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第六章 因縁の再会と出世

第123話 平和②

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「――なので、これからゴーレムの突破力を活かしつつ、火矢や火魔法への対策もできると思うんですよ!」

 ある日。領都ノエイナの南西にある鍛冶工房で、ノエインは筆頭鍛冶師のダミアンが新しく開発したゴーレム用装備について熱い説明を受けていた。

 当初はダミアンと数人の手伝い係から始まったここも、増築に増築を重ね、今や多くの鍛冶師や人夫、奴隷が働く大工房となっている。

「なるほど。単純だけど、だからこそ効果的ないい装備だね」

 そう返しながら、ノエインは自身のゴーレムに新装備の試作品を構えさせた。

 大きな三角形の鉄板を二枚繋ぎ合わせ、内側に持ち手を備えただけのこの装備。三角錐の底面と、側面のひとつを取り払ったような構造をしている。

 使い方は極めてシンプルで、ゴーレムが内側の持ち手を握ってこれを持ち上げ、自身の右正面と左正面を二枚の鉄板で守りつつ、尖った繋ぎ目を真正面に据えて突進する……というだけだ。つまり、ゴーレム自体が巨大な鉄の鏃となって敵に突っ込むのである。

「これならゴーレムを守りつつ、敵兵の隊列どころか、ちょっとした柵や石壁くらい突き崩せそうだね。攻城兵器としても有用だ……ただ、これだと少し軽くて薄いかもね?」

 この鉄板の薄さでは強度に不安がある。突撃した際に破れたり、距離や角度によってはロングボウの火矢くらいなら貫通してしまうのではないか。ノエインにはそう思えた。

「そこなんですよ。どれくらいの重量までならゴーレムの動きに支障が出ないか分からなくて、ひとまず勘で作った試作品がこれで……ノエイン様のご意見をもとに鉄板は厚くしていきます」

「それじゃあ……この二倍くらいあってもいいかな。それくらいまでならゴーレムも余裕をもって動けると思う」

「分かりました。その範囲内で厚くしますね」

「あと、鉄板の表面に槍の穂先みたいなものをたくさん付けたりしたら攻撃力が上がるかも。昔読んだ書物の中に、棘だらけの鱗で突進する魔物の記述があったんだけど、そんな感じで」

「おっ、それ面白そうですね!」

 試作品の改良点について、しばしダミアンと語り合う。

「いやあ、やっぱり武器の開発について話し合える人がいるといいですねえ! ノエイン様が戦争に行ってるとき、クリスティにこの装備を見せてもまともに話聞いてもらえなくて」

「そりゃあ、クリスティは武器のことなんて分からないだろうからね……ところで、その戦争に関する話なんだけど」

 ノエインは先の戦争の中で思いついたことをダミアンに伝える。

「矢の撃ち合いから白兵戦に流れ込むときに、武器の持ち替えでどうしてももたつくことが多かったんだよね。まあ、徴募兵ばかりで練度が低かったせいでもあるけど……だから、先端の下側に短剣みたいなものを取り付けるのはどうかと思ったんだ。そしたら咄嗟の近接戦でも対応しやすくなるから」

 クロスボウは連射性が低いのが弱点だ。射撃を外し、そのまま敵に近づかれたら近接用の武器に持ち帰る際に大きな隙が生まれる。

 クロスボウ自体に刃がついていて、そのまま敵を切りつけることができれば便利だ。ノエインはそう考えた。

「そ……」

「そ?」

「それだあああ!!」

 急にダミアンが叫び、ノエインはビクッと怯む。

 周囲にいる他の職人や労働者たちは、そんなダミアンをチラっと見やるだけで何も言わない。彼がはしゃいで大声を出すことに慣れているのか。

「それ、めちゃくちゃいい発想ですね! 俺のクロスボウが兵器としてより完成形に近づきますよ! いやあーやっぱり実戦を経験した人の意見は参考になるなあ!」

 そう言いながらダミアンは工房で作り終えたばかりのクロスボウをひとつ持ち出すと、こちらも工房の製品として置いてあった適当な大きさのナイフをとって自身の作業場に歩き出す。ノエインに向けて喋ってはいるが、もはやノエインの方は見ていない。

「……試作品が出来たら見せに来てよ。他の仕事に支障が出ないようにね」

「任せてください! 数日中には持っていきますよ! 本来の仕事もちゃんとやります!」

 振り向くことなく声だけは元気に答えたダミアンに苦笑して、ノエインは工房をあとにした。

・・・・・

「ちょっと農地の方に寄ろうか」

「はい、ノエイン様」

 ダミアンとの話し合いを終えてマチルダと共に屋敷へと戻ってきたノエインは、そのまま何とはなしに領主所有の畑へと足を運んだ。

 季節はそろそろ初夏ということもあり、よく育った麦穂が風に揺れている。他にも、既に作付けを終えたジャガイモ畑や大豆畑も見える。

 畑ではノエインの所有する農奴たちが農作業に励んでいた。彼らを率いているのはザドレクだ。

「お疲れさま、ザドレク」

「これはノエイン様。ありがとうございます。農地の視察でしょうか?」

「まあ、そんなところだよ」

 ノエインが答えると、ザドレクは誇らしげに麦畑を示した。

「今年も麦はよく育っています。やはりここはいい土地です」

 もとは肥沃な森だったアールクヴィスト領だ。今のところ、毎年豊作と言っていい収穫量を記録している。

「君たちの働きもあってこそだよ。それに君たちはオークからこの領を守るためにも活躍してくれたからね」

 複数匹のオークが出没し、それを狩る際にザドレクたちが助力したという話はノエインも報告を受けていた。

「そんな、畏れ多い……オーク狩りでも、私たちは指示された通りクロスボウを撃っただけです。活躍というほどのことは何も」

「その勇気や献身そのものに感謝してるんだよ、領主として」

「ノエイン様……恐縮です」

 ザドレクは恭しく頭を下げた。

「農奴たち皆の調子はどう? あと、奥さんとの生活は?」

「皆、元気にやっています。給金も増やしていただいて仕事にも張り合いが出ているようです……妻とも上手くいっています。彼女もよく働いてくれていますし」

 そう言いながら、ザドレクは少し離れた位置で農作業をする虎人の女性を指差す。

 移民として受け入れた獣人たちの中には奴隷身分の者も多くいた。集落の長であったジノッゼも10人ほどの奴隷を抱えており、ジノッゼの死後は息子のケノーゼに受け継がれたが、これから一農民として再スタートを切る彼にそれだけの奴隷を養うのは難しい。

 そのため、ノエインは彼から奴隷たちを買い取り、他にも奴隷を手放したがった獣人たちから何人も引き取っていた。その中に虎人の女性がおり、ザドレクと気が合ったようなので、ノエインは彼らの結婚を許したのだ。

「それはよかった……君を買ったときの約束を果たせたね」

「はい。私はこの身分と種族で、これ以上ない幸せをいただいています」

「君はそれだけの働きを見せてくれてるからね」

 ノエインがこの領に来て、最初に買った奴隷の一人がザドレクだ。彼には、数年真面目に働けば妻を持つことを許すと言った。獣人たちの移住や奴隷の引き取りがタイミングよく重なった結果とはいえ、それを早めに叶えられたのはノエインにとっても喜ばしい。

「これからも頼りにしてるね」

「お任せください。農地の管理は私がしっかりと務めさせていただきます」

 ノエインが自分の農地をほとんど放置していても農作業が回っているのはザドレクのおかげだ。彼に励ましの言葉をかけると、屋敷へと戻った。
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