上 下
38 / 44
第二章 開拓者たちは進展と出会いを得る。

第37話 新たな出会い。

しおりを挟む
 かつてはパドメ市民が行き交う大通りだったであろう広い道を、先頭にヴォイテク、その後ろに僕とマイカ、最後尾にエッカートという隊列で進む。その左右には今回の調査に同行させたゴーレムが3体ずつ、合計6体並んで僕たちを守っている。


「うわ……」


 周りの景色を見ながらマイカが青ざめた顔で呟いた。気持ちは分かる。


「住民のほとんどは亜竜の吐く火で焼かれたのが死因でしょうからな。数千人が焼け死んだともなれば、まだところどころに骨も残っているんでしょう」


 周囲に広がる光景について、ヴォイテクがそう説明してくれた。

 そう、道の端や、壁が崩れて見える建物の内部には、亜竜の犠牲になった人々の白骨がちらほらと落ちていた。

 さすがに70年近く経ってほとんどは原型を留めていないけど、なかには「もともとは頭蓋骨だったんだろう」と分かる程度のものもある。

 この場所で大勢が死んだことが生々しく伝わってきて、かなりショッキングな光景だ。


 そんなわけでこの場所には多少の薄気味悪さはあるけど、それ以外には何の害もなければ、もちろん危険があるわけでもない。特に何事もないまま、僕たちは最初の目的地であるパドメ領主の屋敷跡へとたどり着いた。


 それなりに大きな街の領主屋敷ということで、その規模は今のルフェーブル子爵邸にも負けず劣らずの大きさだったことが分かる。もっとも、今は朽ち果てて半壊状態だったけど。

 そんな屋敷の残骸を見上げながら話し合う。


「どうしましょうか。さすがに中に踏み入って調べるのは危険すぎるでしょう」

「屋根が崩れてきたら潰されて死にまさあ」

「そうだねえ……そもそもパドメ領主が財産をどこに隠してたかなんて分からないしなあ」


 ルフェーブル子爵からは「パドメ領主は当時のルフェーブル家に匹敵するほど裕福だったと聞いている。かなりの財産を蓄えていたはずだ。無事な貨幣などがあれば領の予算の足しにするので持ち帰ってほしい」と言われている。

 だけど、69年前に一族全滅した下級貴族家の屋敷の内部情報なんてさすがに残っていなかった。

 パドメ領主の財産を探すなら、勘だけを頼りにこの中を探してみるしかない。


「普通、家の財産を置いていくなら当主の執務室あたりが一般的でしょうが……どのあたりか目星をつけたいですね」

「そうだね。とりあえずゴーレムに邪魔な瓦礫をどかしてもらって、執務室がどのあたりだったか探してみようか」


 僕のゴーレムなら、建物の屋根が崩れてきた程度で潰れることはない。なので屋敷内に入るのは彼らに任せて、僕たちは外から覗ける範囲内で屋敷の執務室を探った。


「普通は安全面も考えて、当主の執務室なんかは屋敷の奥の方に作るはずです。裏手側から見た方がいいかもしれませんね」


 というヴォイテクの言葉に従って、屋敷の裏に回る。


 邪魔な窓枠などをゴーレムに取り外させて、場合によっては壁を殴って破壊させながら探ると、それほど時間がかからずに執務室らしい部屋の跡を見つけた。


「ここだね。それで、財産を隠すならどこだと思う?」

「……大抵は執務机の鍵付きの引き出しに入れたり、壁の中に隠し金庫を作って入れたりするでしょうね」

「机……あれか、とりあえず運び出そうか。あと壁も調べよう」


 パドメ領主が執務に使っていたと思われる机をゴーレムに屋外まで引っ張り出させて、併せて執務室の壁の中も探らせる。


「ゴッ」「ボゴッ」と壁を破壊する音が響く中で机を観察してみると、


「これね」

「だね」


 頑丈な鍵のかけられた、大切なものを入れていますと言わんばかりの大きな引き出しがひとつあった。

 そんな鍵もゴーレムにかかれば何の防御にもならない。力づくで引き出しを開けさせると……中からはジャラジャラと音のする大きな袋が出てきた。

袋を開けると、そこに入っていたのは予想通り大量の金貨だ。


「おお、ビンゴ」

「うおおすげえ量。いったい何百万ロークあるんですかねえ」


 横から覗いて驚きの声を開けるエッカートの言う通り、数百万ロークはくだらないだろう。


「閣下、ゴーレムたちが何か持ってきましたよ」


 ヴォイテクにそう声をかけられて振り向くと、壁の中からも何か見つかったようで、ゴーレムが金属製の箱を抱えて出てくる。


「わあ、でっか……」


 マイカの言う通り、金庫と思われる箱はゴーレムが2体がかりで運んでくるほど大きかった。人一人が入れるほどのサイズだ。

 こちらはいかにゴーレムといえど、一瞬で破壊というわけにはいかなかった。何度も鍵部分を殴らせて歪めて、ようやく開く。


 その中には……机から見つかった量の何倍も、いや何十倍もの金貨が出てきた。


「すっご……」「多すぎでしょ……」「これは……」「やべえ……」


 いくら高給取りの僕とマイカでも、さすがにこれだけの数の金貨を生で見たことはない。ヴォイテクやエッカートは言わずもがなだ。

 万に届きそうな枚数の金貨を前に、僕たちは少し慄いていた。


「下級貴族でもこれだけお金持ってるって……昔のルフェーブル領は儲かってたのね」

「領主個人の財産でこれだからね。領全体だとものすごく景気がよかったんだろうな……」


 そんなことをぼやきながら金品の回収用に持ってきていた大きな革袋に金貨をすべて移し、ゴーレムに担がせる。


 墓場泥棒みたいで少し後味が悪いけど、持ち主は一族揃って死んでしまったんだ。別にルフェーブル子爵がこれで私腹を肥やすわけではなく、遺されたルフェーブル領民のために使うんだから許してほしい。


「ここの調査はとりあえず以上でいいかな?」

「はい。今回はあくまでざっくり見て回るのが主な目的ですから。次に移動してしまいましょう」

――――――――――――――――――――

 次の目的地である大商会の建物跡に移動している途中、マイカが「んっ?」と言って足を止めた。


「どうしたの? 探知に何か引っかかった?」

「うん。ちょっと気になる反応がある」

「方向と数は?」

「パドメ市街地の西の端らへんかな。数はひとつだけ」

「強い魔物?」

「ううん……魔物っていうか、人?」

「……そんなことある?」


 以前マイカから聞いた話だと、「魔物と人では探知での見え方が違う」らしい。

 魔力量の多い人も探知で大きな反応を示すらしいけど、その反応のかたちは魔物とはっきり区別できるほど異なっているという。


「ヴォイテク、当たり前だけど、この辺に人里なんてないよね?」

「はい。ここはまだ魔境のど真ん中です。西に進めばアルドワン王国の領土がありますが、ここからはまだ何日も進まないとたどり着けませんよ。こんなところに人がいるなんてまずあり得ません」

「アルドワン王国の方向から迷い込んだ人が、ここらへんまでたどり着いたって可能性は?」

「まずないでしょう。途中で魔物に食われて死にますよ。シエールから開拓前の北西部を抜けてパドメにたどり着くくらいあり得ない確率です」


 それは確かに無理だ。開拓前の魔物だらけの地域を、たった一人で生き延びながら進むなんてあり得ない。


「マイカ、反応は確かに人のものなんだよね?」

「うん。ここまで魔物と違うってなると、間違いないと思う」

「そっか……」


 どうしよう。


 人がいるはずのないところに、確かに誰かがいる。正直言って気味が悪い。

 けど、無視して放置するわけにもいかないか。それでは調査隊の意味がなくなる。


「よし、調べてみよう。なるべくこっちに気づかれないように、できるだけ遠くから観察したい」


 そう決定を告げて、マイカの指示を受けながら反応のある方向に近づいていく。


 あと100mもないところまで迫り、反応を囲むようにゴーレムを展開させた。


「方向と距離から考えて……あの神殿跡の中にいるみたい」


 マイカが指差した場所には、確かに神殿跡がある。作りが頑丈だからか、他の建物と比べてかなりはっきりと原型をとどめていた。


「……神殿の出入り口が見えるところに移動して、しばらく観察してみようか」


 そう伝えて全員で移動する。


 神殿前は広場のようになっていたので、神殿から見て広場の反対側、崩れた建物の瓦礫の隠れて様子を伺ってみると、


「やっぱり人がいるみたいだね」

「でも、誰がこんなところに……?」


 神殿の入り口前には、木や石を組み合わせて作った粗末な調理場のようなものがあった。横には薪も積まれている。どう見ても今でも使われているものだ。

 すると、「ギイイッ」ときしむ音と共に、神殿の扉が開いた。中から出てきたのは――


「お、女の子? よね?」

「……だね」


 ホーンドボアか何かの毛皮で作ったらしい服を身にまとった、僕と同い年か少し年下くらいの女の子だ。

 髪はボサボサで、服も体も汚れている。手にはこれから調理場で焼くつもりなのか、何かの肉の塊を持っていた。

 手から火の玉を生み出して、手際よく薪に点火する女の子。今のは『着火フレア』の魔法か。


 作業に邪魔だったのか、顔まで伸びた髪をかき分ける。その顔は……


「えっ日本人?」


 思わずマイカが声を上げる。


 そう、その顔は明らかに僕たちと同じ日本人のものだった。


 マイカの声がけっこう大きかったので、女の子も気づいたらしい。こちらを見た彼女は、


「えっ……に、に、人間! 人間だ、人間がいた! ねえ待って! 人間でしょ!? 待って!」


 そう叫びながらこちらに走り寄ってきた。
しおりを挟む

処理中です...