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#5
33 : Lynn
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その言葉を聞いて、血の気が引いた。
体が冷たく冷えていく感覚に身を震わせる。
「冗談でしょう、ハイジ」
「冗談ではないな。それが理想だと思っているだけだ」
「ハイジ!」
「怒るな。気持ちはわかる。おれも、師匠に命じられた時はひどく抵抗があったからな。ヨーコたちの力を借りなければ、到底できなかったろう」
ハイジはあたしを真っ直ぐに見つめながら、ふ、と笑った。
「だが……師匠が死んで、経験値や能力を受け継いで、全てが終わったあと、おれはそれまでよりもずっと師匠を身近に感じるようになった。力なんてものは二の次だ。鍛えなおせばいいだけだし、残り少ない師匠の命と引き換えにするほどの価値はなかった。おれにとっては」
「だからって……あたしにそれをさせるつもり?」
「無理強いはせんよ。ただ、もう自分の気持ちを後回しにする必要がなくなったというだけだ」
「……それは、もう死ぬことが決まっているから?」
「そう言えなくもない。だが、死ぬこと自体はあまり関係ない」
「……わからないわ」
「どちらかと言えば、義務から解放されたことが大きい。それまでは役目に無関係なことは、思うことすら許されなかった」
「そんな……」
「自分の感情を直視しても構わないというのは、なかなか良いものだな」
そういうハイジは、ひどく穏やかだった。
いつもどこか張り詰めていたのが嘘のように、柔らかく笑っている。
「……そんなこと、一言も言ってなかったじゃない」
「だから、それすら許されないほどに、おれの人生は契約に縛られていたんだ。その事自体には不満はない。もしもう一度あの時に戻ったとして……おれはきっと同じように精霊に祈るだろう。後悔はない」
「でも、でも……それじゃあ、ハイジの人生じゃないじゃない!」
「そのとおりだ。おれの人生はおれのものじゃなかった––––今までは」
そんなハイジを見て湧き上がる感情は怒りだった。
誰かのために生きると言ったって、物事には限度というものがある。
ハイジが犠牲にしてきたものは、本来犠牲にしてはいけないものだ。
「……そう怒るな。言っておくがこれは、例えば自己犠牲などといった高尚なものではないんだ。なにせ俺が望んだ結果で––––強要されたものではないからな。言ってみれば、おれの我儘だった」
「嘘よ、だって本当にそうなら何故今、解放されたと感じてるの?」
「お前が居たからだ、リン」
「……あたし?」
なぜそこであたしの名前が出てくるのだ。
「あたしに何の関係があるのよ」
「それを説明する前に、まずは謝罪しておこう。おれは人の気持ちを理解するのが下手なようだ。役目のせいでもあるが、元来、あまり気の利く方ではないようだ」
「それはそうね。でも……ハイジは誰よりも優しかったよ」
「そんな風に言うのはお前くらいだ。だが、理解してやれなくて済まなかったと思っている。特に、一人でエイヒムから歩いて帰ってきたことがあるだろう」
「あるわね」
「あの時に、俺のことを好きだと言ったろう」
「そ、そそそ、そうね」
「おれはあの時まで、お前の気持ちに気づいていなかった」
「…………」
それは……流石に唐変木が過ぎるのではないだろうか。
いや、サーヤのときもそうだったらしいし、ハイジらしいと言えばハイジらしいのだが……。
「いくら何でも酷くない? じゃあ、なぜあたしが貴方に着いていこうとしていると思ってたの?」
「わからなかった。いや、気づかないようにしていたのかもしれんな」
「何故?」
「気づいてしまえば……お前を手放さなくてはならないと思ったからだ」
「え」
「お前と過ごした数年は、本当に楽しかったよ、リン」
うぐ、と言葉をつまらせる。
それでは本当に居なくなってしまうようではないか。
あたしは未だに、ハイジが死ぬということを認めたつもりはない。
ましてや、あたしがハイジを殺すなどということを認めるわけがない。
だが、ハイジはすでに死を受け入れていて、初めて自分の気持ちで話をしているのがわかる。
(そんなの)
(そんなの、嫌だ)
「ハイジ……あたし、貴方が死ぬことを認めないわ」
「認めるも認めないも、ただの事実だ」
「なにか生き残る方法があるかもしれない」
「そんなものはないし、それに……正直特に生き残りたいと思っているわけでもないんだ。戦場で死ぬのではなく、こうして数日好きに過ごす時間が与えられた。悪くない終わりだと思ってるよ」
「あたしはどうなるのよ!」
自分勝手な言い分に、思わず声を荒げる。
「遺された人の気持ちは?! サーヤは? ヘルマンニやペトラ、それにヴィーゴさんの気持ちはどうなるの! それに、ユヅキや、他の『はぐれ』たちだって!」
「そうだな、それもある。お前だけでなく、サヤやユヅキ、ほかにも数人、俺のことを好きだと言った『はぐれ』の女がいた。慕ってくれる者も多かった」
「わかってるんじゃないの!」
告白したサーヤはともかく、ユヅキのことも気づいてるんじゃないか!
っていうか、何でこんな熊みたいな大男がモテまくりなんだ?!
ってあたしもか!
「だが、どうしようもない。それに応えることなどできるはずもないし、申し訳ないが保護対象としか見られなかった」
「そ、そんなふうに感情を消してしまえるものなの? いくらなんだってそんな……」
「優先順位の問題だ。死と引き換えにするほど、一人ひとりに対する感情は強くない。むしろ、優先順位が変わらないように、ヴィーゴたちとの付き合いも絶ったくらいだ」
「酷い……!」
「ああ。自分勝手だとおれも思う。だが、それがおれだ。精霊のせいなんかじゃない。契約があろうとなかろうと、そういうふうにしか出来ないんだ」
「酷いと言ったのは、そういうことじゃなくて!」
腹が立って仕方がなかった。
自分でも言っていたが、この男のこれは、自己犠牲でもなんでもない。
ただ、人と交わるのが怖いだけだ。
「あたしが怒っているのは、精霊に対してでも、運命に対してでもないわ! それを受け入れてしまっているハイジの弱さによ!」
「うむ、ヘルマンニにもよく言われたな」
「……ねぇ、ハイジ、あなた、幸せを感じたことはある?」
ハイジの気負わない態度が気に入らない。
だが、それ以上に悲しかった。
この人は、これまでに幸せを感じたことが一度もないのではないか。
むしろ、幸せを感じることを罪だと、そんなふうに思っている。
だが、予想に反して、ハイジは答えた。
「ある」
「ある? そんな生き方をしてて、どうやって幸せを感じるってのよ」
「そうだな……」
ハイジがじっとあたしを見つめる。
「な、何?」
「お前と過ごす日々は、幸せだったぞ」
「な?!」
カッ、と顔が赤くなるのがわかった。
しかも、直視しながら言うなんて!
「見るな!」
「……何故顔を隠す」
「は、恥ずかしいからよ!」
「意味がわからん……」
ハイジは困惑したように首を左右に降ったが、何故わからないのか。
しかし、指先に額の角の感触が当たり、気持ちがすっと沈んだ。
「……こんな生えた女に、何でそんなことを言うのよ」
「何を言っとるんだ、お前は」
ハイジは呆れたようにそう言うと、今度はあたしの角をまじまじと観察し始めた。
「……今は折れているが、なかなか立派な角だったな。間違いなく魔獣の角だ。例外級か、下手をするとそれ以上か」
「なによ、そのイレギュラーってのは」
「魔獣の中には、意志を持つものも現れる。数年に一度だが。そうした魔獣は強敵で、強くなれなばるほど立派な角を持つ。こうなると一筋縄では行かん。そうしたモノを例外級と呼ぶ。さらに、それ以上になると特例級で、これが最上位となる。今のお前がそうかもしれんな」
「……ハイジだって、あたしのことを魔獣だと思ってるんじゃない」
「うん? まぁそうだな。というより、もはやお前が『はぐれ』だろうが魔獣だろうが、そんなことはどうでもいい」
「……なんでよ!」
「あと数日で死ぬのにそんなことを気にしてどうする」
「そこはもうちょっと言い方があるでしょうが!」
「例えばどう言えばいいんだ」
「えっ? そ、その、た、たとえば、す、姿形が変わってもお前だからだとか、もう少しこう……何かあるでしょうが!」
わかれ馬鹿! と顔を真赤にして怒鳴ると、ハイジはまたもフ、と笑った。
「笑うな」
「バカバカしい。お前、角が生えてるだけで何も変わってないぞ」
「どういう意味よ!」
「角が生える前からお前はそんな女だったろう」
ハイジはゆっくりと立ち上がると、あたしの傍までやってくる。
「な、何よ」
「じっとしてろ」
そう言ってハイジはあたしの角に手を伸ばした。
思わずギュッと目をつぶる。
なんとなくいきなりボキリと折られるか、引っこ抜かれるような気がした。
「何故怯える?」
「そちらこそ、何をするの?」
「何もしない」
ハイジはあたしの角に手を添えた。
石で砕いた角は根本しか残っていない。
ハイジの大きな手があたしの角に触れる。
「こうして隠してしまえば、何も変わらない」
「そんなこと言ったって、ほっといたら伸びてくるし」
「感情を高ぶらせると伸びるんだろう? なら、少しは落ち着いたらどうだ?」
「酷い言い方……。あたしだって好きで荒ぶってるんじゃないわ」
「それに、角が生えてたって、お前はお前だ。何も変わらない」
ハイジの手が角から離れて、そのままあたしの頭へ移動する。
髪を梳くようにゆっくりと指先が動き、頭を撫でる。
「……ハイジ、何を?」
「嫌か?」
「嫌じゃないわ」
「じゃあじっとしてろ」
なんだろう、これ。
ハイジの無骨な指が、バサっと広がったあたしの髪を愛おしそうに撫でている。
顔はとっくに真っ赤になっているだろう。
でも、嫌ではなかった。
「ふむ……」
「何よぅ」
「やはり魔獣とはいい難いな。どう見ても人間にしか見えない」
(むぅ)
(甘い雰囲気かと思ったら、観察してただけか)
それは少し気に入らなかったが、あたしは言い返した。
「角、生えてるけど」
「魔獣には、悪意と敵意しかないだろう。お前もそうなのか?」
「それは、違うけど……」
「なら、人間だよ、お前は」
そう言ってハイジはそっとあたしの頭を抱き寄せた。
体が冷たく冷えていく感覚に身を震わせる。
「冗談でしょう、ハイジ」
「冗談ではないな。それが理想だと思っているだけだ」
「ハイジ!」
「怒るな。気持ちはわかる。おれも、師匠に命じられた時はひどく抵抗があったからな。ヨーコたちの力を借りなければ、到底できなかったろう」
ハイジはあたしを真っ直ぐに見つめながら、ふ、と笑った。
「だが……師匠が死んで、経験値や能力を受け継いで、全てが終わったあと、おれはそれまでよりもずっと師匠を身近に感じるようになった。力なんてものは二の次だ。鍛えなおせばいいだけだし、残り少ない師匠の命と引き換えにするほどの価値はなかった。おれにとっては」
「だからって……あたしにそれをさせるつもり?」
「無理強いはせんよ。ただ、もう自分の気持ちを後回しにする必要がなくなったというだけだ」
「……それは、もう死ぬことが決まっているから?」
「そう言えなくもない。だが、死ぬこと自体はあまり関係ない」
「……わからないわ」
「どちらかと言えば、義務から解放されたことが大きい。それまでは役目に無関係なことは、思うことすら許されなかった」
「そんな……」
「自分の感情を直視しても構わないというのは、なかなか良いものだな」
そういうハイジは、ひどく穏やかだった。
いつもどこか張り詰めていたのが嘘のように、柔らかく笑っている。
「……そんなこと、一言も言ってなかったじゃない」
「だから、それすら許されないほどに、おれの人生は契約に縛られていたんだ。その事自体には不満はない。もしもう一度あの時に戻ったとして……おれはきっと同じように精霊に祈るだろう。後悔はない」
「でも、でも……それじゃあ、ハイジの人生じゃないじゃない!」
「そのとおりだ。おれの人生はおれのものじゃなかった––––今までは」
そんなハイジを見て湧き上がる感情は怒りだった。
誰かのために生きると言ったって、物事には限度というものがある。
ハイジが犠牲にしてきたものは、本来犠牲にしてはいけないものだ。
「……そう怒るな。言っておくがこれは、例えば自己犠牲などといった高尚なものではないんだ。なにせ俺が望んだ結果で––––強要されたものではないからな。言ってみれば、おれの我儘だった」
「嘘よ、だって本当にそうなら何故今、解放されたと感じてるの?」
「お前が居たからだ、リン」
「……あたし?」
なぜそこであたしの名前が出てくるのだ。
「あたしに何の関係があるのよ」
「それを説明する前に、まずは謝罪しておこう。おれは人の気持ちを理解するのが下手なようだ。役目のせいでもあるが、元来、あまり気の利く方ではないようだ」
「それはそうね。でも……ハイジは誰よりも優しかったよ」
「そんな風に言うのはお前くらいだ。だが、理解してやれなくて済まなかったと思っている。特に、一人でエイヒムから歩いて帰ってきたことがあるだろう」
「あるわね」
「あの時に、俺のことを好きだと言ったろう」
「そ、そそそ、そうね」
「おれはあの時まで、お前の気持ちに気づいていなかった」
「…………」
それは……流石に唐変木が過ぎるのではないだろうか。
いや、サーヤのときもそうだったらしいし、ハイジらしいと言えばハイジらしいのだが……。
「いくら何でも酷くない? じゃあ、なぜあたしが貴方に着いていこうとしていると思ってたの?」
「わからなかった。いや、気づかないようにしていたのかもしれんな」
「何故?」
「気づいてしまえば……お前を手放さなくてはならないと思ったからだ」
「え」
「お前と過ごした数年は、本当に楽しかったよ、リン」
うぐ、と言葉をつまらせる。
それでは本当に居なくなってしまうようではないか。
あたしは未だに、ハイジが死ぬということを認めたつもりはない。
ましてや、あたしがハイジを殺すなどということを認めるわけがない。
だが、ハイジはすでに死を受け入れていて、初めて自分の気持ちで話をしているのがわかる。
(そんなの)
(そんなの、嫌だ)
「ハイジ……あたし、貴方が死ぬことを認めないわ」
「認めるも認めないも、ただの事実だ」
「なにか生き残る方法があるかもしれない」
「そんなものはないし、それに……正直特に生き残りたいと思っているわけでもないんだ。戦場で死ぬのではなく、こうして数日好きに過ごす時間が与えられた。悪くない終わりだと思ってるよ」
「あたしはどうなるのよ!」
自分勝手な言い分に、思わず声を荒げる。
「遺された人の気持ちは?! サーヤは? ヘルマンニやペトラ、それにヴィーゴさんの気持ちはどうなるの! それに、ユヅキや、他の『はぐれ』たちだって!」
「そうだな、それもある。お前だけでなく、サヤやユヅキ、ほかにも数人、俺のことを好きだと言った『はぐれ』の女がいた。慕ってくれる者も多かった」
「わかってるんじゃないの!」
告白したサーヤはともかく、ユヅキのことも気づいてるんじゃないか!
っていうか、何でこんな熊みたいな大男がモテまくりなんだ?!
ってあたしもか!
「だが、どうしようもない。それに応えることなどできるはずもないし、申し訳ないが保護対象としか見られなかった」
「そ、そんなふうに感情を消してしまえるものなの? いくらなんだってそんな……」
「優先順位の問題だ。死と引き換えにするほど、一人ひとりに対する感情は強くない。むしろ、優先順位が変わらないように、ヴィーゴたちとの付き合いも絶ったくらいだ」
「酷い……!」
「ああ。自分勝手だとおれも思う。だが、それがおれだ。精霊のせいなんかじゃない。契約があろうとなかろうと、そういうふうにしか出来ないんだ」
「酷いと言ったのは、そういうことじゃなくて!」
腹が立って仕方がなかった。
自分でも言っていたが、この男のこれは、自己犠牲でもなんでもない。
ただ、人と交わるのが怖いだけだ。
「あたしが怒っているのは、精霊に対してでも、運命に対してでもないわ! それを受け入れてしまっているハイジの弱さによ!」
「うむ、ヘルマンニにもよく言われたな」
「……ねぇ、ハイジ、あなた、幸せを感じたことはある?」
ハイジの気負わない態度が気に入らない。
だが、それ以上に悲しかった。
この人は、これまでに幸せを感じたことが一度もないのではないか。
むしろ、幸せを感じることを罪だと、そんなふうに思っている。
だが、予想に反して、ハイジは答えた。
「ある」
「ある? そんな生き方をしてて、どうやって幸せを感じるってのよ」
「そうだな……」
ハイジがじっとあたしを見つめる。
「な、何?」
「お前と過ごす日々は、幸せだったぞ」
「な?!」
カッ、と顔が赤くなるのがわかった。
しかも、直視しながら言うなんて!
「見るな!」
「……何故顔を隠す」
「は、恥ずかしいからよ!」
「意味がわからん……」
ハイジは困惑したように首を左右に降ったが、何故わからないのか。
しかし、指先に額の角の感触が当たり、気持ちがすっと沈んだ。
「……こんな生えた女に、何でそんなことを言うのよ」
「何を言っとるんだ、お前は」
ハイジは呆れたようにそう言うと、今度はあたしの角をまじまじと観察し始めた。
「……今は折れているが、なかなか立派な角だったな。間違いなく魔獣の角だ。例外級か、下手をするとそれ以上か」
「なによ、そのイレギュラーってのは」
「魔獣の中には、意志を持つものも現れる。数年に一度だが。そうした魔獣は強敵で、強くなれなばるほど立派な角を持つ。こうなると一筋縄では行かん。そうしたモノを例外級と呼ぶ。さらに、それ以上になると特例級で、これが最上位となる。今のお前がそうかもしれんな」
「……ハイジだって、あたしのことを魔獣だと思ってるんじゃない」
「うん? まぁそうだな。というより、もはやお前が『はぐれ』だろうが魔獣だろうが、そんなことはどうでもいい」
「……なんでよ!」
「あと数日で死ぬのにそんなことを気にしてどうする」
「そこはもうちょっと言い方があるでしょうが!」
「例えばどう言えばいいんだ」
「えっ? そ、その、た、たとえば、す、姿形が変わってもお前だからだとか、もう少しこう……何かあるでしょうが!」
わかれ馬鹿! と顔を真赤にして怒鳴ると、ハイジはまたもフ、と笑った。
「笑うな」
「バカバカしい。お前、角が生えてるだけで何も変わってないぞ」
「どういう意味よ!」
「角が生える前からお前はそんな女だったろう」
ハイジはゆっくりと立ち上がると、あたしの傍までやってくる。
「な、何よ」
「じっとしてろ」
そう言ってハイジはあたしの角に手を伸ばした。
思わずギュッと目をつぶる。
なんとなくいきなりボキリと折られるか、引っこ抜かれるような気がした。
「何故怯える?」
「そちらこそ、何をするの?」
「何もしない」
ハイジはあたしの角に手を添えた。
石で砕いた角は根本しか残っていない。
ハイジの大きな手があたしの角に触れる。
「こうして隠してしまえば、何も変わらない」
「そんなこと言ったって、ほっといたら伸びてくるし」
「感情を高ぶらせると伸びるんだろう? なら、少しは落ち着いたらどうだ?」
「酷い言い方……。あたしだって好きで荒ぶってるんじゃないわ」
「それに、角が生えてたって、お前はお前だ。何も変わらない」
ハイジの手が角から離れて、そのままあたしの頭へ移動する。
髪を梳くようにゆっくりと指先が動き、頭を撫でる。
「……ハイジ、何を?」
「嫌か?」
「嫌じゃないわ」
「じゃあじっとしてろ」
なんだろう、これ。
ハイジの無骨な指が、バサっと広がったあたしの髪を愛おしそうに撫でている。
顔はとっくに真っ赤になっているだろう。
でも、嫌ではなかった。
「ふむ……」
「何よぅ」
「やはり魔獣とはいい難いな。どう見ても人間にしか見えない」
(むぅ)
(甘い雰囲気かと思ったら、観察してただけか)
それは少し気に入らなかったが、あたしは言い返した。
「角、生えてるけど」
「魔獣には、悪意と敵意しかないだろう。お前もそうなのか?」
「それは、違うけど……」
「なら、人間だよ、お前は」
そう言ってハイジはそっとあたしの頭を抱き寄せた。
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