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二度目の参戦は、思ったよりも遠い場所だった。
前回の初参戦のときと同じく、ガタゴトと軍用荷馬車に揺られて戦地へ向かうが、日数がかかるので途中で別の領で寄留することとなった。
考えてみれば、あたしはこの世界に来てから『寂しの森』とペトラの店の屋根裏部屋、あとは戦地でしか寝泊まりをしたことがない。
つまり初めてのお泊りである。
前回の戦いのせいで名が知れてしまったあたし達ではあるが、一人部屋、二人部屋など望むべくもない。他の兵士たちと雑魚寝である。
ライヒ領の正規兵ではないあたしとハイジは、あくまで傭兵としての参加だ。余計なお金を使うべきではない。経費削減である。
別に構いはしない。どうせ仮に二人部屋になったところで、普段から二人暮らしのあたしたちに色っぽい展開などあるはずもないのだから。
(とはいえ……どうせならハイジと観光でもしたかったんだけど)
見知らぬ土地を二人で見て回るのはきっと楽しい。
でも、ハイジにそんなことを言ったらきっと「もうすぐ戦闘が始まるのに、気が抜けているのではないか」くらいのお説教は食らいそうだ。
あたしとハイジがあまりお喋りでないことは他の兵士たちも良く解ってくれているので、変に話しかけられることもない。
ちらりとハイジを見れば、とっくに本を取り出してめくっている。
(おい、この野郎)
(あたしを放っておいて、一人で暇をつぶすつもりか)
あたしの相手をしろよと思いつつ、どうやって時間を潰そうか頭を悩ます。
ハイジに本を借りるか、それか一人で街を見て回るか。
いっそ眠ってしまおうかとも思ったが、まだ日も沈みきっておらず、窓の外は薄明るい。さすがにまだ早すぎる。
(うーん、退屈だ……)
それに、ひと目あたし達を見てみたいらしい兵士たちが、入れ代わり立ち代わり覗きに来るのも鬱陶しい。
彼らも一応気を使ってくれてはいるのだ。話しかけてくるわけでもなく、そう長居するわけでもない。
ただ、常時戦場を心がける乙女としては、常に魔力探知を広げているわけで、気付かれないように覗いているつもりでも丸わかりなのである。
あたしは人に注目されるのが苦手なのである。
要するにストレスなのである。
ハイジの心臓が羨ましい。
と、ハイジが本をパタンと閉じてポケットに突っ込み、すっくと立ち上がった。
「街を見ておきたい。俺は外で飯を食うつもりだが、お前はどうする?」
「!! 行くっ!!」
まさかハイジのほうから誘ってくれるとは!
あたしは満面の笑みを浮かべて、しっぽを振って立ち上がった。
* * *
「珍しいね、ハイジが誘ってくれるなんて」
ウキウキしながらあたしが言うと、ハイジは肩をすくめた。
「あんなに退屈そうにされれば、気になるのは当然だ」
「あ、気を使ってくれたんだ」
……心の中とはいえ『この野郎』なんて言ってごめんね。
「ありがと」
「礼はいらん。遠征に出れば、こうして街に出るのはいつものことだ」
「へぇ、ハイジにもそんな一面がねぇ……」
「……俺にだって、未知のものへの興味や、娯楽を求める気持ちくらいはある」
(ますます意外だ)
「それに、初めての街を見て回るのは、元はおれの師匠の趣味だ。付き合いで、俺を含めた弟子もそれに付いていくのが常だった」
「弟子って、ペトラやヘルマンニ?」
「それにヨーコだな。特にヨーコは、俺やヘルマンニが留守番の時でも必ず付いていってたな。師匠もヨーコのことは弟子というより、執事のように扱っていたな」
「へぇ~」
いかにも上司然としているヴィーゴも、お師匠さんに付いて回るような可愛いところがあったってことか。
「修行時代にはあまり娯楽がなかった。俺とヨーコにとっては苦痛ではなかったが、ヘルマンにとペトラはいつも娯楽に飢えていたな。だから、こうして街を見て回るのは、たまの娯楽としてなかなか悪くなかった」
「それは楽しそうね」
気の知れた仲間たちと見知らぬ街を探検するのは楽しいだろうな。
特に、ペトラとヘルマンニがいれば、楽しさ倍増だろう。
「まぁ、俺にとっては、この街は初めてではないのだが」
「あれ、そうなの?」
「中継地点としてよく来た場所だ。馴染みの店もある」
「へぇー……あれ、じゃあもしかしてあたしのために?」
「そうとも言える。それに馴染みの店に顔を出しておきたい」
顔を忘れられると困る、とハイジ。
忘れられるわけ無いでしょ、とあたし。
「どんな店?」
「『はぐれ』のやっている店だ。故郷風の料理を出している」
「!!!!」
ということは、日本食!?
「ハイジ、早く行こう! ほらハリー!」
「……どうした?」
「故郷の料理が食べられるのよ?! 気が急くのは当然でしょ!」
「そうか。……正直、さほど特別な料理とも思わないのだが……」
「ハイジのことだから、どうせいつもみたいに煮込みを頼んだんでしょ! 日本食は凄いんだから! お刺身……はこの世界じゃ無理としても、何でも美味しいよ! あっ、あたしが作ろうとして失敗した肉じゃがもあるかも!」
「ん……? ああ、あれか」
「本当はあんな妙な味じゃないんだよ。あれは調味料を間違えただけっていうか」
「いや、旨かったぞ?」
「またまた……気を使ってくれなくてもいいよ」
「気なんぞ使わん。最初に出てきたスープみたいに水っぽくもなかったし、ショウユだったか? あれは俺の口には合わんと思っていたが、こうやって使うものだったのかと感心したぞ」
「……最初のスープって、あの水煮か……」
どうやら本当に気を使う気はないらしい。
ならば、あの肉じゃがを「美味かった」というのも、嘘ではなさそうだ。
「本物はもっとずっと美味しいんだよ……外国人からも人気のメニューなんだよ」
「なんだその外国人ってのは」
「あれっ? ヴォリネッリには外国って言う概念がないの?」
そんなことを言いながらしばらく石畳を歩く。
エキゾチックな雰囲気の町並みは、なかなか見応えがあって楽しい。
たった一日馬車で揺られただけの土地でも、エイヒムとの違いがある。
歩く人々の服装も違うし、建物のデザインも違う。
街燈の数がエイヒムほどないからか、かなり薄暗いが、その分、開いている店からは煌々と灯りが漏れているので、活気がある。
「ほら、そこの店だ。お前の口に合えばいいが」
「大丈夫よ! 日本人の作る日本食なんだから絶対に美味しいに決まってる! ああ、あたし、懐かしくて泣いちゃったらどうしよう!」
「……できれば泣くのはやめてくれ」
「嬉し涙だったらいいのよ。さあ、行きましょう!」
* * *
「うぇーん」
「……まぁ、そうしょげるな」
その店は、たしかに『はぐれ』の店だった。
店のドアをくぐると、某魔法学校の生徒みたいな丸メガネをかけた、黒目・黒髪の青年が、ハイジを見たとたん駆け寄ってきた。
その顔はどう見ても。
(……黒目、黒髪だからって、東洋人とは限らないってことを忘れてたよ……)
それはメッチャクチャ欧米顔のお兄さんだった。
そして、頼むまでもなく勝手に出てくる料理。
(……そっちかぁ~……)
フィッシュ・アンド・チップス。
それに煮豆みたいな料理に、ベーコンやソーセージを添えたプレート。
あたしも良くは知らないが、これがイギリス料理だということはわかる。
「に、日本食が食べられると思ったのに……」
がっくりと項垂れるあたしを、呆れた顔で見ながらハイジはパクパクと料理を口に運んでいる。
あたしも食べてみるが、味自体は悪くない。イギリス料理は不味いと話に聞くが、決してそんなことはなかった。
特にフィッシュ・アンド・チップスは久しぶりの魚料理だ。なかなかに美味しい。
それでも、懐かしい日本の味を久しぶりに味わえると思っていたあたしのショックは大きいかった
「……おいしい……」
「じゃあもう少し旨そうに食え」
メソメソと料理を口に運んでいると、ハイジに叱られた。
そうだ、せっかくの……デ、デートなのだっ! 暗い顔で過ごすなんてもったいない。そう、日本人は常に MOTTAINAI 精神で生きているのだ。
「そうね……ちょっと残念だったけれど、おいしいわ。ちゃんと味わって食べないと」
「ああ。それに、お前が料理を見てショックを受けているのを見て、アーサーが気がかりそうにこちらを見ていたぞ。気を使わせてどうする」
「あ」
アーサーさんとは、この店の『はぐれ』の店主である。
これは申し訳ないことをした。
気が利かなかったなー、と思いながら、匙を進めていると、そのアーサーさんから声がかかった。
「こんにちは、お嬢さん」
「あ、こんにちは。あの、お料理おいしいです」
気を使わせてしまったので、しっかりと賞賛の言葉を伝える。
「失礼ですが、貴方も私と同じ『はぐれ』ですね?」
「あ、はい、そうです」
「そうだと思いました。ハイジさんと一緒におられるのできっとそうかと。えーと、日本の方ですか?」
「はい、そうです」
「よかった。では、こちらをどうぞ。サービスです」
「ん? フィッシュ・アンド・チップス……とはちょっと違いますね。……あっ!」
天ぷらだった。
見た目はあまり和食っぽくない(というか、こぶりなフィッシュ・アンド・チップスだ)が、間違いなく天ぷらである。
「あ、あ、アーサーさん、ありがとう~~~!」
「どういたしまして。他にも日本料理を用意できればよかったのですが、残念ながらショウユもコメもないので、私ではテンプラしか出せませんが」
「十分です! ああ、懐かしき故郷の味!」
「……どれ、俺にも一つ食べさせてみろ」
横からハイジが手を伸ばす。
森でスープを作るときに必ず入れる、見た目はピーマン味はナスみたいな野菜の天ぷらだ。
ひょいとつまんで口に放り込むと、一口でシャクシャクと食べてしまった。
「……旨いな」
「でしょう?」
ふふーん、と胸を張る。
「日本食は美味しいんだから! あ、イギリス料理も美味しいけど!」
「なぜお前が得意げなのだ?」
ハイジはしばらく何やら考えていたが、ポツリと呟いた。
「……だが、これはエイヒムでも再現できるのではないか?」
「え?」
「見る限り、特別な材料は使っていないようだ。油が贅沢に使われているくらいか……お前は作れないのか?」
「……考えたこともなかったです」
「まぁ、こうして、他の『はぐれ』の店で食うほうが旨いのかもしれんが」
ハイジはそう言って、今度は玉ねぎの天ぷらを口に放り込む。
「……ライヒに帰ったら、あたしも作っていい?」
油は高級品なのだ。
しかし、ハイジは天ぷらを気に入ったらしい。
「構わん。俺には思いつかん料理だから、楽しみにしておこう」
「よしっ」
戦争が終わるのがより一層待ち遠しくなった。
前回の初参戦のときと同じく、ガタゴトと軍用荷馬車に揺られて戦地へ向かうが、日数がかかるので途中で別の領で寄留することとなった。
考えてみれば、あたしはこの世界に来てから『寂しの森』とペトラの店の屋根裏部屋、あとは戦地でしか寝泊まりをしたことがない。
つまり初めてのお泊りである。
前回の戦いのせいで名が知れてしまったあたし達ではあるが、一人部屋、二人部屋など望むべくもない。他の兵士たちと雑魚寝である。
ライヒ領の正規兵ではないあたしとハイジは、あくまで傭兵としての参加だ。余計なお金を使うべきではない。経費削減である。
別に構いはしない。どうせ仮に二人部屋になったところで、普段から二人暮らしのあたしたちに色っぽい展開などあるはずもないのだから。
(とはいえ……どうせならハイジと観光でもしたかったんだけど)
見知らぬ土地を二人で見て回るのはきっと楽しい。
でも、ハイジにそんなことを言ったらきっと「もうすぐ戦闘が始まるのに、気が抜けているのではないか」くらいのお説教は食らいそうだ。
あたしとハイジがあまりお喋りでないことは他の兵士たちも良く解ってくれているので、変に話しかけられることもない。
ちらりとハイジを見れば、とっくに本を取り出してめくっている。
(おい、この野郎)
(あたしを放っておいて、一人で暇をつぶすつもりか)
あたしの相手をしろよと思いつつ、どうやって時間を潰そうか頭を悩ます。
ハイジに本を借りるか、それか一人で街を見て回るか。
いっそ眠ってしまおうかとも思ったが、まだ日も沈みきっておらず、窓の外は薄明るい。さすがにまだ早すぎる。
(うーん、退屈だ……)
それに、ひと目あたし達を見てみたいらしい兵士たちが、入れ代わり立ち代わり覗きに来るのも鬱陶しい。
彼らも一応気を使ってくれてはいるのだ。話しかけてくるわけでもなく、そう長居するわけでもない。
ただ、常時戦場を心がける乙女としては、常に魔力探知を広げているわけで、気付かれないように覗いているつもりでも丸わかりなのである。
あたしは人に注目されるのが苦手なのである。
要するにストレスなのである。
ハイジの心臓が羨ましい。
と、ハイジが本をパタンと閉じてポケットに突っ込み、すっくと立ち上がった。
「街を見ておきたい。俺は外で飯を食うつもりだが、お前はどうする?」
「!! 行くっ!!」
まさかハイジのほうから誘ってくれるとは!
あたしは満面の笑みを浮かべて、しっぽを振って立ち上がった。
* * *
「珍しいね、ハイジが誘ってくれるなんて」
ウキウキしながらあたしが言うと、ハイジは肩をすくめた。
「あんなに退屈そうにされれば、気になるのは当然だ」
「あ、気を使ってくれたんだ」
……心の中とはいえ『この野郎』なんて言ってごめんね。
「ありがと」
「礼はいらん。遠征に出れば、こうして街に出るのはいつものことだ」
「へぇ、ハイジにもそんな一面がねぇ……」
「……俺にだって、未知のものへの興味や、娯楽を求める気持ちくらいはある」
(ますます意外だ)
「それに、初めての街を見て回るのは、元はおれの師匠の趣味だ。付き合いで、俺を含めた弟子もそれに付いていくのが常だった」
「弟子って、ペトラやヘルマンニ?」
「それにヨーコだな。特にヨーコは、俺やヘルマンニが留守番の時でも必ず付いていってたな。師匠もヨーコのことは弟子というより、執事のように扱っていたな」
「へぇ~」
いかにも上司然としているヴィーゴも、お師匠さんに付いて回るような可愛いところがあったってことか。
「修行時代にはあまり娯楽がなかった。俺とヨーコにとっては苦痛ではなかったが、ヘルマンにとペトラはいつも娯楽に飢えていたな。だから、こうして街を見て回るのは、たまの娯楽としてなかなか悪くなかった」
「それは楽しそうね」
気の知れた仲間たちと見知らぬ街を探検するのは楽しいだろうな。
特に、ペトラとヘルマンニがいれば、楽しさ倍増だろう。
「まぁ、俺にとっては、この街は初めてではないのだが」
「あれ、そうなの?」
「中継地点としてよく来た場所だ。馴染みの店もある」
「へぇー……あれ、じゃあもしかしてあたしのために?」
「そうとも言える。それに馴染みの店に顔を出しておきたい」
顔を忘れられると困る、とハイジ。
忘れられるわけ無いでしょ、とあたし。
「どんな店?」
「『はぐれ』のやっている店だ。故郷風の料理を出している」
「!!!!」
ということは、日本食!?
「ハイジ、早く行こう! ほらハリー!」
「……どうした?」
「故郷の料理が食べられるのよ?! 気が急くのは当然でしょ!」
「そうか。……正直、さほど特別な料理とも思わないのだが……」
「ハイジのことだから、どうせいつもみたいに煮込みを頼んだんでしょ! 日本食は凄いんだから! お刺身……はこの世界じゃ無理としても、何でも美味しいよ! あっ、あたしが作ろうとして失敗した肉じゃがもあるかも!」
「ん……? ああ、あれか」
「本当はあんな妙な味じゃないんだよ。あれは調味料を間違えただけっていうか」
「いや、旨かったぞ?」
「またまた……気を使ってくれなくてもいいよ」
「気なんぞ使わん。最初に出てきたスープみたいに水っぽくもなかったし、ショウユだったか? あれは俺の口には合わんと思っていたが、こうやって使うものだったのかと感心したぞ」
「……最初のスープって、あの水煮か……」
どうやら本当に気を使う気はないらしい。
ならば、あの肉じゃがを「美味かった」というのも、嘘ではなさそうだ。
「本物はもっとずっと美味しいんだよ……外国人からも人気のメニューなんだよ」
「なんだその外国人ってのは」
「あれっ? ヴォリネッリには外国って言う概念がないの?」
そんなことを言いながらしばらく石畳を歩く。
エキゾチックな雰囲気の町並みは、なかなか見応えがあって楽しい。
たった一日馬車で揺られただけの土地でも、エイヒムとの違いがある。
歩く人々の服装も違うし、建物のデザインも違う。
街燈の数がエイヒムほどないからか、かなり薄暗いが、その分、開いている店からは煌々と灯りが漏れているので、活気がある。
「ほら、そこの店だ。お前の口に合えばいいが」
「大丈夫よ! 日本人の作る日本食なんだから絶対に美味しいに決まってる! ああ、あたし、懐かしくて泣いちゃったらどうしよう!」
「……できれば泣くのはやめてくれ」
「嬉し涙だったらいいのよ。さあ、行きましょう!」
* * *
「うぇーん」
「……まぁ、そうしょげるな」
その店は、たしかに『はぐれ』の店だった。
店のドアをくぐると、某魔法学校の生徒みたいな丸メガネをかけた、黒目・黒髪の青年が、ハイジを見たとたん駆け寄ってきた。
その顔はどう見ても。
(……黒目、黒髪だからって、東洋人とは限らないってことを忘れてたよ……)
それはメッチャクチャ欧米顔のお兄さんだった。
そして、頼むまでもなく勝手に出てくる料理。
(……そっちかぁ~……)
フィッシュ・アンド・チップス。
それに煮豆みたいな料理に、ベーコンやソーセージを添えたプレート。
あたしも良くは知らないが、これがイギリス料理だということはわかる。
「に、日本食が食べられると思ったのに……」
がっくりと項垂れるあたしを、呆れた顔で見ながらハイジはパクパクと料理を口に運んでいる。
あたしも食べてみるが、味自体は悪くない。イギリス料理は不味いと話に聞くが、決してそんなことはなかった。
特にフィッシュ・アンド・チップスは久しぶりの魚料理だ。なかなかに美味しい。
それでも、懐かしい日本の味を久しぶりに味わえると思っていたあたしのショックは大きいかった
「……おいしい……」
「じゃあもう少し旨そうに食え」
メソメソと料理を口に運んでいると、ハイジに叱られた。
そうだ、せっかくの……デ、デートなのだっ! 暗い顔で過ごすなんてもったいない。そう、日本人は常に MOTTAINAI 精神で生きているのだ。
「そうね……ちょっと残念だったけれど、おいしいわ。ちゃんと味わって食べないと」
「ああ。それに、お前が料理を見てショックを受けているのを見て、アーサーが気がかりそうにこちらを見ていたぞ。気を使わせてどうする」
「あ」
アーサーさんとは、この店の『はぐれ』の店主である。
これは申し訳ないことをした。
気が利かなかったなー、と思いながら、匙を進めていると、そのアーサーさんから声がかかった。
「こんにちは、お嬢さん」
「あ、こんにちは。あの、お料理おいしいです」
気を使わせてしまったので、しっかりと賞賛の言葉を伝える。
「失礼ですが、貴方も私と同じ『はぐれ』ですね?」
「あ、はい、そうです」
「そうだと思いました。ハイジさんと一緒におられるのできっとそうかと。えーと、日本の方ですか?」
「はい、そうです」
「よかった。では、こちらをどうぞ。サービスです」
「ん? フィッシュ・アンド・チップス……とはちょっと違いますね。……あっ!」
天ぷらだった。
見た目はあまり和食っぽくない(というか、こぶりなフィッシュ・アンド・チップスだ)が、間違いなく天ぷらである。
「あ、あ、アーサーさん、ありがとう~~~!」
「どういたしまして。他にも日本料理を用意できればよかったのですが、残念ながらショウユもコメもないので、私ではテンプラしか出せませんが」
「十分です! ああ、懐かしき故郷の味!」
「……どれ、俺にも一つ食べさせてみろ」
横からハイジが手を伸ばす。
森でスープを作るときに必ず入れる、見た目はピーマン味はナスみたいな野菜の天ぷらだ。
ひょいとつまんで口に放り込むと、一口でシャクシャクと食べてしまった。
「……旨いな」
「でしょう?」
ふふーん、と胸を張る。
「日本食は美味しいんだから! あ、イギリス料理も美味しいけど!」
「なぜお前が得意げなのだ?」
ハイジはしばらく何やら考えていたが、ポツリと呟いた。
「……だが、これはエイヒムでも再現できるのではないか?」
「え?」
「見る限り、特別な材料は使っていないようだ。油が贅沢に使われているくらいか……お前は作れないのか?」
「……考えたこともなかったです」
「まぁ、こうして、他の『はぐれ』の店で食うほうが旨いのかもしれんが」
ハイジはそう言って、今度は玉ねぎの天ぷらを口に放り込む。
「……ライヒに帰ったら、あたしも作っていい?」
油は高級品なのだ。
しかし、ハイジは天ぷらを気に入ったらしい。
「構わん。俺には思いつかん料理だから、楽しみにしておこう」
「よしっ」
戦争が終わるのがより一層待ち遠しくなった。
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