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第七章 内政の日々と派閥争い
第151話 本集めと兄妹の再会
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四月の下旬、ノエインはケーニッツ子爵領レトヴィクを訪れていた。
従者兼護衛としてマチルダ、馬車の御者にヘンリク、馬車を囲む護衛として従士ペンスと兵士数名を連れ、さらに今回は妻クラーラも同行している。
「アールクヴィスト準男爵閣下、並びに奥方様、ようこそお越しくださいました。ご夫婦お揃いでご訪問いただけましたことは当商会としましても大きな誉れにございます」
「丁寧にお迎えくださりありがとうございます。ご無沙汰してしまってすみません、ベネディクトさん」
「初めまして、クラーラ・アールクヴィストと申します。いつも夫がお世話になっております」
レトヴィクに着いて最初に訪れたのは、付き合いの深い大商会であるマイルズ商会の本店だ。ここ最近はノエインが直接訪れる機会が減っていたこともあり、商会長ベネディクトは上客を殊更に丁寧に出迎えてくれた。
そのまま応接室まで案内してもらい、高そうな陶器製のカップに注がれた、高そうな香りのお茶を出される。
「それで……本日はどのようなご用件でしょうか、閣下?」
ノエインが妻を伴って訪問することはベネディクトも先触れから伝えられていたが、その用件までは聞いていない。
腰を低くして尋ねつつも緊張と警戒の気配をまとっているのは、これまでノエインが何度か厄介な依頼をしてきたためか。
「はい、実は……本の収集を始めようと思っていまして」
「本、でございますか?」
「ええ。それで、マイルズ商会のお力をお借りできればと」
ベネディクトは少し拍子抜けした表情になる。
単に本の注文を受けてそれを探し集めるだけなら、よほど希少なものでない限りは難しいことではない。
昔は王侯だけが所有する宝物だった本も、200年ほど前に植物から紙を作る方法が、そして100年ほど前に活版印刷の技術が確立されたことで、大きく価値が下がった。
それでもまだまだ高級品であることに変わりはなく、そもそも文字を読めるのは王国民の一割程度なので身近なものとはとても言えないが、現在では貴族や富裕層、役所、高等学校などの需要に応えてある程度の数が作られている。
遠い異国の作物を生きたまま土ごと運んでくれなどという過去のノエインの依頼と比べれば、本の取り寄せなど軽いお遣い程度の仕事だ。
「そういうことでしたら、喜んで当商会が閣下のお役に立たせていただきましょう。私どもの伝手は王都にも伸びておりますので、大抵のものは集められるかと存じます」
「それはよかった、ありがとうございます。私の領では小さなものですが学校を作っていますし、私も妻も学問や物語が好きなので、本当に助かります」
あっさりとベネディクトが了承してくれたのを見て、ノエインは笑顔で礼を伝え、隣に座るクラーラも嬉しそうに微笑む。
「それじゃあ、具体的に欲しい本の一覧なのですが……」
そう言ってノエインは本をリストアップした紙をベネディクトに渡す。
そこに記されているのは、王国の歴史や地理などの基本書、有名な神話の物語本など二十冊ほどの名前だった。ベネディクトでも書名を知っているものがほとんどだ。
「なるほど……これらはそれなりに量産されているものばかりですので、さほど時間はかからず取り寄せられるかと思います」
「ありがとうございます。ここにある本を買わせていただいたら、次のものをまた注文させてください」
「ああ、他にもあるのですね」
「ええ、毎回およそ二十冊ずつ、全部で二百冊ほどお願いしたいと思っています。ひとまずは」
濫読家のノエインと歴史好きのクラーラは、共通の趣味として本格的に本の収集に取り組むことにしたのだ。ゆくゆくは大きな書庫を、それもキヴィレフト家の見栄だけの書斎とは違ってちゃんと活用するためのものを作るのが目標である。
当初は御用商人のフィリップに相談した二人だったが、本のような特殊な品は広い流通網を持つマイルズ商会に直接依頼した方がいいと勧められ、夫婦揃ってベネディクトを訪ねたのだった。
「とりあえず有名どころから珍しいものへと順にお願いするので、後の注文になるほど取り寄せでお手間をおかけするかもしれません。それらを全て買わせてもらった後は、未収集の本なら分野を問わず何でも色々と集めたいと……ベネディクトさん? 大丈夫ですか?」
額に汗を浮かべるベネディクトを見て、ノエインは心配そうな声色で呼びかけた。
「はっ、も、申し訳ございません……その、私が想像していたよりもいささか、多くの本をお求めになるのだなと思いまして……さすがはアールクヴィスト閣下ですな」
当初の予想より大変そうな仕事だと思ったのか、ベネディクトは顔色を悪くしたまま答える。
「ああ、驚かせてしまったなら申し訳ありません。決して急いで取り寄せてほしいというわけではなく、むしろマイルズ商会のお仕事が忙しくない時期に、少しずつ集めてもらえればと思っています。本の収集に関しては、私も妻も年単位で取り組みながら生涯の趣味にするつもりですので」
ノエインがそこまで説明すると、ベネディクトの顔色が少し良くなった。
「なるほど、そういうことでしたか……それでは私も、次代の商会長に引き継がせるくらいの心持ちで取り組ませていただきます」
「ええ、どうかよろしくお願いいたします」
ノエインとクラーラにとっては生涯をかけて取り組む楽しみができるし、集めた書物は子々孫々にとっても大きな財産になる。
一方、マイルズ商会は有力貴族であるアールクヴィスト家と長い間、上手くいけば今後数十年にわたって繋がりを保つことができる。
お互いにとって利点の多い取引を結んだノエインとベネディクトは、笑顔で握手を交わした。
・・・・・
マイルズ商会との取引を終えたノエインとクラーラは、今日のもうひとつの大きな用事に臨む。ケーニッツ子爵家への訪問である。
こちらも前もって連絡していたのですぐに門を通され、馬車は子爵家の屋敷の前へ。
停車してドアが開けられると、そこからクラーラが少し急ぐように飛び出した。
「お兄様! お久しぶりです」
「クラーラ! 元気だったか?」
クラーラが真っ先に駆け寄ったのは、彼女の兄――ケーニッツ家の嫡男であるフレデリックだ。彼の方も、無邪気に走ってきた可愛い末妹を見て表情をほころばせる。
クラーラに続いて馬車を降りたノエインは、兄との再会を喜ぶ妻を見て笑みをこぼした。こうして久しぶりに会ったことを喜び合えるような兄弟を持つ彼女が、少しだけ羨ましくなる。かといってあのジュリアンと今さら兄弟愛を育みたいとは思わないが。
フレデリックと共に屋敷の玄関へ出迎えに出ていたアルノルドとエレオノールも、長男と末娘の触れ合いを微笑ましく見守っている。
「最後に会ったのはもう五年近く前だったか? あの頃はまだまだ子どもっぽくて、兄さま兄さまと甘えてきてたのに、随分と大人びて綺麗になって」
「もう昔の話ですわ、今はもう私は貴族の妻なんですから」
完全に子ども扱いする口調のフレデリックに、クラーラは少し拗ねたように返した。
「ははは、そうだったな……今日はクラーラを連れてきてくれてありがとう、ノエイン殿。久しぶりだな」
「またお会いできて嬉しいです、フレデリックさん」
ノエインも戦友であるフレデリックと挨拶を交わす。彼と自分の妻が仲良く触れ合っているところを見ると、フレデリックは義理の兄なのだとあらためて強く実感させられた。
「それにしても、こうして同じ馬車でやって来たところを見ると、ノエイン殿がクラーラの夫なのだという実感が湧くな」
「あはは……今後ともよろしくお願いします、義兄上」
どうやらフレデリックも逆の立場からまったく同じことを思っていたようである。ノエインから「義兄上」と呼ばれた彼は少し照れくさそうに笑った。
「そうだ、私の方から二人に紹介しなければならない人がいてな……レネット」
「はい、フレデリック様」
フレデリックが声をかけると、アルノルドとエレオノールと並んで出迎えの場にいた見知らぬ女性が彼の横に進み出る。
「彼女はレネット・ミュツェンレク……もうすぐレネット・ケーニッツになる。私の婚約者だ」
「アールクヴィスト閣下、そしてクラーラ様、お初にお目にかかります。レネットと申します」
そう言って軽やかに礼をするレネット。洗練された所作は、本人の纏う都会的な雰囲気も相まってかなり様になっていた。
フレデリックの紹介によると、彼女は王国中央部の男爵家の娘だという。男爵が軍でのフレデリックの上官で、その上官から娘を紹介されるかたちで婚約し、フレデリックの退役に合わせて結婚するために一緒に来たらしい。
「実際に結婚式を上げるのはレネットの父君の都合もあって数か月後になるが……いずれは私と彼女でケーニッツ子爵家を継ぐことになる。なので、二人と顔を合わせる機会も多くなるはずだ」
「それはそれは……おめでとうございます。レネット様、今後とも何卒よろしくお願いいたします」
「よ、よろしくお願いいたします」
ノエインは右手のひらを左胸に当てる貴族の礼を示して応える。クラーラも夫に並び、スカートを軽く摘まんで頭を下げる貴婦人の礼をした。義姉となる女性を前に緊張しているのか、先ほど同じ礼をしたレネットと比べると動きがぎこちない。
「……お兄様も、結婚するのですね」
そう言ったクラーラの表情は少し寂しげで、少し子どもっぽい。完全に「お兄ちゃんをとられて拗ねる妹」のものだった。
「おいおい、自分の方が先に結婚したのに何言ってるんだ。それに、あまり俺に甘えるとノエイン殿が不機嫌になるんじゃないか?」
「あはは、僕のことはお気になさらず。クラーラが甘えたがりの末っ子なのは分かりましたから、今日くらいはフレデリックさんに好きなだけ甘えさせるべきでしょう」
「お兄様っ、それにあなたまで!」
兄と夫に同時にからかわれたクラーラが顔を赤くして抗議すると、微笑ましいリアクションに小さな笑いが起こる。
「そろそろ中へ入ろうか。あまり屋敷の前で立ったまま話し込んでもな」
「お茶の席を用意してますから、そこでゆっくりお話しましょう」
アルノルドとエレオノールが呼びかけて、一同はぞろぞろと屋敷内に移動した。
結局その後、クラーラは久しぶりに会った兄に散々甘え、それを兄自身と夫ノエインにまた散々からかわれ、そうして生まれた和やかな空気の中でレネットも妹夫婦とある程度うち解けることができたのだった。
従者兼護衛としてマチルダ、馬車の御者にヘンリク、馬車を囲む護衛として従士ペンスと兵士数名を連れ、さらに今回は妻クラーラも同行している。
「アールクヴィスト準男爵閣下、並びに奥方様、ようこそお越しくださいました。ご夫婦お揃いでご訪問いただけましたことは当商会としましても大きな誉れにございます」
「丁寧にお迎えくださりありがとうございます。ご無沙汰してしまってすみません、ベネディクトさん」
「初めまして、クラーラ・アールクヴィストと申します。いつも夫がお世話になっております」
レトヴィクに着いて最初に訪れたのは、付き合いの深い大商会であるマイルズ商会の本店だ。ここ最近はノエインが直接訪れる機会が減っていたこともあり、商会長ベネディクトは上客を殊更に丁寧に出迎えてくれた。
そのまま応接室まで案内してもらい、高そうな陶器製のカップに注がれた、高そうな香りのお茶を出される。
「それで……本日はどのようなご用件でしょうか、閣下?」
ノエインが妻を伴って訪問することはベネディクトも先触れから伝えられていたが、その用件までは聞いていない。
腰を低くして尋ねつつも緊張と警戒の気配をまとっているのは、これまでノエインが何度か厄介な依頼をしてきたためか。
「はい、実は……本の収集を始めようと思っていまして」
「本、でございますか?」
「ええ。それで、マイルズ商会のお力をお借りできればと」
ベネディクトは少し拍子抜けした表情になる。
単に本の注文を受けてそれを探し集めるだけなら、よほど希少なものでない限りは難しいことではない。
昔は王侯だけが所有する宝物だった本も、200年ほど前に植物から紙を作る方法が、そして100年ほど前に活版印刷の技術が確立されたことで、大きく価値が下がった。
それでもまだまだ高級品であることに変わりはなく、そもそも文字を読めるのは王国民の一割程度なので身近なものとはとても言えないが、現在では貴族や富裕層、役所、高等学校などの需要に応えてある程度の数が作られている。
遠い異国の作物を生きたまま土ごと運んでくれなどという過去のノエインの依頼と比べれば、本の取り寄せなど軽いお遣い程度の仕事だ。
「そういうことでしたら、喜んで当商会が閣下のお役に立たせていただきましょう。私どもの伝手は王都にも伸びておりますので、大抵のものは集められるかと存じます」
「それはよかった、ありがとうございます。私の領では小さなものですが学校を作っていますし、私も妻も学問や物語が好きなので、本当に助かります」
あっさりとベネディクトが了承してくれたのを見て、ノエインは笑顔で礼を伝え、隣に座るクラーラも嬉しそうに微笑む。
「それじゃあ、具体的に欲しい本の一覧なのですが……」
そう言ってノエインは本をリストアップした紙をベネディクトに渡す。
そこに記されているのは、王国の歴史や地理などの基本書、有名な神話の物語本など二十冊ほどの名前だった。ベネディクトでも書名を知っているものがほとんどだ。
「なるほど……これらはそれなりに量産されているものばかりですので、さほど時間はかからず取り寄せられるかと思います」
「ありがとうございます。ここにある本を買わせていただいたら、次のものをまた注文させてください」
「ああ、他にもあるのですね」
「ええ、毎回およそ二十冊ずつ、全部で二百冊ほどお願いしたいと思っています。ひとまずは」
濫読家のノエインと歴史好きのクラーラは、共通の趣味として本格的に本の収集に取り組むことにしたのだ。ゆくゆくは大きな書庫を、それもキヴィレフト家の見栄だけの書斎とは違ってちゃんと活用するためのものを作るのが目標である。
当初は御用商人のフィリップに相談した二人だったが、本のような特殊な品は広い流通網を持つマイルズ商会に直接依頼した方がいいと勧められ、夫婦揃ってベネディクトを訪ねたのだった。
「とりあえず有名どころから珍しいものへと順にお願いするので、後の注文になるほど取り寄せでお手間をおかけするかもしれません。それらを全て買わせてもらった後は、未収集の本なら分野を問わず何でも色々と集めたいと……ベネディクトさん? 大丈夫ですか?」
額に汗を浮かべるベネディクトを見て、ノエインは心配そうな声色で呼びかけた。
「はっ、も、申し訳ございません……その、私が想像していたよりもいささか、多くの本をお求めになるのだなと思いまして……さすがはアールクヴィスト閣下ですな」
当初の予想より大変そうな仕事だと思ったのか、ベネディクトは顔色を悪くしたまま答える。
「ああ、驚かせてしまったなら申し訳ありません。決して急いで取り寄せてほしいというわけではなく、むしろマイルズ商会のお仕事が忙しくない時期に、少しずつ集めてもらえればと思っています。本の収集に関しては、私も妻も年単位で取り組みながら生涯の趣味にするつもりですので」
ノエインがそこまで説明すると、ベネディクトの顔色が少し良くなった。
「なるほど、そういうことでしたか……それでは私も、次代の商会長に引き継がせるくらいの心持ちで取り組ませていただきます」
「ええ、どうかよろしくお願いいたします」
ノエインとクラーラにとっては生涯をかけて取り組む楽しみができるし、集めた書物は子々孫々にとっても大きな財産になる。
一方、マイルズ商会は有力貴族であるアールクヴィスト家と長い間、上手くいけば今後数十年にわたって繋がりを保つことができる。
お互いにとって利点の多い取引を結んだノエインとベネディクトは、笑顔で握手を交わした。
・・・・・
マイルズ商会との取引を終えたノエインとクラーラは、今日のもうひとつの大きな用事に臨む。ケーニッツ子爵家への訪問である。
こちらも前もって連絡していたのですぐに門を通され、馬車は子爵家の屋敷の前へ。
停車してドアが開けられると、そこからクラーラが少し急ぐように飛び出した。
「お兄様! お久しぶりです」
「クラーラ! 元気だったか?」
クラーラが真っ先に駆け寄ったのは、彼女の兄――ケーニッツ家の嫡男であるフレデリックだ。彼の方も、無邪気に走ってきた可愛い末妹を見て表情をほころばせる。
クラーラに続いて馬車を降りたノエインは、兄との再会を喜ぶ妻を見て笑みをこぼした。こうして久しぶりに会ったことを喜び合えるような兄弟を持つ彼女が、少しだけ羨ましくなる。かといってあのジュリアンと今さら兄弟愛を育みたいとは思わないが。
フレデリックと共に屋敷の玄関へ出迎えに出ていたアルノルドとエレオノールも、長男と末娘の触れ合いを微笑ましく見守っている。
「最後に会ったのはもう五年近く前だったか? あの頃はまだまだ子どもっぽくて、兄さま兄さまと甘えてきてたのに、随分と大人びて綺麗になって」
「もう昔の話ですわ、今はもう私は貴族の妻なんですから」
完全に子ども扱いする口調のフレデリックに、クラーラは少し拗ねたように返した。
「ははは、そうだったな……今日はクラーラを連れてきてくれてありがとう、ノエイン殿。久しぶりだな」
「またお会いできて嬉しいです、フレデリックさん」
ノエインも戦友であるフレデリックと挨拶を交わす。彼と自分の妻が仲良く触れ合っているところを見ると、フレデリックは義理の兄なのだとあらためて強く実感させられた。
「それにしても、こうして同じ馬車でやって来たところを見ると、ノエイン殿がクラーラの夫なのだという実感が湧くな」
「あはは……今後ともよろしくお願いします、義兄上」
どうやらフレデリックも逆の立場からまったく同じことを思っていたようである。ノエインから「義兄上」と呼ばれた彼は少し照れくさそうに笑った。
「そうだ、私の方から二人に紹介しなければならない人がいてな……レネット」
「はい、フレデリック様」
フレデリックが声をかけると、アルノルドとエレオノールと並んで出迎えの場にいた見知らぬ女性が彼の横に進み出る。
「彼女はレネット・ミュツェンレク……もうすぐレネット・ケーニッツになる。私の婚約者だ」
「アールクヴィスト閣下、そしてクラーラ様、お初にお目にかかります。レネットと申します」
そう言って軽やかに礼をするレネット。洗練された所作は、本人の纏う都会的な雰囲気も相まってかなり様になっていた。
フレデリックの紹介によると、彼女は王国中央部の男爵家の娘だという。男爵が軍でのフレデリックの上官で、その上官から娘を紹介されるかたちで婚約し、フレデリックの退役に合わせて結婚するために一緒に来たらしい。
「実際に結婚式を上げるのはレネットの父君の都合もあって数か月後になるが……いずれは私と彼女でケーニッツ子爵家を継ぐことになる。なので、二人と顔を合わせる機会も多くなるはずだ」
「それはそれは……おめでとうございます。レネット様、今後とも何卒よろしくお願いいたします」
「よ、よろしくお願いいたします」
ノエインは右手のひらを左胸に当てる貴族の礼を示して応える。クラーラも夫に並び、スカートを軽く摘まんで頭を下げる貴婦人の礼をした。義姉となる女性を前に緊張しているのか、先ほど同じ礼をしたレネットと比べると動きがぎこちない。
「……お兄様も、結婚するのですね」
そう言ったクラーラの表情は少し寂しげで、少し子どもっぽい。完全に「お兄ちゃんをとられて拗ねる妹」のものだった。
「おいおい、自分の方が先に結婚したのに何言ってるんだ。それに、あまり俺に甘えるとノエイン殿が不機嫌になるんじゃないか?」
「あはは、僕のことはお気になさらず。クラーラが甘えたがりの末っ子なのは分かりましたから、今日くらいはフレデリックさんに好きなだけ甘えさせるべきでしょう」
「お兄様っ、それにあなたまで!」
兄と夫に同時にからかわれたクラーラが顔を赤くして抗議すると、微笑ましいリアクションに小さな笑いが起こる。
「そろそろ中へ入ろうか。あまり屋敷の前で立ったまま話し込んでもな」
「お茶の席を用意してますから、そこでゆっくりお話しましょう」
アルノルドとエレオノールが呼びかけて、一同はぞろぞろと屋敷内に移動した。
結局その後、クラーラは久しぶりに会った兄に散々甘え、それを兄自身と夫ノエインにまた散々からかわれ、そうして生まれた和やかな空気の中でレネットも妹夫婦とある程度うち解けることができたのだった。
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