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第六章 因縁の再会と出世

第128話 陞爵

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 王家主催の晩餐会では各地域の有力貴族たちが一堂に会するが、その前の式典に参加するのは、報奨を受ける本人たちと、官僚である宮廷貴族だけだ。

 会場となるのは玉座の間。報奨を与えられる者はまとめてずらりと並ぶようなことはせず、一人が国王から称讃の言葉と報奨を賜って退室した後に次の者が入室するという流れをくり返す。

 今回、国王から直接に報奨を与えられる栄誉を得たおよそ30人のうち、ノエインの順番は後半。基本的に爵位の順に呼ばれる以上、これは仕方のないことだ。士爵の中では最初に呼ばれるので、身分を考えるとむしろ十分に早い。

「それでは次に、ヴィオウルフ・ロズブローク準男爵閣下、玉座の間へお進みください」

 ノエインの隣に座っていた男が呼ばれ、玉座の間に続く扉へと歩いていった。190cmを超えるのではないかと思われる長身で、髪は深紅だ。

 ロズブローク準男爵。土魔法をもって砦のひとつを守り切ったという男の家名と一致する。これがもう一人の砦の英雄か、とノエインは男の後ろ姿を眺めた。

 上級貴族はどうなっているか分からないが、下級貴族に関してはひとつの控え室に全員が押し込められていた。とはいえ、一人ひとりに椅子とテーブルが用意され、テーブルには果実水が入ったガラス製の杯まで置かれている。息苦しさは皆無だ。

 それから数分後には、ノエインの番が来る。30人以上に報奨を与え、夜には晩餐会も主催しなければならない国王を疲れさせないためか、式典の進行ペースは早い。

「ノエイン・アールクヴィスト士爵閣下、玉座の間へお進みください」

 文官に名前を呼ばれ、ノエインは席を立つと、玉座の間へと進む。文官に続いて控え室の扉をくぐるとそこは短い廊下になっており、その先の垂れ幕にノエインが近づくと、衛兵によって幕が左右に開かれた。

「ノエイン・アールクヴィスト士爵、入場!」

 儀礼官の声に併せて、ノエインは玉座の間へと足を踏み入れる。一室だけでノエインの屋敷なみに広いのではないかと思われるそこには、楽隊によって荘厳な音楽が空間をささやかに彩る程度に流れていた。

 ノエインは少し顔を伏せて、国王の顔を直接見ないように歩く。やがて玉座の正面まで来ると、国王の方へ向き直り、片膝をついて臣下の礼を示した。

 ノエインの後ろには宮廷貴族が立ち並び、報奨の証人としての役割を果たしている。情報に敏い彼らにはノエインの噂も既に届いているのか、ぼそぼそと話す声も聞こえてきた。

「変人」「クロスボウ」「ゴーレム」「獣人奴隷」などの単語がちらほらと耳に届く。

「ノエイン・アールクヴィスト士爵。面を上げよ」

「はっ」

 国王にそう命じられてノエインは顔を上げ、初めて王の顔を見る。

 オスカー・ロードベルク3世。若く気力に満ちた精悍な王。これまでに聞いた前評判に違わない存在感を放つ人物だった。

 国王の方も、ノエインの噂をブルクハルト伯爵からでも聞いているのか、何か意味がありげに小さく笑う。

 国王の斜め後ろに付いていた文官が進み出て、一枚の紙を差し出す。広く普及している植物紙ではなく、高価で製造に手間のかかる羊皮紙だ。それを受け取った国王は、そこに記されている内容を読み上げる。

「アールクヴィスト士爵ノエイン。汝は此度のランセル王国との戦争において、数倍に及ぶ敵の攻勢を受けながらも怯むことなく奮戦し、汝の持ち場たるバレル砦を守り抜いた。それにより、ロードベルク王国軍本隊への挟撃が防がれた。汝は此度のロードベルク王国の勝利に大きく貢献し、王国貴族の模範たる働きを示したと言えよう」

 堂々とした口ぶりでノエインの功績を語る国王。

「汝の此度の働きを評して、準男爵の称号を与えるものとする。また、その働きに見合った金員を与える。これよりアールクヴィスト準男爵を名乗り、王国貴族としてさらなる忠誠と活躍を示せ」

「身に余る光栄にございます。この先も国王陛下の忠実なる臣として、身命を賭して王国の発展に貢献していく次第であります」

 事前にアルノルドから習っていた文言を、違うこともつかえることもなく述べるノエイン。ここ数日の練習の成果はしっかり示せただろうと内心でほっとする。

 形式ばった受け答えはここまでだ。あとは国王が個人的に一言二言、功労者に声をかける。

「……汝は変わり者だと聞いていたが、想像していたよりは普通だな。一見するとまだ子どものようではあるが」

 ノエインへの印象をそう語る国王。マチルダを連れず、人柄の分かるような話をせず、無難な振る舞いをするだけであれば、ノエインは容姿がやや幼いだけの好青年に見えるだろう。

「自分が奇人であることは承知しておりますが、同時に王国社会で一般的とされる振る舞いがどのようなものかも理解しているつもりです」

「ははは、常人のふりもできるのに、普段は好き好んで酔狂な振る舞いをしているということか。なかなか面白そうな男だ」

「恐縮です」

 大らかに笑って見せる国王だが、その声は少しだけ芝居がかって聞こえた。ノエインもよく作り笑いをするから気づけた。

 アルノルドが国王のことを「自身の器の大きさを示すことに熱心」と評していた理由がノエインも分かった気がする。

「汝の此度の働き、まことに大儀であった。この後の晩餐会では汝らが主役だ。楽しむがよい。以上だ。下がれ」

「はっ」

 ノエインは再び頭を下げると、立ち上がり、入室したときとは逆方向に歩いて玉座の間を出た。

・・・・・

 式典を終えて、夜には晩餐会が開催される。

「もう緊張はしていないようだな、アールクヴィスト準男爵」

「さすがに社交の場も慣れました。それに、陛下と一対一でお会いした昼間の式典に比べたら、宮廷貴族も含めて200人以上が集まる晩餐会に埋もれることなんて大したことありませんよ」

 小さく笑いながら言ったアルノルドに、ノエインも微苦笑を浮かべながらそう返す。

 北西部閥の晩餐会に初めて参加したときもこうして会場へと続く廊下を並んで歩いたが、あの頃と比べたらノエインはさまざまな経験を積んだし、それに伴って神経も太くなっている。

「それに比べて、クラーラは表情が少し硬いか?」

「この子はあまり社交の経験がありませんからねえ」

「……わ、私は大丈夫ですわ」

 両親に指摘されたクラーラは、そう言いつつもやはり緊張気味だった。

 ノエインとクラーラの後ろには、護衛としてマチルダとダントが続く。マチルダはもちろん、ダントも護衛武官として申し分ない振る舞いができている。

「……キヴィレフト伯爵と会っても、直接的に喧嘩を売ったりせんようにな。私が言うまでもないとは思うが」

「もちろんです。というか、表向きは僕と彼は他人なんですから、向こうもいきなり絡んではきませんよ」

 キヴィレフト伯爵がベゼル大森林に飛び地を持っていたことはそもそもあまり知られていないし、そこが庶子に押し付けられて切り離された事実も、マクシミリアンの必死の隠蔽もあって広まっていない。

 マクシミリアンに近しい者は勘付いているだろうし、その庶子について本気で調べようとする者がいれば別だが、全国的に見ればマクシミリアンとノエインの関係はほとんど知られていないのだ。お互いそれを前提に立ち回ることになるだろう。

 晩餐会での懸念事項の確認を終えると、ノエインとアルノルドはそれぞれの伴侶とともに会場へと足を踏み入れた。

「アルノルド・ケーニッツ子爵閣下、エレオノール・ケーニッツ様、ご入場! ノエイン・アールクヴィスト準男爵閣下、クラーラ・アールクヴィスト様、ご入場!」

 会場の入り口に控えた儀礼官が声を張り、ノエインたちの入場を告げる。貴族とて全員が知り合いではなく、大規模な集まりではどれが誰か分からない場合も多いため、こうして入場時には派手に名前が叫ばれるのだ。

 その声を受けて、既に会場入りしていた貴族と、その伴侶や子女が四人に視線を向ける。

「……やはり報奨を賜った主役の一人が登場するとなれば、注目を集めるものだな」

「ありがたい話です」

 アルノルドの呟きに、特にありがたくなさそうな声でノエインが返す。

 こうして仲良く並んで入場することで、アルノルドは武功を挙げたノエインと親しいことを示し、ノエインは既に北西部の有力貴族が後ろ盾に付いていることを見せつけることができるのだ。

 会場内では、入り口から見て右側にご婦人方が、左側に男たちが集まっているようだった。

「それではあなた、私はあちらでクラーラと挨拶回りをしてきますわ」

「ああ、頼んだ」

「ノエイン様、行って参ります」

「また後でね、クラーラ」

 エレオノールに連れられたクラーラは、ノエインから離れてご婦人の集まりへと向かっていった。

 その後ろに護衛として続くのはダントの方だ。身を守る術を持たない事が多い女性には、盾となる屈強な護衛が付くのが一般的である。実際に、ご婦人たちの後ろには武骨な軍人が存在感を消して、銅像のように控えている。

 ノエインも、見た目で分かりやすく軍人らしいダントをクラーラの護衛につけた。自身がマチルダとクラーラ二人ともを傍から手放したくなかったという個人的な理由もあるが。

「では、私たちは男の集まりに行くとするか」

「はい」

 アルノルドに頷いて、ノエインは彼とともに貴族当主たちの集まっている方へと向かう。

 今回の主役の一人であり、陞爵まで果たしたアールクヴィスト準男爵。武功に見合わない童顔と、女の獣人奴隷を自らの護衛に付けるという奇特な振る舞い。

 否応なしに好奇の目を向けられ、ノエインについてひそひそと語る声も聞こえる。

「何やら獣臭いと思ったら……何故ここに獣人奴隷なぞがいるのだろうな?」

「何を考えておるのか、これだから成り上がり者は」

 聞えよがしに悪意ある言葉も囁かれるが、ノエインも、その後ろに続くマチルダも平然としている。表情は微塵も変わらない。

 ノエインにはケーニッツ子爵家や北西部閥そのものという大きな後ろ盾があり、さらに個人的に国王の覚えもめでたい。一貴族としては十分すぎるほどの味方がいるのだ。他派閥の貴族に遠くから嫌味を投げられる程度、心の底からどうでもよい。

「ひとまず、ベヒトルスハイム閣下に挨拶をしておこう。君の受勲も無事に終わったことだしな」

「はい」

 アルノルドにそう声をかけられながら、ノエインは貴族たちの間を歩く。そこへいくつもの視線が向けられる。

 そんな中でほんの一瞬だけ、ノエインに強烈な殺気が向けられた。気配に敏いマチルダはそれに気づき、耳をピクリと揺らす。

「ノエイン様、左です」

 ノエインの耳だけに届くよう、マチルダが小さく呟く。

 それを受けて左に目を向けたノエインは――ニヤリと、一瞬だけ悪魔のような笑みを浮かべ、すぐに表情を取り繕った。



 ノエインが目を向けた先に立っていたのは、マクシミリアン・キヴィレフト伯爵だった。
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