魔物の森のハイジ

カイエ

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「な、ななな、なんですとーーーーー!!!!」
「だから、ハイジさんは無事。第一、あのハイジさんがこの程度の小競り合いで命を落とすわけ無いでしょう?」

 顔と体中が燃えるように熱い。

(コンチキショウ!! はめやがったな!)

 多分、今のあたしは、人生で一番くらいには顔が真っ赤なはずだ。

「な、なんで教えてくれないんですかーーーー!!!」
「だって、リンちゃんが、死んだ彼のことを悲しんでくれてるものとばかり……」
「じゃあ、死んだのは誰なんですか!」
「よく知らないわね」
「知らないのに泣いてたの!?」
「えっ」

 ミッラは驚いたようにを見る。
 ちょっと引いた様子だった。

「この街の人が戦で死んでるのに、泣くのがそんなにおかしいかしら……?」
「いえ、それはおかしくないですけど!」
「そうよね。でも、リンちゃんのおかげで明るい気持ちになったわ。ありがとう」
「そりゃあどうも! どういたしまして!!!」

 もうやけくそだった。

「じゃ、じゃあ、ハイジは……? どこにも見当たりませんでしたけど…‥?!」
「ハイジさんならとっくに帰ったわよ」
「なんですとぉーーー?!」
「朝一番にギルドに来て、報奨金を受け取ったらさっさと帰っちゃったわよ」
「なんで!? 」

 何なんだあの男は!

「バカじゃないの!? 人のこと散々心配させといて!!」
「こらこら、リンちゃん、恩人のハイジさんにそんなこと言っちゃ、めー、でしょ」
「めー、じゃないですよ! なんでよ! 無事なら無事で、一言くらい声をかけて……くれて、も……あー」

 そこまで喚いて、ようやく気づいた。
 考えてみれば、わざわざ顔を出して「ただいまー」などと言うハイジは全く想像がつかなかった。
 がっくりと肩を落とす。

「はぁ~……まぁ、彼らしいってことですよね、結局」
「そうねぇ……。あっ、でも、一応あたしは言ったわよ? リンちゃんに顔を見せたらどうか、って」
「……あんまり聞きたくないですけど、なんて言ってましたか、あいつ」
「不要だ、ですって」
「ですよねー」

 もういい。涙も枯れ果てた。
 あ、嘘。やっぱりまだ泣きそう。
 というか、どちらかと言うと醜態を晒してしまったことが恥ずかしくて泣きそうだった。
 ぐったりだった。

「……店に戻ります」
「ええ。リンちゃん、元気だしてね」
「……無理です」
「あたしは元気をもらったわよ」
「……もしかして馬鹿にしてます?」
「いぃぃえぇぇ? どちらかと言うと応援するような気持ちかしらね」
「意味分かんないです」
「わからなくていいわよ」

 ニコニコと手を振るミッラをよそに、あたしはふてくされて、とぼとぼギルドを後にした。

 * * *

 あたしは店に戻るなりペトラに泣きついた。
 一言もなく帰っていってしまった薄情者について、話を聞いてくれる相手が他に思いつかなかったのだ。
 忙しいだろうに、ペトラは優しく抱きしめてくれた。
 ペトラの巨体は柔らかくて抱かれ心地がいい。

(ふわっふわだ……)
(おっぱい、おっきいなぁ)

「……妙なこと考えてないかい?」
「……考えてないです」

 離すもんか、とすがりつく。
 泣くあたしを見たニコが驚愕していたけれど、今は放っておいて欲しい。

「相変わらずだね、あのバカは」

 女の子を泣かせるなんて成長しない男だ、とペトラは怒ってくれた。
 あたしはこの時初めて、ペトラがハイジと古くからの知り合いであることを知った。

 ミッラがやけにこの店を薦めてくれたのは、ハイジの根回しだったわけだ。
 ペトラのことは大好きだが、……その事実は、なんだか面白くなかった。

「あたしが傭兵時代に出会ったときも、そりゃあ無愛想でね……」

 ペトラが遠い目で、ハイジにまつわる思い出を話ししてくれた。

「あいつは、女が相手だと本気を出そうとしないクソ野郎だった。結局最後まで、一度も本気でやり合うことはなかったよ」

 要するに、あいつは女を下に見てるのさ、とペトラは言った。
 ボロカスにハイジを叩くペトラだったが、その口調に棘はない。
 本当に嫌っているわけではないのだろうことがわかった。

 傭兵は、決まった主人を持たない。
 ペトラとハイジも、はじめは敵同士だったんだそうだ。
 しかし、不思議とウマが合った二人は、途中からはチームを組んだりして、敵味方に別れないようにもしたらしい。
 他にも何人か仲間が居たが、今は散り散りになっており、すでに戦死した者も多いという。

「だけど、あたしも少しはハイジの気持ちもわかるんだよ。あいつにしてみたら『はぐれ』とはなるだけ関わりたくないだろうからね」
「どうしてですか? 目の前で『はぐれ』の男の子が死んだから?」
「おや、アンタその話知ってたのかい。……いやまぁ、それもあるだろうけど、それとは別の理由だね」
「じゃあ、何なんです?」
「あいつ、なんでか『はぐれ』に好かれるのかねぇ……。ハイジのやつ、死んだ子の前にも『はぐれ』の女の子を拾ったことがあるんだよ」
「えっ! それってあたしを含めて、三回も『はぐれ』を最初に見つけてるってこと?」

 そんな偶然が本当にあり得るのだろうか?
 それって、まさか本当にハイジが『はぐれ』が出現する原因なんじゃないの……?

「なんでも、寂しの森で魔物に襲われているところを助けたって話だね。まだ十歳かそこらの小さな子供だったそうだから、その子は本当に運が良かった」
「……で、どうしたの?」
「何も言わずに育てたよ。ハイジがね」
「えええ……」

 ……ハイジに子育てなんてできるのだろうか。
 あるいは、すでに十歳になっているのなら、ある程度自分のことは自分でできそうだし、……なんとかなるのかな。

「リンは理解しておいたほうから話しておくけど、はぐれは優秀な子が多いんだよ」
「聞きました」
「そうかい」

 自分が人より優れてるとは全く思えないけれど。

「だから、保護者がいない『はぐれ』は奴隷商が狙う。良い金になるから、そりゃあもう血眼になってね。それに貴族が囲い込んだり、愛人にしようとすることも多い。ハイジはハイジなりに、何とかしてその子を守ろうと思ったんだろうね」
「その子はどうなったの?」
「十六の時に、貴族にもらわれていった」
「えっ、貴族の愛人に……?」
「いや、違う」

 ペトラは首を横にふって否定した。

「頭のいい子でね、見た目の良さもあって、複数の貴族から、愛人や養女として求められてたんだ。半ば強引に連れ去ろうとした者も多かったよ」
「……ろくでもない話ですね」
「ああ、ろくでもない貴族は多い。でも、全部が全部、そんなのばかりじゃないさ。貴族の中にはその子を正式に娘として迎えると約束した者もいた」
「それで、ハイジはどうしたんですか?」
「それに賛同した」
「へぇ……!」

 意外だった。
 自分が育てている子供を、貴族に取られるなんて、ハイジは辛くなかったのだろうか。

「ただ、その子の方が嫌がってね……ハイジと離れたくないって言ってね」
「まぁ、あの見た目ですけど、小さな頃から一緒に居たなら、父親みたいに思ってても無理はないですね」
「……父親、か……。どうなんだろう、もしかすると、そうだったのかもしれないね。……ま、要するにハイジにしてみりゃ、危険な仕事をしている自分とずっと一緒ってのも良くないとでも思ったんだろ」
「ああ……そこは彼らしいですね。それで?」
「その頃は、ここいらの領主たちが入り乱れて激しく戦っていたんだ。そりゃあひどい有様だった。結局、その子は一番まともな貴族に養女に出されたんだが、その時交わした貴族との契約で、あいつは傭兵として戦い、その貴族に勝利をもたらした」
「ハイジ、その子のために頑張ったんだ」
「そうさ。普通なら一人ができることなんてたかが知れてる。だが、あいつはやりきった」
「……でも、その子にしてみたら、寂しかったでしょうね」
「そりゃそうさ。ごねてごねて大変だったよ。ただまぁ、結局ハイジも折れてね。しばらくはそのあとは貴族に雇われて、その子のボディーガードなんかをやってたみたいだけどね」
「ボディガード?」

(あれっ? この話どこかで聞いたことがある!)

「あれっ? もしかして、もらわれてった貴族って……」
「ここの領主の、ライヒ伯のことさね」
「えええ、じゃあ、ハイジってば、姫さまの育ての親ってこと!?」

(ヘルマンニさんたちが言ってた、ハイジの想い人の姫さまって『はぐれ』だったんだ……!)
(にしても、お姫さまの育ての親?! あの熊男が?! しかも、自分で育てた女の子に惚れてたって、あんたは光源氏か!!)

「まぁ、その姫も、二十歳になって、別の領の王子に嫁いじゃったけどね」
「あ、そうか、貴族だから……」

 あたしの感覚だと二十歳で結婚は早い気もするが、この世界だとおかしくないのだろう。
 それに、貴族なら政略結婚は当たり前のはずだ。

「嫁ぎ先はオルヴィネリ領だね。おかげで、ライヒ領とオルヴィネリ領は同盟を結部事になった。今回の戦でも一緒になって戦ったはずだよ。いい関係を築けてるようだし、ま、めでたしめでたしだわね」
「そ、そんな……」

 それじゃ、ハイジの気持ちはどうなるのだ。

「さてね。ボディガードも長くは続かなかったし。それからかね……戦争があれば出向いてさ」

 不器用な男だよまったく、とペトラは嘯く。

「死に場所でも探してるのかね? 死神には相当嫌われてるみたいだが……。金だってたんまり持ってるだろうし、戦う必要だってもうないだろうにね。馬鹿の一つ覚えみたいにずっと同じ生活をしてさ」
「……街で住む気はないみたいですね」
「まぁ、それだけ大切なお姫さまと同じ色の目をした子供を、目の前で死なせたのがショックだったんだろ。今も小さな子どもに戦う術を教えたりしてるみたいだし」

 ああ、とヤーコブ少年を思い出す。

「どうせあんたも、大事にされてたんだろ?」

 そのとおりだ。とても大切にされていた。
 でも、あたしはまだ一言もなく帰ってしまったハイジのことを根に持っているのだ。
 だから、あたしはペトラに、あえてこう言ってやった。

「……そうでもないわ」

 * * *

 傭兵には通常、決まった主人はいない。
 主人を選ぶことができるので、自ずと仕える主人は少なくなるが、ハイジみたいにずっと一人の貴族のために戦う傭兵は、他にいないという。
 あいつには傭兵としての誇りがない、とペトラは言った。

「それじゃあ傭兵じゃなくて、まるで騎士さまじゃないか」

 ハイジは、今でも姫さまのためだけに戦っている。
 姫さまに危険がある限り、ハイジは決して戦う手を休めることはないだろう。
 聞けば、姫さまが嫁いだオルヴィネリ伯爵領は、ライヒ伯爵領から見て寂しの森を挟んだ反対側だという。
 つまり、魔物の森を広げないために魔獣を狩り続けているのも、オルヴィネリ伯爵領にいる姫さまのためというわけだ。

 なんだか面白くなかった。
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