魔物の森のハイジ

カイエ

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 そんなある日、ハイジの留守を狙って盗賊に襲われた。

 あたしはハイジがいなくともいつもどおりの生活を繰り返す。
 いつもどおりに目を覚まし、魔獣を狩り、皮をはぎ、塩漬けにし、剣と魔力の鍛錬を行い、食事をし、怪我をすればサウナで癒やす。
 そんな中、なんだか妙な動きの敵が小屋に迫ってくるのを感じた。
 数は三匹。大きさはさほど大きくなく、ちょうど狼ほど……しかし、狼ほどは速くなく、警戒心を顕にしながらゆっくりと小屋に近づいてくるのがわかる。
 これまでなら、魔獣はこの小屋にやってこなかったが、ハイジがいないからだろうか?

(……攻めてくる?)

 あたしは手入れ中だったレイピアと短剣を身に付ける。
 もし、戦いの場が屋内になるなら、弓は役に立たないだろう。
 このパターンは初めてだったが、ハイジがいないのだから仕方ない。
 自分でやるしか無いのだから。

(来た)

 そして、扉が空いた。
 てっきり、窓から襲われるかと警戒していたあたしは虚を付かれた。

(……っ!! 人間?!)

 男が三人。
 それも、魔獣だらけの夜の寂しの森を行軍してきたのだ。ただの小物ではない。

「居たぜ」
「本当だ」
「随分探したが、何となったな」

 男たちは、あたしを見てニタリと笑った。
 下卑た態度を隠そうともしない。
 あたしはゾッとした。

(魔獣と間違えるはずだ……この悪意。まるで人間らしさがない)

 魔力探知を通して見た男たちには、まるで人間らしさが残っていない。赤黒い気配を辺りに撒き散らすその様子はまるで魔獣そのものだ。人間がこんなに醜悪になれるとは知らなかった。害意のなかったオルヴィネリの護衛たちとはわけが違う。
 
 男の一人が肩を震わせてクツクツと笑った。

「おぅ、怖くて声も出ねぇみたいだぜ」

 どうやら、小娘一人相手にもならないと判断されたらしい。
 男の一人が、短剣を片手に無造作に近づいてくる––––油断してくれるならば、わざわざ警戒させる必要はない。あたしは恐れおののく演技をしつつ、ゆっくりと後ずさりして、戦いやすい位置取りをした。
 そうしつつも、男たちをじっと観察する。

(何が狙い?)
(ただ女が欲しいだけなら、わざわざこんな僻地まで来る必要はない)

 男たちには、あたしに対する欲情が見られない。手にはロープとズタ袋––––傷つけずに生け捕りにしようという意図が見える。
 つまり、『はぐれ』をさらって誰かに引き渡すのが目的なのだろう。
  
(……目的は「あたし自身」ってことか)
(ならば、やりようはある)

 男の手が手を伸ばすと、あたしはレイピアを抜いて、男に突きつけた。

「……来ないで!」

 男たちは驚いたようだが、またすぐに下卑たニヤニヤ笑いを浮かべる。
 小娘が必死の抵抗をしているのだと笑っている。
 ならば、あたしは相手になめられているうちに、無力化する!

 とうとう男の指があたしに触れようとした瞬間、目一杯伸長しておいた時間を解放。加速して、スルリと男たちから逃れて外へ逃れた。

「逃げたっ!!」
「どうなってんだ、見失ったぞ!」
「気を抜きすぎだ!」

 男たちが慌てて追いかけ来る。
 そのうちの一人が弓を手にするのがわかった。

(コイツら、戦い慣れてる)

 あたしは逃走を諦める。
 残念ながら、今のあたしに遠距離攻撃能力はないし、熟達者の射る矢は弾丸と同じなのだ。とても避けきれるものではない。
 時間の短縮も役には立たない。避けるために加速しようとした時点で既に当たっていたら意味がないし、何よりもその後にやってくる伸長がヤバい。いい的になってしまう。
 もちろん剣で矢を叩き落とすような芸当もあたしの技量では不可能だ。

(ならば、接近戦が吉)

 あたしはあえて時間を伸長しながら振り返る。
 期待通り、男たちは立ち止まり、弓を使うのを諦めて剣を抜く。
 好機!

「ぐあっ!!!!」

 超加速からまず一人、首をかっさばく!
 呆然とする男たち。
 傷は浅かったが、しっかり頸動脈に届いたらしい。まるで噴水のように血液が勢いよくほとばしる。
 
「ぉ……ぉ……ぉ……」

 男は妙な声を上げながら硬直しつつも、血が吹き出すの止めようとでも思ったのか、首を手で押さえた。そんなものは何の役にも立ちはしない。噴水男はすぐに意識を失って倒れる。しかし残った二人はいつまでも固まっていてくれはしなかった。
 少しでも混乱が残るうちに残り二人を無力化する必要がある。再度時間を伸長し、短縮––––飛び出して男の首を狙うが、ガヂンッ! と剣で防がれる!
 
(こいつ……戦い慣れてるッ!)

「おいっ! こいつ素人じゃねぇぞ?!」
「ハンスっ! ハンスっ! おいっ! 返事しろ! こんなところでくたばるんじゃねぇ!」
「……チクショウ、このアマ! ぶっ殺してやる!」
「おい待て! 殺すな! 無傷で捕らえろって言われてんだろ!」
「知るかよ!? この女、ハンスを殺しやがった!」

 男たちは激高して冷静さを失っている。この機を逃せば勝ち目はない……加速! バカ正直に前から狙うと防がれる。男の背中側へ回り込む。後ろから頸動脈を切り裂く!

「ボッジ! 屈めッ! 後ろだッ!」

 力いっぱい剣を振り抜く。ボッジと呼ばれた男は慌てて姿勢を崩て横向きに倒れ、それを避けた。あたしの剣は狙いを外し、男の頭上すれすれを掠めるように空振る。ここで伸長––––落ちてきたところを狩るつもりだったらしい男の剣が、宙にとどまるあたしのすぐ下で空を切る。

「な、なんだぁ?!」
「こっ、こいつの動き……!」

(今のは危なかった! 敵の攻撃が正確で助かった!)

 着地と同時に離脱し、男たちから離れる。
 本来なら、男の延髄に傷をつけてから宙にとどまり、そのままもうひとりの首を刈り取るつもりだったのだ。
 人間でも魔獣でも、本来落ちてくるはずの人間が落ちてこないと、本能的に見失う––––その隙を狙ったはずだったのに!

「化け物か……!?」
「チッ! びびんじゃねぇよ! 何かカラクリがあるはずだ!」
「だ、だって兄貴……宙に浮く人間なんておかしいじゃねえか! 依頼なんてもうどうでもいいから逃げようぜ!」
「ハンスがやられてんだよ! 黙ってやられたまんまで居られるか!」

 兄貴と呼ばれた男は、怒りに狂いながらも、あたしの動きを冷静に分析している。決してなめていい相手ではない……とりあえず一体多数でどうにかできる相手では無さそうだ。
 ならばと、あたしは加速して、逃げ腰の男……ボッジに迫る。
 しかし。

「おっと!」

 ボッジに辿り着く前にあたしの髪が掴まれた!

(しまった! 最短距離を狙うべきじゃなかった!)
(速度ならあたしが有利だと思ったのに!)

 グイと引っ張られる。

「……何のカラクリだ? 俺も一瞬見失ったぞ」
「兄貴!」
「でも、もう捕まえた……よくもやってくれたな、嬢ちゃん」

 男があたしの顔を覗き込んで、狂気じみた笑顔を見せる。

(……獲物を前にべらべらと良く舌が回る)

 どうやら男たちは人間、それも自分よりも弱い者ばかりを相手にしてきたようだ。もし魔獣や、圧倒的強者との戦いに慣れていれば、決してこんな無駄なことはしない。

(だが、伸長時間を稼げた)

 加速––––! あたしは宙に舞いつつ、掴まれた自分の髪をレイピアで切断。本当は男の指ごと斬りたかったが、そこまで上手く行かないようだ。髪を切る時に傷つけてしまったのか、耳に鈍い痛みが走った。
 そして空中で伸長、男から見ればあたしは攻撃しづらく、あたしから見れば男は攻撃しやすい体勢だ。
 剣で防がれても、体重を乗せて分断してやる! ––––再加速!

「うぉぉおッ!!!!」

 だが、男は転がってそれを避けた。
 あたしの剣はぎりぎり男の命に届かなかった。

(避けられた!)
(やはりこの男強い!)
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