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第六章 因縁の再会と出世
第125話 茶会
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「陛下がどのような御方か、か……難しい質問だな」
「すみません。ただ、僕は陛下のお名前くらいしか存じませんから……直接お会いしてお言葉を賜ることになったので、知っておきたいんです」
「私もお会いすることになるでしょうから、気になりますわ。お父様」
王家の書簡を受け取り、秋に王城へ行くことが決まった後の5月下旬。ノエインは妻クラーラとともに、彼女の実家であるケーニッツ子爵家で当主夫妻、すなわち義父母と茶会をしていた。
クラーラにとっては久しぶりの両親との団らんであり、ノエインとアルノルドにとっては、先の戦争に関するお互いのことを報告し合う席でもある。
また、報奨を賜る式典について、ノエインとクラーラが領主貴族として大先輩のアルノルドたちから助言をもらう場でもあった。
「そうだな、簡潔に言えば、若く気力に溢れた方だ。一国の王として申し分のない威厳も持ち合わせておられる……ように私には見える。経験という点ではまだまだご成長の余地があられるのだろうが、その点については先代陛下の遺臣の方々がお支えしているからな」
「なるほど……」
ノエインは現国王オスカー・ロードベルク3世について、若くして即位した王だということくらいしか知らなかった。彼の即位当時はまだキヴィレフト伯爵家で軟禁されていたこともあり、その頃の王国中央の世情について詳しく知る術がなかったのだ。
地方の有力貴族という立場上、実際に王に会ったこともあるアルノルドからの情報は貴重だ。
「僕のような変わり者へも、嫌悪感を示されることなく接してくださるでしょうか?」
「自分が変わり者という自覚はあるのだな……」
「きっと他の貴族と同じように接していただけますよ。陛下は寛容な御方だと聞いていますし、私もお会いした際はそう感じたわ」
アルノルドがどこか諦めたように呟き、エレオノールが小さく苦笑しながら答えてくれた。
「確かにあの陛下なら、君が獣人奴隷を連れていても笑ってお許しになるだろうな……臣下が獣人奴隷を従者にしているのを問題にしないことで、自らの寛容さを見せようとされるだろう」
妻に頷きながら、アルノルドもそう話す。
「そういう御方ですか」
「ああ。まだお若いこともあってか、自身の器の大きさを示すことには熱心でおられる。もちろん、お若いが故に先進的な考えを持たれているという個人的なお人柄もあるのだろうが……案外、君とは気が合うのではないか? いい友人になれるかもな」
「そんな、畏れ多いですよ」
アルノルドがからかうように言うと、ノエインは少し顔を引きつらせて返した。王の友人など、いかにも余計なやっかみを受けそうな立場だ。辺境で平和に生きたいノエインとしては勘弁してほしい。
「だが実際、陛下は君のことを既に知っているだろうし、興味を持たれていると思うぞ? クロスボウの件は陛下にも報告が届いているはずだからな」
「……本隊の方でもクロスボウ隊が活躍したんですよね?」
アルノルドに向き直ってノエインが尋ねる。
「ああ、ベヒトルスハイム閣下のご提案で約1,500のクロスボウ兵を一隊にまとめてな。三人一組で間を置かずに射撃と装填を行わせて敵の野戦陣地の一角を消耗させ、突破口を作り出した」
「……大部隊ならではの運用方法ですね」
500もの矢が絶え間なく飛んでくるとは。ランセル王国軍はさぞ参ったことだろう。
「その突破口をマルツェル閣下の指揮する騎兵部隊が切り開き、決着がついたからな。マルツェル閣下は今回の戦争での勝利を決定づけた英雄だよ」
アルノルドの話によると、大将であるベヒトルスハイム侯爵と南西部のガルドウィン侯爵、第一軍団の団長、そして大英雄となったマルツェル伯爵、その他にも目立つ功績を挙げた総勢30人ほどが、式典で国王から直々に報奨を賜るという。ノエインもその一人だ。
「だが、陞爵までされるのは君と、前線のもうひとつの砦を守り切ったという魔法使いの準男爵だけだな。そちらは男爵になるわけだが」
「ああ、気になってるんですよね、その人」
バレル砦のようにクロスボウやバリスタ、ゴーレムといった特殊な兵器がない状況で、独力で砦を大軍勢から守り切った凄腕の魔法使い。否応なしに興味をそそられる人物だ。
「もともとは南西部の無名の準男爵家の嫡男だそうだが、凄まじい土魔法の才を持って生まれたらしくてな。紛争で戦死した父親の後を継いで、当主としての初陣で大戦果を挙げて陞爵とは。凄まじい傑物だ……確か、家名はロズブロークとか言ったか」
まるで戦記の主人公のような男だ、とノエインは思った。
「……きっと、僕と違って男らしく立派な人なんでしょうね」
「ははは、何を言っているんだ。君だって一代で辺境開拓を成功させながら、戦争でも大活躍を見せた大英雄じゃないか」
「英雄だなんて、僕はとてもそんな柄じゃないです」
笑いながら完全にからかい口調で言うアルノルドに、ノエインはややげんなりした顔で返す。
「……真面目な話、もっと誇ってもいいと思うぞ。後ろ盾もなく数年で領主貴族としてそれほどの成功を収めるなど、ちょっとした偉人として後世で語られてもおかしくないことだ。もっと小さな成果で君より偉そうにする貴族も多いのに」
「僕がここまでこれたのは部下や幸運に恵まれたからですよ。一人の力じゃありません。それなのに自分ばかり頑張ったように誇っていたら、領民の心が離れてしまいます」
「そうか……やはり変わっているな、君は」
もちろんノエインも懸命に努力はしてきたが、4年目で陞爵を受けるほどの成功者となったのは、運によるところも大きい。
ジャガイモがなければ領に今のような余裕はなかったし、ラピスラズリ鉱脈が見つからなければテント暮らしがもっと長引いていたかもしれない。ユーリたちと出会わなければ優秀な部下に事欠いていただろうし、ダミアンを見出さなければクロスボウもバリスタもなかった。
アンナがいなければ。エドガーがいなければ。クリスティやザドレクを買わなければ。フィリップやベネディクトと知り合えなければ。セルファースやダフネが移住してこなければ。ドミトリやヴィクターが拠点を移してくれなければ。
彼らとの出会いはすべて、幸運だったと言うほかない。運だけでここまで来たとは言わないが、運がこれまでノエインに強く味方してくれたのは確かだ。
今となっては、栽培が上手くいくか、そもそも本当に食べられるのかも定かでなかったジャガイモを森の中で植えながら、毎晩マチルダをテントの中で愛でていた開拓初期が懐かしい。
当時は今より若く無謀だったからこそ、あれほど気楽でいられたのだ。成長し、多くの領民を抱える身となった現在では、あのようにはいかない。
「ええ、自分でも自分を変人だと思いますよ。こんな領主に付き従ってくれる部下たちに感謝しないと」
アルノルドの言葉にそう答えて、ノエインは自嘲気味に笑った。
「……ああ、それと。式典のあとの晩餐会の出席者のことだがな」
話題を変えて、アルノルドが話し始める。どこか話しづらそうな声色だ。
「戦争に限らず、陛下が国内の功労者へ報奨を与える式典は数年に一度は開かれているんだが……その後の晩餐会には、報奨とは関係のない上級貴族も、顔見せも兼ねて全国から集まることになっている」
「っ! ということは!」
「ああ……南東部からキヴィレフト伯爵閣下も来られるはずだ」
憎き父親の名を聞いたノエインは目を見開く。表情が邪悪に歪みそうになるのを必死にこらえるが、アルノルドやエレオノール、そしてクラーラまでもが少し驚いた顔をしているのを見るに、完全に抑えられてはいないらしい。
「失礼しました。少し興奮してしまって」
「いや、衝撃を受けるのも無理はない。君としては無心では聞けない名だろう……大丈夫か? 顔を合わせるのが辛いのでは?」
アルノルドが気を遣うように尋ねると――ノエインはニヤリと笑った。
「辛い? まさか! むしろ今の僕をあのク、あの方に見ていただくのが楽しみでなりません。これほど成長して、成功したんだと知ってもらえるなんて、こんなに嬉しいことはありませんよ」
幸せに生きることがノエインの父への復讐だ。今のところ、それは成功していると言えるだろう。ノエインの野垂れ死にを期待して放り出したマクシミリアンにとっては、面白いはずがない。
それがノエインには面白い。悔しさと憎しみに歪むマクシミリアンをこの目で見ることができるなんて。想像するだけで高笑いしてしまいそうだ。
「……あなた」
ノエインが強がっていると思ったのか、クラーラが心配そうな表情でその手に触れる。アルノルドとエレオノールも、どこか同情するような目でノエインを見る。
そんな二人の視線には気づかず、ノエインは自身の妻に「大丈夫だよ」と声をかけながらお茶に口をつけた。
「すみません。ただ、僕は陛下のお名前くらいしか存じませんから……直接お会いしてお言葉を賜ることになったので、知っておきたいんです」
「私もお会いすることになるでしょうから、気になりますわ。お父様」
王家の書簡を受け取り、秋に王城へ行くことが決まった後の5月下旬。ノエインは妻クラーラとともに、彼女の実家であるケーニッツ子爵家で当主夫妻、すなわち義父母と茶会をしていた。
クラーラにとっては久しぶりの両親との団らんであり、ノエインとアルノルドにとっては、先の戦争に関するお互いのことを報告し合う席でもある。
また、報奨を賜る式典について、ノエインとクラーラが領主貴族として大先輩のアルノルドたちから助言をもらう場でもあった。
「そうだな、簡潔に言えば、若く気力に溢れた方だ。一国の王として申し分のない威厳も持ち合わせておられる……ように私には見える。経験という点ではまだまだご成長の余地があられるのだろうが、その点については先代陛下の遺臣の方々がお支えしているからな」
「なるほど……」
ノエインは現国王オスカー・ロードベルク3世について、若くして即位した王だということくらいしか知らなかった。彼の即位当時はまだキヴィレフト伯爵家で軟禁されていたこともあり、その頃の王国中央の世情について詳しく知る術がなかったのだ。
地方の有力貴族という立場上、実際に王に会ったこともあるアルノルドからの情報は貴重だ。
「僕のような変わり者へも、嫌悪感を示されることなく接してくださるでしょうか?」
「自分が変わり者という自覚はあるのだな……」
「きっと他の貴族と同じように接していただけますよ。陛下は寛容な御方だと聞いていますし、私もお会いした際はそう感じたわ」
アルノルドがどこか諦めたように呟き、エレオノールが小さく苦笑しながら答えてくれた。
「確かにあの陛下なら、君が獣人奴隷を連れていても笑ってお許しになるだろうな……臣下が獣人奴隷を従者にしているのを問題にしないことで、自らの寛容さを見せようとされるだろう」
妻に頷きながら、アルノルドもそう話す。
「そういう御方ですか」
「ああ。まだお若いこともあってか、自身の器の大きさを示すことには熱心でおられる。もちろん、お若いが故に先進的な考えを持たれているという個人的なお人柄もあるのだろうが……案外、君とは気が合うのではないか? いい友人になれるかもな」
「そんな、畏れ多いですよ」
アルノルドがからかうように言うと、ノエインは少し顔を引きつらせて返した。王の友人など、いかにも余計なやっかみを受けそうな立場だ。辺境で平和に生きたいノエインとしては勘弁してほしい。
「だが実際、陛下は君のことを既に知っているだろうし、興味を持たれていると思うぞ? クロスボウの件は陛下にも報告が届いているはずだからな」
「……本隊の方でもクロスボウ隊が活躍したんですよね?」
アルノルドに向き直ってノエインが尋ねる。
「ああ、ベヒトルスハイム閣下のご提案で約1,500のクロスボウ兵を一隊にまとめてな。三人一組で間を置かずに射撃と装填を行わせて敵の野戦陣地の一角を消耗させ、突破口を作り出した」
「……大部隊ならではの運用方法ですね」
500もの矢が絶え間なく飛んでくるとは。ランセル王国軍はさぞ参ったことだろう。
「その突破口をマルツェル閣下の指揮する騎兵部隊が切り開き、決着がついたからな。マルツェル閣下は今回の戦争での勝利を決定づけた英雄だよ」
アルノルドの話によると、大将であるベヒトルスハイム侯爵と南西部のガルドウィン侯爵、第一軍団の団長、そして大英雄となったマルツェル伯爵、その他にも目立つ功績を挙げた総勢30人ほどが、式典で国王から直々に報奨を賜るという。ノエインもその一人だ。
「だが、陞爵までされるのは君と、前線のもうひとつの砦を守り切ったという魔法使いの準男爵だけだな。そちらは男爵になるわけだが」
「ああ、気になってるんですよね、その人」
バレル砦のようにクロスボウやバリスタ、ゴーレムといった特殊な兵器がない状況で、独力で砦を大軍勢から守り切った凄腕の魔法使い。否応なしに興味をそそられる人物だ。
「もともとは南西部の無名の準男爵家の嫡男だそうだが、凄まじい土魔法の才を持って生まれたらしくてな。紛争で戦死した父親の後を継いで、当主としての初陣で大戦果を挙げて陞爵とは。凄まじい傑物だ……確か、家名はロズブロークとか言ったか」
まるで戦記の主人公のような男だ、とノエインは思った。
「……きっと、僕と違って男らしく立派な人なんでしょうね」
「ははは、何を言っているんだ。君だって一代で辺境開拓を成功させながら、戦争でも大活躍を見せた大英雄じゃないか」
「英雄だなんて、僕はとてもそんな柄じゃないです」
笑いながら完全にからかい口調で言うアルノルドに、ノエインはややげんなりした顔で返す。
「……真面目な話、もっと誇ってもいいと思うぞ。後ろ盾もなく数年で領主貴族としてそれほどの成功を収めるなど、ちょっとした偉人として後世で語られてもおかしくないことだ。もっと小さな成果で君より偉そうにする貴族も多いのに」
「僕がここまでこれたのは部下や幸運に恵まれたからですよ。一人の力じゃありません。それなのに自分ばかり頑張ったように誇っていたら、領民の心が離れてしまいます」
「そうか……やはり変わっているな、君は」
もちろんノエインも懸命に努力はしてきたが、4年目で陞爵を受けるほどの成功者となったのは、運によるところも大きい。
ジャガイモがなければ領に今のような余裕はなかったし、ラピスラズリ鉱脈が見つからなければテント暮らしがもっと長引いていたかもしれない。ユーリたちと出会わなければ優秀な部下に事欠いていただろうし、ダミアンを見出さなければクロスボウもバリスタもなかった。
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彼らとの出会いはすべて、幸運だったと言うほかない。運だけでここまで来たとは言わないが、運がこれまでノエインに強く味方してくれたのは確かだ。
今となっては、栽培が上手くいくか、そもそも本当に食べられるのかも定かでなかったジャガイモを森の中で植えながら、毎晩マチルダをテントの中で愛でていた開拓初期が懐かしい。
当時は今より若く無謀だったからこそ、あれほど気楽でいられたのだ。成長し、多くの領民を抱える身となった現在では、あのようにはいかない。
「ええ、自分でも自分を変人だと思いますよ。こんな領主に付き従ってくれる部下たちに感謝しないと」
アルノルドの言葉にそう答えて、ノエインは自嘲気味に笑った。
「……ああ、それと。式典のあとの晩餐会の出席者のことだがな」
話題を変えて、アルノルドが話し始める。どこか話しづらそうな声色だ。
「戦争に限らず、陛下が国内の功労者へ報奨を与える式典は数年に一度は開かれているんだが……その後の晩餐会には、報奨とは関係のない上級貴族も、顔見せも兼ねて全国から集まることになっている」
「っ! ということは!」
「ああ……南東部からキヴィレフト伯爵閣下も来られるはずだ」
憎き父親の名を聞いたノエインは目を見開く。表情が邪悪に歪みそうになるのを必死にこらえるが、アルノルドやエレオノール、そしてクラーラまでもが少し驚いた顔をしているのを見るに、完全に抑えられてはいないらしい。
「失礼しました。少し興奮してしまって」
「いや、衝撃を受けるのも無理はない。君としては無心では聞けない名だろう……大丈夫か? 顔を合わせるのが辛いのでは?」
アルノルドが気を遣うように尋ねると――ノエインはニヤリと笑った。
「辛い? まさか! むしろ今の僕をあのク、あの方に見ていただくのが楽しみでなりません。これほど成長して、成功したんだと知ってもらえるなんて、こんなに嬉しいことはありませんよ」
幸せに生きることがノエインの父への復讐だ。今のところ、それは成功していると言えるだろう。ノエインの野垂れ死にを期待して放り出したマクシミリアンにとっては、面白いはずがない。
それがノエインには面白い。悔しさと憎しみに歪むマクシミリアンをこの目で見ることができるなんて。想像するだけで高笑いしてしまいそうだ。
「……あなた」
ノエインが強がっていると思ったのか、クラーラが心配そうな表情でその手に触れる。アルノルドとエレオノールも、どこか同情するような目でノエインを見る。
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