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第五章 初めての大戦争

第113話 会話

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 ノエインのゴーレムによって捕らえられたランセル王国軍の貴族は、戦闘後、まだ気絶しているうちに鎧を脱がされて椅子に座らされ、縄で縛りあげられた。

 貴族の頭に水がぶちまけられ、その意識がようやく戻る。

 びしょ濡れの顔を上げた貴族を、フレデリックとノエイン、ユーリが取り囲んでいた。

「……ちっ」

 自分の状況を理解した貴族は舌打ちをする。

「ランセル王国軍の将官殿。卿の鎧を見るに、さぞかし名のある貴族とお見受けする」

 部屋の隅に置かれた貴族の鎧を見ながらフレデリックが言った。

 ランセル王国は建国時にロードベルク王国の身分制度や貴族制度を参考にして社会の仕組みを作ったはずだが、それを基に考えると、この貴族はおそらく男爵か子爵クラスだろう。

 上級貴族であるにもかかわらずあれほど前線に出ていたのは、砦に一番乗りする功を欲したためか。

「私を攫ったのは人質のつもりか? まったく姑息な……私一人の命を握ったところでランセル王国軍の進撃は止まん。殺すなら殺せ!」

 吐き捨てるように言った貴族に、次に言葉をかけたのはノエインだ。

「僕たちも別に、あなた一人を人質にとって敵を抑えられるとは思ってません……あなたをお招きしたのは、ちょっとお聞きしたいことがあったからなんです」

 まるで世間話でも始めるような軽い口調で、一見すると人好きのする笑みを浮かべて語るノエイン。年齢のわりに幼く見える容姿も相まって、貴族からはあからさまに舐めた目で見られる。

「ほざけクソガキめが! 貴様らに話すことなどないわ! 得体の知れん武器で城壁の上からちまちまと攻撃し、挙句の果てには糞尿まで武器に使う下衆どもめ!」

 貴族の言葉に、生き残るためなら武器を選んでられるものかと内心で思いつつも、ノエインは表面上は穏やかな笑顔のままで話す。

「こちらとしては穏便に話して済ませたいですし、話が終わればあなたを解放するのもやぶさかではないのですが……駄目ですか?」

「くどい!」

 ノエインが下手に出て丁寧に聞いても、意地を張るのを止めない貴族。

「では仕方ありませんね。こちらには余裕がありませんので……」

 ノエインは優しく微笑みながら、貴族に見せつけるように、懐からあるものを取り出した。

 貴族の目には、それは小さな矢に見えた。

「これは僕たちが城壁の上からランセル王国軍に散々浴びせてきた矢です。分かりますよね?」

 そう言いながら、ノエインは逆手に持った矢を男の足の上で構える。

「な、何を、待て!」

 男の制止を聞かず、ノエインは手を振り下ろした。男の太腿に矢が突き刺さる。

「ぐううっ!!」

 その直後、男は濁ったうめき声を上げた。

「……うわあ、痛そう」

 ノエインは他人事のように言って苦笑する。その左右に立つフレデリックとユーリは、男に若干の同情を覚えつつも無表情を保つ。

「ふっ! ふーっ!」

 男は歯を食いしばって息を吐きながら痛みに耐えている。重要な血管は外したので命に別状はないはずだが、やはり痛いものは痛いらしい。

 ノエインはそんな男の傷口の近くに針を刺した。針の先端には強い痛み止めとして適当な濃度に薄めた「天使の蜜」が塗られている。

 「天使の蜜」が効果を発揮し、男の震えが徐々に収まる。

「まあこういう感じで、僕たちとお話してくださらないならなかなか辛い目に遭いますよ? 痛み止めを打った方の足は大丈夫でしょうが、もう片方の足もあります。手も二本ありますね」

 微笑みを保ったまま淡々と語るノエインを、恐怖に満ちた目で見る貴族の男。その顔には脂汗が浮かんでいる。

「僕たちが聞きたいのは大したことじゃありません。あなた方がなぜ躍起になって要塞地帯を攻めているのか、今回どのようにロードベルク王国に侵攻するつもりなのかを知りたいだけです。それくらいなら話しても問題ないんじゃないですか? この砦を攻め落として僕たちを倒してしまえば、あなたは何も話していないも同然なんですから」

「……」

「聞きたいことを聞ければあなたのことはすぐに解放しますよ。手荒な真似をしたお詫びに、傷口には魔法薬を使ってさし上げます。それに自分の陣に戻れば治癒魔法使いがいるのでは? 傷跡も残らず綺麗に治るでしょう」

 ノエインが提案すると、貴族は汗を浮かべたまま、考え込むような表情を見せた。

「……お話いただけませんか。では仕方ありませんね、次はもう片方の足を」

「ま、待て! 分かった! 話す! その程度なら話すから止めろ!」

 ノエインが矢をもう一本取り出すと、貴族はそう叫んだ。

・・・・・

 その日の夜。情報を吐いたので約束通り治療を受けて拘束を解かれ、鎧を返されて砦の門から放り出されたランセル王国軍の貴族は、やや不自然な歩き方で敵陣へと帰っていった。

「ノエイン殿、本当にあの貴族を敵に返してよかったのか?」

「ええ。人質として使い道がないなら、こっちで拘束しておくだけ手間でしょうから……それに、彼が何をされたかが敵の中で広まれば、それだけで抑止力になるじゃないですか。こちらに捕まるとどんな目に遭うかぜひ知れ渡ってほしいものです」

 ノエインが爽やかな笑顔で返すと、フレデリックも引きつった笑みを浮かべる。

「……ジノッゼが戦死してから、君は少し変わったな。元より独創的な策を講じてはいたが、さらに色々と吹っ切れたように見える」

 糞尿を投げつけるという行為は普通なら忌避感を覚えるものだし、敵将に拷問をしてその話を広めさせるという行為も、常人であれば躊躇いを感じるものだ。たとえ実行に移すとしても、ノエインのように涼しい笑顔を浮かべたままとはいかない。

「命と比べれば誇りも倫理も大した価値はありませんよ」

 生きて帰れる確率が上がるなら、汚い手だろうが残酷な手だろうが喜んで使いたい。ノエインはそう考えていた。

「……それにしても、敵の本命がこちらの要塞地帯だったとはな」

 フレデリックは話題を切り替えて、さきほど帰っていった貴族から聞き出した件について話す。

 貴族によると、ランセル王国軍の総数はおよそ1万8000。傭兵や徴集兵をかき集めている分、ロードベルク王国側の予想より3000ほど多かった。

 また、敵の主力は強固な野戦陣地を築き、ロードベルク王国の本隊に対して防戦に徹しているという。その数はおよそ1万。

 その間に別動隊8000が要塞地帯を攻略し、ロードベルク王国軍の本隊の後方に回り込んで挟撃する……というのがランセル王国軍の戦略だった。

 ロードベルク王国側の当初の見通しは大きく外れ、要塞地帯の防衛部隊がその割を食わされているかたちとなっているのだ。

「こうなったら、ランセル王国軍の別動隊が先に要塞地帯を制圧するか、ロードベルク王国軍の本隊が先に敵の野戦陣地を攻略するかの勝負ですね」

「ああ……予期せぬかたちで、我々の奮戦がこの戦争の勝敗を左右することになってしまったな」

 ノエインの言葉に頷きながら、フレデリックは苦い顔でそう呟いた。

・・・・・

 翌日からの戦いは、それまでとは全く違うかたちとなった。ランセル王国軍が、バレル砦に肉薄して攻めようとしなくなったのだ。

 ランセル王国軍は砦から距離をとって並び、弓兵による一斉射でじわじわと防衛側を削ろうとしてくる。ときには敵の火魔法使いによる火炎弾が砦の中に飛び込み、炎をまき散らして被害を与えようとする。

 対する防衛側も、クロスボウによる射撃で少しでも多くの敵を倒そうと応戦する。ときには門を開けてバリスタから矢を撃ち込む。

 ノエインもゴーレムを使って敵陣に槍や石、爆炎矢の魔道具、ときには砦の中に回収した敵兵の死体さえ投げ込んで、物理的にも心理的にもダメージを与えようとしていた。

「ここまで白兵戦を避けるとなると、敵は完全に持久戦でこちらを攻めることに決めたようだな。肉薄すればゴーレムに攫われたり、糞尿の攻撃を受けたりすると分かって怖気づいているようだ」

「糞尿を浴びたせいで敵軍では病気になる兵士も出てきたみたいですし、こないだの攻撃は意外な効果を発揮しましたね」

 本部建物の司令室で、ノエインはフレデリックとそんな話をしていた。

「ああ、全くだ……くり返しになるが、ノエイン殿の発想には恐れ入るよ」

「僕は部下たちと生きて帰りたいだけですよ。そのためなら何でもします」

 笑いながらそう言うノエインに、フレデリックも苦笑で応える。

 二人が話している間にも、建物の外ではユーリやペンス、フレデリックの副官が兵士たちを指揮して敵と小競り合いをくり広げる音が聞こえてくる。

 敵との削り合いに突入してから、すでに一週間が経とうとしていた。

「とはいえ、こうなるとジリ貧だな。完全に敵の野戦陣地との我慢比べになったわけだ」

「そうですね……圧倒的にこっちが不利ですよね」

「だろうな。何せこちらは長期の籠城戦になると思っていなかったのだからな」

 持久戦を前提に1万もの軍勢で野戦陣地を構築するランセル王国軍の主力と、わずか数百の小勢でそれぞれの砦に立てこもっているロードベルク王国軍の防衛部隊。どちらが体力があるかは説明するまでもない。

 そもそもロードベルク王国側は長期戦の備えをしていないのだ。兵士たちへの一日の配給量を減らしていても既に食糧は底が見えてきており、クロスボウの矢も不足し始めている。爆炎矢も残りはわずかだ。

 さらに、ランセル王国軍は砦の前に陣取り、昼夜を問わず矢や魔法を浴びせてくるのだからたまらない。外に出てクロスボウの矢を回収することも叶わなければ、それ以前に落ち着いて眠ることもできないのだ。

 食糧を節約して腹を空かせ、睡眠を削って集中力を欠き、バレル砦防衛部隊の体力と気力は着実に擦り減っていた。

「限界まで切り詰めて踏ん張っても、持ってあと2日というところだろうな……それまでに本隊が敵の主力を倒し、救援にかけつけてくれるのを信じて待つしかない。最悪の場合は馬を潰して食うか」

 軍人にとって軍馬は戦友だ。それを食糧と見なすのは相当な勇気がいる。

「ですね。それでも駄目なら、敵を攫ってきて食べてしまいましょう」

「ははは……そこまでするか」

「ええ、しますよ。生きて帰るためなら」

 冗談かと思って聞き流そうとしたフレデリックに、ノエインは微笑みながらも本気の声色で返した。
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