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第二章 開拓者たちは進展と出会いを得る。

第32話 叙爵後の話。

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 ケレンに入った僕たちは、大きな歓声で出迎えられた。


 僕たちが入る前に街に先触れが走っていたから、住民たちは道の両側に集まって僕たちを待ち構えていた。


 僕とマイカが初めてケレンに来たときもかなり注目を集めたけど、今はそれ以上だ。

 当時の僕たちは「これからルフェーブル子爵領の状況を好転させてくれるかもしれない来訪者」だったけど、今は明確に結果を出しているわけだから、出迎えの熱量はさらに大きくなっていた。


 歓迎の声を抜けて、まずは到着の挨拶のためにルフェーブル子爵家の屋敷に入る。

 こちらも先触れがあったからか、子爵とモニカ夫人、そして前に見たときよりも少し成長されたアリソンお嬢様が出迎えてくれた。


「ヨアキム、そしてリオ殿にマイカ殿も。よく帰って来た」


 そう声をかけてくれたルフェーブル子爵とそれぞれ挨拶を交わす。


「ヨアキム、リオさん、マイカさん。あなたたちの成功させた開拓の効果は、このケレンにいても実感できるほどになっているわ。ルフェーブル子爵領の経済が上向き始めたのはあなたたちのおかげよ。本当にありがとう」


 モニカ夫人も、僕たちのこれまでの功績を称賛する言葉をくれた。

 ルフェーブル子爵夫妻と僕たちが言葉を交わしていると、僕の裾を軽く引っ張るようにしてアリソン様も声をかけてくる。


「リオ、久しぶりね」

「アリソン様、本当にお久しぶりです。長く帰ってくることもできず申し訳ありません」

「いいのよ、あなたの活躍はお父様から詳しく聞いているわ。開拓地の安全を守り続けるだけじゃなくて、キュクロプスまで倒してしまったんでしょ? 凄いじゃない」

「お褒めいただき光栄です。僕を見出していただいた子爵家の皆さんに少しずつ恩返しができていると自分でも嬉しく感じています」


 アリソン様の雰囲気が以前とはずいぶん違う気がする。


 去年は無邪気に僕を呼び止めては僕にゴーレムのことを色々と聞いてきたのに、今は穏やかに微笑みながら会話を交わしてくれる。


 あれから1年弱、彼女も貴族令嬢として勉強を積んできたということか。

 主家のお嬢様にこういう表現はよくないかもしれないけど、「子どもの成長は早いな」と思った。

――――――――――――――――――――

 着いて早々だけど、僕たちの叙爵後のことについて、ルフェーブル子爵と詳しい話し合いをすることになった。


 余裕を持って叙爵式の2日前にケレンに到着したけど、あまり長く開拓地を開けるわけにもいかないので、叙爵式が終われば翌朝には僕たちは帰路に発つ。

 仕事の話は今のうちに済ませておかないといけないらしい。


「明後日が君たちの叙爵だが、それが終わって君たちが開拓地……その頃にはクレーベル村か、に帰った後の予定を話さなければな」


 子爵家の屋敷の応接室に座って、早速話し始めるルフェーブル子爵。


「叙爵後の最初の予定だが、ヨアキムとティナの結婚があるな。まずは2人とも、おめでとう」

「はっ。祝福のお言葉を賜りまして、恐悦至極に存じます。夫婦として、閣下への固い忠誠を忘れることなくクレーベルの発展に尽くしてまいります」

「事後のご報告になったにも関わらず、従士同士での結婚を快くご承諾いただいたばかりか、直々に祝福のお言葉を賜りましたこと、心より感謝申し上げます。若輩の身ではありますが、夫となるヨアキムと共にクレーベルを守り育てることを誓います」


 主君からの直々の祝辞を受けて、臣下として丁寧な感謝の言葉を返す2人。


 ティナも従士だからよく考えたら当たり前なんだけど、ここまでしっかりした話し方ができたのか。普段の喋りしか知らないと新鮮な光景だ。


「うむ。共に支え合ってクレーベルを守り抜きなさい。そして夫婦として仲良くな……それでだ。ヨアキムが士爵となった後の結婚なので、式には私を含めルフェーブル領内の貴族が全員参列することになるだろう」


 そうか、ティナとの結婚式を挙げる頃にはヨアキムさんは既に士爵だ。貴族の結婚ともなれば、関係の近い貴族がお祝いのために集まるのは社交的に当たり前のことだった。


「その式だがな、どうせならクレーベルで挙げてはどうだ? 私も一度クレーベルを直接見てみたいし、領内の他の貴族もそうだろうからな。どうかね?」


 ルフェーブル子爵の言葉に少し驚いた様子のヨアキムさんとティナだったけど、ヨアキムさんがすぐに頷く。


「はい。是非ともクレーベルの神殿にて式を挙げさせていただきたく思います。日に日に発展していくクレーベルの姿を、ルフェーブル子爵閣下をはじめ領内の御歴々にもご覧いただきたい」

「それはよかった。日取りはどうするかね?」

「8月の前半には余裕を持って準備が整うかと」


 貴族の結婚式ともなれば、参列する貴族はそれぞれ家の格に見合った祝いの品を準備する必要があるし、ホストのヨアキムさんたちもそれ相応のもてなしをしないといけない。


 それに、各貴族家の予定を合わせる必要もある。


 余裕を見て式まで数か月ほどの期間を置くのはそのためらしい。


 その他にも細々とした打合せや開拓地の近況などを、ルフェーブル子爵とヨアキムさんが中心になって話す。

 重要な話し合いが終わって軽い世間話に移っていたところで、頃合いをみて話が切り上げられた。


「それではヨアキム殿と婚約者のティナ殿については、領主貴族になられるにあたって行政府の方で私からいくつか説明事項があります。ご同行を」


 そう言ってヨアキムさんを連れて行くのは、行政長官をやっているというアントン・エルバ士爵。

 武官トップのラングレー士爵に対して、彼は文官側のトップだという人物らしい。ちなみに犬系の獣人だそうで、頭には犬耳が生えている。


 そのエルバ士爵に連れられて、ヨアキムさんとティナは退室していった。

――――――――――――――――――――

「さて、リオ殿も名誉士爵になるわけだが、そうなるとこれまでとは多少立場も変わることになる。振る舞いを変えなければならない部分も多いだろう」

「……はい」


 これまでもルフェーブル子爵に会ったときはそういう話を聞いていたし、ヨアキムさんやティエリー士爵からも折に触れて「貴族になるための心得」のような話は教えられていた。

 末席も末席とはいえ貴族になれば、周りからの扱いが変わる。これまでも「来訪者」という立場もあって丁寧に接せられることが多かったけど、正式に貴族階級を得ればそれ以上に平民とは厳密に区別される。

 プライベートの場で親しい相手と話すのならともかく、公の場であれば目下となる平民を「さん」付けで呼ぶこともできないし、敬語で話すこともできない。「貴族としての品位を欠く」と見なされるからだ。

 貴族の集まりでも「来訪者」というゲストではなく、一貴族として扱われることになる。当分そういう社交の場に出ることはないだろうけど。


 しばらくは、色々なことに慣れずに戸惑いも感じる生活になるだろう。

 だけど、それもこの世界で生きていく上では仕方ないことだ。

 そんな「貴族になることで変わる立場」についてあらためて考えているところに、ルフェーブル子爵が話を続けた。


「私以外からも話は散々聞いていると思うので君自身の心構えについては問題ないだろう。あとは君の従士についての話をしなければな」

「僕の、従士……ですか?」


 これまでは貴族になって変わる自分の立場ばかり考えていたけど、そういえば僕にも必要なのか、従士が。


「ああ。とはいえ、村や街を治める領主貴族でなければそれほど従士の人数は必要ではない。うちに仕えているラングレーやエルバも、自身の従士については子飼いの部下を数人抱えているだけだからな」


 領地を持つ貴族は、だいたい人口50人につき1人ほどの従士を抱えているのが一般的らしい。

 シエールのティエリー士爵には20数人の従士がいるし、ルフェーブル子爵家ともなれば200人近い従士を抱えている。


 だけど、領地を持たない貴族にはそれほどの従士は必要ないので、武官トップのラングレー士爵も文官トップのエルバ士爵も、指揮系統とは別に自由に動かすための子飼いの従士を数人抱えているだけだという。


「君も今は開拓に勤しむ身だが、いずれ開拓地が完全に自立していけば、領内の他の地で何か別の仕事をすることもあるだろう。それに、うちも西部閥に属する家だ。西方のアルドワン王国と本格的な戦争でも起これば、援軍として君を派遣することにもなるかもしれん」

「は、はい」


 戦争か。こういう世界で貴族になる以上、いつかは行くことになるのかもしれないけど、できれば縁のないものでありたい。


「そういうときに、名誉士爵である君に部下がいないというのは困るだろう。あの終身奴隷は君の身の回りの世話しかできんだろうし、ゴーレムではこなせる仕事に限界もあろう。マイカ殿も所属としては君の部下だが、別で動かなければならない場面も出てくるはずだ」


 つまり、ある程度の権限と責任を持って動く下級貴族ともなれば、人間の部下が必要だろう、ということらしい。


「叙爵してすぐに、とは言わんが、そう遠くないうちに数人ほど従士を抱えるつもりでいてほしい。丁度いい人材にあてがあればいいが……この世界に知り合いも少ない君では難しかろう? 必要であれば、うちの従士家の次男以下から適当な人材を紹介できるが」

「……従士として登用するのは、平民であれば誰でもいいんでしょうか?」

「まあ、そうだな。平民で、君にとって信頼できる人物で、君の護衛や職務の補助を務める戦闘力・知力がある人物であれば問題はない。あてがあるのか?」

「はい、ちょうど数人います」

「……それはこれまで開拓地での仕事を共にしてきた冒険者たちかな?」

「はい、そうです」

「そうか。君はいつも真面目で頭も切れるようだからな。君が選ぶ人材であれば問題もなかろう。この話は以上だ」
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