドレーたちはすり抜けてきた敵に備えて」

「分かりやした」

 薄めているとはいえ『天使の蜜』は貴重品のため、国内貴族との小競り合い程度であまり大量に消費するわけにもいかない。そのためクロスボウ兵は一人につき散弾矢を三束しか装備していない。

 ノエインは自身のゴーレムを敵に対峙させ、グスタフとセシリアのゴーレムもそれに並んだ。その後ろにラドレーと槍持ちの兵士たちが続く。

 向かってきた敵兵の半数以上はゴーレムに殴られて、あるいは小突かれて沈黙し、その攻撃を突破した者もラドレーたちに殴り倒されて無力化されていく。

『閣下、門の抵抗がかなり弱まっていますが、既に村内に?』

 そこで、ユーリからまた『遠話』が繋がって報告が入った。

「うん、入ってるよ。もう50人以上は敵を無力化したかな」

『お見事です。こちらは間もなく門を突破します』

「分かった。こっちも村内を門に向かって進んでるから、同士討ちに気をつけよう」

『了解しました。ヴィキャンデル閣下にも伝えます』

 それから間もなく。ノエインたちが交戦していた敵兵を全て無力化し終えるのとちょうど同じタイミングで、カレヌ村の門が破壊され、ヴィキャンデル男爵の率いる本隊が村内になだれ込んだ。

「……勝ったね」

「へい。もうひとたまりもねえでしょう」

 残る敵は40人程度で、対するこちらの本隊は負傷による脱落者を除いても100人以上が村内に突入しているようだった。ほとんどが徴集兵とはいえ血気盛んな倍以上の相手とまともにぶつかれば、敵に勝ち目はないだろう。

 そんなノエインたちの予想を外れることなく、南西部貴族の軍勢は一人また一人と殴り倒され、傷を負わされて戦闘力を削がれていく。別動隊の方へ逃走してきた者も、ラドレーたちによって瞬く間に取り押さえられる。

 20分とかからず、見える範囲にいる全ての敵が制圧された。

「あっちも終わりか。合流しよう」

「へい」

 陣形を崩し、ノエインたち別動隊は本隊の方へ向かう。一応ゴーレムを先頭に立たせ、兵士たちも通りの左右を警戒しながら進む。敵の残党がまだ村内に潜んでいる可能性もあるため、油断はできない。

 とはいえ、もはや北西部の勝利は揺るぎないので戦闘中のような緊張は解かれている。警戒も万が一のためのものだ。

「あ、ユーリもこっちに来てるね」

 門の前で制圧した敵兵を縛り上げる作業が着々と進められる中を通って、ユーリが別動隊の方へと歩いてくるのが見えた。ノエインが手を振ると、ユーリも軽く手を挙げる。

「制圧した敵への対応はヴィキャンデル閣下の仕事だし、あとは戦闘後の片づけをすれば終わりか……案外あっけなかったなー」

「ゴーレムの突破力と散弾矢の制圧力が決め手でしたね。特にゴーレムの破城盾、あんだけ破壊力があるなら木柵とか土壁だけじゃなくて、下手な城壁くらい突破できるんじゃ?」

「そうだねえ。ともかく、これでアールクヴィスト領軍は防衛戦だけじゃなくて攻城戦でも優秀だと証明されたね。まあ攻めの戦をすることなんてもうない方がいいけど――」

 そのときだった。

「ノエイン様っ!」

「っ!」

 マチルダとラドレーが何かを察知して、ノエインを庇うように前に立ちふさがる。次の瞬間、ノエインたちから見て右手側の空から何か大きなものが降ってきた。

「な、何これ……土?」

 あっけにとられた表情でノエインが降ってきたものを見ると、それは大型の馬車くらい丸ごと圧し潰せそうな大量の土だ。

 ノエインを守ろうとしたマチルダとラドレーの数歩先に落ちた土は、隊列の先頭を進んでいたゴーレム四体を完全に埋めてしまっていた。

「敵だ! 警戒!」

 ラドレーが叫ぶと、兵士たちが素早く移動する。ノエインとマチルダ、グスタフとセシリアを囲むように槍兵とクロスボウ兵が陣形を組み、周囲を警戒する。

「ゆ、ユーリは!?」

「ご無事です。落ちてきた土の向こうに立っておられます」

 焦った声でノエインが尋ねると、マチルダが答えた。どうやらユーリは土に埋まってはいないらしい。この大質量に潰されていたら、人間ならただでは済まなかっただろう。

「よかった……それにしてもいきなり空中から土か」

 ノエインは呟きながら顔をしかめる。

「どう見ても土魔法だよね……ゴーレム四体を一瞬で埋められるほどの土魔法の使い手で、南西部貴族ってことは多分……」

 と、周囲を警戒していた兵士の一人が叫ぶ。

「二時の方向、教会の鐘楼の上に敵です!」

 ノエインがそちらを見ると、その敵はもはや隠れる気はないのか、堂々と鐘楼の縁に姿を現していた。

「……お久しぶりです。アールクヴィスト卿」

「……お元気そうで。ロズブローク閣下」

 呼びかけてくる深紅の髪の男を見上げながら、ノエインはその男に――ヴィオウルフ・ロズブローク男爵に言葉を返した。
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