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第六章 因縁の再会と出世
第127話 会談
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「そう緊張する必要はない。面会を求めてきたのはあちらなのだからな。君は言わば客人だ」
「とは言われましても……さすがに軍務大臣とのお話し合いともなると、僕みたいな木っ端貴族には畏れ多い話ですよ」
そんなやり取りをしながら、ノエインはケーニッツ子爵家の馬車に乗せられてアルノルドとともに王城へ向かっている。クラーラは屋敷で留守番し、ノエインにはマチルダが護衛として付いているのみだ。
万が一にも式典に遅れることがないようにと、ノエインたちは一週間ほどの余裕をもって王都へ着いていた。すると、ノエインの到着を知った王国軍務大臣ブルクハルト伯爵が面会を希望し、王宮内の軍務省本部へと向かうことになったのだ。
「話すことはクロスボウとバリスタ、それにジャガイモのことと決まっている。それを献上するという、ただそれだけの話だよ……あちらもそう無茶な要求はしないはずだ。私たちも同席するのだから恐れることはない」
面会を希望する旨がノエインに知らされた時点で、おおよその用件も伝えられている。つまりは「王家にクロスボウとジャガイモ、バリスタをいくらか献上してほしい」ということだった。
面会には北西部閥の盟主であるベヒトルスハイム侯爵も、ノエインを紹介するという名目でアルノルドも同席する。それでも、国の軍事部門トップとの面会でノエインはいささか緊張気味だ。
間もなく馬車は軍務省の本部施設に着き、アルノルドとノエインは施設内の一室へと通された。
「おお、二人とも着いたな」
入室した二人に最初に声をかけたのは、先に到着していたベヒトルスハイム侯爵だった。
侯爵に続いて、その横にいた男――ブルクハルト伯爵も立ち上がり、隙のない動きで軽く頭を下げる。それに対してアルノルドとノエインは、目下の貴族として右手を左胸に当てる礼を示した。
「お久しぶりですな、ケーニッツ卿」
「はっ、ご無沙汰しております。ブルクハルト伯爵閣下」
アルノルドと軽く挨拶を交わしたブルクハルト伯爵は、ノエインの方に目を向けた。
「お初にお目にかかる、アールクヴィスト士爵……獣人奴隷を連れた若々しい青年という、話に聞いていた通りの人物だな」
「こうしてお会いする場を賜り、恐悦至極に存じます。ブルクハルト伯爵閣下」
「ははは、そう緊張しなさるな。とりあえず座りなさい」
やや硬い声で言ったノエインにブルクハルト伯爵が小さく笑い、着席を促した。全員が席につき、話し合いが始まる。
「さて……おおよその話は事前に聞いていたと思うが、本日こうして卿に来てもらったのは他でもない。卿の領地にて生み出されたいくつかの発明に関する件だ」
早速本題を切り出すブルクハルト伯爵。その表情は穏やかで声色も柔らかいが、視線は鋭く、一分の隙も無いようにノエインには見えた。
「はい。クロスボウとバリスタ、そしてジャガイモですね。前者二つはアールクヴィスト士爵家が抱える優秀な鍛冶職人が開発したもので、後者は私が書物から得た知識をもとに、南方大陸から輸入されたものを買い求め、栽培しました」
「それだ。クロスボウについては先のランセル王国との戦争で、各方面から有用性を聞いている。そしてバリスタと、あと爆炎矢についても……ケーニッツ卿の子息である騎士フレデリック・ケーニッツより報告を受けている。恐るべき攻撃力を備えた兵器だとな」
既に詳細を知っていた様子のブルクハルト伯爵。隣のベヒトルスハイム侯爵が平然とした顔をしていることからも、北西部閥と国軍のトップ同士で話はついているのだろうとノエインは考えた。
爆炎矢についてはできれば自領の独占兵器として秘匿したかったが、フレデリックや彼の部下の王国軍兵士たちに見られている以上、王家から隠すことは叶わなかったようだ。
「そしてジャガイモという作物も、食糧生産力の向上のために非常に有用だとベヒトルスハイム閣下より伺っている。卿の領地ではある程度の栽培知識も確立しているそうだな? クロスボウとバリスタ、爆炎矢、そしてジャガイモについて、実物と生産知識を王家に献上してほしいと陛下が仰っているのだ」
「王家に献上すれば、他の地方貴族閥には必ずしも積極的にこれらを提供しなくてもよいと陛下よりお許しをいただいたのだ……とはいえ、クロスボウに関しては戦争で大々的に使った以上、もはや秘匿は叶わんがな」
ブルクハルト伯爵に補足してベヒトルスハイム侯爵が語る。つまり、王家にさえクロスボウやバリスタ、爆炎矢、ジャガイモを差し出せば、あとは北西部閥だけでこれらを量産して好きなように勢力を強めていいという話だ。
クロスボウについては侯爵の言う通り手遅れであるし、他のものもいずれはどこかから情報が洩れ伝わっていくだろうが、それでも北西部閥は他の派閥に数年ほど先んじて発展を遂げることだろう。
北西部閥の利益を守りたいベヒトルスハイム侯爵にとっては申し分ない話だ。そして過去にノエインが「北西部閥を強くして自分の後ろ盾にしたい」と語ったことも覚えてくれていたらしい。
「もちろん、これらの新兵器の製造方法やジャガイモの栽培方法を確立し、献上した卿には、相応の褒美が与えられる。悪い話ではないと思うが、どうだ?」
どうだも何も、王家が欲しいと言い、派閥盟主であるベヒトルスハイム侯爵もそれを了承しているのなら下級貴族であるノエインに断る術があるわけがない。
角が立たないように穏やかな言い方をしているだけで、これは実質的な命令だ。ノエイン自身に献上させるかたちをとることで褒美をとらせようとしているあたり、むしろ良心的とさえ言える。
「とても光栄なお話だと感じております。ぜひ献上させていただき、微力ながら王家の御為に貢献させていただきたく存じます」
他に選択肢がない中で、ノエインは「王家の役に立てることが嬉しくてたまらない」と言わんばかりの作り笑顔でそう答えた。本音を言えば新兵器やジャガイモはまだ北西部だけで有していたいが、王家に下手に逆らえば反乱分子と見なされるかもしれないのだ。
「それはよかった。卿の忠節に陛下もお喜びになることだろう……では、献上する具体的な数や内容を決めさせてもらおう」
その後の話し合いで、クロスボウ100、バリスタ4、爆炎矢50、ジャガイモ500kgを王家に献上することが決まる。もちろんこれらの製造・栽培のノウハウもだ。
納品期限は年末。あまり時間の余裕がないため、ケーニッツ子爵家の手も借りて明日にもアールクヴィスト領に早馬を送ることとなった。
「それで、褒美はどうする?」
「そのことですが、ジャガイモと爆炎矢については私自身の発案ですが、クロスボウとバリスタは先に申し上げた通り、我が領の職人が独自に開発したものです。この職人にも何らかの褒美をいただければと思うのですが……」
「なるほど……では、その職人には金員と名誉貴族の称号を与えるということではどうだろうか?」
「それは……その職人は凄まじい変わり者でして、名誉貴族号についてはおそらく興味を示さないかと思います」
「ははは、変わり者の卿からさらに変わり者と言われるとは、よほどの奇人なのだろうな」
ブルクハルト伯爵の言葉にノエインも苦笑する。ダミアンはノエインに拾われたときも、従士の身分より開発に打ち込めること自体に歓喜した男だ。名誉貴族の称号など見向きもしないだろうし、金を受け取っても工房の拡大のために全て注ぎ込むだろう。
「ただ、その者は職人として自身の名を残すことには非常にこだわっています。ダミアンという鍛冶師なのですが、彼の名が歴史書に刻まれ、国力増強に貢献した偉人として広く知られるよう配慮をいただければと」
「ダミアンだな、分かった。その者が偉大な職人として王国の歴史に名前を刻まれるよう、配慮すると約束しよう。内務省の記録部にすぐにでも伝え、新兵器が広く普及した後には士官学校でも重要人物として教えるように手配する」
「ありがとうございます。彼も大いに満足するかと思います」
職人として思う存分働き、その結果を残すことだけにこだわっているのがダミアンだ。自分の名が確実に王国の歴史に残ると知れば、狂喜乱舞しながら献上用のクロスボウとバリスタを作ることだろう。
「……あとは卿自身への褒美だな。大抵のものであれば陛下もお認めになると思うが、何が欲しい?」
ブルクハルト伯爵に言われて、ノエインは考えた。
これは戦争での論功行賞とは別だ。アールクヴィスト領の切り札の数々と引き換えに王家から個人的に得られる褒美だ。領のために、自身の幸福と安寧のために何をもらうか、よく考えなければならない。
王家からしか得られないものを考えなければならない。
しばし考えた末に、ノエインは言った。
「では、二つ希望がございます。その前に……ブルクハルト伯爵閣下は、私の出自についてはご存知でしょうか?」
「とは言われましても……さすがに軍務大臣とのお話し合いともなると、僕みたいな木っ端貴族には畏れ多い話ですよ」
そんなやり取りをしながら、ノエインはケーニッツ子爵家の馬車に乗せられてアルノルドとともに王城へ向かっている。クラーラは屋敷で留守番し、ノエインにはマチルダが護衛として付いているのみだ。
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面会には北西部閥の盟主であるベヒトルスハイム侯爵も、ノエインを紹介するという名目でアルノルドも同席する。それでも、国の軍事部門トップとの面会でノエインはいささか緊張気味だ。
間もなく馬車は軍務省の本部施設に着き、アルノルドとノエインは施設内の一室へと通された。
「おお、二人とも着いたな」
入室した二人に最初に声をかけたのは、先に到着していたベヒトルスハイム侯爵だった。
侯爵に続いて、その横にいた男――ブルクハルト伯爵も立ち上がり、隙のない動きで軽く頭を下げる。それに対してアルノルドとノエインは、目下の貴族として右手を左胸に当てる礼を示した。
「お久しぶりですな、ケーニッツ卿」
「はっ、ご無沙汰しております。ブルクハルト伯爵閣下」
アルノルドと軽く挨拶を交わしたブルクハルト伯爵は、ノエインの方に目を向けた。
「お初にお目にかかる、アールクヴィスト士爵……獣人奴隷を連れた若々しい青年という、話に聞いていた通りの人物だな」
「こうしてお会いする場を賜り、恐悦至極に存じます。ブルクハルト伯爵閣下」
「ははは、そう緊張しなさるな。とりあえず座りなさい」
やや硬い声で言ったノエインにブルクハルト伯爵が小さく笑い、着席を促した。全員が席につき、話し合いが始まる。
「さて……おおよその話は事前に聞いていたと思うが、本日こうして卿に来てもらったのは他でもない。卿の領地にて生み出されたいくつかの発明に関する件だ」
早速本題を切り出すブルクハルト伯爵。その表情は穏やかで声色も柔らかいが、視線は鋭く、一分の隙も無いようにノエインには見えた。
「はい。クロスボウとバリスタ、そしてジャガイモですね。前者二つはアールクヴィスト士爵家が抱える優秀な鍛冶職人が開発したもので、後者は私が書物から得た知識をもとに、南方大陸から輸入されたものを買い求め、栽培しました」
「それだ。クロスボウについては先のランセル王国との戦争で、各方面から有用性を聞いている。そしてバリスタと、あと爆炎矢についても……ケーニッツ卿の子息である騎士フレデリック・ケーニッツより報告を受けている。恐るべき攻撃力を備えた兵器だとな」
既に詳細を知っていた様子のブルクハルト伯爵。隣のベヒトルスハイム侯爵が平然とした顔をしていることからも、北西部閥と国軍のトップ同士で話はついているのだろうとノエインは考えた。
爆炎矢についてはできれば自領の独占兵器として秘匿したかったが、フレデリックや彼の部下の王国軍兵士たちに見られている以上、王家から隠すことは叶わなかったようだ。
「そしてジャガイモという作物も、食糧生産力の向上のために非常に有用だとベヒトルスハイム閣下より伺っている。卿の領地ではある程度の栽培知識も確立しているそうだな? クロスボウとバリスタ、爆炎矢、そしてジャガイモについて、実物と生産知識を王家に献上してほしいと陛下が仰っているのだ」
「王家に献上すれば、他の地方貴族閥には必ずしも積極的にこれらを提供しなくてもよいと陛下よりお許しをいただいたのだ……とはいえ、クロスボウに関しては戦争で大々的に使った以上、もはや秘匿は叶わんがな」
ブルクハルト伯爵に補足してベヒトルスハイム侯爵が語る。つまり、王家にさえクロスボウやバリスタ、爆炎矢、ジャガイモを差し出せば、あとは北西部閥だけでこれらを量産して好きなように勢力を強めていいという話だ。
クロスボウについては侯爵の言う通り手遅れであるし、他のものもいずれはどこかから情報が洩れ伝わっていくだろうが、それでも北西部閥は他の派閥に数年ほど先んじて発展を遂げることだろう。
北西部閥の利益を守りたいベヒトルスハイム侯爵にとっては申し分ない話だ。そして過去にノエインが「北西部閥を強くして自分の後ろ盾にしたい」と語ったことも覚えてくれていたらしい。
「もちろん、これらの新兵器の製造方法やジャガイモの栽培方法を確立し、献上した卿には、相応の褒美が与えられる。悪い話ではないと思うが、どうだ?」
どうだも何も、王家が欲しいと言い、派閥盟主であるベヒトルスハイム侯爵もそれを了承しているのなら下級貴族であるノエインに断る術があるわけがない。
角が立たないように穏やかな言い方をしているだけで、これは実質的な命令だ。ノエイン自身に献上させるかたちをとることで褒美をとらせようとしているあたり、むしろ良心的とさえ言える。
「とても光栄なお話だと感じております。ぜひ献上させていただき、微力ながら王家の御為に貢献させていただきたく存じます」
他に選択肢がない中で、ノエインは「王家の役に立てることが嬉しくてたまらない」と言わんばかりの作り笑顔でそう答えた。本音を言えば新兵器やジャガイモはまだ北西部だけで有していたいが、王家に下手に逆らえば反乱分子と見なされるかもしれないのだ。
「それはよかった。卿の忠節に陛下もお喜びになることだろう……では、献上する具体的な数や内容を決めさせてもらおう」
その後の話し合いで、クロスボウ100、バリスタ4、爆炎矢50、ジャガイモ500kgを王家に献上することが決まる。もちろんこれらの製造・栽培のノウハウもだ。
納品期限は年末。あまり時間の余裕がないため、ケーニッツ子爵家の手も借りて明日にもアールクヴィスト領に早馬を送ることとなった。
「それで、褒美はどうする?」
「そのことですが、ジャガイモと爆炎矢については私自身の発案ですが、クロスボウとバリスタは先に申し上げた通り、我が領の職人が独自に開発したものです。この職人にも何らかの褒美をいただければと思うのですが……」
「なるほど……では、その職人には金員と名誉貴族の称号を与えるということではどうだろうか?」
「それは……その職人は凄まじい変わり者でして、名誉貴族号についてはおそらく興味を示さないかと思います」
「ははは、変わり者の卿からさらに変わり者と言われるとは、よほどの奇人なのだろうな」
ブルクハルト伯爵の言葉にノエインも苦笑する。ダミアンはノエインに拾われたときも、従士の身分より開発に打ち込めること自体に歓喜した男だ。名誉貴族の称号など見向きもしないだろうし、金を受け取っても工房の拡大のために全て注ぎ込むだろう。
「ただ、その者は職人として自身の名を残すことには非常にこだわっています。ダミアンという鍛冶師なのですが、彼の名が歴史書に刻まれ、国力増強に貢献した偉人として広く知られるよう配慮をいただければと」
「ダミアンだな、分かった。その者が偉大な職人として王国の歴史に名前を刻まれるよう、配慮すると約束しよう。内務省の記録部にすぐにでも伝え、新兵器が広く普及した後には士官学校でも重要人物として教えるように手配する」
「ありがとうございます。彼も大いに満足するかと思います」
職人として思う存分働き、その結果を残すことだけにこだわっているのがダミアンだ。自分の名が確実に王国の歴史に残ると知れば、狂喜乱舞しながら献上用のクロスボウとバリスタを作ることだろう。
「……あとは卿自身への褒美だな。大抵のものであれば陛下もお認めになると思うが、何が欲しい?」
ブルクハルト伯爵に言われて、ノエインは考えた。
これは戦争での論功行賞とは別だ。アールクヴィスト領の切り札の数々と引き換えに王家から個人的に得られる褒美だ。領のために、自身の幸福と安寧のために何をもらうか、よく考えなければならない。
王家からしか得られないものを考えなければならない。
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