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第二章 開拓者たちは進展と出会いを得る。

第30話 流通が始まる。

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 街道の往来が始まったことで、開拓地の環境は大きく変わった。


 これまではヨアキムさんが自ら主導してシエールまで魔物狩りの成果物を輸送しないといけなかったし、開拓地で不足する物資もそのたびに直接買い付ける必要があった。

 だけど、今ではミケルセン商会の支店があって、エイダ・ハーディングさんをはじめ数人の従業員が常駐している。

 魔物狩りの成果物は彼女たちに直接渡せば買い取ってもらえるし、逆に開拓地で必要なものも注文すれば手配してくれる。

 生活上のちょっとした品であれば、お金を持っていってその場で買うことすらできる。


 商会が買い取る分の魔石は精錬までしてくれるので、開拓地で唯一の魔石職人だったマルクさんは膨大な精錬作業から解放された。

 僕がマルクさんの工房まで、毎日のように魔力を貸しに通う日々も終わった。


 ミケルセン商会だけでなく、ルフェーブル子爵領内に拠点を置く大小の商会ともいくつかの取引が始まった。

 彼らはここに店までは置かず、定期的に隊商を寄越すだけだけど、それでもその取引量は多い。


 こうして街道による流通が生まれたことで、僕たちの行動の自由も増えた。

 僕やマイカはより魔物狩りに専念できるし、ヨアキムさんもどんどん規模が拡大していく開拓地を治めることに集中できるようになっている。


 魔物狩りは開拓地や街道周辺の安全地帯をさらに広げるように進めていて、毎日狩りに専念できることで、成果もかなり大きくなっていた。

 この狩りのおかげもあって、今のところ街道に危険な魔物が出たという情報はない。


 そして、僕とマイカはお金の使い道が増えた。

 ミケルセン商会は王国北西部に広い流通網を持っているので、店でエイダさんに頼めば、大抵のものは取り寄せられる。

 ちょっと珍しくて高級な食材や、僕たちの貴重な娯楽である本など、少しずつ買い物をする楽しみも増えていた。


 その分出費も増えたけど、今は魔物狩りの利益から一定割合が報酬としてもらえる。

 ルフェーブル子爵からの年給も併せれば、年収100万ロークに届こうかという高給取りになった僕たちは、多少の贅沢をしたところでお金が溜まる一方だった。


 開拓地ではずっと宿屋を修繕した建物に住んでいたけど、ついに僕たち来訪者用の住居も建設が始まっている。僕とマイカでそれぞれ一軒ずつだ。

 開拓地で初期から活躍してきた大工のデニスさん直々に監督をしてもらって、僕とマイカはそれぞれ好きな間取りの家を建てることにしていた。


 費用は自腹だけど、この世界の家は現代日本ほど高価ではないし、土地はタダだ。

 貯金が有り余っている僕たちにとっては大した負担じゃない。


 ここに永住するわけではないだろうけど、当分はまだここを拠点に魔物狩りに勤しむことになる。

 僕たちがここを離れることになったら、ヨアキムさんに買い取ってもらい、領主所有の不動産にしてもらう予定だ。


 僕たちの家以外にも、領主屋敷をはじめとした既存の建物の建て直しや、新しい住居や店舗の建設が始まっている。


 ヨアキムさんはある程度の都市計画を考えていたらしく、店や商業施設の集まる区画、工業区、平民たちの住宅地、いずれ増えていくであろう農奴たちの居住区など、面積的にも余裕を持った整備・建設が進んでいた。

――――――――――――――――――――

 4月の後半には、さらに追加の開拓民と、ヨアキムさんの従士になる人たちが到着した。

 初代の従士になるのは6人。20代前半から30歳ほどまでの、屈強な青年ばかりだ。


 ヨアキムさんが彼らのもとに寄ると、6人は全員が膝をついて頭を下げる。その代表らしい1人が言った。


「クリス・ギブソン以下6名、着任いたしました」

「うむ。皆よく参った」


 領主と部下としての挨拶を交わした2人。従士たちは立ち上がると、


「……はっはっはっ!ついにやったな、ヨアキム!お前が士爵か!」

「ありがとうクリス。お前らもよく来てくれた。これから一緒に頑張ろう」


 気安い雰囲気で口々に話し始めた。


 今回ヨアキムさんが従士に任命したのは、全員かつての同僚や後輩だと聞いている。

 領主と従士という今後の立場を抜きにすれば、こっちが素なんだろう。


「それで、開拓の立役者だという来訪者殿はどちらだ? ああ、あの2人か」


 クリスさんはそう言いながら周りを見回すと、僕とマイカに気づいて近寄ってきた。

 僕らの前まで来て、膝をつく。


「バルテ家に仕える従士長となります、クリス・ギブソンです。あなた方のご活躍は聞き及んでおります」

「リオ アサカです。よろしくお願いします」

「マイカ キリヤです。よろしく」


 クリスさんに続いて、他の従士たちも挨拶をしてきた。


 立場上は僕たちの方が上になるとはいえ、自分より年上の屈強な男たちに膝をついて頭を下げられるのはなんだか緊張する。

――――――――――――――――――――

 僕とヨアキムさんの叙爵を数週間後に控えた日。


 僕たちはシエールまで呼ばれて、叙爵式の打合せをすることになった。今日はケレンからルフェーブル子爵も直々に来るらしい。

 自分たちで輸送作業をしなくなったので、シエールに来るのは久々だ。


「……なんか、人が増えましたね、この街」

「そうだな。隊商が行き来するようになったし、そうなれば商人や、その護衛の冒険者が滞在する。もともとシエールは小さな都市だったから、往来の増えた影響が分かりやすく見て取れるな」


 行政府に着くと、いつものようにティエリー士爵が出迎えてくれた。

 都市の賑わいが増していることに触れると、彼も嬉しそうに答える。


「そうだろう。商人の往来が増えたのはもちろん、シエール北西側の平原を開墾し始めたからな。それを当てにして農民の人口も増え始めている。これも貴殿らのおかげだよ」


 これまで魔境に面していたシエールの北西側は、危険な魔物が襲ってくる危険もあったので、開墾できなかった。

 僕たちの魔物狩りでそちらの方面が安全になったことで、耕作地として利用できるようになったらしい。


「このまま発展が進めば、数年後には私も準男爵に陞爵できるだろう。貴殿らには頭が上がらんよ」


 これほど機嫌のいいティエリー士爵は初めて見た。

――――――――――――――――――――

 行政府の会議室で、また久しぶりにルフェーブル子爵と面会する。


 開拓地への街道が開通した影響はケレンにも表れているらしい。

 ルフェーブル領内の流通の中心地であるケレンはシエール以上に商人の行き来が増えているそうで、目に見えて賑わいが増しているそうだった。


「それで、叙爵式はケレンの広場で大々的に行おうと考えているが、君たちが開拓地を離れてこちらまで来るのは問題ないかね?」

「はい。開拓地の周囲は、ほぼ完璧に安全が確保されています。リオ殿が数日離れても問題ありません。いざとなれば魔石もあります」


 ゴーレムは僕が補充しないと2日で魔力が尽きてしまうので、これまでは開拓地の安全を考えて、1泊2日以上の行程で離れることができなかった。


 だけど、精力的に魔物狩りを続けている今では、開拓地周辺に危険な魔物が出なくなって久しい。

 このまま魔物狩りをサボり続けるならともかく、ケレンに行くために数日程度離れても問題ないだろう。


 それに開拓地には、売らずに領主の財産として保管されている魔石も多い。

 ゴーレムの魔力が尽きた後も、いざとなったら費用を度外視で大量の魔石の魔力をゴーレムに注いで起動させることもできる。


「では、当初の予定通りケレンで執り行うとしよう」


 そうまとめたルフェーブル子爵は、思い出したように言い足す。


「ああ、ひとつ忘れていた。叙爵式のときだがな、配偶者や婚約者などが壇上で叙爵者の後ろに控えるのが通例になっている。そういう決まった相手はいるかね?」

「……僕の奴隷を控えさせるのは問題があるでしょうか?」


 身分的に駄目かもしれないとは思いつつ、一応聞く。

 キュクロプスと戦うとき、カノンは危険を承知で僕の傍についていてくれた。

 それに、僕はあの子を愛している。

 できることなら、晴れの舞台を同じ壇上で迎えたい。


「ん? まあ、よいのではないか?」

「閣下!それはさすがに……」


 軽く言ったルフェーブル子爵を咎めたのは、後ろに控える古参使用人。王都にいた頃に買い物でお世話になったサジュマンさんだ。


「だが、王国の式典法では『配偶者かそれに準じる者』となっているのであろう? どうにでも解釈できるものだ。別に誰を出席させてもよいではないか」

「しかし、領民への示しの問題もございます故」

「リオ殿の成果を以てすれば文句を言う領民もいまい。それに、どうせあの奴隷をしっかりと着飾らせて立たせるのであろう? それなら見栄えも悪くならないのだから、構わないだろう」


 というわけで、ルフェーブル子爵の一声でカノンも叙爵式に参列することが決まった。相変わらず身分の差に寛容な領主様だ。


「それで、ヨアキムの方は誰がおるのか?」

「は、それは、その……」


 と、少し言葉に詰まったヨアキムさんは、ひと呼吸おいてから言った。


「……ティナを、婚約者として出席させたいと思っております。本人は承諾済みです」


 ほう。最近明らかに2人の距離が近いからそうだろうとは思っていたけど、やっぱりそういう仲になっていたか。


「そうか。お前たちがそうなったか」

「申し訳ございません。お互い従士という身でありながら主である閣下にお伝えもせず……」

「構わん。今後もティナはお前の補佐に付ける予定だったのだ。そのまま領主夫婦となってあの地を治めるがよい」

――――――――――――――――――――

 その日、シエールに帰るときのこと。


「ヨアキムさん、ティナとのこと、おめでとうございます」

「ん? ああ、まあその、なんだ……ありがとう」

「もしかして照れてるんですか?」

「いや、別にそういうわけでは……開拓地では誰にもそういう話をしていなかったからな。驚かせただろう」

「いや、なんとなく気づいてました」

「何っ!?」

「2人とも距離感近かったですし、ティナは最近ヨアキムさんの話ばっかりしてましたし。マイカとも『あの2人はそうじゃないか』って話してましたし、他の皆……『荒ぶる熊』の人たちとかも気づいてたんじゃないですか?」

「そ、そうか。そういうものか……」

「ヨアキムさん、意外と恋愛は不慣れですか」

「いや別に不慣れでは……あるな」

「あはは……とにかく、おめでとうございます」

「ああ、ありがとう」


 だいぶ気安く話せる関係になっていたヨアキムさんだけど、この帰り道でまた一段と男友達っぽくなった。
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