魔物の森のハイジ

カイエ

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 あたしの耳には小さな切れ込みが残った。


 * * *


 襲撃のあった夜、あたしは小屋に戻って耳を治療しようとしたが、自分ではどうしようもなく、結局ハイジに頼むことになった。
 ハイジはいつも以上に不機嫌そうにあたしの耳を見る。

「大きな切れ込みが残ると、風切り音で音が聞こえづらくなる。それならいっそ切り落としたほうがマシだぞ」
「女性に向かってそれはないでしょう、と言いたいところだけれど、気配がわかりづらくなるのは困るわね……」

 耳は本当にぎりぎりつながっているだけで、なにもしなければすぐに腐り落ちてしまうだろう。
 普通に治療するだけでは継るまい。
 ハイジは珍しく薪をじゃんじゃん無駄遣いして、風呂とサウナに火を入れた。

「……少し痛むが、治す方法はあるぞ」
「聞かせて」
「傷口をナイフで削ってから、ヴィヒタで治癒させれば、ある程度は治る」

 なるほど。時間のたった傷は治らないが、あえて「出来たての傷」に戻してやれば良いのか。

「じゃあそれお願い」

 あたしの即答にハイジはしかめっ面を深くしたが、あたしは躊躇しなかった。

「痛むぞ?」
「聞いたわ。でも耳が戻らないと、気配がわかりづらくなるんでしょう? やらない手はないわ」
「……わかった」

 そして、ハイジはあたしの耳の傷口を焼いたナイフで削り取った。

「~~~~~~~!!!……………ッッッッ!!!」

 やるとなれば躊躇しないのがハイジである。
 手際がよかったので、ほんの2秒ほどで済んだが、強烈な痛みに体中がこわばり、たまらず涙がボロボロと出た。
 悲鳴を挙げなかった自分を、誰か褒めて欲しい。

「……できるだけの治療はした。あとはヴィヒタを使え」
「……わかったわ」

 どのみち体中血だらけで、このままでは寝られないのだ。
 あたしはお風呂のお湯で体の血を軽く洗い流し(耳から流れた血で左肩から下が血だらけだった)、サウナに入ってヴィヒタで治癒させる。
 いつもならハイジが気にせず入ってくるのだが、今日はサウナに入る気は無いようだ。

 何となく、いつものように何度も水風呂と往復する気にはならなくて、あたしは耳が治ると、早々に切り上げた。


 * * *


 翌朝、鏡を見たあたしは思わず笑ってしまった。
 左耳に、きれいな V 字の切れ込みが残っていたからだ。

 なかなかに面白かったので、ついはしゃいでハイジにそれを見せると、ハイジはしかめっ面のまま

「トナカイみたいだな」

 と言った。
 そう言えば、トナカイの耳には、所有者を示す切れ込みがあった。

「この場合、所有者は誰なの?」
「知らん」

 ハイジの態度は冷たかったが、それでもいつもどおりのハイジに戻っていたので、あたしはホッとした。

「そう言えば、昨晩の盗賊たちの死体はどうするの?」
「首だけにして体は森に捨ててきた。今頃は魔獣の餌になっているだろう」
「首?! うえぇ……首なんてどうするのよ……」
「盗賊の首は金になるのだ」

 どこまでも冷徹な男だった。

「盗賊かどうか、ギルドで判定できるの?」
「ああ、一人は指名手配で見たことがある顔だったからな。首実検で判明するだろう」
「首実検?!」

 あまり想像したくない光景だった。
 しかし、そんなことも言っていられない。
 どうやらあたしが悪徳領主ハーゲンベックに狙われているらしいことがわかったからだ。

(本当は、ペトラのところにいるのが一番安全なんだろうけど)

 街なら、妙な連中があたしを攫いにきたところで、街から出ることは難しい。
 敵もそんなリスクは負うまい。
 しかし、あたしにはその気はなかった。

(ただ、ハイジがなぁ……)

 ハイジは過保護だから、あたしを街に置いておきたいだろう。
 どうやって説得するか……。

「首は明日にでも、ギルドへ引き渡しに行く。お前はどうする」
「行くわ」

 即答。

「だって、一人はあたしが殺したんだもの」
「……いや、三人とも殺したのは俺だ」
「何を言ってるの、ハイジ」
「そういうことにしておけ」
「嫌よ」

 あたしが断ると、ハイジはあたしを睨んだ。

「どんな理由があったとしても、人を殺した事があると知れると、人の目は変わる。俺は今更だが、お前の場合街で生活しづらくなるぞ」
「なら、ずっと森で過ごすわ」

 あたしが即答すると、ハイジは眉間の皺をさらに深くしてギロリとあたしを睨んだ。ちっとも怖くなかった。

「……少しは言うことを聞け。放り出すぞ」
「……放り出さないでくれるなら聞くわ」

 まっすぐ睨み返してそう答えると、ハイジは不機嫌そうにそっぽを向いた。
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