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第一章 大森林の開拓地

第10話 ゴーレム操作と買い出しと

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「おはようユーリ。おはよう皆。昨日の夜は危険はなかった? ちゃんと眠れた?」

「……危険はなかったが、眠るまでは少し時間がかかったな」

「そっか。やっぱりテントもないと寝づらいよね」

「いや、俺たちは元傭兵だから空の下で寝るのは慣れてる」

「あら。じゃあなんで?」

「お前とあの女の声がうるさかったからだよ!」

 どんな声だったかはあえて指摘しない。自分の領主とその愛玩奴隷が夜に2人きりのテントの中で何をしていたか、はっきり言及するのはためらわれた。

「そう言われてもなあ。盗賊に襲われた命の危機を乗り越えて愛する男女が再会した夜だったんだから許してほしいなあ。そもそもの原因は君たちなんだから」

 ヘラヘラしながらそんなことを抜かすノエインに、

「くっ……そ。分かったよ」

 とユーリは返すしかなかった。

「そんな苦い顔しなくても。今夜からはもっと距離を置けばいいし、そっちもテントで寝るんだから大丈夫さ」

 お互いが快適に生活するためのある意味で切実な件について話をした後は、朝食を済ませて今日の予定であるレトヴィクへの買い出しに出発する。

 最初は居住地にマチルダとマイを残して男連中で買い出しに行こうとノエインが提案したが、主人が自分と離れて昨日まで盗賊だった男たちと行動することにマチルダが凄まじい顔で難色を示したので、ユーリとマイに留守番を頼んで残りの5人でレトヴィクへと向かうことになった。

 ノエインからすれば昨日知り合ったばかりの人間に居住地の留守番を任せることになるが、貨幣や魔道具などの貴重品は一応全て持っていくことにしたので大きな問題はない。

 これまでに何度もノエインたちが通り、ゴーレムによって地面が踏み慣らされてそれなりに道らしくなったルートを抜けて森を出る。

「ノエイン様よお、どうやったらそんな器用にゴーレムを動かせるんでさあ」

 レトヴィクへの道すがら、そんな話を振ってきたのは細身で目つきの悪いペンスだ。

「ああ、それは俺も気になってました。ちょっと気持ち悪いくらい滑らかに動きますよね、このゴーレム」

 若い優男のバートも会話に加わってくる。

「やっぱり君たちから見ても、僕のゴーレムの動きって凄いんだ?」

「とんでもねえことでさあ。俺たちも荷運びなんかにゴーレムが使われてるのを見たことがあるけど、もっとトロい動きの奴ばかりでしたよ」

「……俺あノエイン様くらい上手くゴーレムを動かす奴を1回だけ見たことがある。王国軍の軍属の、年寄りの傀儡魔法使いだったがよ。そいつでも動かしてたのは1体だけだった。ノエイン様みてえに何体も動かすなんて信じられねえですよ」

 ペンスに合わせてラドレーもそう言う。

「普通は傀儡魔法が使えると分かった時点で練習もそこそこに荷物運搬なんかの仕事に就くらしいからね。僕みたいに成人するまでひたすら暇で、ゴーレム操作の習熟のためだけに膨大な時間を使える人間は滅多にいない。それがきっと僕の操作技術が高い理由さ」

 ゴーレム操作の習熟は、赤ん坊が自分の体を動かすための練習に似ている、とノエインは考えていた。

 ひたすら反復練習をくり返し、脳と体を少しずつ連動させるように、神経を一本ずつ繋いでいくように技巧を成長させる。

 そんな遠い習練の道のりをひたすら進み、ノエインは2体の人型ゴーレムを自分の体のように自在に使えるようになった。馬型ゴーレムに至っては、練習らしい練習もなく片手間の意識で動かせた。

 さすがにこれ以上の同時操作は難しいだろうが、おそらく自分はこの王国、もしかしたらこの世界でもかなり上位の傀儡魔法使いではないだろうか、とノエインは考える。

・・・・・

 レトヴィクに到着し、まず向かったのはいつものイライザの食料品店だ。

「あら、森の士爵様じゃないかね。昨日もいらしたのにどうしたんですか?」

 そんな驚きの声をもってイライザはノエインを出迎えた。

「こんにちは、イライザさん。実は僕の領地にもついに領民を迎えることになりまして。彼らの分の食料を買いに来たんですよ」

 ノエインは彼女にそう笑顔を返し、一緒に店に入ってきた3人を指す。

 ここでバートの優男ぶりが役立った。

「僕たちは難民としてこの街に流れてきたんですが、士爵様はそんな僕たちを憐れに思って拾ってくださったんです。これから懸命にお仕えしてこの御恩をお返ししようと思っています」

 しみじみと語る口調と整った容姿が相まって女性の庇護欲をくすぐる雰囲気を醸し出すバートに、「そうだったのかい。拾ってもらえてよかったねえ」と同情を示すイライザ。彼が昨日まで盗賊だったなどとは思いもしないだろう。

 バートの演技力に感心した様子でそれを見ていたノエインは、ふと横を見て少しギョッとした。

 まずペンス。鋭い目つきが細身の体格と合わさってトカゲのような印象を感じさせる彼だが、今はその目をしょぼくれさせて「痩せ細った憐れな男」になりきっている。

 さらにラドレー。正直言って醜男な彼だが、そこに悲しげな表情が加わることでなんとも言えない哀愁を漂わせている。道端で物乞いをしていたら思わず小銭を投げてやりたくなるような、そんな雰囲気だ。

 どちらもバートに負けず劣らず「可哀想な難民」と言われても無理なく信じられる様相になっていた。きっとこれまでもこの顔で周囲の警戒心を解き、街や村の移動を切り抜けてきたんだろう。

 さっきまでの荒くれ者っぽい君たちはどこへ行った、という彼らへの突っ込みをこらえながら、ノエインはイライザから追加の食料を購入した。

 食料の買い出しが終われば、次は彼らの生活用品と寝床を買いに行く。

「着替えまで買っていただけるんでさあ?」

「もちろんだよ。君たちもずっとその服を着たきりというわけにもいかないだろう?」

 ずっと盗賊として王国内をさまよっていたので仕方がないだろうが、ろくに体や服を洗っていない彼らは臭う。

 とはいえ、まともに着替えも持っていないのではおちおち洗濯もしていられないだろう。

 領民が服を洗うこともままならない状況というのは、すぐさま改善してやるべきだ、とノエインは考えていた。

 居住地で留守番をしているユーリとマイの分まで適当に着替えを買い、5人が体を洗うための布や桶、さらには石鹸などの消耗品も追加で買い足す。

 石鹸という高級品が自分たちの分まで用意されることに恐縮するペンスたちだったが、

「いい働きはいい生活からだよ。畏れ多いと思うなら、その分働きで返してくれればいい」

 とノエインは彼らを言い含めた。

 最後に買うのがテントだ。

「さすがに君たち5人を1つのテントに押し込めるのは難しいと思うけど、どう分ければいい? 男女で別にする?」

「いや、マイはお頭の女でさあ。あの2人と俺たちで分けてもらえると助かりやす」

「ああ、そうなの」

 なぜユーリが自分とマイで居住地の留守番をすると言ったのか分かった気がした。

 僕には夜の声がうるさいとか言いながら、自分は邪魔の入らない居住地で女と2人きりで楽しむつもりじゃないか、と心の中でぼやく。

 ぼやきつつもちゃんとテントは買ってやり、荷物が満載になった荷馬車とともに居住地へ帰った。
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