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第一章 大森林の開拓地
第12話 初めての商談とマチルダの挑戦
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商会長のベネディクトに案内され、ノエインは従者兼護衛としてユーリのみを連れて建物の応接室へと入る。
ユーリを後ろに立たせて高そうなソファに腰かけると、ベネディクトもテーブルを挟んでノエインの正面に座った。
若い従業員が2人の前にお茶を出して部屋から下がると、話し合いが始まる。商品の品数も少なく軽めの取引だが、ノエインにとっては人生初の商談だ。
「本日は私どもの商会にお越しいただきありがとうございます、アールクヴィスト閣下」
「こちらこそ、森で魔物から採れた毛皮と魔石程度しか持ち込みできないにも関わらず、このように丁寧なご対応をいただけて感謝します。マイルズ商会長」
「私のことはぜひともベネディクトとお呼びください。今後とも当商会で閣下のお力になれることがありましたら、何卒お声がけをいただきたく……」
どうやらベネディクトはこれからも自分と懇意にしてくれるつもりらしい、とノエインは考える。
今後ノエインが開拓貴族として大成すれば今のうちから親しくしているマイルズ商会も金儲けのチャンスを得て、ノエインが失敗すればいつでも簡単に手を切れる。ベネディクトからすればデメリットのない素敵な付き合いになるだろう。
運が良ければ金の卵となる若手貴族と繋がりを作れるこの機会を、たかだか毛皮と魔石のいくつかを買い叩いてふいにするほど彼は愚かではないようだ。
ノエインもそれを見越して、評判のいいこの商会に声をかけたわけだが。
「今回お持ち込の品についてですが、プランプディアーの毛皮が1匹分、グラトニーラビットの毛皮が8匹分、さらにそれぞれの魔石ということで……締めて5800レブロでいかがでしょうか?」
提示された買い取り額は、ノエインの予想よりもやや高いものだった。
「ぜひその金額でお願いしたい。こちらとしては予想以上の額でありがたく思います」
「閣下とは以降もぜひ親しくさせていただきたいと思っておりますれば、今回はお勉強させていただきました」
「感謝します。ぜひこれからもよろしくお願いします、ベネディクトさん」
人好きのする笑顔を保ちながらそう言うベネディクトに、ノエインも笑顔を作って答えた。
・・・・・
「あー緊張した」
「嘘つけ、相変わらずヘラヘラした顔しやがって」
言葉とは裏腹にいつものマイペースな表情を崩さないノエインに、ユーリは思わずそう返す。
「いやー本当だよ? まともに商談なんてしたことなかったし、馬鹿な若造だと思われないように必死だったから。あの商会長さんは商人としてまともみたいだから今後も長い付き合いになりそうだし、たかだか挨拶程度の話し合いでも失敗できないよ」
「問題なく話せてたように見えたけどな。少なくとも馬鹿だと思われたってことはないだろ」
ユーリから見ても、ノエインは年の割によく頭が回る方だと思う。生まれ育った境遇のせいか性格がひねくれているのが難点だが。
「それならよかった。さて、後はイライザさんの店で干し肉の買い取り交渉と食料の購入を済ませて帰るだけだね」
・・・・・
ノエインたちが商売のためにレトヴィクへと出かけている頃、居住地ではマチルダとマイが留守番をしつつ雑務をこなしていた。
「じゃあ、後は鍋や食器の洗い物と服の洗濯を済ませればいいのよね?」
「……はい」
マチルダはあまり自分から話そうとしない。マイが声をかけても、彼女は言葉少なに答えるだけだ。
「あなたねえ、まだ私たちのことを信用してくれないの? 確かに私たちとあなたちは物騒な出会い方をしたけど、今はこっちも誠実に働いてみせてるつもりよ?」
実際マイたち5人は、居住地に来てからのこの2週間、毎日休むことなく開拓作業をこなしていた。
「いえ、信用していないわけではありません。確かにあなたたちにはもう害意はないのだと思います。ただ……」
「ただ、何よ」
「……ノエイン様以外の方にどう接すればいいのか、どのような話をすればいいのか分かりません。私はこの6年間、ノエイン様としかまともに会話を交わしてこなかったので」
相変わらずあまり表情の変わらないマチルダだが、どことなく申し訳なさそうな顔にも見える。
「……ぷっ」
「な、なぜ笑うのですか?」
「いや、てっきりあなたはまだ私たちのことを嫌ってるのかと思ってたけど、ただ単に人見知りなだけだったのね。冷たそうな顔して可愛らしいところあるなと思って」
「か、可愛らしい、ですか?」
戸惑った様子のマチルダにマイは答える。
「つまりあなた、ノエイン様と2人きりの世界にずっといたから、あの人にべったり依存してるのね。ノエイン様が大好きでノエイン様しか見えないんでしょ?」
「……そういうことで間違いありませんが」
「あらあら、ほっぺた赤くしちゃって」
「っ!」
動揺していないつもりで少し顔が赤いマチルダをからかうと、慌てた様子でそっぽを向かれる。
「別にノエイン様と依存し合うのは愛のかたちとして全然かまわないと思うけど……それはそれとして、ノエイン様以外の人と話すことについては少しずつ慣れた方がいいんじゃないかしら?」
「……」
「ノエイン様の領地運営が上手くいけば、これからここにはどんどん領民が増えていくのよ? ノエイン様の傍で役に立ちたいなら、他の人と普通に話せるくらいにはなった方がいいんじゃない?」
「……そう、ですね。あなたの言う通りだと思います」
「何なら私を練習相手と思ってくれていいから。女同士、仲良くしましょう?」
「……分かりました、挑戦してみます」
何か大きな決意でもしたかのように「挑戦」と言うマチルダに、マイは苦笑しながら頷いた。
ユーリを後ろに立たせて高そうなソファに腰かけると、ベネディクトもテーブルを挟んでノエインの正面に座った。
若い従業員が2人の前にお茶を出して部屋から下がると、話し合いが始まる。商品の品数も少なく軽めの取引だが、ノエインにとっては人生初の商談だ。
「本日は私どもの商会にお越しいただきありがとうございます、アールクヴィスト閣下」
「こちらこそ、森で魔物から採れた毛皮と魔石程度しか持ち込みできないにも関わらず、このように丁寧なご対応をいただけて感謝します。マイルズ商会長」
「私のことはぜひともベネディクトとお呼びください。今後とも当商会で閣下のお力になれることがありましたら、何卒お声がけをいただきたく……」
どうやらベネディクトはこれからも自分と懇意にしてくれるつもりらしい、とノエインは考える。
今後ノエインが開拓貴族として大成すれば今のうちから親しくしているマイルズ商会も金儲けのチャンスを得て、ノエインが失敗すればいつでも簡単に手を切れる。ベネディクトからすればデメリットのない素敵な付き合いになるだろう。
運が良ければ金の卵となる若手貴族と繋がりを作れるこの機会を、たかだか毛皮と魔石のいくつかを買い叩いてふいにするほど彼は愚かではないようだ。
ノエインもそれを見越して、評判のいいこの商会に声をかけたわけだが。
「今回お持ち込の品についてですが、プランプディアーの毛皮が1匹分、グラトニーラビットの毛皮が8匹分、さらにそれぞれの魔石ということで……締めて5800レブロでいかがでしょうか?」
提示された買い取り額は、ノエインの予想よりもやや高いものだった。
「ぜひその金額でお願いしたい。こちらとしては予想以上の額でありがたく思います」
「閣下とは以降もぜひ親しくさせていただきたいと思っておりますれば、今回はお勉強させていただきました」
「感謝します。ぜひこれからもよろしくお願いします、ベネディクトさん」
人好きのする笑顔を保ちながらそう言うベネディクトに、ノエインも笑顔を作って答えた。
・・・・・
「あー緊張した」
「嘘つけ、相変わらずヘラヘラした顔しやがって」
言葉とは裏腹にいつものマイペースな表情を崩さないノエインに、ユーリは思わずそう返す。
「いやー本当だよ? まともに商談なんてしたことなかったし、馬鹿な若造だと思われないように必死だったから。あの商会長さんは商人としてまともみたいだから今後も長い付き合いになりそうだし、たかだか挨拶程度の話し合いでも失敗できないよ」
「問題なく話せてたように見えたけどな。少なくとも馬鹿だと思われたってことはないだろ」
ユーリから見ても、ノエインは年の割によく頭が回る方だと思う。生まれ育った境遇のせいか性格がひねくれているのが難点だが。
「それならよかった。さて、後はイライザさんの店で干し肉の買い取り交渉と食料の購入を済ませて帰るだけだね」
・・・・・
ノエインたちが商売のためにレトヴィクへと出かけている頃、居住地ではマチルダとマイが留守番をしつつ雑務をこなしていた。
「じゃあ、後は鍋や食器の洗い物と服の洗濯を済ませればいいのよね?」
「……はい」
マチルダはあまり自分から話そうとしない。マイが声をかけても、彼女は言葉少なに答えるだけだ。
「あなたねえ、まだ私たちのことを信用してくれないの? 確かに私たちとあなたちは物騒な出会い方をしたけど、今はこっちも誠実に働いてみせてるつもりよ?」
実際マイたち5人は、居住地に来てからのこの2週間、毎日休むことなく開拓作業をこなしていた。
「いえ、信用していないわけではありません。確かにあなたたちにはもう害意はないのだと思います。ただ……」
「ただ、何よ」
「……ノエイン様以外の方にどう接すればいいのか、どのような話をすればいいのか分かりません。私はこの6年間、ノエイン様としかまともに会話を交わしてこなかったので」
相変わらずあまり表情の変わらないマチルダだが、どことなく申し訳なさそうな顔にも見える。
「……ぷっ」
「な、なぜ笑うのですか?」
「いや、てっきりあなたはまだ私たちのことを嫌ってるのかと思ってたけど、ただ単に人見知りなだけだったのね。冷たそうな顔して可愛らしいところあるなと思って」
「か、可愛らしい、ですか?」
戸惑った様子のマチルダにマイは答える。
「つまりあなた、ノエイン様と2人きりの世界にずっといたから、あの人にべったり依存してるのね。ノエイン様が大好きでノエイン様しか見えないんでしょ?」
「……そういうことで間違いありませんが」
「あらあら、ほっぺた赤くしちゃって」
「っ!」
動揺していないつもりで少し顔が赤いマチルダをからかうと、慌てた様子でそっぽを向かれる。
「別にノエイン様と依存し合うのは愛のかたちとして全然かまわないと思うけど……それはそれとして、ノエイン様以外の人と話すことについては少しずつ慣れた方がいいんじゃないかしら?」
「……」
「ノエイン様の領地運営が上手くいけば、これからここにはどんどん領民が増えていくのよ? ノエイン様の傍で役に立ちたいなら、他の人と普通に話せるくらいにはなった方がいいんじゃない?」
「……そう、ですね。あなたの言う通りだと思います」
「何なら私を練習相手と思ってくれていいから。女同士、仲良くしましょう?」
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