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第一章 来訪者たちは異世界に迎えられる。

第20話 他の来訪者と会う。

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「まず簡潔に言うと、開拓は当初の予想を遥かに上回って順調に進んでいます。家屋の建築や畑の開墾、魔物狩りも進み、今のところ死者はおろか、重傷者や重病人の1人も出ていません」

「ううむ……あの日の模擬戦で見たゴーレムの強さから考えて、開拓が成功する確率は高いと考えていたが、それほど大過なく進むとはさすがに予想外だったな」


 行政府の会議室。

 ヨアキムさんの報告に、ティエリー士爵は納得半分、驚き半分といった様子で呟く。


 その後もヨアキムさんから、開拓状況の詳細な報告が続いた。

 クレーベル跡は一部の建物が原型をとどめていて、それらを修繕することで初期段階から屋根と壁のある環境で生活できていること。

 今では開拓地の周辺に一定の安全が確保され、シエールまでの移動ルートの作成やルート上の魔物狩りも少しずつ進んでいること。

 すでに開墾も始まっており、「開拓初年からの農耕の開始」という目標を達成したこと。

 北西部はホーンドボアやブラックフット、デビルヴァイパーといった要注意レベルの魔物が当たり前のように出現し、さらにはオークやグレートボアといった危険な魔物も闊歩する環境であること。

 それらの魔物に対してゴーレムは十分に対抗できる戦力になっていること。戦闘を重ねたゴーレムが、想像以上の強さを誇っていること。


「今はまだ開拓地からシエール間の周辺でしか魔物狩りを行っていませんが、これからその範囲を広げていけば、やがては北西部一帯で、王国中央部なみの安全を実現することも叶うでしょう。あとは時間の問題です」


 そう現状報告をまとめて、ヨアキムさんは大きな袋を会議室のテーブルの上に置き、その中身を広げた。

 出てきたのはいくつもの魔石。どれも濁りのない高純度のものばかりで、大きさはどれも拳以上、なかには人の頭ほどの大きさのものまである。


「これが開拓地周辺で狩った魔物の魔石です。これ以外にも馬車の方にいくらか積んでいますが、それでも全体から見ればほんの一部になります。あの地で魔物狩りを続けていけば、このように上質な魔石を今後も長期に渡って得られるでしょう」

「うむ……この色や大きさ。確かにグレートボアのものだな。それにこちらはオークか。それ以外のものも、どれも王国内部で得られる魔石と比べて純度が高い」

「ルフェーブル領北西部は長らく人の手が入らない地でした。王国内の他の場所と比べると、ただの動物と比べて魔物の比率も高い。魔物が魔物を食らう連鎖をくり返す中で、魔力の含有量が高まってきたのでしょう」


 北西部で得られる魔物の魔石は純度が高いので、価値も普通のものより高い。「魔物狩りで得られる魔石や素材を開拓地の資金源とする」という当初のプランは、想定以上の利益を上げる結果になっている。


「魔石以外にも、毛皮や武器の素材になる爪、牙、ツノなどの収穫物もあります。それらを合わせると、この2か月の収穫は、金額にして300万ロークは超えるかと」

「300万か……それも魔物狩りだけで……驚異的な額だな」

「はい。これもあくまで、開拓地や道の安全を確保する中で得た利益です。範囲を広げながらより積極的に狩りに出れば、さらに短期間で多くの利益が上がっていくでしょう」


 たったの2か月弱で、それも限定的な範囲内の狩りだけで300万ローク、現代日本の感覚で3億円だ。これから開拓が進んで環境が整えば狩りの自由度も上がり、さらにそこへ農業などの利益も加わっていく。


「……ゴーレムの護衛なしでシエールと開拓地を行き来できるようになるまで、あとどれほどかかる見込みだ?」

「冬の間はこれまでほど自由に魔物狩りもできなくなるでしょうが、年が明けて春にはまた再開します。それを鑑みて……来年の夏頃には行商人なども行き来できる程度になるかと」


 現状、開拓地の安全を確保できているのは、僕のゴーレムとマイカの探知があるからこそだ。

 通常の冒険者の護衛だけである程度安全に行き来できるようになるのは、もっと広範囲で狩りを進めてからになる。


「来年の夏頃でも王国内の一般的な街道よりは危険度が高いと思いますが、これから開拓地で上がる利益を考えれば、その危険を踏まえても開拓地を訪れようとする商人は多いでしょう」


 大きな利益を生む開拓地には、これからルフェーブル子爵領内はもちろん、領外からも商人がやって来るだろう。

 そうなれば、ルフェーブル子爵領の経済が活性化されるのは間違いない。


「分かった。ではその予定でルフェーブル閣下にも報告を届けよう」


 こちらの報告が終わると、次はティエリー士爵がルフェーブル子爵から預かっている連絡事項の説明を始める。


「ルフェーブル閣下からは、開拓が順調に進んでいる場合から難航している場合までいくつかの段階に分けて言伝を預かっているが、どうやら最も順調な場合と見てよさそうだな」


 開拓が最良と言っていいペースで進んでいる今の状況に合わせて、ルフェーブル子爵からの言伝が説明される。

 それによると、「冬が明ける頃を目途に、新たな開拓民を募集して開拓地へと送り込むことになるだろう」とのことだ。さらに、労働冒険者も追加で集めてくれるという。

 開拓地がある程度安全な場所になったことで、冒険者の集まりもよくなるはず。開拓地は特に建築関係で人手不足なので、肉体労働の担い手が増えるのは助かる。


「それから、これはリオ殿への言伝だがな。ゴーレムを追加で2体、そう遠くないうちにここシエールまで届けるから受け取ってほしいとのことだ」

「ゴーレムを、ですか?」


 言伝によると、僕がゴーレムを複数体操れると分かった直後から、ルフェーブル子爵は自身の情報網を使って、他のゴーレムの行方を調べてくれていたらしい。


 その結果、ゴーレムを保有している貴族家が西部に1家、北部に1家あることを突き止めて、ルフェーブル子爵家がそれを買い取る算段をつけたという。


「どちらのゴーレムも、単に珍しい魔法具のコレクションとして保管されていたものらしい。多少色をつけた買値を提示したら、あっさりと売ることに同意されたそうだ。既に輸送中なので、冬が来る前にはシエールでリオ殿に受け取ってもらえるようにできるとのことだ」


 ゴーレム5体を稼働させても僕の魔力はまだまだ余裕があるので、そこへさらに2体を追加することも十分可能だ。

 これで僕は、さらに大きな戦力を率いることができる。開拓もさらに効率的に進められるだろう。


 ちなみに、追加のゴーレム2体は、開拓を順調に進めている追加報酬としてそのまま僕にプレゼントされるらしい。

 1体あたり数万ロークもの魔法具を、追加報酬として2体もくれるなんて。太っ腹な話だ。

――――――――――――――――――――

 現状報告や連絡事項の確認が終わり、少し雑談をしていたとき、「そういえば、今この街に他の来訪者が滞在しているぞ」とティエリー士爵が言った。


「他の来訪者が?シエールにですか?」


 自分が雇われている領地をこう言うのも何だけど、ルフェーブル子爵領はジーリング王国の中でも北西の最果てにある田舎だ。

 その中でもシエールは端の端にある都市。なぜこんなところに他の来訪者が来ているのか、目的が分からない。


「ああ、昨日から客として私の屋敷に泊まっている。少し会うかね?」

「それは……はい。ぜひ会わせていただきたいです」

「では、うちの従士に屋敷まで案内させよう」


 ヨアキムさんとは12時に北西側の門の前で待ち合わせることにして、僕はティエリー士爵の従士の案内を受けて行政府を出た。


 そこからほど近い場所にある士爵邸に入り、応接室に通される。


 5分と待つことなく、室内に2人の来訪者が入ってきた。1人は男性、1人は女性で、どちらも20代前半くらい。

 その女性の方が、僕に手を差し出しながら笑いかけてくる。


「リオ・アサカ君ね、初めまして。私はユリ・ナミオカよ。よろしく」

「よろしくお願いします」


 僕も挨拶を返しながら握手を交わす。男性の方も「ヒロキ・アラカワだ。よろしく」と名乗ってくれた。

 それから、なぜ2人がここにいるのか、ユリさんが説明してくれる。


「私は王家に仕えていてね、『瞬間移動』というギフトを持っているの」


 王家に直接スカウトされたという20人ほどの来訪者。彼女がその1人だったのか。


 ユリさんによると、彼女のギフト「瞬間移動」はその名の通り、遠く離れた場所へ一瞬で移動できる力だという。

 魔力を消費するので1日にそう何度も使える力ではないらしいけど、それでも徒歩か馬くらいしか移動手段がないこの世界では破格の能力だ。王家が欲しがったのも分かる。


「でも、このギフトにはひとつだけ制約があってね。自分で一度訪れたことがある場所にしか移動ができないの。だから瞬間移動できる地点を増やすために、王国内のあちこちを回っているのよ。シエールにもそれで立ち寄ったの。この仕事に協力してもらってるのがこっちのヒロキくん」


 そう言って、ユリさんがヒロキさんを指す。


「俺のギフトは『膨大な体力』って言ってね。常人を遥かに上回る体力があるんだ」


 何となく、僕の『膨大な魔力』と似たタイプの能力だ。


「この『膨大な体力』は手で触れた相手に注ぐこともできてね。弱ってる病人やけが人に体力を分け与えて救えるっていう利点を見出されて、王領のすぐ隣に領地を持つ侯爵家に雇われたんだ。けど、今はユリさんを王国各地へ運ぶ仕事を命じられてる。俺が馬に体力を注げば、長時間走らせて一気に移動することができるからね」


 馬も生き物なので、ずっと走り続けることはできない。馬車を引かせるなら、人間の早歩きくらいの速度を維持するのがせいぜいだ。

 だけど、ヒロキさんが定期的に馬に体力を注ぐことで、1日に通常の数倍もの距離を移動できるらしい。


「俺を雇ってる侯爵様が王家に協力して恩を売りたいからって、俺はもう4か月もこの人と旅暮らしだよ」と冗談めかして言ったヒロキさんを、ユリさんが「何よその言い方」と苦笑しながらはたく。


「でも実際のところ、ずっと移動ばかりの生活って大変そうですね」

「色々な土地を見られるのは楽しいからいいんだけどね。リオ君こそ、危険地帯で開拓なんてやってるんだろ?俺たちより大変そうじゃないか」


「まあ、僕にはこのゴーレムがいますから」と言って、僕は自分の後ろに控えるゴーレムを振り返る。


「ああ、これか。確か王宮別館でも見かけたな。すごく強いんだって?」

「はい。強いです。1体でちょっとした軍隊並みに」


 真顔でそう言う僕に、ヒロキさんとユリさんが少し驚いた表情を見せる。


「冗談……で言ってるわけじゃないみたいね。そんなに強いんだ」

「はい。しかもこれが5体います。これからまだ増えます」


 僕は今はルフェーブル子爵領の重要な手札だ。この領が軽んじられないためにも、自分の力や価値を低く見積もって話すべきじゃないだろう。


「……私が『瞬間移動』を使える地点を増やしているのは、王国に何かあったときに必要な人材や物資を運ぶためなの。ある程度の量なら自分と一緒に運べるから。もし国家の危機が発生して戦力が必要になったら、ここへリオ君を迎えに来ることがあるかもしれないわね」

「ルフェーブル子爵が許可されるのなら、という条件付きですけど、僕でよければいつでもご協力します」


 真面目な顔でそう言うユリさんに、僕はそう返した。

――――――――――――――――――――

 これからもしばらくは移動生活を続けるという2人と、お互い健闘を祈って別れる。


 12時まではまだ少し時間があるので、マイカとの「本を買ってくる」という約束を果たすことにした。

 案内をしてくれた従士さんに本を買いたいと話すと、この街で唯一本を置いているという店に連れて行ってくれるという。
 向かった先は、雑貨や装飾品などを売っている小さな店。シエールほどの小都市ではさすがに単体の本屋はなく、この店で「高価な雑貨」として少数を取り扱っているらしかった。


 来訪者の来店を知ってテンションの高い店主に、置いてある本を見せてもらう。

 子爵家の歴史をまとめたという書物が1冊、王国西部から北部にかけての植生をまとめた植物図鑑が1冊。そしておとぎ話や寓話をまとめた小説のようなものが3冊。それで全てだった。


「これを全て買いたいんですが……」

「す、全てですか!ありがとうございます!5冊合計で8300ロークですが、8000ロークにいたしましょう」

「ありがとうございます。ではそれでお願いします」


 シエールで本を買う人はめったにいないらしく、5冊とも長く売れ残っていたらしい。

 高価な不良在庫を一掃できてさらに上機嫌な店主に、「あと、これとは違う本を集めてもらうことはできますか?」と聞いてみた。


「違う本をですか?はい、うちの馴染みの行商人に頼めば集められると思いますよ。どのようなものをお求めで?」

「では……この王国や大陸の歴史が分かるような歴史書と、魔物などの図鑑、あと今日買った物語本とは違う読み物を集めていただきたいです。僕かもう一人の来訪者が、シエールに帰った際に買わせていただきます」


 そうお願いして店を出る。不良在庫を引き取っただけでなく高価な商品の注文までした僕を、店主は店の外まで見送ってくれた。


 後はやるべき用事もない。ヨアキムさんたちと合流して開拓地に帰ろう。
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