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第六章 因縁の再会と出世

第133話 忘れよう

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 晩餐会の二日後、マクシミリアンは王城に出向いていた。

 王都で集まりがあった際は、王国貴族の中でも特に重要な役割を担う者たちは、国王に謁見して自らの役割について近況を報告するのが恒例となっている。

 南方大陸との貿易のうち大きな割合を自領で占めるマクシミリアンも、貿易の現状報告のために登城するのだ。

「――そうか、ベトゥミア共和国との関係も相変わらず良好か」

「はい。ベトゥミア商人たちと我が領の大商人たちの結びつきはますます強まっております。貿易は今後さらに発展し、共和国との友好関係も深まっていくことでしょう」

 王城の一室で、マクシミリアンは国王とそんな会話を交わす。

 ご大層に「陛下へのご報告」などと銘打ってはいるが、特別に言うべきこともない。地方の重鎮として国王と顔を合わせることそのものが目的と言える。

「それは何よりだ。汝の尽力に感謝するぞ」

「陛下より直々にお褒めいただけること、これ以上ない喜びにございます」

「だが、汝はやはり大商人を優遇し過ぎるきらいがあると聞く。豪商たちと仲良くすることは確かに大事だが、力の弱き民たちのことも慈しんでやってくれ」

「はっ、御言葉を心に留めて領の運営に努めます。民に対する陛下の深きお慈悲の心に、感服するばかりです」

 若造が偉そうに。

 恭しく頭を下げながらも、マクシミリアンは内心でそう毒づく。

 オスカー・ロードベルク3世は若く活力にあふれた王などともてはやされてはいるが、マクシミリアンに言わせれば、経験不足なのを聞こえがいいように誤魔化しているに過ぎない。

 そんな未熟な王に上からものを言われるこの時間は、面白くないものだった。

「……ああ、それともうひとつ話があってな」

「はっ、何でございましょう?」

 とっとと報告を終えて帰る気でいたマクシミリアンは、まだ何かあるのかと苛立ちつつも表面上は穏やかな顔で言った。

「汝の長男についてだ」

「……息子のジュリアンが何かありましたでしょうか?」

 嫌な予感を覚えながらも、誤魔化すように尋ねる。

「そっちではない、汝の本当の長男……ノエイン・アールクヴィスト準男爵のことだ」

「……畏れながら陛下。あれとは数年前に縁を切っておりまして、あれに関する今現在の詳しいことは存じ上げておりません」

 嫌な予感が的中した動揺で一瞬だけ眉をひそめてしまったマクシミリアンは、慌てて表情を取り繕いながら言った。

 そんな臣下の非礼を咎めることなく、むしろこの状況を少し楽しむような顔で国王は話を続ける。

「そうか、それでは私から説明してやろう。アールクヴィスト準男爵はとても優秀な若手貴族でな。わずか3年で士爵から陞爵したことからも分かるように、領地運営から戦争への出征まで、確かな成果を挙げておる」

「はあ……」

 話の先がいまいち見えない中で、マクシミリアンは国王の話を聞く。

「クロスボウという新兵器については知っているか?」

「ああ……確か、ランセル王国との戦争に導入されて、目ざましい戦果を挙げたと聞いております」

 軍事に疎いマクシミリアンだが、そういう名前の兵器が北西部から出たことは耳にしていた。弓を改造した兵器だそうで、南東部閥の武家の貴族たちがどうにかして現物を手に入れたり、噂をもとに似たものを開発したりしようと苦心していたはずだ。

「それを自領で生み出し、量産して北西部に広めたのがアールクヴィスト準男爵なのだ」

「ほう、そうだったのですか」

 それは初耳だ。マクシミリアンは素直に驚きを示した。

「そのクロスボウはもちろん、準男爵は自身の領地で他にも色々と便利なものを生み出して、それらを製法とともに王家に献上してくれてな。その内容についてはまだ詳しくは言えんのだが……そんな準男爵の忠節に、私も応えねばと思ったわけだ」

「……なるほど」

 それが自分と何の関係があるのか、と思いながらもマクシミリアンは相槌を打つ。

「準男爵に望みの褒美を尋ねたところ……あ奴が求めてきたのが、アールクヴィスト領のキヴィレフト伯爵家からの保護だったのだ」

「はぁっ!?」

「はっはっは、驚いたであろう」

 反射的にマクシミリアンは大声を上げた。先ほどの眉を顰めるどころではない非礼だったが、その反応を見て国王は鷹揚に笑う。

「汝のは私も先代から聞いている。因縁のある庶子の成功を見て、汝も思うところがあろう……しかし、準男爵は王国の未来のためにも重要な逸材だ。今の時点でも、王家に対して確かな忠誠を示し、また目に見えるかたちで大きな利益を差し出している」

「……」

 唖然とするマクシミリアンに対して、国王は一方的に話し続ける。

「準男爵は汝の嫉妬や逆恨みを買い、自身や領地、領民に害を与えられることを危惧しているのだそうだ。あ奴の方が貴族としての力が弱いので無理もなかろう……だからこそ、クロスボウなどを献上する対価として、キヴィレフト伯爵家からの保護を求めてきおったのだ」

「……それは、保護とは、具体的にどのような内容でしょうか?」

 ようやく口を動かしてそう尋ねるマクシミリアン。

「何も難しい話ではない。汝がアールクヴィスト準男爵自身と、その領地と、領民を含む財産に一切の害を及ぼさない。それだけを約束してほしいそうだ。そうすれば準男爵の方も、汝やキヴィレフト伯爵家の不利益になる行動はとらないという。この約束が果たされるよう、王家も協力することになった」

 国王の言葉を聞いて、マクシミリアンは座っていたソファの背もたれに体重を預けると、天井を仰いで小さくため息をついた。

「余としても、アールクヴィスト準男爵は王国の未来のために重要視すべき逸材だと思っている。あ奴に些細な揉め事で力を消耗してほしくないのだ。だからこそ今回、王家が直々に両家の間に立ち、この誓約が守られるようことにした。この意味が分かるな?」

「……はい」

 王家が協力する。国王はアールクヴィスト準男爵を重要視している。それはすなわち、マクシミリアンがノエインやその領地、財産を攻撃すれば、王家がキヴィレフト伯爵家の敵に回るということだ。

 さすがに大家であるキヴィレフト伯爵家がいきなり取り潰されるようなことはないだろうが、おそらく王家は報復として、その情報網を駆使してマクシミリアンの醜聞を広めに回るだろう。

 アールクヴィスト準男爵はキヴィレフト伯爵の庶子であり、父親から縁を切られながらも独力で大成功していると。キヴィレフト伯爵は黒歴史の処分に大失敗した間抜けだと。

 そうなれば、初婚の前に妾や庶子を抱えるという過ちを風化させようと苦心してきた努力が水の泡だ。それどころか「庶子に厄介な領地を押しつけて縁を切りながら、その庶子が成功するや妬んで茶々入れをする器の小さな男」という新たな醜聞も生まれてしまう。

 おまけに、王家が本気で手を回せば、キヴィレフト伯爵家の強みである経済力もじわじわと削られるだろう。そうなれば失うものは自らの人格的な評判だけでは済まない。個人的な恨みを晴らす代償としてはあまりにも大きい。

 この一件に関しては、ノエインは王家という最強の盾を得たことになる。いくらマクシミリアンが大家の当主とはいえ、王家が相手では敵うはずもない。

「そう嘆くでない。汝と準男爵が暮らすのは王国でも真反対の位置。普通に生きていれば互いの存在を意識することさえほとんどなかろう。干渉し合うことなく、それぞれの領地で貴族としての仕事に励み、人生を謳歌すればよいのだ」

「……確かに、陛下の仰る通りですな」

 諦めたようにマクシミリアンは言った。額には汗が浮かび、気疲れの色が浮かび、もはや表情を取り繕う余裕はない。

「分かりました。アールクヴィスト準男爵の生命と身体、領地と財産について、私自身やキヴィレフト伯爵家からいかなる害も与えないと約束いたします」

「それはよかった。準男爵も喜ぶことだろう。後ほど書面にして誓約を交わすとよい。諸々の手続きは王家の官僚に準備させよう」

「はっ、感謝いたします」

・・・・・

 王城を出たマクシミリアンは、門の前で待っていた護衛の領軍騎士と、伯爵家馬車の御者に言った。

「……今日は歩いて帰る。お前たちは先に屋敷へ戻っておれ」

「はっ? しかし閣下」

「よい。王宮内や貴族街ならば安全だから護衛も不要だ。それに別邸までは大した距離ではないのだから。帰っておれ」

「……御意」

 どこか不安そうな表情で帰っていく騎士と馬車を横目に、マクシミリアンは空を見上げた。

 今日はいい天気だ。青空が清々しい。

 そのまま少しばかりぼーっと空を眺める。王城の前ではあるが、大貴族のマクシミリアンが少々妙な行動をとったところで門番たちはわざわざ呼び止めて咎めたりはしない。

 今思えば、ノエインはこうなることが分かっていたから、晩餐会であれほどまでに自分たちを小馬鹿にしてきたのだろう。自身の安全が確保されているが故の悪ふざけだったわけだ。

 あいつの根回しは全て済んでいたのだ。自分たちはあいつの手のひらの上で転がされていたのだ。

 それなのに晩餐会のあとに自分は、ノエインに復讐しようと、目にもの見せてやろうと息巻いていたのだ。馬鹿ではないか。ジュリアンの間抜けぶりを怒れる立場ではない。

「……忘れるか」

 マクシミリアンはぼそりと呟いた。

 だってどうしろというのか。王家に、国王直々に釘を刺されてしまったのだ。この上でノエインに報復などしたら、それは不干渉の誓約を仲介した王家のことも舐めていますと言うようなものだ。

 これ以上できることなどあるものか。ノエインを直接害することはおろか、ノエインの周辺に嫌がらせをすることさえもう叶わないのだ。

 多数の魔法使いを抱える王家の情報網は強い。キヴィレフト伯爵家の痕跡を残さずにノエインに害を与えるのは至難の業だ。いくらノエインのことが憎いからといって、自分の関与が露見して王家を敵に回すのを覚悟で感情的な復讐には走れない。

 マクシミリアンはそこまで肝が据わっていない。そんな度胸があるなら、子殺しの烙印を押されることを恐れずにノエインをとっとと抹殺していた。

 結局、自分は忌々しい庶子に負けたのだ。反撃も許されない完敗ぶりだ。もう何ひとつできない。それならとっとと忘れるほかない。心の安らぎのためにもそれがいい。そうしよう。

 領地に帰ろう。帰っていつものように傘下の商人どもから賄賂や土産物をもらい、屋敷で豪奢な家具や調度品に囲まれて高い酒を飲み、美味い飯を食おう。

 愛しの妻……はしばらく相手にしてくれないだろうから、高級娼婦でも抱いて憂さを晴らそう。

 ノエイン・アールクヴィストのことは、もう忘れよう。
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