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第一章 大森林の開拓地
第25話 家が完成しました
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「壮観だね、マチルダ」
「はい。素晴らしいですね、ノエイン様」
恐るべきペースで建設が進んでいたノエインの屋敷は、9月の半ばには完成した。
貴族の屋敷としてはかなり小ぶりだが、ノエインが治める領地の規模を考えると十分以上の大きさだ。さらに、改築によってさらに大きく拡張する余地も残されている。
これはノエインが今後のアールクヴィスト領の発展を見込み、その領主としてふさわしい屋敷を持っておこうと考えたためである。
2階建てで真上から見下ろすと横長の長方形をしており、居間や食堂、寝室、客室、そして調理場や浴室など一通りの部屋と設備を備えている。
さらに、そうした生活用のエリアは屋敷の片側に集中し、もう片側にはノエインの執務室や従士たちが出入りする広い執務室、来客のための応接室などがあった。加えて、住み込みの使用人ができたときのための個室もいくつかある。
豪奢さよりも生活や執務のしやすさを重視した実用的な造り。自分らしい屋敷だ、とノエインはその完成ぶりに大いに満足していた。
「壁も厚くて丈夫だしね。夜も外を気にせず思いっきり声が出せるよ、マチルダ。良かったね」
「……はい」
ノエインがからかうと、マチルダは顔を赤くしてそう頷く。
しかし、ノエインの言ったこともただの軽口や冗談というわけでもない。
声が漏れるのを気にするということは、それだけテントの壁が薄いということ。厚手の生地で防水加工などもされているとはいえ、所詮は布なのだから当たり前だ。
これまでは春や夏だったので寒さに悩まされることはなかったが、雨期はそれなりに堪えた。土を盛り固めて周囲より一段高くしたところにテントを立てていたので中まで浸水するようなことはなかったが、それでもやはり連日の雨で気は沈みがちになった。
しかしこれからは、丈夫な壁と屋根のある屋敷で暮らせる。雨期も冬も心配することはない。これは大きなことだ。
文化的な生活環境が整ったことで、また「領主の屋敷」という象徴的な建物が完成したことで、これからようやくアールクヴィスト領の歴史が本格始動すると言っても過言ではない。
・・・・・
ノエインの屋敷が完成してからは、領民たちの家の建設も一気に進んでいく。
レンガなどの建材も多く使った領主屋敷とは違ってこちらはシンプルな木造の家だが、それでもこれまでのテント暮らしとは比べ物にならない快適性だろう。
他の領民の家に先駆けて完成したのは、従士長であるユーリの家。こちらは彼の立場もあるため、他の領民たちのものよりもやや大きい。
最近はレスティオ山地のキャンプ地でラピスラズリ採掘の指揮をとっていることが多い彼だが、自身の家が完成した今ばかりは居住地へと戻ってきていた。
「……感無量だな。遂に俺も家持ちか」
実家を出てからはずっと傭兵として移動生活を続け、その後も一度は盗賊にまで堕ちた身だ。そんな自分が今は農地を持ち、領主貴族に仕える従士長という地位に就き、家まで手にした。
これ以上の環境など望むべくもないほど満ち足りている。
ユーリの女であり、間もなく正式に彼の妻となる予定のマイも横に立ち、彼の腕に身を寄せて嬉しそうに自分たちの家を眺めている。
「幸せになろう……いや、俺が必ずお前を幸せにする、マイ」
「ええ、あなた」
そう言葉を交わしながらこれからの明るい将来に想いを馳せていると、
「ひゅーひゅー、昼間から熱いねえ。屋外なのに」
ノエインがそう水を差しながら歩いてきた。
「うるせえ」
「あら。そんな怖い顔しなくてもいいじゃない。農地も家も僕からの贈り物なんだから」
思わずムスッとした顔になるユーリに、いつもの如くヘラヘラしながら言ってくるノエイン。
確かに彼の言う通りであり、ユーリの今の幸福は全てノエインが与えてくれたものだと言っても過言ではないのだが、念願のマイホームを前に感慨深さを感じているときくらいは気を利かせてほしいものだ。
「家には満足してくれてるかな?」
「……ああ。もちろんだ。文句を言うわけもない。これでも領主としてのお前には心から感謝してるし、これからも変わらない忠誠を誓うさ」
やや照れを感じながらもそう答えるユーリ。
「それはよかった。この調子なら僕も斬り殺される心配はしなくてよさそうだね」
ノエインの物騒なもの言いが一瞬なんのことか分からずキョトンとしてしまうが、その意味に気づくとフッと苦笑が漏れた。
「そういえばそんな話もあったな」
「え? もしかして忘れてたの? 何だよう。僕は結構本気で気にして頑張ってたのに」
ノエインと出会い、自分の領地へ来ないかと誘いを受けた日、自分が良き領主であろうとしなかったら斬り殺してくれていいとノエインは言った。ユーリもそれに頷いた。
あのときは本気でそう思っていたが、いざ蓋を開けてみればノエインは自身の領民を全身全霊で慈しむ良き領主だった。
自分と領民以外の人間を信用せず、自身の父親や領外の人間のことになるとたまに強烈に邪悪な顔をすることもあるが、守られる領民の側としては敬愛すべき領主であるのは間違いない。
「あの約束はもうなかったことにしていいだろう。今さらお前の気質を疑ったりはしない。いつかお前が領主としての道を誤るようなら、従士長として責任をもって諫言するがな」
「それはよかった。斬られる心配をしなくて済むのは嬉しいけど、お説教を受けるのは嫌だからね。領主様として真っ当にこれからも頑張るよ」
おどけたような顔で言い残し、ノエインはその場を後にする。ユーリとマイが感慨にふける邪魔をこれ以上しないようにと一応は気を遣ってくれているらしい。
・・・・・
ユーリの家の完成を皮切りに、領民たちの家は一軒また一軒と完成していく。
一般領民たちの家の造りは、ノエインの屋敷と比べるとずっと簡素だ。おまけにこの居住地には、大量の木材がもともと山積みされている。そのため、建設ペースはノエインの屋敷に負けず劣らずで早い。
家ができた世帯からテント暮らしを卒業して新居に移り、居住地は一気に村らしくなっていく。
また、家だけでなく、以前から密かにノエインが望んでいた馬の購入も叶った。軍馬ではなく荷馬だが、これでノエインが自ら馬型ゴーレムを操って毎回レトヴィクへの買い出しに行かずとも、従士の誰かにこの業務を任せることができる。
他にも、少数ながら鶏が居住地内で飼われるようになり、厩や鶏小屋も建てられている。
誰が見ても順調に進んでいく開拓。しかし、順調であるが故にある大きな問題も起きていたのだった。
「はい。素晴らしいですね、ノエイン様」
恐るべきペースで建設が進んでいたノエインの屋敷は、9月の半ばには完成した。
貴族の屋敷としてはかなり小ぶりだが、ノエインが治める領地の規模を考えると十分以上の大きさだ。さらに、改築によってさらに大きく拡張する余地も残されている。
これはノエインが今後のアールクヴィスト領の発展を見込み、その領主としてふさわしい屋敷を持っておこうと考えたためである。
2階建てで真上から見下ろすと横長の長方形をしており、居間や食堂、寝室、客室、そして調理場や浴室など一通りの部屋と設備を備えている。
さらに、そうした生活用のエリアは屋敷の片側に集中し、もう片側にはノエインの執務室や従士たちが出入りする広い執務室、来客のための応接室などがあった。加えて、住み込みの使用人ができたときのための個室もいくつかある。
豪奢さよりも生活や執務のしやすさを重視した実用的な造り。自分らしい屋敷だ、とノエインはその完成ぶりに大いに満足していた。
「壁も厚くて丈夫だしね。夜も外を気にせず思いっきり声が出せるよ、マチルダ。良かったね」
「……はい」
ノエインがからかうと、マチルダは顔を赤くしてそう頷く。
しかし、ノエインの言ったこともただの軽口や冗談というわけでもない。
声が漏れるのを気にするということは、それだけテントの壁が薄いということ。厚手の生地で防水加工などもされているとはいえ、所詮は布なのだから当たり前だ。
これまでは春や夏だったので寒さに悩まされることはなかったが、雨期はそれなりに堪えた。土を盛り固めて周囲より一段高くしたところにテントを立てていたので中まで浸水するようなことはなかったが、それでもやはり連日の雨で気は沈みがちになった。
しかしこれからは、丈夫な壁と屋根のある屋敷で暮らせる。雨期も冬も心配することはない。これは大きなことだ。
文化的な生活環境が整ったことで、また「領主の屋敷」という象徴的な建物が完成したことで、これからようやくアールクヴィスト領の歴史が本格始動すると言っても過言ではない。
・・・・・
ノエインの屋敷が完成してからは、領民たちの家の建設も一気に進んでいく。
レンガなどの建材も多く使った領主屋敷とは違ってこちらはシンプルな木造の家だが、それでもこれまでのテント暮らしとは比べ物にならない快適性だろう。
他の領民の家に先駆けて完成したのは、従士長であるユーリの家。こちらは彼の立場もあるため、他の領民たちのものよりもやや大きい。
最近はレスティオ山地のキャンプ地でラピスラズリ採掘の指揮をとっていることが多い彼だが、自身の家が完成した今ばかりは居住地へと戻ってきていた。
「……感無量だな。遂に俺も家持ちか」
実家を出てからはずっと傭兵として移動生活を続け、その後も一度は盗賊にまで堕ちた身だ。そんな自分が今は農地を持ち、領主貴族に仕える従士長という地位に就き、家まで手にした。
これ以上の環境など望むべくもないほど満ち足りている。
ユーリの女であり、間もなく正式に彼の妻となる予定のマイも横に立ち、彼の腕に身を寄せて嬉しそうに自分たちの家を眺めている。
「幸せになろう……いや、俺が必ずお前を幸せにする、マイ」
「ええ、あなた」
そう言葉を交わしながらこれからの明るい将来に想いを馳せていると、
「ひゅーひゅー、昼間から熱いねえ。屋外なのに」
ノエインがそう水を差しながら歩いてきた。
「うるせえ」
「あら。そんな怖い顔しなくてもいいじゃない。農地も家も僕からの贈り物なんだから」
思わずムスッとした顔になるユーリに、いつもの如くヘラヘラしながら言ってくるノエイン。
確かに彼の言う通りであり、ユーリの今の幸福は全てノエインが与えてくれたものだと言っても過言ではないのだが、念願のマイホームを前に感慨深さを感じているときくらいは気を利かせてほしいものだ。
「家には満足してくれてるかな?」
「……ああ。もちろんだ。文句を言うわけもない。これでも領主としてのお前には心から感謝してるし、これからも変わらない忠誠を誓うさ」
やや照れを感じながらもそう答えるユーリ。
「それはよかった。この調子なら僕も斬り殺される心配はしなくてよさそうだね」
ノエインの物騒なもの言いが一瞬なんのことか分からずキョトンとしてしまうが、その意味に気づくとフッと苦笑が漏れた。
「そういえばそんな話もあったな」
「え? もしかして忘れてたの? 何だよう。僕は結構本気で気にして頑張ってたのに」
ノエインと出会い、自分の領地へ来ないかと誘いを受けた日、自分が良き領主であろうとしなかったら斬り殺してくれていいとノエインは言った。ユーリもそれに頷いた。
あのときは本気でそう思っていたが、いざ蓋を開けてみればノエインは自身の領民を全身全霊で慈しむ良き領主だった。
自分と領民以外の人間を信用せず、自身の父親や領外の人間のことになるとたまに強烈に邪悪な顔をすることもあるが、守られる領民の側としては敬愛すべき領主であるのは間違いない。
「あの約束はもうなかったことにしていいだろう。今さらお前の気質を疑ったりはしない。いつかお前が領主としての道を誤るようなら、従士長として責任をもって諫言するがな」
「それはよかった。斬られる心配をしなくて済むのは嬉しいけど、お説教を受けるのは嫌だからね。領主様として真っ当にこれからも頑張るよ」
おどけたような顔で言い残し、ノエインはその場を後にする。ユーリとマイが感慨にふける邪魔をこれ以上しないようにと一応は気を遣ってくれているらしい。
・・・・・
ユーリの家の完成を皮切りに、領民たちの家は一軒また一軒と完成していく。
一般領民たちの家の造りは、ノエインの屋敷と比べるとずっと簡素だ。おまけにこの居住地には、大量の木材がもともと山積みされている。そのため、建設ペースはノエインの屋敷に負けず劣らずで早い。
家ができた世帯からテント暮らしを卒業して新居に移り、居住地は一気に村らしくなっていく。
また、家だけでなく、以前から密かにノエインが望んでいた馬の購入も叶った。軍馬ではなく荷馬だが、これでノエインが自ら馬型ゴーレムを操って毎回レトヴィクへの買い出しに行かずとも、従士の誰かにこの業務を任せることができる。
他にも、少数ながら鶏が居住地内で飼われるようになり、厩や鶏小屋も建てられている。
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