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第七章 内政の日々と派閥争い

第159話 気楽な出陣

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 ヴィキャンデル男爵領へと援軍に向かう当日。領軍詰所では出発準備が進められていた。

 装備と物資の確認に追われる出征組や、その見送りに来た居残り組の従士や兵士が集まって、早朝にも関わらず詰所は騒々しい。

「装備の用意は昨日までに全て済ませているからな。最終確認を終えればいつでも出発できる。一時間もかからんだろう」

「分かったよ、お疲れさま……はあ」

 ユーリの報告に応えながら、ノエインは表情は穏やかなままでため息をつく。

「なんだ、まだ行きたくないと駄々をこねるのか?」

「さすがにそこまで往生際は悪くないよ。僕が露骨に嫌な顔してたら兵士たちの士気にも関わるからね……ただ、去年みたいな国を守るための戦いと比べるとやっぱり気分は上がらないよね」

 一年以上続いた平和な日々を、派閥争いの小競り合いなんぞに乱されたノエインは、未だにぶつくさと文句をこぼす。その様を見てユーリは肩を竦めた。

「正直俺も同感だが、だからこそ早く終わらせて帰ってくるしかないだろう」

「そうだね。そのために貴族同士の揉めごとの援軍としてはけっこう大がかりな編成にしたし」

 今回援軍として向かう領軍兵士は30人。そこに指揮官としてノエイン、その護衛としてマチルダ、参謀としてユーリ、兵士たちのまとめ役としてラドレーが並ぶ編成だ。さらに、領主お抱えの傀儡魔法使いも二人が従軍する。

 確認が終わったらまた報告する、と言い残して離れていったユーリを見送り、ノエインはその二人に声をかけた。

「グスタフ、セシリア、緊張してるかな?」

「ノエイン様……はい、いい意味で緊張してると思います。気持ちが引き締まっています」

「ちょっとだけ怖いですけど、やっと戦いでも活躍できるんだと思うと嬉しいです!」

 およそ一年にわたって厳しい修行を続け、魔物退治や領軍との模擬戦など実戦形式の訓練も乗り越えた彼らは、他の五人のゴーレム使いに先駆けて今回ノエインから実戦参加の許可をもらっていた。

 二人とも技量的にはノエインに及ばないとはいえ、それでも一人で並の兵士数十人分の戦力になり得る。

「それはよかった。今回は貴族同士の大がかりな喧嘩みたいなものだからね。死ぬ心配はほとんどないから初陣にはちょうどいいと思うよ。むしろゴーレムで敵を強く殴りすぎて殺さないように気をつけないといけないくらいだから」

「ははは、それはまた別の意味で苦労しそうですね」

「ゴーレムが本気で殴れば人間の兵士なんて簡単にぺっちゃんこですもんね……気をつけます」

 二人の緊張を解こうと努めて軽い口調でノエインに言われて、グスタフもセシリアも肩の力を抜いて笑った。

「ノエイン様! ノエイン様!」

 と、そこへドタドタと駆け寄ってきたのは筆頭鍛冶職人のダミアンだ。

「どうしたの?」

「散弾矢とか破城盾とか、実戦で有効だったかどうか帰ってきたら詳しく聞かせてくださいね! それをあらためてお願いしたくて!」

 今回の出征に持っていくクロスボウは、すべて散弾矢を撃てるよう改造した最新型だった。また、火矢などを防ぎつつゴーレムの突破力を高めるために鉄板を繋ぎ合わせた新装備が「破城盾」と命名されて新たに投入される予定だ。開発者のダミアンとしては、それらの効果がとても気になるらしい。

「もちろんだよ。そのへんは僕からも詳しく教えるし、ユーリたちにも報告をまとめてもらうから安心して」

 新兵器の有用性はノエインとしても注目事項なので、ダミアンに言われるまでもない。

「分かりました! よろしくお願いします!」

 ダミアンはそこまで言って、その大声を聞きつけたクリスティに「ご出発前で忙しいノエイン様をあまり邪魔しちゃ駄目ですよ」と窘められながら引っ張られていった。

「……あの、あなた」

 と、次に声をかけてきたのはクラーラだ。夫が軍を率いて出征するのを見送るために、彼女もこの早朝から領軍詰所まで出向いてくれている。

「本当にごめんなさい。私とローリーお姉様の繋がりでこんなお手間をおかけしてしまって」

 今回の出征が決まってから、クラーラはこうして何度も申し訳なさそうな顔で謝罪の言葉を口にしていた。

 自分の血縁を理由にノエインが遠方まで戦いに行くので、罪悪感を抱えているらしい。当のノエインから見ても気の毒になるほどだ。

「大丈夫だよクラーラ、ほんとに気にしないで。何の縁もない貴族に助力するのは嫌だけど、こうして身内のために戦うのなら僕も納得できるから。クラーラのお姉さんなら僕のお姉さんでもあるわけだしね。それに今回の出征も、この領を守ることに繋がるし」

 ノエインとしては、今回の話を持ってきたアルノルドに対しては面倒な要請をしてくれたと愚痴のひとつも言いたくなるが、クラーラを責めようとは思わない。思うはずもない。兄姉が多いのはクラーラ自身のせいではないのだから。

「……ありがとうございます。どうかご無事で」

「うん。今回は死ぬ危険性はほとんどないから心配しないで」

 国内貴族の争いでは、禍根を残さないように不殺が基本だ。威嚇の矢がとんでもなく狙いを逸れて直撃するとか、殴られたときの当たりどころが悪いとか、よほど運が悪くない限りは死なない。

 むしろ開き直って、散弾矢クロスボウや麻痺薬としての「天使の蜜」、そしてゴーレム隊の有用性を対人戦で試せるいい機会くらいに思っているノエインである。さすがに姉が紛争に巻き込まれているクラーラには言わないが。

「分かっています、ですが……それでもやっぱり心配です。あなたのことが大切です」

「……ありがとう。僕もクラーラが大切だから、ちゃんと帰ってくるよ。ねえマチルダ?」

「はい、ノエイン様は私が必ずお守りします。クラーラ様、どうかご安心を」

 ノエインとマチルダの顔を交互に見つめたクラーラは、目を閉じて小さく息を吸うと、不安そうだった表情を微笑みに変えた。

「お二人のお帰りをお待ちしていますね。それまでアールクヴィスト領のことはお任せください」

 ノエインが不在の間、クラーラはまた領主代行を務めることになる。

「うん、よろしくね。頼りにしてるよ」

 こうしてノエインたちが別れの言葉を交わす一方で、出征組の他の者もそれぞれ残る者と話す。とはいえ本格的な戦争に赴くわけではないので、悲壮感は漂っていない。

「ペンス、お前なら心配ないとは思うが、領軍の運営をしっかり頼むぞ。領の防衛と治安維持もな」

「了解でさあ。ここじゃ危険なんてせいぜい魔物くらいですから、心配いりませんよ」

 ユーリに言われて、領都で領軍隊長の代行を務めるペンスが笑って応える。

「おめえらなら見回りも兵士どもの訓練指導も慣れたもんだろ。頑張れよ」

「お任せください。領都周辺の森は歩き慣れてますし、兵士たちの練度もしっかり維持してみせます」

「うちのバリスタ隊がいれば、もしまたオークが出てきたって平気ですよ。ラドレーさんもお気をつけて」

「へっ、小競り合いなんかで俺が死ぬわけねえ。さっさと終わらせて帰ってくらあ」

 ラドレーが言葉をかけているのは、昨年正式に従士になったダントとリックだ。領内随一の実力を持つユーリとラドレーが抜ける穴を埋めるために、この二人は領に居残りとなる。

「グスタフもセシリアも羨ましいなあ」

「私たちも上達がもう少し早かったら従軍できたのに……」

「ははは、皆の分まで活躍してくるから安心してくれ」

「次に何かあったら、そのときは一緒に戦いましょう!」

 グスタフたちは、他のゴーレム使いに囲まれて賑やかに見送られる。

 それから間もなく、装備や物資の最終確認が終わる。兵士たちが整列すると、ユーリが口調をあらためてノエインに伝えた。

「閣下、いつでも出発できます」

「ご苦労、従士長……それじゃあ行こうか」

 王歴215年の十月下旬。ノエイン率いるアールクヴィスト領軍の出征部隊は南へ向けて出発した。
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