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第七章 内政の日々と派閥争い

第158話 援軍要請

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 十月上旬。ノエインは隣領の領主であり自身の義父でもあるアルノルドから「相談したいことがある」と呼び出され、レトヴィクのケーニッツ子爵家屋敷を訪れていた。

「僕が南西部閥との小競り合いの援軍に、ですか……」

「そうだ。王国北西部と南西部との境界の西端あたり、つまりはこのケーニッツ子爵領から真南に進んだところだな。そこで起こっている南西部貴族との紛争を解決するために君の力を借りたいと……こら、説明が終わらないうちからそんな嫌そうな顔をするな」

 屋敷の応接室で、話が進むほどにげんなりした表情になっていくノエインを前にして、アルノルドは呆れた声で言った。

「だって……言っちゃ悪いですけど僕には関係ないというか、その紛争の当事者の問題じゃないですか。少なくとも表向きには」

 北西部閥にノエインの能力や武勇は知れ渡ってしまっているし、同じ派閥のよしみでノエインの力を借りたいと考える者が出ることも予想はしていたが、それでもノエインとしては争いに、それも同じ王国貴族同士の揉めごとなどにはできるだけ巻き込まれたくない。

「いいから最後まで聞かないか……その紛争というのがな、北西部閥の貴族の領有する村ひとつを、南西部貴族たちが丸ごと占拠したという物騒なものなんだ」

「村ひとつを? それに南西部貴族”たち”ですか?」

「ああ。百人ほどの軍勢で村を奪取して、門や木柵を補強して要塞化した上で居座っているそうだ。今年の収穫も勝手に徴収して南西部に持って行ってしまったらしい。下級貴族が何家か協同して動いているようだが、背後にはおそらく寄り親の上級貴族がいるのだろうな」

 つまりは、北西部の食糧は欲しいが自分が紛争の矢面に立ちたくない上級貴族が、寄り子をけしかけて領地侵犯をしているのだという。

「占領された村のある地帯はもともと係争地だそうでな。領地侵犯を受けた北西部側の上級貴族も、自身の寄り子まで動員して対抗しているらしい。それが泥沼状態になっているというわけだ」

「……寄り子だけ働かせて領地侵犯なんて、せこい貴族もいたものですね」

「まったくだ。とはいえ、このまま放置するわけにもいかん。年をまたいでの占領を許せば、長期にわたって実効支配をしているという実績を与えてしまうからな。それに村民たちもどのような扱いを受けているか分かったものではない」

 他貴族による長期間の領地侵犯を許せば、その地域の領有権を放棄したと見なされることもある。また、食糧を得るための占領ともなれば、村の農民たちは最低限死なない程度の麦を残して収穫物を全て奪われ、困窮しているだろう。

 どちらにせよ放置していい状態ではない。

「事情は分かりましたが……それでどうして僕が助力をしなければならないんですか? 僕が個人的に気が乗らないというのもありますが、僕でなければならない理由や、僕が参戦する大義名分がないのでは?」

 貴族同士の揉めごとに別の貴族が首を突っ込む場合は、首を突っ込むに値する理由があることが望ましい。地理的な距離の近さや寄り親・寄り子の繋がり、そして縁戚関係などが、大義名分に使われることが多い。

 単に金を積まれて助太刀するのが駄目というわけではないが、その場合は「傭兵まがいのことをする下衆な貴族と、そんな奴の手を借りる貴族」という風に見られることを覚悟しなければならない。

「君に声がかかった理由は、領地規模に対して非常に強大なアールクヴィスト領の軍事力にある。おまけに北西端に領地を持つ君は、戦後の混乱の只中でも余力がある。そして大義名分については大丈夫だ。村を占領された貴族というのは、ヴィキャンデル男爵のことだからな」

「ヴィキャンデル男爵……なるほど」

 その家名を聞いたノエインは、男爵と自分との繋がりに気づいて渋い顔をした。

「クラーラのお姉さんの夫ですか」

「その通りだ。派閥の晩餐会で彼を紹介したときに説明したが、覚えていたようだな。クラーラのすぐ上の姉、ローリーと結婚したのがヴィキャンデル男爵だ。だから君には身内として彼が巻き込まれている紛争に参戦する大義名分がある」

 貴族が他の貴族を助ける理由として最も強いのが「親戚である」という事実だ。だからこそ貴族は政略結婚によって他の有力貴族と縁戚関係になりたがる。

「それにしてもちょっと関係が遠くないですか? せいぜい社交の場で挨拶を交わした程度の繋がりしかない妻の姉の夫なんて、直接の血縁もないし実質的にはほとんど他人じゃないですか」

「大丈夫だ。マルツェル閣下など、従兄弟の娘の夫とかその程度の繋がりを理由にして、わざわざ北東の方から南西部貴族との小競り合いに参戦している」

「……」

 微妙な顔で黙るノエイン。マルツェル伯爵のその理屈が通るのであれば、ノエインとヴィキャンデル男爵は十分に近しい親戚ということになってしまうので反論できない。

「……で、でも、親戚としてはアルノルド様の方が近いじゃないですか。ヴィキャンデル男爵は義理の息子にあたるわけですし」

「もちろん最初は私が助力するべきだと思ったんだがな……はっきり言うと、私には今はヴィキャンデル男爵を助ける余裕がない」

 アルノルドはそう言ってため息をつく。

「ケーニッツ子爵家の領軍は弱いとは言わんが、領地が平和な辺境にあることもあって精強というわけではない。規模もそれほど大きくないから、村ひとつを奪還するような紛争に十分な戦力を貸せんのだよ。領内の問題もあるしな」

「領内の問題、ですか?」

「ああ。ケーニッツ領を含め北西部は戦後の混乱の影響を受けていない方だが、それでも皆無というわけではない。最近は特にうちの領内を通ってアールクヴィスト領に向かう難民が増えていてな……その難民に紛れて、不審な輩がうちを通過してしまわないよう警戒するのに苦労しているのだよ」

 そう言いながらノエインに意味深な目を向けるアルノルド。その視線を受けて、ノエインも義父の言いたいことを察する。

 ノエインがクラーラと婚約した際、アルノルドは「ケーニッツ子爵領がアールクヴィスト領の盾となる」と約束してくれた。

 今もその約束通り、ケーニッツ子爵領を経由してアールクヴィスト領に向かおうとする移住希望者や商人をチェックして、他派閥の間諜や犯罪者崩れの者などを見つけたら適当な理由をつけて追い返してくれている。

 さらには、レトヴィクを迂回してアールクヴィスト領に入りこもうとする越境者の取り締まりのために、街道や平原の見回りを重点的に行ってくれてもいた。

 アルノルドがわざわざそうしてケーニッツ領軍の労力を割いてくれているからこそ、今もアールクヴィスト領の平和が保たれているとも言える。

「私とて娘の夫の領地にはこれからも平穏であってほしいが、別の娘の夫のために自らの軍を出すのであれば、アールクヴィスト領に向かう者の検問には手が回らなくなっていくだろうな」

「……つまり、間接的に自領の平和を守るために、今回は僕が自分で汗をかけというわけですか」

「遺憾だが、そういうことになってしまうな……必要経費はヴィキャンデル男爵が出してくれるし、相応の謝礼も払われるからただ働きというわけでもない。そう悪い話でもあるまい」

 ヴィキャンデル男爵への助力を拒否すれば、アールクヴィスト領に不審な輩が紛れ込む可能性を高めることになる……と暗に言われて、ノエインは観念したように息を吐いた。これでは選択の余地はない。

「……分かりました。僕が行きます。そのかわり今後もアールクヴィスト領の盾になってくださいね」

「君が頷いてくれてよかったよ。もちろんだ、今後も我が領がアールクヴィスト領の盾として助けになろう。末娘の暮らす地に平和であってほしいというのは、嘘偽りない本音だからな」

「……ありがとうございます」

 いかにも真面目な父親らしい顔をされると、ノエインもあまり強いことは言えなくなってしまう。

「その紛争が長引いているのは、ヴィキャンデル男爵の陣営には要塞化された村の防備を突破するほどの決定力がないためだ。君のゴーレムがあればきっと簡単に収束するだろうさ。それにどうせ君のことだ、また何か妙な新兵器を作って紛争に備えていたのではないか?」

「……ははは、そんな、まさかあ」

 こういう事態を想定して散弾矢クロスボウを作っていました、とは言わず、ノエインは言葉を濁して誤魔化した。
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