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第二章 急発展と防衛戦

第36話 オーク狩り

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「ううぅ~、さぶいぃ~」

 ここは領都ノエイナにほど近い森のど真ん中。茂みに囲まれた位置に隠れて座り、白い息を吐きながら、ノエインはそう呟いた。

 護衛のマチルダに後ろからしっかりと抱かれ、二人羽織りのように毛皮にくるまるという情けない有り様だ。

「そんな甘ったれた格好しといてまだ寒いのか」

「だって仕方ないでしょ。王国北部の冬に慣れてないんだから。それに僕はチビで体力もないんだし。鍛えてる皆みたいにはいかないよ」

 マチルダと同じく護衛についていたユーリに突っ込まれるも、ノエインは恥ずかしげもなくそう返す。例によってその顔はヘラヘラしているが、寒さのせいか、いつもより余裕はなさそうだ。

 この冬のノエインは、屋敷の暖炉の前にばかりいた。屋外で作業をするときも、自分は外套の上からさらに毛皮を着込んで焚き火で暖を取り、作業は全てゴーレムに行わせるという寒がりっぷりだった。

 そんな彼がオーク狩りのために森の中に出て来たのだ。当然寒さにまともに耐えられるはずもなく、このような有り様になっていた。

 オーク狩りの作戦はシンプルだ。

 ゴブリンの死体のあった場所から続いていた足跡をもとに、オークのいる大体の方向を推測する。

 そちらへ頑強さとすばしっこさに定評のあるラドレーが囮役として入り込んでオークを探し出し、ノエインたちのいる地点まで誘導してきたところをゴーレムが力押しで仕留める。それだけだ。

 オークがいつ現れるか分からない冬の森の中では罠などを張り巡らせる余裕もなく、知能の低いオーク相手に複雑な計画を練るのはかえって不測の事態を招く可能性も高いため、このような作戦に決まった。

 ユーリとマチルダがノエインの直接の護衛に就き、ペンスとバート、マイはオークの不意打ちを防ぐためにやや離れたところで周囲の警戒に徹している。

 森に入って既に1時間ほど。極寒の中を一か所でじっとしているのは、ノエインでなくとも相当に堪える。

 一旦退いて体力を回復してから出直すべきか、と作戦の実質的な指揮を務めるユーリが考え始めたところで、状況が動いた。

 ノエインたちの待機する位置よりも森の深い場所、ラドレーが入り込んでいった方向から「ピュウウウッ」と笛のような甲高い音が響く。オークを見つけたことを彼が鏑矢で知らせているのだ。

「来るぞ、備えろ」

 ユーリが短く指示を飛ばすと、ノエインは「はーい」と答えて毛皮とマチルダの腕を抜け出して立ち上がる。

 周囲に散っていたペンスとバート、マイも集結した。

「ノエイン様、ゴーレムは大丈夫だな?」

「いつでも動かせるよ」

「他の奴らは万が一に備えて撤退戦の用意だ。抜かるなよ」

 ユーリの問いかけに、ノエイン以外の全員が無言で頷いた。

 それから数分と待っていないだろうか。ラドレーがオークを引き連れてくるであろう方向から、茂みや枝の揺れる音が響いてくる。やがて音の出処が近づいてくるのが目視で確認きた。

「危なげなく誘導してるみたいでさあ。涼しい顔して向かってきますよ」

 こちらへ走ってくるラドレーを見てペンスがそう呟きながら剣を構える。まだそれなりに距離があるのでノエインにはラドレーの表情までは伺えないが、目のいいペンスには分かるらしい。

 他の者もそれぞれの得物を構え、ユーリが「ノエイン様、準備しろ」と言った。ノエインは「う、うん」とやや緊張した面持ちで頷く。

 それから間もなく、ラドレーはオークの誘導ポイントである、やや開けた場所までたどり着く。そこにはゴーレムが木に寄りかかるように座り込んでいた。

 ゴーレムの前でラドレーが立ち止まり、その数秒後には彼の後ろからオークが飛び出してきた。

「ゴオオオッ!」

 硬い体毛と分厚い筋肉に包まれた、2mを超えようかというオークの巨体。そこから空気を震わせるほどの咆哮が放たれて、ノエインは思わず息を飲む。

「やれ。ゴーレムだ」

 ユーリの指示を聞いて、ほんの数瞬でノエインは気を引き締めた。

 大丈夫。ここにはユーリも、マチルダも、他の皆もいる。自分よりずっと強い仲間たちが自分を守るために控えている。そして自分も守られるだけでなく、ゴーレムで彼らを守らなければならないのだ。

 意識と魔力をゴーレムに向けると、それまで座り込んでいたゴーレムが飛び起きるように立った。それと同時にラドレーが横へ飛び退いて退避する。

 全く生命の気配を漂わせていなかった木製のゴーレムがいきなり立ち上がったことで、一歩後ろに跳ぶように下がって警戒するオーク。

 数秒の睨み合いの後、先に仕掛けたのはゴーレムだった。

 その鈍重そうな巨体に見合わない素早さで前に踏み込み、太い腕を振り下ろすゴーレム。するとオークはそれを避けるのではなく、持っていた丸太の棍棒で受けようとする。

「ドッ」という重い音が響き、それと同時にオークの持っている丸太からミシッと軋むような音が鳴る。しかし、オークは体勢を崩すこともなく、ゴーレムの腕をしっかりと受け止めてしまった。

「うえぇっ」

 思わず声を上げるノエイン。

 ゴーレムの打撃をまともに受ければ、人間なら原型を留めないほどに潰れてしまう。鉄の盾だろうと鎧だろうと意味を成さない。それをオークは真正面からしっかりと受け止めたのだ。

 悪い冗談のような光景だが、オークの凄まじい筋力に見惚れているわけにもいかない。あらかじめ茂みに隠れさせていたもう1体のゴーレムを動かす。

 今まさにゴーレムとオークが力比べで睨み合っているその後方、オークの真後ろから、2体目のゴーレムが茂みを踏み倒して飛び出してきた。気配もなかった場所から急に敵の新手が表れて、その理不尽さに不満を示すように「ブゴオッ」と吠えるオーク。

 体重をかけるように力押しを図るゴーレムに釘付けにされて、オークは動けない。その頭を目がけて、2体目のゴーレムが腕を振り下ろした。

「ゴシャッ」という頭蓋骨の潰れる鈍い音が響き、オークの両目がまるで撃ち出されたように飛び出す。

「うええっグロおおおっ! でも勝った! よっしゃああ!」

「馬鹿っ! まだ油断するな!」

 このオークが番や子どもを連れていないとは限らないのだ。まだこの段階で喜んではいけない。作戦の前にあらかじめそう言っていたが、ノエインは舞い上がってしまったらしい。

 思わず自身の領主の頭に拳骨を振り下ろして叱ってしまうユーリに、当のノエインは「ご、ごめん」と素直に詫びた。

・・・・・

「終わってみればあっけないものだね」

「まあ、オークの危険さは力と速さに依るところがでかいからな。ノエイン様のゴーレムみたいに張り合える武器があるなら話は別だろう」

 結局その後、このオークの番や子どもなどが現れることもなく、無事にオーク狩りは終了した。現在は斃したオークを従士たちが解体している真っ最中である。

 オークがゴーレムと力で拮抗して見せたときはややヒヤッとしたものの、知能が低く本能のままに暴れる以外の戦闘術もないためにゴーレム2体がかりならあっさりと勝てた。

「そんなものか。意外と拍子抜けかも?」

「いや、普通は戦闘訓練を受けた魔法使いでもいない限り、オーク狩りはそう簡単にいかないものなんだ。ノエイン様のゴーレムが異常だ」

「オークと速さで互角に張り合えるゴーレムなんてまず他にはいねえです」

「ノエイン様の操作技術が凄すぎるんでさあ」

「真っ向からオークを殴って頭蓋骨をかち割る光景なんて初めて見ましたよ」

「ほんと、どうかしてるわ……」

 ユーリに加えて、他の従士たちもそう評してきた。やや引き気味の賞賛を受けて、ノエインはいつものヘラヘラした表情になる。

「そっか、僕って強いんだね?」

「オークをも簡単に瞬殺するその強さ、さすがはノエイン様です」

「いや、ノエイン様じゃなくてゴーレムが……まあいいか。確かによくやったよ」

 やや呆れながらも、ユーリもノエインを褒めてやる。素直に認めるのは癪だが、ゴーレムを使いこなすノエインが個人としては破格の戦闘力を持っていて、今回その力をしっかりと示したことは事実なのだ。

 ちなみにその後、解体されたオークの毛皮や魔石は領主であるノエインの臨時収入になり、戦闘に参加した従士たちには少なくない額の報奨が与えられ、大量の上質な肉はノエインの計らいで従士と領民たち全員に振る舞われた。

 冬も後半に差しかかり、長く続く寒さで気が滅入っていた領民たちにとって、村の広場で火を焚いて行われるオーク肉のバーベキューはいい気晴らしとして盛況に終わった。

 こうして、アールクヴィスト士爵領で初の本格的な戦いは、大勝で幕を閉じたのである。
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