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第六章 因縁の再会と出世
第140話 ゴーレム訓練②
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「ふうっ……ふっ……」
「グスタフ、集中を欠いてきたんなら少し休め。回数をこなせばいいってもんじゃないとノエイン様も仰ってただろう」
「は、はい」
ペンスにそう言われて、グスタフは息を吐きながらその場に座り込んだ。それまで拳を交互に突き出していたゴーレムが、魔力供給を断たれてだらりとその場に崩れる。
従士副長のペンスは、こうして時々グスタフたちのもとを訪れては監督役を担っている。技術的には彼に教えられることは何もないが、グスタフたちの訓練が役目済ましのものになっていないか確認し、必要とあらばこうして休息を指示するのだ。
気持ちとしては真剣に訓練に取り組んでいる七人の傀儡魔法使いだが、彼らは努力の仕方を知らない。疲労が溜まるほどに習熟の効率も悪くなり、そういった場合に適切に休憩をとらせて集中力を回復させるのがペンスの仕事だった。
「はあ……」
「ははは、随分と気疲れしてるみたいじゃないか」
「はい、まあ……俺たちは、まだ何の結果も出せていませんから」
ペンスに指摘されて、グスタフは力なく笑いながらそう答えた。座り込んだまま他の傀儡魔法使いたちを見る。
意識を集中させて懸命にゴーレムを動かす六人。しかし、彼らの前に立つゴーレムの拳は、まるで水中にいるかのように遅い。こんな拳を敵にくり出しても、容易に避けられてしまうだろう。
歩行の訓練もそうだ。グスタフたちのゴーレムの歩みでは、普人のごく一般的な歩行速度にも追いつけない。
これでもグスタフたちは、王宮魔導士に採用されて軍属になれた程度には他の傀儡魔法使いよりも優秀なのだ。それでも、傀儡魔法使いの能力とは本来この程度のものだ。自分たちの実力を思い知るほどに、ノエインが化け物じみて見える。
「まだ二週間だ。俺には魔法のことは分からんが……ノエイン様がこの訓練方法でいくと決められたんだ。黙って従って努力を続ければいいさ」
「もちろん分かってるつもりです……ただ、やっぱり情けないです。領軍の人たちも、きっと俺たちのことを無駄飯食らいだと思ってますよね」
傀儡魔法使いの訓練は、領軍詰所にある訓練場の隅を借りて行われている。詰所に出入りする従士や兵士たちの目には、自分たちは何の成果も上げていない金食い虫の無能に映っていることだろう。
「そういう言い方はするな。あの領軍兵士たちはお前らをそういう風には見ない」
ペンスは少し咎めるような、それでいて優しい口調で断言した。
「……あいつらも、去年までは農民に毛が生えた程度の練度で、それでもノエイン様からは十分な給金が出てた。その給金に見合う、アールクヴィスト領を守れる兵士になろうと誰もが必死に鍛錬して、戦争や魔物の襲撃を生き抜いて、今ではちゃんとした軍隊らしくなったんだ。そういう奴らだから、お前たちを馬鹿にしたりはしない。いいな?」
「……はい。すいません」
「分かればいい。少し休んで集中力が回復したら、また頑張れよ」
グスタフを労うようにその肩を軽く叩くと、ペンスは訓練場を出ていった。
従士副長の彼には他にもいろいろと仕事があるのだ。自分たちばかりに構ってもいられないのだろう。彼の手を煩わせないためにも、自分たちは適切な努力の仕方も覚えて、結果を出さなければならない。そうグスタフは考える。
・・・・・
さらに二週間が経った。グスタフたち七人はこの一か月、一日も休むことなく、朝から晩までゴーレムをひたすら動かし続けている。
単純な動作を、気が遠くなるほど何度もくり返す。昨日と、一昨日と、先週と、その前の週と同じように、グスタフはひたすらゴーレムの腕を突き出す。右の拳を、その次は左の拳を、次はまた右を、左を、右を、左を、右を、左を、右を、左を、右を、左を、
「……」
自分は一体何をしているのかと思う瞬間がある。こんなことは全て無意味なのではないかと考えてしまう瞬間が増える。
自分たちを雇い、可能性を与えてくれた領主ノエインへの感謝や忠誠は欠片も揺らいではいない。理性ではこの訓練を続けることが大切だと分かっているし、真面目に取り組まねばとも思っている。
それでも、全く同じ動作を毎日何時間も続けていると、頭の中の感情的な部分が、面倒だ、無意味だと訴える瞬間が訪れる。こればかりは自分が人間である以上は仕方ないのだろう。
それでもグスタフはゴーレムで同じ動作をくり返す。もう何回目か、いや何万回目か分からない緩慢な突きをくり出す。
次第に頭がぼやけてきて、自分の体とゴーレムの体の境界線も曖昧になっていって――
「……んっ?」
グスタフの頭の中で、何かが繋がった。
そして次の瞬間、それまで簡単に躱せそうな緩慢さで突き出されていたゴーレムの右腕が、スッと滑らかに動く。
続く左腕はまだ緩慢なままだった。しかし、次には右の拳がまたスムーズに突き出される。
試しに右腕だけを動かすと、ゴーレムはまるで人間のようにブンブンと拳を出しては戻してをくり返す。
「おっ? おおっ?」
妙な声を出すグスタフの方を、他の六人が見やる。そして、素早く何度も突き出されるゴーレムの右腕を見て唖然とする。
「……できた」
「おおっ!」
「凄いですグスタフさん!」
「出来ちまった! マジかよ!」
ぽかんとした表情で呟いたグスタフに仲間たちが駆け寄り、口々に彼を賞賛しながらその肩を、背中を叩いた。
自分たちは変われると、この訓練に意味はあると、グスタフが証明した。傀儡魔法使いたちは、まるで自分のことのように彼の成長を喜ぶ。
さらに夕方、歩行の訓練中に、今度はセシリアに変化が訪れた。
「あらっ?」
声の上がった方を他の六人が見ると、
「あらあら……」
そう声を漏らし、自分で唖然としながらゴーレムと並んで歩く彼女の姿があった。並んで歩く、つまり、ゴーレムが人間と並べるほどの速度で足を進めているのだ。
他の六人の、まるで空から糸で吊られて歩かされているようなゴーレムとは違う。動きに少しぎこちなさはあるものの、セシリアのゴーレムはそれまでとは比較にならないスピードでずんずんと歩いていた。
「つ、次はセシリアがやったぞ!」
誰かがそう叫び、再び傀儡魔法使いたちは集まって喜びを分かち合った。
・・・・・
その日の夜。訓練の終了時間に合わせて、従士長かつ領軍隊長のユーリが訓練場にやって来る。傀儡魔法使いたちは一応は領軍預かりの身ということになっているので、ユーリが直属の上官だ。
「今日も遅くまでご苦労だった。何か変化はあったか?」
ユーリにそう尋ねられて、いつからか七人のまとめ役のようになっているグスタフが答える。真面目な顔を保とうとしてはいるが、つい笑みが浮かぶ。
「はい、私とセシリアのゴーレムに、大きな変化がありました。実際にご覧に入れます」
そう言って、まずグスタフがゴーレムで拳を交互に突き出して見せる。あれからすぐに、左の拳もスムーズに動かせるようになっていた。
それを見て、ユーリは無言を保ちつつも眉を上げる。
次にはセシリアが、どことなく誇らしげな表情でゴーレムを歩かせる。歩行するゴーレムの上半身はまだゆらゆらとぎこちない動きになっているものの、足の動きだけを見ればかなり人間に近い。
「ほう……確かにこれは大きな変化だ。昨日までとは明らかに違う。二人ともよくやったな。それに、二人にできるということは、他の者も訓練を重ねればできるようになる可能性が高いということだ。皆よかったな」
グスタフとセシリアの確かな成長を見届けたユーリは、手放しで二人を褒める。さらに、成長の希望が見えた他の傀儡魔法使いたちにもそう声をかけた。
その言葉を受けて、七人は明るい表情でそれぞれ顔を見合わせる。
「今日はもう遅いから、この件は明日の朝にも俺からノエイン様にお伝えしよう。ノエイン様もきっとお喜びになるはずだ……以上だ。とりあえず今日は帰ってゆっくり休め」
・・・・・
翌日の午後には、ユーリからの報告を受けたノエインが傀儡魔法使いたちのもとを訪れた。
昨日ユーリに見せたのと同じように、グスタフとセシリアがノエインの前で自分たちの成長ぶりを実演して見せる。
ノエインはそれを黙って見つめていたが――しだいにニヤニヤと笑い出し、二人の方を向いて言った。
「凄いね、やったね、おめでとう二人とも」
「ありがとうございます、ノエイン様」
「ようやく成果をお見せできました」
グスタフとセシリアも笑みをこらえきれない様子でそう返した。残る五人も、訓練に可能性が見えたためか嬉しそうにしている。
「一か月か……予想してたよりも早かったな。僕としては、君たちがこの最初の段階を乗り越えるまで二か月以上はかかると思ってたよ」
「私たちも一応は王宮魔導士に選ばれた身として、世間一般の傀儡魔法使いよりは器用な自負がありましたので……」
「元王宮魔導士の意地を見せたってことか」
「ええ、そんな感じです」
ノエインがヘラッと笑うと、グスタフも笑って返した。
「それじゃあ、努力の成果を目に見えるかたちで示した君たちにご褒美をあげなきゃね。グスタフ、そしてセシリア、君たち二人には明日から二日間の休暇をあげるよ。家族とゆっくり過ごすなり、領都の中心街や酒場にくり出すなりするといい」
そう言われて、二人はパッと表情を明るくした。アールクヴィスト領に来て初めての休暇であり、移住前に予想していたよりもずっと文明都市らしい領都ノエイナを、初めてゆっくりと見て回れる機会だ。
「それぞれもう一方の訓練も達成したらそのときはまた休暇をあげる。他の皆についても同じだよ。二人には休み明けからは次の段階に進んでもらうから、また頑張ってね」
「……ちなみにノエイン様、今後の訓練はどのようなものになるのでしょうか?」
次の段階、と聞いて興味を惹かれたセシリアが何気なく尋ねる。
「腕を突き出せたグスタフは、次は腕を上げたり回したりもっと色んな動作を練習してもらうよ。歩くことに成功したセシリアは、今度は走れるようになってもらう」
セシリアは納得して頷きかけるが、ノエインの話はまだ終わらなかった。
「そのあとは指の操作練習、器用さを鍛えるために文字を書く練習、上半身の動作訓練、槍や斧や農具を振るう練習、穴掘り、石積み、木の伐採、投擲、長時間の行軍、階段の上り下り、跳躍、格闘術、魔物相手の実戦……その他色んな行動を人間なみの速さでできるようになってもらうよ。まあ、いちばん難しい最初の段階を乗り越えられたから、今後の成長速度は上がるんじゃないかな?」
「「……」」
覚えきれないほどたくさんの訓練内容を示されて、セシリアも、他の傀儡魔法使いたちもぽかんとした表情で固まる。自分たちはまだ、長い訓練の第一歩目にいるだけなのだと思い知ってしまったのだ。
最初の段階を越えれば成長速度が上がると言われても、どうやら終着はまだまだ果てしないほどに遠いらしい。この訓練の日々はいつ終わるのだろうかと絶句する。
「……ははは、皆そんな顔するなよ」
言葉を失った仲間たちにそう声をかけたのは、グスタフだった。
「俺たちはうだつの上がらない傀儡魔法使いとして一生を終えるはずだった。だけど今は、努力すれば人生を変えられるって分かって、具体的な道のりだってノエイン様に示していただいてる。訓練の先が長いことなんて、今までの人生から見れば贅沢な悩みさ。そうだろ?」
そう語る彼を見たノエインは内心で少し驚く。明るく力強い声も、表情も、王都でノエインが初めて会ったときに感じた「自信のなさそうな青年」という印象とは別人のようだった。これもまた訓練の成果か。
「……そう、ですよね。成長する方法も教えていただいて、訓練の時間も、生活に困らないお金までいただいてるのに。落ち込む暇なんてありません」
セシリアがそう答えて笑う。
「グスタフの言う通りだ! 訓練をこなしていけば、俺たちはゴーレムでもっと色んなことができるようになるんだ、むしろ喜ぶべきだよ!」
「そうだな……訓練のひとつひとつを楽しむくらいのつもりでやっていこう」
自分を、そして仲間を鼓舞する言葉をそれぞれ口にする傀儡魔法使いたち。彼らを見ながら、ノエインは満足げに笑う。
「グスタフ、集中を欠いてきたんなら少し休め。回数をこなせばいいってもんじゃないとノエイン様も仰ってただろう」
「は、はい」
ペンスにそう言われて、グスタフは息を吐きながらその場に座り込んだ。それまで拳を交互に突き出していたゴーレムが、魔力供給を断たれてだらりとその場に崩れる。
従士副長のペンスは、こうして時々グスタフたちのもとを訪れては監督役を担っている。技術的には彼に教えられることは何もないが、グスタフたちの訓練が役目済ましのものになっていないか確認し、必要とあらばこうして休息を指示するのだ。
気持ちとしては真剣に訓練に取り組んでいる七人の傀儡魔法使いだが、彼らは努力の仕方を知らない。疲労が溜まるほどに習熟の効率も悪くなり、そういった場合に適切に休憩をとらせて集中力を回復させるのがペンスの仕事だった。
「はあ……」
「ははは、随分と気疲れしてるみたいじゃないか」
「はい、まあ……俺たちは、まだ何の結果も出せていませんから」
ペンスに指摘されて、グスタフは力なく笑いながらそう答えた。座り込んだまま他の傀儡魔法使いたちを見る。
意識を集中させて懸命にゴーレムを動かす六人。しかし、彼らの前に立つゴーレムの拳は、まるで水中にいるかのように遅い。こんな拳を敵にくり出しても、容易に避けられてしまうだろう。
歩行の訓練もそうだ。グスタフたちのゴーレムの歩みでは、普人のごく一般的な歩行速度にも追いつけない。
これでもグスタフたちは、王宮魔導士に採用されて軍属になれた程度には他の傀儡魔法使いよりも優秀なのだ。それでも、傀儡魔法使いの能力とは本来この程度のものだ。自分たちの実力を思い知るほどに、ノエインが化け物じみて見える。
「まだ二週間だ。俺には魔法のことは分からんが……ノエイン様がこの訓練方法でいくと決められたんだ。黙って従って努力を続ければいいさ」
「もちろん分かってるつもりです……ただ、やっぱり情けないです。領軍の人たちも、きっと俺たちのことを無駄飯食らいだと思ってますよね」
傀儡魔法使いの訓練は、領軍詰所にある訓練場の隅を借りて行われている。詰所に出入りする従士や兵士たちの目には、自分たちは何の成果も上げていない金食い虫の無能に映っていることだろう。
「そういう言い方はするな。あの領軍兵士たちはお前らをそういう風には見ない」
ペンスは少し咎めるような、それでいて優しい口調で断言した。
「……あいつらも、去年までは農民に毛が生えた程度の練度で、それでもノエイン様からは十分な給金が出てた。その給金に見合う、アールクヴィスト領を守れる兵士になろうと誰もが必死に鍛錬して、戦争や魔物の襲撃を生き抜いて、今ではちゃんとした軍隊らしくなったんだ。そういう奴らだから、お前たちを馬鹿にしたりはしない。いいな?」
「……はい。すいません」
「分かればいい。少し休んで集中力が回復したら、また頑張れよ」
グスタフを労うようにその肩を軽く叩くと、ペンスは訓練場を出ていった。
従士副長の彼には他にもいろいろと仕事があるのだ。自分たちばかりに構ってもいられないのだろう。彼の手を煩わせないためにも、自分たちは適切な努力の仕方も覚えて、結果を出さなければならない。そうグスタフは考える。
・・・・・
さらに二週間が経った。グスタフたち七人はこの一か月、一日も休むことなく、朝から晩までゴーレムをひたすら動かし続けている。
単純な動作を、気が遠くなるほど何度もくり返す。昨日と、一昨日と、先週と、その前の週と同じように、グスタフはひたすらゴーレムの腕を突き出す。右の拳を、その次は左の拳を、次はまた右を、左を、右を、左を、右を、左を、右を、左を、右を、左を、
「……」
自分は一体何をしているのかと思う瞬間がある。こんなことは全て無意味なのではないかと考えてしまう瞬間が増える。
自分たちを雇い、可能性を与えてくれた領主ノエインへの感謝や忠誠は欠片も揺らいではいない。理性ではこの訓練を続けることが大切だと分かっているし、真面目に取り組まねばとも思っている。
それでも、全く同じ動作を毎日何時間も続けていると、頭の中の感情的な部分が、面倒だ、無意味だと訴える瞬間が訪れる。こればかりは自分が人間である以上は仕方ないのだろう。
それでもグスタフはゴーレムで同じ動作をくり返す。もう何回目か、いや何万回目か分からない緩慢な突きをくり出す。
次第に頭がぼやけてきて、自分の体とゴーレムの体の境界線も曖昧になっていって――
「……んっ?」
グスタフの頭の中で、何かが繋がった。
そして次の瞬間、それまで簡単に躱せそうな緩慢さで突き出されていたゴーレムの右腕が、スッと滑らかに動く。
続く左腕はまだ緩慢なままだった。しかし、次には右の拳がまたスムーズに突き出される。
試しに右腕だけを動かすと、ゴーレムはまるで人間のようにブンブンと拳を出しては戻してをくり返す。
「おっ? おおっ?」
妙な声を出すグスタフの方を、他の六人が見やる。そして、素早く何度も突き出されるゴーレムの右腕を見て唖然とする。
「……できた」
「おおっ!」
「凄いですグスタフさん!」
「出来ちまった! マジかよ!」
ぽかんとした表情で呟いたグスタフに仲間たちが駆け寄り、口々に彼を賞賛しながらその肩を、背中を叩いた。
自分たちは変われると、この訓練に意味はあると、グスタフが証明した。傀儡魔法使いたちは、まるで自分のことのように彼の成長を喜ぶ。
さらに夕方、歩行の訓練中に、今度はセシリアに変化が訪れた。
「あらっ?」
声の上がった方を他の六人が見ると、
「あらあら……」
そう声を漏らし、自分で唖然としながらゴーレムと並んで歩く彼女の姿があった。並んで歩く、つまり、ゴーレムが人間と並べるほどの速度で足を進めているのだ。
他の六人の、まるで空から糸で吊られて歩かされているようなゴーレムとは違う。動きに少しぎこちなさはあるものの、セシリアのゴーレムはそれまでとは比較にならないスピードでずんずんと歩いていた。
「つ、次はセシリアがやったぞ!」
誰かがそう叫び、再び傀儡魔法使いたちは集まって喜びを分かち合った。
・・・・・
その日の夜。訓練の終了時間に合わせて、従士長かつ領軍隊長のユーリが訓練場にやって来る。傀儡魔法使いたちは一応は領軍預かりの身ということになっているので、ユーリが直属の上官だ。
「今日も遅くまでご苦労だった。何か変化はあったか?」
ユーリにそう尋ねられて、いつからか七人のまとめ役のようになっているグスタフが答える。真面目な顔を保とうとしてはいるが、つい笑みが浮かぶ。
「はい、私とセシリアのゴーレムに、大きな変化がありました。実際にご覧に入れます」
そう言って、まずグスタフがゴーレムで拳を交互に突き出して見せる。あれからすぐに、左の拳もスムーズに動かせるようになっていた。
それを見て、ユーリは無言を保ちつつも眉を上げる。
次にはセシリアが、どことなく誇らしげな表情でゴーレムを歩かせる。歩行するゴーレムの上半身はまだゆらゆらとぎこちない動きになっているものの、足の動きだけを見ればかなり人間に近い。
「ほう……確かにこれは大きな変化だ。昨日までとは明らかに違う。二人ともよくやったな。それに、二人にできるということは、他の者も訓練を重ねればできるようになる可能性が高いということだ。皆よかったな」
グスタフとセシリアの確かな成長を見届けたユーリは、手放しで二人を褒める。さらに、成長の希望が見えた他の傀儡魔法使いたちにもそう声をかけた。
その言葉を受けて、七人は明るい表情でそれぞれ顔を見合わせる。
「今日はもう遅いから、この件は明日の朝にも俺からノエイン様にお伝えしよう。ノエイン様もきっとお喜びになるはずだ……以上だ。とりあえず今日は帰ってゆっくり休め」
・・・・・
翌日の午後には、ユーリからの報告を受けたノエインが傀儡魔法使いたちのもとを訪れた。
昨日ユーリに見せたのと同じように、グスタフとセシリアがノエインの前で自分たちの成長ぶりを実演して見せる。
ノエインはそれを黙って見つめていたが――しだいにニヤニヤと笑い出し、二人の方を向いて言った。
「凄いね、やったね、おめでとう二人とも」
「ありがとうございます、ノエイン様」
「ようやく成果をお見せできました」
グスタフとセシリアも笑みをこらえきれない様子でそう返した。残る五人も、訓練に可能性が見えたためか嬉しそうにしている。
「一か月か……予想してたよりも早かったな。僕としては、君たちがこの最初の段階を乗り越えるまで二か月以上はかかると思ってたよ」
「私たちも一応は王宮魔導士に選ばれた身として、世間一般の傀儡魔法使いよりは器用な自負がありましたので……」
「元王宮魔導士の意地を見せたってことか」
「ええ、そんな感じです」
ノエインがヘラッと笑うと、グスタフも笑って返した。
「それじゃあ、努力の成果を目に見えるかたちで示した君たちにご褒美をあげなきゃね。グスタフ、そしてセシリア、君たち二人には明日から二日間の休暇をあげるよ。家族とゆっくり過ごすなり、領都の中心街や酒場にくり出すなりするといい」
そう言われて、二人はパッと表情を明るくした。アールクヴィスト領に来て初めての休暇であり、移住前に予想していたよりもずっと文明都市らしい領都ノエイナを、初めてゆっくりと見て回れる機会だ。
「それぞれもう一方の訓練も達成したらそのときはまた休暇をあげる。他の皆についても同じだよ。二人には休み明けからは次の段階に進んでもらうから、また頑張ってね」
「……ちなみにノエイン様、今後の訓練はどのようなものになるのでしょうか?」
次の段階、と聞いて興味を惹かれたセシリアが何気なく尋ねる。
「腕を突き出せたグスタフは、次は腕を上げたり回したりもっと色んな動作を練習してもらうよ。歩くことに成功したセシリアは、今度は走れるようになってもらう」
セシリアは納得して頷きかけるが、ノエインの話はまだ終わらなかった。
「そのあとは指の操作練習、器用さを鍛えるために文字を書く練習、上半身の動作訓練、槍や斧や農具を振るう練習、穴掘り、石積み、木の伐採、投擲、長時間の行軍、階段の上り下り、跳躍、格闘術、魔物相手の実戦……その他色んな行動を人間なみの速さでできるようになってもらうよ。まあ、いちばん難しい最初の段階を乗り越えられたから、今後の成長速度は上がるんじゃないかな?」
「「……」」
覚えきれないほどたくさんの訓練内容を示されて、セシリアも、他の傀儡魔法使いたちもぽかんとした表情で固まる。自分たちはまだ、長い訓練の第一歩目にいるだけなのだと思い知ってしまったのだ。
最初の段階を越えれば成長速度が上がると言われても、どうやら終着はまだまだ果てしないほどに遠いらしい。この訓練の日々はいつ終わるのだろうかと絶句する。
「……ははは、皆そんな顔するなよ」
言葉を失った仲間たちにそう声をかけたのは、グスタフだった。
「俺たちはうだつの上がらない傀儡魔法使いとして一生を終えるはずだった。だけど今は、努力すれば人生を変えられるって分かって、具体的な道のりだってノエイン様に示していただいてる。訓練の先が長いことなんて、今までの人生から見れば贅沢な悩みさ。そうだろ?」
そう語る彼を見たノエインは内心で少し驚く。明るく力強い声も、表情も、王都でノエインが初めて会ったときに感じた「自信のなさそうな青年」という印象とは別人のようだった。これもまた訓練の成果か。
「……そう、ですよね。成長する方法も教えていただいて、訓練の時間も、生活に困らないお金までいただいてるのに。落ち込む暇なんてありません」
セシリアがそう答えて笑う。
「グスタフの言う通りだ! 訓練をこなしていけば、俺たちはゴーレムでもっと色んなことができるようになるんだ、むしろ喜ぶべきだよ!」
「そうだな……訓練のひとつひとつを楽しむくらいのつもりでやっていこう」
自分を、そして仲間を鼓舞する言葉をそれぞれ口にする傀儡魔法使いたち。彼らを見ながら、ノエインは満足げに笑う。
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