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第一章 来訪者たちは異世界に迎えられる。

第11話 王都を発つ。

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 ついに僕たちが王都を発つ日が来た。


 王都からルフェーブル子爵領の領都ケレンまではおよそ1か月半。子爵領が王国北西の端にあって、移動手段が馬車だということを考えると仕方ないけど、ただ移動するだけでもものすごい長旅だ。


 他の来訪者たちもそれぞれ契約した貴族と出発していて、別館に残っているのはもう50人もいない。ユウヤさんも数日前に、王国南東部の貴族に仕えることが決まって旅立っていった。

 1か月以上を過ごした王宮別館を後にする。これまでは王宮の「お客様」だったけど、これからは本当の意味でこの世界の一員として生きていくことになる。


 王宮からほど近い貴族街の子爵邸に行くと、出発の準備が進んでいた。


「おお、リオ殿にマイカ殿か。契約のとき以来だな」

「ルフェーブル閣下、お久しぶりです」

「お久しぶりです。これからよろしくお願いします、閣下!」


 契約の後も話し合いやら年給の受け渡しやらで何度か子爵邸には足を運んでいたけど、その間ルフェーブル子爵はいつも不在だった。

 僕とマイカのギフトでルフェーブル領北西を開拓できる目途がたったので、開拓・開発後の商売を見据えて商会などへの声かけをしたり、せっかく貴族が王都に集まっているこの機会に他家とのコネクション作りや情報交換をしたりと、貴族家当主として忙しく動いていたらしい。


「ん?あの2人は君たちの雇った使用人か?……いや、奴隷か。終身奴隷を選ぶとは珍しい。それに随分と着飾らせているな」

「あはは、やっぱり変でしょうか?」


 カノンたちの身なりが良すぎてパッと見で奴隷とは気づけなかった様子の子爵に、マイカが苦笑いで尋ねる。


「まあ、奇妙ではあるが……来訪者たちは自分の奴隷を妙に可愛がる、というのは貴族の間でも話題になっていたからな。君たちはそういうものなのだろう」


 僕たち以外に奴隷を買った来訪者も、奴隷にいい服を着せて大切そうに傍に置いているらしい。

 当然この世界の人から見たら奇妙に映るだろうけど、現代日本で生きてきた僕たちには「人を奴隷として扱う」という感覚がないから仕方ない。

 貴族の間では「来訪者たちは奴隷制度のない世界から来た」ということも知られているそうで、奴隷の扱い方に関しては「仕事に支障がないのなら好きにさせておけ」という感じらしい。

「これらは来訪者に見初められた幸運な奴隷というわけだ」と言うルフェーブル子爵の前で、カノンたちはガチガチに緊張しながら深々とお辞儀をしていた。上級貴族に挨拶する機会なんて今までなかったんだろう。


 ルフェーブル子爵の一行は、馬車3台に騎兵が5騎という編成だった。

 馬車のうち1台は装飾がされた貴人用で、これはルフェーブル子爵と、従者としてサジュマンさんが乗るためのもの。

 次の1台はごく普通の箱型馬車で、子爵の使用人たちが乗るもの。僕とカノン、マイカとミリィもこれに乗ることになる。

 あとの1台は輸送用馬車。そこに子爵や使用人たち、そして僕たち来訪者組の荷物が積みこまれた。

 僕のゴーレムたちは馬車の後を徒歩でついてくることになっている。ゴーレムはどれだけ歩こうが走ろうが疲労は感じない。


 午後には王都を出発した。


「わあ……すごいです!農地がずっと続いて、端が見えません……」

「カノンは王都から出るのは初めて?」

「はい!こんなに広い景色生まれて初めて見ました!」


 王都の都市部で家事奴隷の家系に生まれたカノンにとって、果てしなく農地が続く広大な景色は新鮮だったらしい。

 ミリィも同じのようで、初めて見る風景への感動をマイカに訴えていた。


 カノンと寄り添って、馬車の中を吹き抜ける風を感じながら、牧歌的な風景を眺める。平和だ。

 なんとなく手を握る。


「カノン、これからもっと色んな景色を一緒に見ようね」

「……はいっ」

――――――――――――――――――――

 このあたりには大所帯の車列を襲ってくるような魔物は滅多にいないし、貴族家の家紋が書かれた馬車をあえて襲うような盗賊も普通はいない。

 馬車に揺られるだけの、のんびりした日が2週間ほど続いた。

 そのうちの最初の1週間はカノンやマイカたちとひたすら雑談に興じていたんだけど……


「なんと……ではこれまで宿敵として戦ってきた暗黒卿は、その騎士の実の父だったというのか?」

「はい、そしてさらに暗黒卿は衝撃の事実を明かします。彼によると、実は天空騎士と今まで戦いを共にしていた姫は、赤ん坊のときに騎士と生き別れた双子の妹だったんです」

「おお、なんと……そのような真実が……」


 僕は今、ルフェーブル子爵の馬車に同乗させられて、もとの世界の映画やアニメのエピソードを延々と語らされている。


 そもそものきっかけは王都を発ってから1週間後。大きな都市で一泊する日の夜に、子爵と夕食を共にしたときのことだった。

 夕食の席で僕とマイカが語る現代日本の話が物珍しかったらしく、ものすごく興味を持たれた。

 なかでも子爵の食いつきが凄かったのは、意外にも映画やアニメの話だ。


 何でも、亜竜による領内の混乱をきっかけに「美術品や魔法具の収集」という代々の趣味を失ったルフェーブル子爵家当主が新たにハマったのが「物語や戯曲」だったらしい。


 大きな都市に出かけた際には暇を見つけて劇場に足を運び、高価な物語本を少しずつ買い集めては屋敷の書庫にコレクションし、まれに吟遊詩人が領内を訪れたら屋敷に招いて物語を語らせる。

 それは「貧乏貴族になっても維持できる貴重な趣味」として、先々代から先代に、そして現ルフェーブル子爵にも受け継がれた。

 なのでルフェーブル子爵は、珍しい物語に目がないという。


 そして僕は、もとの世界で2年もニートをしていた。お金もなかったので、自室に引きこもって動画配信サービスで映画やアニメばかり観ていた。僕にとって唯一の趣味らしい趣味だったと言える。

 同じ映画をくり返し観ることも多かったので、頭の中にはいくつものストーリーが、かなりの精度で記憶されている。

 ルフェーブル子爵はそのストーリーに食いついた。それはもう食いついた。正直ちょっと引くほどだった。


 その翌日から、僕はルフェーブル子爵の退屈しのぎの相手として、彼の馬車に招かれて物語の語り部と化している。

 有名SF大作シリーズを「天空世界の騎士物語」に置きかえて、ゾンビ映画を「死霊との戦いの物語」に置きかえて、戦争映画を「英雄たちの大戦記」に置きかえて、ロボットアニメを「巨大ゴーレムによる戦い」に置きかえて、もうかれこれ20作は語っているだろうか。

 自分が考えたわけでもないストーリーを延々と語るだけで子爵閣下に楽しんでいただけるのは嬉しいけど、さすがに疲れる。


 そのうちマイカもこっちの馬車に呼ばれて子爵の話し相手になり、「何なら君たちの奴隷もこの馬車に乗せてはどうだ?傍に置いておきたいのだろう?」と言われてカノンたちまで移される。

 貴人用の馬車に奴隷を乗せることにはサジュマンさんが「閣下、さすがにそれはいかがかと……」と苦言を呈していたけど、


「私がいいと言うのだからいいだろう。道中この馬車に私とお前しかいないと暇だ。来訪者たちが奴隷を連れたいのならそうさせてやれ。今は他の貴族や領民の目があるわけでもないのだから、私の好きに振る舞ったっていいじゃないか」


 と子爵は言ってのけた。


 初対面のときから他の貴族と比べて穏やかそうな人だとは思っていたけど、かなりくだけた一面をお持ちらしい。


 ちなみに、子爵を前にして最初は緊張で固まっていたカノンとミリィも、そのうち子爵の気さくさに慣れて一緒に物語の聞き手に回っていた。

――――――――――――――――――――

「右手の森の奥から何か近づいてきます。大きさや魔力量から考えると、多分さっきと同じホーンドボアです」

「了解した。リオ殿、頼む」

「はい」


 僕は心の中で指示して、車列の前方を歩かせていたゴーレムたちを右側面に移動させる。

 1体はそのまま右手の森へと近づかせて、もう一体は万が一のために子爵の馬車への盾になる位置に立たせた。


 森から飛び出してきたのはマイカの予想通り、額から太いツノが生えた猪のような魔物、ホーンドボアだった。今日はこれで2匹目になる。

 熊ほどもある巨体に勢いをつけて突っ込んでくる。ターゲットは森に近づいていた方のゴーレムだ。

 ゴーレムはそれをギリギリまで引きつけて躱し、すれ違いざまに腕でホーンドボアを突く。狙うのは目。

 そこから頭の中まで一気に貫かれたホーンドボアは、一瞬ブルっと身体を震わせて絶命する。


 王都を発ってそろそろ1か月になる今、僕たちは王国西部を子爵領へ向けて北上していた。


 このあたりになると、たまに大型の魔物が現れて近づいてくることがあるらしい。

 人里の近くはそれほどでもないけど、道が森に挟まれているようなエリアは危険度が高まる。


 なかでも数か所、特に注意しないといけないポイントがあるそうで、そういう場所を通るときは一時的に冒険者を追加の護衛として雇うのが一般的らしい。

 子爵たちも行路ではそうした冒険者を雇ったらしいけど、この帰路では雇っていない。

 なぜなら、魔物の接近を事前に探知できるマイカと、冒険者よりも遥かに強いゴーレムを操る僕がいるから。


 僕たちは2台目の馬車の御者台で御者の隣に座り、時おり近づいてくる魔物に、騎士たちの指示を受けながら対処している。

 いきなり実戦に放り込まれたようなもので最初は緊張していたけど、自分たちが直接武器を取るわけでもないのですぐにその緊張もほぐれて、「魔物と戦う」という実感もなく進んでいた。


「しかし凄まじいものだな。普通はホーンドボアともなれば数人がかりで対処するものだが」


 戦闘があっさり終了した後にそう声をかけてきたのは、護衛騎士たちの指揮官だ。彼はルフェーブル子爵領軍の副隊長でもあるらしい。


 彼によると、ホーンドボアを倒すには、盾役が並んでその突進を受け止めつつ、横から槍や剣で腹を何度も突くのが一般的らしい。

 いくら盾を構えていても強烈な突進を食らったら怪我人が出るのは珍しくないし、盾や鎧の隙間からツノに貫かれて死者が出ることもたまにある。


「それを貴殿はいとも簡単に、一瞬で仕留めてしまうのだからな。恐れ入るよ」

「まあ、僕自身が強いわけではないんですけどね……」

「貴殿があのゴーレムを操っているのだから同じことだ。それに、ケレンに着けばあれが5体にまで増えるのだろう?間違っても貴殿を敵に回したくはないな」


 指揮官はそう言いながら苦笑していた。


 ホーンドボアの死体は、魔石(背中側の、首の付け根あたりにある)と高く売れるツノだけを取って放棄する。

 肉もそれなりの値になるけど、次の街まで持っていこうとしたらあまりにも時間がかかるし、護衛の騎士やゴーレムを割いてまで運搬すると防御が手薄になるので、今回は捨て置くらしい。


 ホーンドボアの処理を終えて馬車に戻るとき、窓からカノンが「ご主人様、さすがです!」といつものように褒め称えてくれる。それに笑顔で返しながら、御者台に戻った。

 早く危険地帯を抜けて、またカノンの隣の席に戻りたい。

――――――――――――――――――――

 ルフェーブル子爵領の東に位置するエルスター伯爵領の領都、ヴェルヒハイムに着いた。人口1万を超える、王国北西部でも有数の都市らしい。


「ここまで来ればケレンまであと少しだな」

「確か、ここから1週間くらいでしたっけ」


 久しぶりの大都市での宿泊な上に、任務も終わりが見えてきてホッとした様子の指揮官に、マイカが尋ねる。


「ああ、ここから北西に進んでルフェーブル領に入り、それから領内の街道を西に進めば到着だ。貴殿らも疲れているだろうが、もう少しの間頼むぞ」

「ええ、任せてください!」

「はい、頑張ります」


 そして、それから1週間後。

 僕らは無事にルフェーブル子爵領の領都、ケレンにたどり着いた。
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