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第四章 領地強靭化

第91話 領地強靭化⑤ 魔道具職人

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「アレッサンドリ魔道具工房」は、キヴィレフト伯爵領の領都ラーデンでそれなりに知られた工房だ。

 ある女性職人が一人で営んでおり、シンプルだが質の高い魔道具を作り上げることで好評を得ている……という話をマチルダの情報収集によって知った当時10歳のノエインは、小遣いをほぼ全て注ぎ込んでこの工房にゴーレム製作を依頼した。

 伯爵家の屋敷の離れから出ることを許されていなかったノエインだったが、マチルダにお遣いをさせて職人と手紙でやり取りし、ゴーレムの製作や改良をしてもらったのだ。その職人の名前がダフネ・アレッサンドリだった。

「初めまして……そして、お久しぶりです。ダフネさん」

「ええ、お久しぶりです。ノエイン様……ではなく、今はアールクヴィスト閣下でしたね。失礼」

 領都ノエイナの門に作られた詰所で、ノエインはそのダフネと対面する。かつてゴーレム製作を巡ってやり取りしたときは手紙越しだったので、直接顔を合わせるのは初めてだった。

「部下や領民からは今も『ノエイン様』と呼ばれていますので、ダフネさんもそう呼ばれて大丈夫です。あまり『閣下』と呼ばれるのは慣れていませんし」

「ふふふ、ではそうさせていただきます。それと、あなたも久しぶりね、マチルダ……だったかしら?」

「はい。お久しぶりです、アレッサンドリ様」

 ノエインと違って、マチルダはダフネと初対面ではない。彼女から声をかけられて、ノエインの後ろに立つマチルダもそう応える。

 ノエインたちを前に、どこか優雅さを感じさせるように微笑みを作るダフネ。キャリアを考えると齢は三十をとうに超えているはずだが、二十代と言われても違和感のない美貌を保っている。

 決して華やかな装いや化粧をしているわけではないが、彼女の纏う雰囲気には気品があった。

 それもそのはずで、彼女は貴族の血を引いているのだ。

「僕のことを知っている人間がやって来たと部下から聞いたときは少し警戒しましたが、ダフネさんなら納得です。僕の事情はご実家から?」

「ええ。父親の実家……アレッサンドリ士爵家の方から、ノエイン様が領地と爵位を与えられて伯爵家を追い出されたと聞いています。キヴィレフト閣下は配下の下級貴族たちにも噂が広まらないよう努力されたみたいですが、人の口に戸は立てられなかったようです」

 ノエインの問いかけに、ダフネはクスッと笑いながら応えた。

 ダフネの伯父、つまり父親の兄はキヴィレフト伯爵家に武官として仕えている士爵だと当時ノエインも手紙で聞いていた。それもあって、ノエインの事情が噂として彼女にまで聞こえてきたのだろう。

「私の作ったゴーレムたちはその後どうでしょうか? お役に立っていますか?」

「もちろんです。開拓で力を発揮しているのはもちろん、昨年には盗賊の襲撃から領地を守る際にも大いに活躍してくれました」

 子どもの頃のノエインは、自身の傀儡魔法の技能が向上するのに合わせて、ゴーレムの性能をより向上させるためにダフネに何度も改修を依頼した。

 ダフネも「ゴーレムとしては自分の最高傑作」と手紙で語っていたので、その最高傑作が今どうなっているのか気になったのだろう。

「なるほど、盗賊討伐で……実戦でゴーレムを使いこなせるなんて、やはりノエイン様の傀儡魔法の才には恐れ入ります」

「確かに僕は傀儡魔法使いとしてそれなりに努力をしてきたつもりですが、それを最大限に引き出せるのはダフネさんのゴーレムたちのおかげですよ」

「ありがとうございます。職人冥利に尽きます」

 ゴーレムがなければ今のアールクヴィスト領はない。ノエインはお世辞ではなく本心からダフネのゴーレムを賞賛する。

「それにしても、何故ダフネさんがアールクヴィスト領まではるばるお越しになって移住を希望されるんですか? もちろん領主としては優秀な魔道具職人の移住は嬉しいですし、僕個人としてもダフネさんを歓迎しますが……」

 キヴィレフト伯爵領は王国南東部に位置し、一方のアールクヴィスト士爵領は北西部の端にある。ラーデンで職人として高い評価を得ていた彼女がなぜこんなところまでやって来たのか、ノエインには謎だった。

「それは……言葉を選ばずに申し上げると、キヴィレフト伯爵領の現状に嫌気がさしたから、ですね」

 そう言ってため息をつくダフネの表情は、疲れと呆れを感じさせるものだった。

「ノエイン様は、キヴィレフト伯爵閣下が……その、あまり民にお優しくない領主様であらせられることをご存知でしたか?」

「もちろん。屋敷の離れに軟禁されていても彼の領主としての評判は十分に聞こえてきましたよ。豪商とばかり仲良くして下々の人間を省みない悪徳領主だと」

 キヴィレフト伯爵領の経済は、一部の大商会によって牛耳られていた。海洋貿易で栄えてはいたものの、富むのはそうした既得権益層ばかりで、貧富の差が激しかったのだ。

 伯爵家は代々そうした大商会とズブズブに繋がっていて、マクシミリアンもその例に漏れず、賄賂を受け取っては大商会を優遇し続けていた。そんな領主が、民からの評判がいいわけがない。

「そうでしたか……もともとキヴィレフト伯爵領はそういう土地柄でしたが、私はアレッサンドリ士爵家の傍流ということと、ありがたいことに魔道具職人としての腕を認められていたことで、工房の運営はそれなりに順調でした」

 ダフネも末席とはいえ貴族家に連なる家柄の人間、すなわち「既得権益層」側の人間だ。実力も伴っていたので、自分の工房を維持する程度の余裕はあったらしい。

「ですが、丁度ノエイン様がキヴィレフト伯爵領を出ていかれたのと同じ頃に大きな変化がありました」

「大きな変化?」

「ええ……南方大陸のベトゥミア共和国、そこの大規模な魔道具商会にキヴィレフト閣下が領都ラーデンへの支店設立を許し、魔道具製作の市場をほぼ独占させてしまったんです」

 ダフネの話を聞いて、ノエインは唖然とした。

 ベトゥミア共和国は、海を越えた先の南方大陸で覇権を握っている大国だ。キヴィレフト伯爵領をはじめロードベルク王国南部で港を持つ各領は、このベトゥミア共和国と貿易を行うことで栄えている。

「領内の魔道具職人や工房の保護は?」

「まったくありませんでした。おそらくキヴィレフト閣下はそんなこと考えもしなかったのでしょう……その魔道具商会は、圧倒的な大資本を武器に、安くて質の高い魔道具を製造しています。領内の中小規模の工房ではとても敵わず、私のところも含めてほぼ全滅しました」

 考えなしに外国の大商会を国内の市場に参入させたら、地元の小さな店や工房は死ぬ。領内の職人は仕事を失い、技術の継承も途絶える。

 マクシミリアンがやったことは、自領の魔道具製作の産業を丸ごとベトゥミア共和国に明け渡したのと同じだ。

「あのクソ父上……ああ、失礼しました」

「いえ、お気持ちは分かります」

 思わず悪態をついたノエインを、ダフネは苦笑して許した。

「キヴィレフト伯爵が欲深い領主ということは私も庶子として分かっているつもりでしたが、まさか金のために自領の産業をひとつ潰すほどの人間とは思いませんでしたね」

「ええ。私は伯爵家の重臣の親戚にあたりますが、それでも伯爵閣下からは省みられませんでした。伯父に相談しても、伯爵閣下のやることだからとても止められないと言われただけで……」

 苦虫を噛み潰したような顔になるダフネ。愛着のある工房を潰されたのだ。その心中は察するに余りある。

「……そういった事情で、魔道具職人としてキヴィレフト伯爵領には未来がないと判断しました。幸いそれなりに蓄えはあったので、それを元手に他の領地に移住して、一からやり直そうと思いまして」

「この領地まで来た、というわけですか」

「そういうことになります。ノエイン様が私の作ったゴーレムを非常に高く評価してくださったことを覚えていましたので、せっかくならそんな領主様のもとで活躍の場をいただきたいと思いました」

 ダフネの説明を聞いて、ノエインも納得する。彼女もノエインやかつてのユーリと同じように、マクシミリアンに人生を壊された一人となったわけだ。

「……さっきも言ったように、僕としてはダフネさんの移住を拒否する理由はありません。むしろ、このアールクヴィスト領の発展のためにも、あなたのように優秀な魔道具職人が移り住んでくれるのは大歓迎です」

「ありがとうございます……よかった」

 キヴィレフト伯爵領からアールクヴィスト士爵領までは、順調に進んでも一か月はかかるだろう。それほどの距離をわざわざ移動して来てくれたダフネに、ノエインは笑顔でそう応える。ダフネも希望が叶い、ほっとした様子で呟いた。

「ダフネさんの工房や家は私の方で用意します。他にも何か手助けできることがあったら、遠慮なく言ってください」

「そんな、そこまでノエイン様のお手を煩わせるわけには」

「仕事場や家の用意はうちの領への移住者全員にやってることですから、どうか受け取ってください……この地で新しい人生と成功をつかみ取って、それを以てクソ伯爵への復讐としましょう」

「……分かりました。いただいたご厚意に応えられるよう職人として力を発揮します。復讐しましょう」

 ノエインが不敵な笑みを浮かべると、ダフネもそれに応えるようにニヤリと笑って見せる。

 こうして、アールクヴィスト領は思わぬかたちで力強い人材を迎え入れることとなった。
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