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第四章 領地強靭化

第90話 領地強靭化④ クロスボウ量産

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 アールクヴィスト領の北端に位置するレスティオ山地で始まった鉱山開発は、ノエインの各方面への事前の手回しもあり、順調に進展していた。

 レスティオ山地の麓には技術者や人夫、奴隷たちの暮らす家屋、彼らの生活を支える施設も建ちつつあり、鉱山開発の基地としてはもちろん、ひとつの村としても少しずつ機能し始めている。

 この鉱山開発では、鉄鉱石と銅鉱石の鉱脈発見という大きな成果が上がっていた。文明社会では必需品とも言えるこの二種類の鉱石が領内で産出されるようになったことで、アールクヴィスト領の工業生産力は大きく向上している。

 特にその恩恵にあずかっているのが、アールクヴィスト領の筆頭鍛冶師であるダミアンだ。

 難民としてアールクヴィスト領に流れてきた鍛冶師を部下に引き入れ、労働奴隷の数も揃えて工房の規模を拡大したダミアンは、思いのままに鉄製品の開発や量産に取り組んでいた。これも領内で鉄を安く大量に得られるようになったからこそだ。

「――という感じで、組み立てはより簡単になりつつ、動作不良がより少なくなるように各部品を改善しました! どうでしょうか!?」

 ダミアンがそう勢い込んでノエインに説明しているのは、最新版の試作品バリスタだ。

 盗賊との戦いで土壇場の実戦投入が行われ、重装備の盗賊をたやすく真っ二つにする圧倒的な威力を見せたバリスタは、攻城兵器や大型の魔物相手の防衛兵器としてノエインにも有効性を認められた。

 それ以来、ダミアンはこのバリスタをより洗練された兵器にするために改良を続けてきたのだ。

「うん、性能的には申し分ないね……これでひとまず完成にしようか。ここまでよくやってくれたね、お疲れ様」

「完成ですか!? 本当ですか!? やったあああ!」

 ノエインの言葉を受けて、全力で喜びを表現するダミアン。何かが出来るたびに彼がこうして声を上げるのは、もはやお馴染みの光景だった。

「とりあえず、魔物対策の兵器として、あと北西部閥の貴族たちに見本として披露する用に3つほど作ってもらおうかな。それ以降は各領地の領軍からの注文を請けて量産する感じで……また人手を増やした方がよさそうだね」

「そうですね、バリスタを製造する専用の班を作ろうと思います……奴隷の追加と、移民で鍛冶職人が来たら是非とも俺に紹介をお願いします!」

「分かった、そうするよ」

 バリスタの製造はクロスボウよりも技術が要る。見本品をもとに複製することも一朝一夕にはいかないので、しばらくは北西部閥のためにアールクヴィスト領が製造を引き受けることになるだろう。

「クロスボウの量産の方は問題ないかな?」

「ばっちり問題なしですよ! クリスティの発想を取り入れたのが大きいです!」

 ノエインは、できることならアールクヴィスト領の成人の領民全員に一丁ずつクロスボウを用意しておきたいと考えていた。

 しかし、北西部閥の貴族たちに数丁ずつクロスボウを売った後であり、さらに領の人口が増え続けている現状では、人口にクロスボウの数を追いつかせるのは容易ではない。ダミアンたちの製造が追いつかない。

 そこで意外な助け舟を出してくれたのがクリスティだ。

 ダミアンもクリスティも、アールクヴィスト士爵家の屋敷に個室を与えられてそこで寝起きしている。食堂などで顔を合わせ、言葉を交わすことも多い。

 ダミアンがクロスボウ量産の効率化に悩んでいることを聞き、時間のかかる最大の理由が鉄製部品の製造にあると知ったクリスティは、

「それでは……圧搾機のような道具を作って、それで一気に圧力をかけるように部品を作るのはどうでしょうか? できるんじゃないでしょうか?」

 と言ったらしい。

 強度のある鉄製部品を作るためには鍛造――つまり熱した鉄を叩いて鍛える方法を取るのが一般的だが、この作業の肝は「鉄に圧力を加える」ことだ。

 クリスティはこの作業について、あらかじめ型を作って熱した鉄を流し、そこへ上から一気に圧力をかけて部品を作り上げてはどうかと提案した。大豆油を作る実験で、圧搾機に何度も触れている彼女ならではの発想と言えるだろう。

 クリスティの意見を受けてダミアンは型による鍛造、すなわち型鍛造の手法を実現した。

 この手法だと精密性に欠けるので、最後には職人の手による細かい仕上げ作業が必要になる。それでも一つ一つの部品を作るのは飛躍的に早くなり、クロスボウの量産スピードも大幅に向上していた。

「僕も最初に話を聞いたときは驚いたな……まさかクリスティから鍛冶に関する新発想が出てくるなんて思わなかったから」

「鍛冶にまったく縁のなかった人ならではの発想ですよねえ! 俺も『鍛冶は手で鉄を叩いてやるもの』っていう考えに囚われてましたよ……俺としたことが!」

 ダミアンは少し悔しげだが、部下たちが協力してお互いに意見を出し合い、その結果として新しいものが生まれるのはいいことだ。とノエインは内心で独り言ちる。

「型鍛造の手法を使えば、他の鉄製品ももっと効率的に作れるようになるね?」

「そうですねえ……ものによりますね。人力だとかけられる圧力に限界がありますから、あんまりでかいものを作ると強度不足になると思います。小さい鉄製品や部品を作るのがせいぜいですかねえ」

 現状では牛人や獅子人など大柄で力の強い種族の奴隷に鍛造の型を扱わせているらしいが、それでもやはり限度があるという。

「ノエイン様くらいの凄腕の傀儡魔法使いがゴーレムで型鍛造に携わってくれるなら話は変わりますけどねえ」

「さすがに僕もそこまでしてあげられるほどの時間はないなあ……」

 鉄製品の大量生産は重要な仕事だが、領主であるノエインがそれに付きっきりになることはできない。そして大陸広しと言えど、ノエインほど器用にゴーレムを扱える傀儡魔法使いはほとんどいない。ダミアンも本気で言ったわけではないだろう。

 試作品バリスタの検証からいつの間にか雑談に入っていると、そこへやって来たのはペンスだ。

「ノエイン様、ちょっといいですか?」

 彼がこうしてノエインのもとへ来るのは、十中八九、新たな移住者への応対を求めるときだ。

「また移民かな?」

「はい、それもどうやらノエイン様のことを知ってる人みたいで……出身は王国南東部のキヴィレフト伯爵領だそうです」

 ペンスが口にしたのは、ノエインがもう二度と帰ることのない生まれ故郷の名だった。予想外のことに、ノエインは怪訝な顔をする。

「……キヴィレフト伯爵領でも、僕がアールクヴィスト領を押しつけられて追い出されたことを知ってる人なんてほとんどいないはずだけど」

 クソ父上――マクシミリアンはできるだけこっそりとノエインを追い出し、その噂がキヴィレフト領内にも広まらないよう腐心したはずだ。それを知っているということは、おそらくキヴィレフト伯爵家と何らかの繋がりのある人物だと考えられる。

 しかし、ノエインの動向を探りに来たスパイというわけでもないだろう。もしそうであるなら、わざわざノエインを知っているなどと自分から言うわけがない。妙な話だ。

「俺も少し不審に思いましたが、どうにも害意のある雰囲気ではなかったんで……それで、『ダフネ・アレッサンドリ』と言ってもらえばノエイン様もきっと分かるとか」

「えっ!?」

 またまた予想外の名前が出てきて声を上げるノエイン。

「ご存知なんで?」

「もちろん……そのダフネさんは、僕のゴーレムを作ってくれた魔道具職人だよ」
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